Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

公園に咲く花 ラスト

2010/08/18 00:40:29
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「待って・・・! たーくん・・・! たーくん!!」

 一度魅了されてしまった子供は二度と戻ることはない。 その魅惑の園に誘われたら、最後、この世とは、違う全く違った世界へと導かれ、死に至る。 身体も残らず、魂も残らない。 残るのは、その子が、存在していたという記憶だけ。



 明るい日差しが差す中、靴を履き、真新しいカメラを持って家を飛び出した。 後ろからお母さんの声も、目の前の道路を走り去る車の騒音も近所の人たちが話しかけてくる声も聴こえない。

 今、耳に入ってくるのは、チュンチュンとさえずる小鳥の声、大きな木の葉っぱたちが茂る音、横を吹いてくる風の音だけ・・・。 どうして、今まで気付かなかったのだろうか、世界にはこんなにも自然の音が溢れている。

 自分を中心に、あらゆる音が耳に流れ込んできているようだ。 それなのに、何も不快に感じない。 むしろ、心地よささえ感じ、心が安らぎに満ちていく。 息が切れることも忘れて、一直線に走っていく。

 普通ならば、長い時間は走っていられないはずなのに、公園へ向かう身体は疲れさえも感じさせず、目的地へと一心に向かわせていた。 視界には、信号も人の雑踏も車も何も見えなくなり、見えているのは、はるかかなたにあり、また店や道路のくねりで見えないはずの公園の入り口。

 それ以外のものは全く目にも入らず、見ていることも脳は判断していない。 魅惑の香りに、誘われてしまった者は、その時点で既に普通の人とは違う世界へと入ってしまうのだ。 そんな変化に気づくこともなく、どんどん先へ進んでいく。

 仮に周囲の人の視界に、彼が入ったとしても、その人たちには彼が居るという認識を持つことはない。 見えているはずなのに、彼と判断することは決してないのだ。 一回も何かに立ち止まることなく、公園の入り口に辿り着く。

 良く考えてみると、おかしいところがたくさんあるはずなのに、それを考えることもない。 頭の中は、白い花のお姉さんでいっぱいなのだから、考えることも知らず、彼女の言う花園はどんなものなのか、それだけしか頭になく、お姉さんの姿だけ、探している。 そして、昨日と同じ場所に彼女は居た。

「お姉さん!」

 声を上げると、後ろ全体を傘で隠した彼女はゆっくりとこちらへ向く。 昨日は見えなかったはずの顔が、影になりながらも、今日は何故かはっきりと見ることが出来た。

 彼女の顔は、今まで見た女の人の中で、もっとも美しく、もっとも華やかで、そして、もっとも心が揺らいでしまう顔だった。 見た瞬間に思わず、声を上げてしまいそうになり、辛うじて、それを押しとどめ、そうでもしないと、「うわぁ・・・」と感嘆の声を上げてしまうところだった。

 必死に堪えた自分の顔がどんな顔をしているなど、考える暇もなく、事実、口を開けたまま、呆けてしまう。 目が彼女の顔からどうしても離れない。 彼女のキリッとした目を見ると目が合い、そしてその後に、見せたとびきりの笑顔は、まだ幼い身ながらもドキリとしてしまうほど魅力的だった。

「ちゃんと来てくれたのね。 待っていたわ」

 笑みを崩さないまま、聴こえた声は昨日の心安らぐ声で、揺れた精神を落ち着かせてくれるには十分なほどの効力を持っており、じわじわと染み込んでいく。

 しかし、それを持ってしても、彼女の顔を見てドキリとしたせいなのか、訳も分からないうちに顔が赤くなっていくのを感じた。 今の状況を頭で把握できず、視線の先にある彼女の顔を見ていると、自分の気持ちがどんどん高ぶっていく。

 とうとう顔を見ることも出来ずに、周囲に視線をずらしてしまい、ちらちらと彼女を見てしまう始末。 他人から見れば、完全に挙動不審者だった。 そんな様子を見て、彼女は「ふふっ」と手を口元に当てて笑っていた。

