この話は、作品集60にある『お酒に負けたキャプテンが悪い話』の続編になっています。
いままでの設定だけ知っていると良いと思います。
ムラサにキスされた夜、なかなか眠れなかった。
キスされたのが唇じゃなくて舌だった。ってのもそりゃあ原因の一つだけれど、本当の一番は。
……ムラサの表情が、初めて見るものばかりで、もう堪らなく好きなのに、まだまだ好きになっちゃったんだーって、ドキドキしすぎたせいなんだ。
◇ ◇ ◇
くあぁ、と間抜けなあくびの音が、朝の食卓に小さく響いた。
お味噌汁の食欲を誘う香りでも抜けぬ眠気と戦っているのか、普段よりも冴えない顔色のムラサは、そのまま目元を擦って、白いご飯をお箸ごとカリッと噛んでしまっていた。
「もう、ムラサ。口の端についているわよ」
「………んー?」
「はい、取れたわ」
そっと優しく、限りなく唇にあったお米を指先で取り、それを村紗の唇に押し当て食べさせる一輪。
「……」
朝っぱらからこちらの神経を逆撫でしまくる、本人たちにとっては自然すぎる動作と、私たちにはお馴染みすぎるイラつく光景。
じっとりと、虎と鼠が同時に含みありげな目をして二人を見ているが、私こと正体不明のクールな女、封獣ぬえは、特にそれらしい反応もせずに、ずずっとお味噌汁をすすってお魚をほぐした。
「……ふっ」
この溢れんばかりの余裕、というか、これぞ大人の女のカリスマっていう心の広さ。
最近の私は、今までの封獣ぬえとは一味も二味も違うのだ。
そう。私は例え、ムラサと一輪が目の前で乳繰り合っても、ちょびっとぐらいのスキンシップぐらい、見逃すのなんて全然余裕なのである。
「……んふふ」
ついつい、にやけてしまう私の心は快晴である。
だって、ねえ?
ほら、私ってば、ムラサとエッチィちゅーをしたんだし?
舌に跡がつきそうなぐらい激しいのされちゃったし?
わ、や、言葉にするとにやけるなぁもう♪
っていけない、クールな表情、と。
うん、えへへ、例えムラサは酔っていて、あの時の意識が曖昧だったのだとしても。
「………♪」
きゅん、と体の奥で嬉しげな音がする。
溢れて染み込む暖かな感情は、それは優しく私の心を覆ってくれる。
あの時の、私にキスしてくれたムラサは。
ちゃんと、私を意識してくれていた。
ぬえ、って。
信じられないぐらい、不安そうに求めてくれた、から。
きゅうん、って幸せの音が鳴る。
ちらりと、
私は隣で船をこいで、一輪に口元をごしごしと拭われるムラサを見て、にやけそうな口元を必死で引き締める。
「……うん!」
例え、それが無意識故の行為なのだとしても、意識できないぐらい曖昧なものだとしても。
彼女は、ちゃんと私を見ていてくれた。
今までは、馬鹿みたいに焦って、ムラサに近づきたい、胸を大きくしたい、キスをしたい、そういうたくさんの激情を、そのままぶつけてムラサに怪我をさせたりもしていたけど。
今の私は、そういう気持ちをやんわりと押さえ込めるようになった。
安心、したんだなって、
自分の事ながら悔しくも照れる。
少しでも、ムラサは私を思っているんだ。その心に少しでも私の場所があるんだって、可能性が生まれたから。
だから、私は今までみたいに焦らずに頑張れる。
これからは、ムラサに好かれたくて変な暴走なんてしない。
ちゃんと、ムラサに私の気持ちを伝える勇気が得られたから。
いつか、ううん。今日にだって、告白、する……!
――――だから、私はもう、大丈夫。
「……あ、そうだ聖ぃ、私は今日デートするので出かけますね」
寝ぼけて可愛く笑うムラサに、私は微笑んで味噌汁をその顔面にお碗ごと盛大にぶつけた。
パキャって力の抜ける音が、それは小気味よく食卓に響いた。
―――――?!
