夏の暑さがまだ残る葉月の中頃、僕は相変わらず客が来ない店内で店番という名の読書をしていた。
しかし暑い。窓を開けてはいるが、気温が暑い以上入ってくる風も熱風なので結局暑い事には変わりない。こうも暑くては客が来ないのも当然か。
まぁ、他の要因もあるのだろうが……
「祭り……ね」
呟き、脇に置いた大量の新聞に目を落とす。天狗達が号外と言ってばら撒いていたものだ。
大小の違いはあれど、載っている事は殆どが今日里で開催される夏祭りについてだった。
「………………」
そういえば、最後に祭りに参加したのは何時だっただろうか。三十年程前だったか、それとも六十年程前だったか、あるいはもっと前か……
あの時はまだ霊夢も魔理沙も生まれておらず、今でも僕にお節介を焼く慧音も小さかった。
僕もその時は今と変わらぬ悠々自適な生活をおくっていたものだ。
「懐かしいな……」
そう、懐かしい。
妖怪は余り思い出を語ろうとはしない。永遠とも思えるような長い命を持つ彼等は、一々過去の事など記憶していない者も多い。故に彼等にとって懐古とは何の意味も無い。
逆に人はよく昔話をしたがる。短い命の彼等は、昔を懐かしみ思い出に浸る事で「自分は此処まで生きてきた」という、一種の喜びの様な感情に包まれるのだろう。
一方、半妖の僕はどうだろうか。
人よりは圧倒的に長い命であり、妖怪よりは圧倒的に短い命だ。
だから僕は懐かしむ。
人妖入り混じったこの体は、人と妖怪、どちらの時間も過ごす事が出来る。
だから人には自分の昔話を聞かせ、妖怪には当人達が覚えていないような昔話を聞かせる。
そうやって僕はこの「半妖」という悲しき存在として生きていく中で、少なくともこの存在だけの利点を見つけた。
「……そうだな」
今日は祭り。里には妖怪が開く的屋もあるという。
「……フッ」
遠くない未来、その妖怪達に今日の事を話してやるのも面白い。
そう思い、僕は少し早めの店仕舞いをした。
***
「やれやれ、矢張り里は騒がしいな」
夜。祭りもまだ始まったばかりだというのに的屋は人で溢れかえっていた。
まぁ妖怪や特別な力を持つ人間達と違い、力を持たない里人は弾幕ごっこといったような娯楽が少ない。
そういった意味では、年に一度のこの祭りは、彼等にとって最大の娯楽なのかもしれない。
とそんな事を考えていると、知った声が聞こえた。
「あれ? 霖之助さんじゃないですか」
「やぁ、君か……阿求」
後ろにいたのは、九代目阿礼乙女の稗田阿求だ。
「珍しいですね。貴方がお祭りに参加するなんて」
「まぁ……少し、思う所があってね」
「そうですか。あ、その思う所ってひょっとして私だったりします?」
意地悪な笑みを浮べ、阿求は尋ねてくる。
「……まぁ、近いかな」
御阿礼の子は代々短命だ。故に自分が過ごした思い出を全て力で記憶しておき、それを求聞史紀として歴史にするのだ。
「へ?」
「ん、どうした?」
見ると、先程までの意地悪い笑みはすっかり消え失せ、対照的に顔を赤くしていた。
「霖之助さんが……私の事をそんなに思ってくれていたなんて……!」
「阿求……?」
「霖之助さん、結婚しましょうか!」
「何故だ」
「え?だ、だって、騒がしいのは嫌いなのに私の事を思って此処まで来てくれたんですから。これはもうけ、結婚しかないでしょう!」
「近い、と言ったんだ」
「むぅー。な、なら夫婦(めおと)の契りを」
「一緒だよ」
「むむむ」
「なにがむむむだ」
「……そんなに私との結婚は嫌ですか?」
「君だから嫌という訳じゃない。何者にも縛られたくないだけだよ」
「貴方らしいですね……まぁ、貴方が誰かと結婚する様子は想像できませんが」
「まぁ、ね……しかし、君の思考速度と展開の速さは異常だね」
「貴方に言われたくありませんよ」
言って、何となく二人とも笑った。
「まぁ、年に一度のお祭りですし、来なきゃ損ですしね」
「まぁそれはね」
「あ、じゃあ一緒に回りましょうか。的屋」
「フム。断る理由も見つからないな」
「よーし!沢山食べますよー!」
「随分と懐が暖かいようだね?」
「え?お財布は霖之助さん持ちでしょう?」
「何故」
「だって、デートでは男が奢るのが普通ですよ?」
「何故デートなんだ。一緒に的屋を回るだけだろうに……」
「……良いじゃないですか。ちょっとぐらい普通の恋愛気分味わったって。」
「ん……何か言ったかい?」
「な、何でもありませんよ! 早く行きますよ!」
「あ、あぁ……」
後ろから見ても分かるぐらい耳まで真っ赤になった阿求に袖を引かれ、僕は足を進めた。