 笑われたと思うと、もっと恥かしくなり、顔を上げることも困難になってしまう。 これは、どうしちゃったんだろう。

「いつまでそんなところに居るの? こっちに来なさい」

「あぅ、うぁ・・・」

訳も分からず、こんなことで心を乱して、どうすると言うんだ。 変な声を出してしまったが、どうにか頑張って、落ち着かない心のままでお姉さんの近くまで走りよっていく。

 さっきは気付かなかったが、近付くにつれて、もっとはっきりと確実にお姉さんの姿を捉えられるようになって、遠くからでは目に留まらなかった細長い指も、綺麗に整ったまつげも目に入ってくる。

 本当に近くに寄れば寄るほど、お姉さんはとっても綺麗で、醸し出している空気さえも普通の人とは違う気がしてしまうくらいだった。 混乱した意識を直すことさえ出来ずにお姉さんの隣まで来たが、こんな状態ではいけないと、一生懸命、深呼吸をする。

「あっ・・・」

空気を吸い込むとそこには、花の香りがした。 お姉さんから漂っている香り、様々な花のいい匂いだけを集めて作った香水のような匂い。 花を嗅ぐのが好きな人ならば、思わずその匂いに意識を傾けてしまうだろう。

 そして、例え嗅いだとしても、その匂いがどの花のものだとか、判別することは出来ずに、漂ってくる花特有の香りだけを残し、消えていく。

 強い香りではなく、弱くほんのり匂うのが、好奇心を掻き立てられ、誘われるように付いていくような香り。 お姉さんから発せられる香りは、嗅げば嗅ぐほど、魅惑のあるものだと思った。

「本当は来ないと思っていたのよ? とても心配だった」

「そうなん・・・ですか・・・」

「ここであなたは初めて見かけてから、私はずっと気になっていたの。 どうやったら、話しかけれるのかって、ずっと考えていたのよ」

 続けて声が出てこない。 言葉を紡ぐのが難しく、頭の中でちゃんとした言葉を作ることも出来ないほどまでになっている。 お姉さんは簡単に喋っているのに、頷くことしか出来なくなってしまい、そのうえ何処か遠くへ、意識を持っていかれるような脱力感さえ襲ってくる。

 余計なことを考えるのは許してくれないとでも言うのか、お姉さんに対する気持ちだけが増えていき、止められそうになかった。

 まるで、お姉さんを大好きな人だと言わんばかりの想いを感じて、それに答えるように、意識までそう思ってきてしまった。 まだ、昨日今日の付き合いのはずなのに、深く深くお互いを知っている気がする。

(僕・・・どうしちゃったの・・・)

 お姉さんを意識するたびに、顔の何処かが赤くなっているような気がして、直視することが出来なくなり、好きな女の子の前で初めて喋った時の男の子みたいになってしまっていた。

 確実に異常事態が起きているはずなのに、お姉さんには違和感さえ抱かず、完全に大好きな存在へと成り果てていく。 そう、こうなっている以上、特別な感情をお姉さんに向けていないわけがない。

 昨日にあったはずの女の人だったのに、ただの女の人ではなくなっていたのだ。

「そして、話せたのよ。 あなたと・・・。 あれ、どうしたのかしら? そんなに顔を赤くして・・・」

 そういいながら、話途中でお姉さんは赤くなった頬に手を触れる。 突如、感じる冷たい感触にビクッと身体が大きく揺れ、俯いていた顔を上げてしまった。 ぶつかることなく、見上げた先にあったのは、満面の笑み、美しい笑顔が目一杯に広がっていた。

「・・・」

 大きく口を開けたまま、顔と顔を正面で合わせてお互いを見つめて離せない。 お姉さんは、何とも思ってないのだろうけれど、この目に映っている顔を一生忘れることはないだろう。

 一緒に居ること、笑いかけられていること、その一つ一つが止めどないほどの気持ちを溢れさせていく。 こんなに幼いけれど、お姉さんが好き、そう思えた。

「お姉さん!」

「きゃ!」

 思わず、目の前にいる彼女に抱きついてしまい、勢いで尻餅をつかせてしまう。 影を作っていた傘が飛び、日の光に照らされて彼女の姿がはっきりと見えるようになって、暗がりだった顔がもっとくっきりと見えるようになった。

 でも、そこで見えたお姉さんもさっきと全く変わるところのない顔で、その他に尻餅をついたせいか、服装にも目がいき、赤く長いスカートに白いシャツ、綺麗な緑色の髪、昨日やさっきとは違い、光に映し出された本当の姿をちゃんと見ることが出来た。