って顔で、ムラサが私たちの前でぴっしりと正座していた。
あの後、私に文句を言おうとしたムラサを一輪が拳骨で黙らせ、鼠が持ってきた縄でふんじばり、虎が間違っても解けない様にとぎゅっとして、聖が「はい♪」って封印した。
そして「!?」っと口にもお札を貼られてしゃべれないムラサの前で、皆はゆっくりと朝ごはんを食べ終え、きちんと片付けて、皆が皆、静かに自分の中の激情とか動揺とかを押し込めるのに成功してから、私たちはムラサを取り囲んでいた。
一輪が、ぺりっと口のお札を取る。
「っぷあ! ちょ、どういう事これ?!」
目を白黒させるムラサに、それはこっちの台詞だと愛用の槍をぎゅっと握る。
いざとなったら……そうね……私から離れてしまうような、そんな足いらないよね。うん。
「ってぬえ!? 怖い! 今日は何か凄く怖いから! ここ数日は大人しかったのにどうしたのってか相談にのるよ?!」
青ざめるムラサを前に、その後方で一輪がぎゅっと拳を握り、鼠が冷たく微笑み、虎が半眼だった。ただ一人、聖だけはにこにこと傍観している。
「……さて、ここは私にしきらせて貰おうか。そして船長、私は君を尋問する」
「何故?!」
「……ほっほう? この期に及んで、まだ『何故?』とか状況を理解できない発言をするのか」
むにーとムラサの頬をのばし、ふあー? と情けない顔をするムラサを無視して、ナズーリンはちらりと私と一輪を見る。
その視線の意味を瞬時に理解した私と一輪は、すぐに互いを見て、同時に首を振る。
それは、ムラサの『デート』の相手は私ではない、という意思表示。
ナズーリンは小さく、だがしっかりと頷いた。
私が星を見ると、星も首を横に振って、すぐにムラサにまた半眼を向けている。
「船長」
「……むぅ」
「今日、君は出かけると行ったね」
「……言いましたけど、というか言った瞬間捕まったのが、これまた納得いきません」
「ふむ、とりあえず、君が寝ぼけた可能性を考慮して訊こう。…………君は外に何をしに行くって」
「だから、デートです!」
しん。
室内が、沈黙で満たされる。
えっへん! とばかりにちょっと照れた顔をするムラサを前に、皆が固まる。
…………。
……へえ? そっか?
…………聞き間違いじゃなくて、ほんとうに、ムラサ、デート、するんだ…………?
ふつふつと沸いてくる、これは怒り。
余裕? 心の広さ? カリスマでクールな女で、…………ムラサが、私を好きかも? って。
なーんだ。
はは、あ、ははは。
全部、ただの勘違いだ。
気のせいで、錯覚だ。
大丈夫だ、ちっとも、傷ついてなんて、いない!
――――ムラサは、私なんかちっとも見ちゃいないんだ……!!
「ム」
「?」
「ムラサの、ばぁかあああぁぁあああぁあ!!」
そのきょとんってした無害そうで純粋そうでいい奴そうで優しそうな顔が、全部そうだからむかついて最悪で大嫌いで好きで好きすぎで大好きで馬鹿やろうで……!
私はおもいっきり、ムラサを殴ってしまった。
ガキッと嫌な音がして。でも止まらなくてもう何度も叩いた。
そしたら、いつの間にか星とナズーリンに止められていて、一輪がムラサを支えてて、ああなのに。
なんで。
ムラサはオロオロして、唇が切れて血が流れて、すでにうっ血して腫れて、酷く心配を誘う顔で、そんなに、焦ってオロオロして心配そうに「大丈夫? えと、拳から血が出てるから……」なんて、私なんかに、そんな悲しそうな目を向けるのよ……!
悔しい。
憎らしいぐらいに、恨めしい。
なんで私は、それでもこの最悪な馬鹿が、好きなのだろう……?!