***
「霖之助さん!射的ですよ射的!」
「そうだね」
「あれあれ!あれ取って下さい!あのぬいぐるみ!」
「……何故僕が?後何に使うんだい?」
「え、だって昔は射的屋潰しの異名をとっていたじゃないですか!」
「……忘れてくれ」
「私に言う台詞じゃないですね」
「全く……あれで良いのかい?」
「はい!」
「……(バシッ!)……ほら」
「有難う御座います!わー……モッフモフ!」
「やれやれ……」
◆◆◆
「霖之助さん!あれって!」
「イカ焼き……だと……?」
「あら、いらっしゃい霖之助さん。それに阿求」
「私はオマケですか紫さん!?」
「やぁ紫、二本貰えるかい?」
「はい、ちょっと待ってね……はい、どうぞ」
「あぁ、有難う」
「デートかしら?妬けちゃうわー。パルパル」
「な、え、えとですね、その何といいますか、デートといえばデートなんで、す、け、ど……」
「フム、これが外界の……」
「フフフ」
◆◆◆
「霖之助さん、綿あめですよ!」
「食べたいのかい?」
「あの味は癖になりますからね!一つ!」
「はいはい……」
「ワクワク」
「……ホラ、買って来たよ」
「有難う御座います!ぁむ……~♪美味しいです♪」
「それは重畳」
「あ、霖之助さんも食べます?はい」
「ん……、中々に甘いね」
「でしょう?……ん?」
「ん……どうした?」
「(こ……これはっ!ゆ、紫さんから聞いていた『間接きっすイベント』……ッ!?)」
「どうしたんだい?」
「な、ななな、何でもないですっ!」
「?そうか……?なら早く食べた方がいい。持ち歩くには不便だよ」
「ぁむ……」
「………………」
「……甘い、です」
「そうか」
◆◆◆
「お、霖の字じゃないか。奇遇だね」
「小町……仕事はいいのかい?」
「年に一度の祭りだよ?来なきゃ損だよ。それより……」
「……何ですか?」
「霖の字!阿礼乙女とできてたなんて聞いて無かったねぇ!この色男!」
「な、ななな何を言っているんですか貴女は!サボった回数映姫ちゃんに言いますよ!?」
「おー怖い怖い。じゃ、アタイはもう行くよ」
「あぁ。楽しんでおいで」
「ふふーん……お?かき氷『コーラ味』……?美味しそうだね!ちょっと……」
「審判『ラストジャッジメント』」
「イ゙ェアアアア!!!」
「「あ」」
***
「ふー……。食べました食べました!」
「本当に食べてくれたな、全く……」
「まぁまぁ、私と霖之助さんの中じゃないですか」
「やれやれ……」
花火が始まるまで後数分となった頃、僕と阿求は里からほんの少し離れた所で店を出していたミスティアの屋台で、少し遅めの夕食を取っていた。
「女将さん、焼酎水割り!」
「もう十分飲んだだろうに……」
「え~?まだぜんぜん飲んでませんよ~」
そう言って、阿求はこっちを見る。駄目だ完全に呑まれている。
「霖之助さんも飲みましょうよ~」
「やれやれ……じゃあ、僕も同じ物を」
まぁ酔っ払いに何を言っても無駄なので、放っておく事にしよう。
「はいな~♪ちょっと待ってて下さいね~♪」
言って、女将は奥に行ってしまった。
酔っ払いは放っておくと今し方決めたので会話は無く、必然的に静寂が訪れる。
「………………」
「………………」
その静寂を破るのは、酒に呑まれた御阿礼の子。
「霖之助さーん……」
名指しで呼ばれた以上、無視するわけにもいかないだろう。
「何だい」
「賭けをしませんか?」
「賭け?」
「ん……ふぁい」
「……何の賭けだい?」
「簡単ですよー。今日上がる一発目の花火が何色か予想するんです」
「ほう……?」
「やります?」
「賭けるものは何なんだ?」
「そーですね……じゃあ、負けた方は勝った方の言う事を一つだけ聞くんです」
「フム……」
「どーですか?」
「まぁ、偶にはいいだろう」
「そーですね……じゃあ霖之助さんは、私に勝ったら何を言うんですか?」
「ム……」
一瞬考えたが、これはもう決まっているようなものだな。
「そうだな。じゃあ求聞史紀に新しく半妖の欄を作って、僕をそこに書き直してくれ」
「えーなんでですか?英雄の欄ですよ?」
「生憎、僕は英雄の器ではないんでね」
今は、だが。今は眠っているが、いずれは草薙に認められたいものだ。
「むーわかりました。じゃあ私はですね……」
「……?」
そう言って、阿求は口ごもってしまった。
「どうした?」
「……笑いません?」
「笑わないよ」
酒が入っていると、本人も無意識に変な事を言ってしまうものだ。今更そんな事で笑いはしない。