「急に何をするのよ。 もう、びっくりしたじゃない」

「ご、ごめんなさ・・・」

「しょうがない子ね・・・」

 ペコリと頭を下げながら、謝ったと思うと突如、フワッと包み込まれた。

 温かい体温が身体に伝わると共に、お花の香りが鼻腔、一杯に広がり、人の柔らかい肌の感触が、身体全体に伝わってきて、さっきは自分からしたことのはずなのに、相手からやられるとは考えていなかった反動でびっくりして逃げようと身体をよじるが、それをお姉さんに阻止されてしまった。

 同じ行為でも、全く違う感じにどうしたらいいか分からず、顔を上にあげると、お姉さんが笑って首を横に振る。

「いいのよ。 私は全然、構わないわ。 あなたが望むなら、それでもいいと思ってるの」

「それ・・・」

「私は一向に構わないわ。 もし良かったら、一緒にこれからを生きていきましょう?」

「・・・はい!」

 そして、お互いを分かるように強く強く抱きしめあった。 お姉さんは両膝をついて背丈も年齢も離れているけど、受け入れてくれたことに喜びを感じて、笑みが零れて仕方なかった。 絶対に離れたくないと、そう思った。

「それじゃあ、行きましょうか」

 おもむろに、お姉さんは離れて立ち上がり、白い花のあるほうを見る。 つられて同じように見ると、白い花が視界に入る。

「昨日、言っていたお花畑に行きましょう?」

ずっとお姉さんにばかり、気を取られていたせいで、何をしに今日、ここに来たのか忘れていた。 お花を見るために持ってきたカメラを両手で抱えなおし、目を瞑ってたくさんのお花たちを目に浮かべた。

 そのどれもがそこにある白い花のように綺麗で華やかで素晴しく映る。 黄色い花、青い花、赤い花、今まで見たことのないような花たちが風に揺られてなびいていた。

「行きたい!」

「じゃあ、この白い花をじっと見ていて?」

即答で出て来た答えに、お姉さんはまた笑う。 言われたとおりに、白い花を見つめていると、パチンと指を鳴らした音がなった。 それを聴いた瞬間、世界が一遍にして変わる。

 白い花を中心にブワッと同じ花が増え、目に映るところは全て白に染まり、驚いて顔を上げると周りには黄色い花や青い花、赤い花と様々な本でも見たことない花たちが広がっている。 何の声を上げることも出来ずに、その色とりどりの花たちに見惚れてしまった。

「ねぇ? 凄いでしょう」

 聴こえたお姉さんの声を振り向くと、そこにはやはりお姉さんが居て、ここがお姉さんが言っていたお花畑だと理解できた。 そこに、ちょうど風が吹いてきて、お姉さんの服や髪がなびく。

 花も一緒になびいて、それは美しい情景に変わった。 瞬間的にレンズから確認するまでもなく、無意識にシャッターを押し、カシャという音と共に一枚の写真が取れたようだったが、それに気付くことはない。

「凄い・・・」

 ほとんど言葉も頭に浮かばない状態で、周囲を見渡すと全方位地平線に広がっている花たちが様々な色に分かれ、どれもが光っているように目に入り、目移りをしてしまうほどだ。 どこを見ても、お花が広がっている。

「ねぇ! あっちのほうに行ってもいい?」

「えぇ、いいわ」

 好奇心で、元に居た場所を離れ、そちらへ走っていく。 最初は無我夢中で手にしたカメラで写真を撮っていくが、次第にそんなことをすることも忘れて、花に見惚れていった。

「さぁ、一緒に行きましょう」

 お姉さんの言葉も耳に届くことはない。 見惚れれば見惚れるほど、言葉を紡ぐことも忘れていき、感嘆の声しか出せなくなっても、まだ花を追い続ける。 こうしてまた、一人の子供が花園の中へと消えていった。
長らくお待たせいたしました。 これにて、完結であります。

なかなか書き進める余裕がなく、少しずつ書いていってやっと完成することが出来ました。 こんな拙い話ですが、ほんのちょっとでも楽しんでもらえれば幸いです。 最後に、話を読んでいただきましてありがとうございました。
七つの心
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
おおー…言葉に出来ない不思議な感じがありました…