◇ ◇ ◇
そして、ムラサはおどおどしながらも「時間だから……」と、本当にデートに行ってしまった。
頬にぶ厚いガーゼを張ったままで。
「……っ」
昨日は、今日の為に人気のお店とかデートのマナーとか心得を予習していて眠っていないって、一輪に笑顔で話して、手当てされたばっかの頬をぶたれて吹っ飛んだりもしていた。
ざまあみろって思う。
そして、私には関係ないけれど、一輪が頭巾を脱いで、尼さんの服も脱いで、眼鏡をかけて、外の世界のやり手な社長秘書みたいなスーツで尾行しようとしていた。
……馬鹿なんだと思う。
っていうか、胸とか足とか、色々と凶悪すぎるだろうって溜息が漏れた。
「……一輪、その変装は、どうかと思うよ」
「! ぬえ、どうして私だと分かったの?!」
「……。……ああ、そっか。一輪もけっこう、私ぐらいは動揺してたんだね」
しょうがないライバルである。
というか、一輪こそよくも私がぬえだと分かったものだ。
華麗にイメチェンをはかり、妖獣にしか見えないこの犬の耳と尻尾と黒のサングラスに騙されないとは。私も少し焦っていたのかもしれない。
正体不明で、しっかりと感情によって動く耳と尻尾。
流石は私、見事である。
ええと、それで、私は何をしようとしてたんだっけ?
ああそうそう。
ナズーリンは悔しがっていたけど、星についてお寺の仕事をしなくちゃいけないから、鼠たちに色々とさせようとしてて。
星は、仕事に集中できそうにないのに頑張ろうとして早速ドジをして聖に慰められてた。
『いいかい。隙があれば、船長の相手を食い殺す事も』
『あらあら駄目よ』
『聖っ?!』
『そして星も、ほら考えすぎて知恵熱がでてきてるわよ』
『だ、だって聖ぃ! ムラサは、ムラサが……! ……………な、なずーりんの、なのに』
『……っ、ご主人、やはり、そこまでムラサの事を……。……………絶対に、ムラサをご主人に』
『あらあら』
って、何やら更に泥沼化していた気がするけど、今はどうでもいいや。
それより、いや、そんなのより。
……えっと。
「…………」
私は、とりあえずまず深呼吸をする。
それに見習い、一輪もなぜか深呼吸。
二人で向き合い、すーはーすーはー。としてから。
私たちはにこりと微笑みあい、お互いの襟首をつかんで引き寄せた。
「ムラサがデートってどういう事よぉぉぉぉぉお?!」
「誰とデートするっていうのよぉぉムラサのばかぁぁああ!!」
かちかちかちりと。
私たちはそこでようやく、現状とか状況とか心とかが、しっかりと叫ぶ事により現実に繋がったのだった。
さあ、なんていうか、私たちの本当の戦いはこれからだ……!
ってぐだぐだ感であった。
そして暫し混乱を通り越して、ようやく落ち着いてから。
私たちは行動を開始する。
――――。
ほら、いた。
ムラサである。
あの後、当然のごとく暫く騒いでいたが、徐々に心が落ち着き冷静さを取り戻す事で、私たちは一時期協力をしようという事になった。
偵察と未確認。
これほど尾行に適した組み合わせもないだろうと、私たちは頷く。
彼女は敵だが、今の私たちの共通で強大な敵は、間違いなく、まだ見ぬムラサのデート相手。
私と一輪は、普段あれだけムラサにべったりとしているのに、その存在さえも毛取らせなかった相手だ。
並大抵の存在ではない。
だからこそ、私と一輪はムラサの後を追い、こそこそとその背中を見つめていた。
尾行が褒められた行為じゃないことぐらい、私はともかく一輪は顔色が悪くなるぐらいに、分かっているだろうに。
一輪は、私以上に身を乗り出していた。
私と同じぐらい、必死だった。
……それは、そうか。
だってムラサだもん。
あのムラサが、デート、なんていうのは、きっと、長い付き合いのある一輪だって始めての事なのだろう。
だからこんなに、今だけは私と同じ位置で、同じ背中を見つめられる。
「……ねえ一輪」
「……ええ、ぬえ」
「……ムラサの奴、花束とか買って、メモ帳を真剣に見てるよ」
「……ええ、何がなんでもデートを成功させるつもりね」
びきびきっ、と。血管がきれそうになるが我慢する。
一輪が、下唇を噛んで泣きそうになっているから、私だって我慢する。
「……一輪」
「……なによ」
「……ムラサ、さっきから髪とか帽子をいじったり、服のほこりとか気にしてる」
「……わかってるわよ。い、いちいち、言わないでよ」
「……ぅう。楽しみに、してる」
「……っ、ぐす。だか、ら言わないでよ!」
というか、ついには背負っている錨すら気にしだして、柄杓とかもじいっと見たりしている。っていうか、横顔がちらっと見えたら赤かった。
あのムラサが、本気みたいだった。
……あ、あはは。
となりに、一輪が、いなかったら。もうすでに切れてた、かも。
いや、もう実は切れてるのかも……。
いや、いやいや!