「そうですね~。じゃあ私が勝ったら……」
そして、阿求はたっぷりと溜めて、こう言った。
「私をお嫁に貰ってもらいます!」
「……はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。仕方ないだろう。いきなりそんな事を言われれば、誰だって動転する。
「さぁ霖之助さんっ!何色でしゅかっ!?」
何時の間にか作られていた水割りを飲みながら、阿求は僕に迫ってくる。
「私は……むむっ、見えた!赤です!」
「……何故赤だと?」
「ぬっふっふ、私は今までの花火を全て記憶してます、そしてぇ!その内七割四分九厘が赤で始まる確率れす!」
「酒に呑まれてもそこまで計算が出来るのか」
「私を誰だと思ってるんれす……阿礼乙女でふよ!?」
「関係無いよ」
「どーでもいいれふ!りんのしゅけしゃん!にゃに色れふか!?」
「呂律が全然回っていないじゃないか……。じゃあ、青で」
「青~?ふっふっふ、もう私の勝ちれふね!青がれる確率はぁ、二割三分四厘!わらひの勝ちれふ!!!」
「あくまで確率だろう。決め付けは良くないよ」
「無駄ですよー♪明日から私は森近阿求です~♪」
「やれやれ……」
呟き、何となく上を見た。
「あ」
「ふぇ?」
「上がったよ」
言って、空を指差す。指した先には、空に咲く前の花火。
「え?……おー!私が森近姓になる瞬間です!」
煙の尾を引き、花火はゆっくりと上がっていく。そして、
「おぉ……!!!」
「ほぅ……!」
花火が、空に咲いた。
花弁の色は、緑。
「何ですかー!酷すぎますー!!」
「まぁこういう事もあるさ」
「うぅ~~~!!!」
「痛っ、分かったから殴らないでくれ」
阿求は、負けた事が余程悔しかったのか?僕をぽかぽかと殴ってくる。
「何でですか、何でですかー!」
「ハァ……」
溜息を吐き、僕は暫く酔っ払いの相手をしていた。
***
「……さて、そろそろ花火も終わるよ」
「うぅ~何でですか、何でですか~!」
「まだ言ってるのか。往生際が悪いよ」
「でも~」
「……ハァ。阿求」
「ふぇ?」
「次の転生は何時だい?」
「ん~……確か十年後です」
「そうか」
「はい……うぅ~、その十年でも森近姓で生きたかったのにぃ~……何でですかー!!!」
「やれやれ……まだ十年あるんだろう?」
「うぅ~……そうですが~!」
「一年ずつ減ってはいくが、僕の妻になるチャンスはあと十回もあるんじゃないのかい?」
「え?…………あ」
「だからいい加減に立ち直ってくれ。僕も疲れる」
「そう、れふ……ね……」
「……阿求?」
「すぴー……すぴー……」
「やれやれ……女将、勘定は此処に置いておくよ」
「はいな~♪……あ、霖之助さん」
「ん?」
「最後なんで十回もチャンスがあるって言ったんですか?やっぱり阿求さんの事好きなんじゃ……?」
「あぁ……
酔っ払いの相手は程ほどに付き合って、時折相手に合わせて話題を振るんだよ」
「うわ……」
しかし小町の「イ゙ェアアアア!!!」は定番になってきましたね
このシリーズ続けて下さい、楽しみなんです、お願いします
何時も思うんですけど霖乃助のパターン数が凄いですねww
>「何でですかー!酷すぎますー!!」
ゆかりんじゃ。ゆかりんの仕業じゃ!!
まさかあっきゅんで来るとは思いませんでしたよ。ヤラレタ~けどおもしろかったです。
>花弁の色は、緑。
あれ、これって赤+青の結果・・・いやなんでもないです
阿求かー↑いー↓よー↑
甘が書きたい…!ネタは4、5個あるのに!!
>>投げ槍 様
予想してたんですかw!?
何となく定番にしたくなったもので。
楽しみにして下さるとは……嬉しいです!
>>奇声を発する程度の能力 様
何となく定b(ry
そんなに霖乃助のパターン多いですかね?ww
>>高純 透 様
紫「あら、ずっと屋台でイカ焼いてたわよ。失礼ね」
藍「じゃあスキマに手入れて何してたんですか?」
紫「え、そ、それは……ね?」
面白かったですか!良かった!
>>下上右左 様
うちの霖之助は元々イケメンですよww
赤と青だと紫になりますねw
>>華彩神護.K
あの断末魔大好きなんですw
阿求かー↑いー↓ねー↑
頑張ってね!
読んでくれた全ての方に感謝!
ただ、とりあえず「かくりつ」は意味的に「確率」の方だね。全部間違ってたから単なる変換ミスじゃないなと思ったので一応報告まで。
誤字修正しました。報告有難う御座います
かわいいよ!
読んでくれた全ての方に感謝!