い、いいんだ……!
私は、ムラサが好なんきだもの。ムラサが他の奴を好きでも、ぜ、絶対に奪い取って、ムラサを私に向けさせて、めろめろ、で……
別に、どこも、痛くなんて、ないし……!
「ぬ、ぬえ! 何を泣きそうになってるのよ!」
「あ、あによ! あんただってもう零れそうなぐらい涙がたまってんのよ!」
「私は、平気よ! ムラサとどれだけ一緒にいると思っているの? この程度の傷は、もう、なれ、なれて」
「……こ、こんなの、なれるもんじゃ、ない、ない」
あぅ、くそ。
ひんひんって、しゃっくりがでてくる。
一輪だっておんなじで、秘書姿で眼鏡でそれは保護欲がとか、そんな冗談も言えなくて、私は尻尾と耳をだらんってさせながら、ムラサの歩いていく背中を見つめるしかなくて。
「……一輪」
「……うん」
「ムラサの、相手さ」
「……うん」
「相手がだれでも」
「……うん」
「……ムラサをぶっ飛ばそう」
「……うん!」
今だけお互い固い握手を交わして、お互い眼鏡とサングラスをずらして、ごしごしと目元を拭う。
もうやぶれかぶれで。
何だっていい!
ムラサが、そいつを大好きだろうと知るものか! 祝福なんて絶対にしてやらない! そんなのができる段階は、私と一輪はとっくに通り過ぎているのだから!
とにかく殴ろうって、そんな風に、自分を奮い起こした。
私は槍を、一輪は愛用の輪を手に、足の止まったムラサを睨む。
――――ああ、そして、運命の瞬間。
ムラサが、顔を輝かせて手を上げた。
里と竹林の間にある、人気のない小道の地蔵の前で、彼女は爽やかに微笑んでいた。
キラキラと、日の光に照らされる髪が見えた。
「ちょっ、馬鹿! 約束よりも二時間も早いじゃない」
「いえ、まさかそれよりも早いとは思っていませんでした。今度からはもっと早く出ますね!」
「……もう。待ち時間に好きなだけ妬むつもりだったのに……!」
「って、せっかくのデートなんだから、妬むよりも楽しみましょうよぉ」
唖然、と声がでない。
っていうか、反応が追いつかない。
「それじゃあ、どこに行きますか? お姫様」
「やめなさいってば、そうね。妬める場所」
「……好きですよね。妬むの」
「当たり前でしょう。アルコールが体に悪いからという理由で、お酒を飲まない奴はいないっていうのと同じ理由でしょうね」
「ええ、きっと違うというか、妬みとお酒を一緒くたにしたら駄目でしょうね」
ムラサは苦笑して、手を伸ばし、彼女は躊躇しながらも、ムラサの手の平にそっと細い指先を乗せる。
そのままムラサを見つめて、ふんっと忌々しそうに鼻を鳴らす。
「……地上はやはり明るすぎるわ。妬ましい」
そう言って、ムラサを更に楽しげに苦笑させる、あいつは。
並んで歩き出して、手を繋いで。
そういや、その顔どうしたの? なんて気軽に聞いているのは、
嫉妬を操る橋姫。
水橋パルスィだった。
この船長はどこまで悪人なのだろうか…
二人がいろいろと邪魔しようとしてそれが裏目って大変なことになるところまで幻視した。
さらにパルパルが絡んでくるとかもうnice boat.な想像が…色んな意味で続きに期待。
パルパルが一輪とぬえをどうにかするつもりなんだろうか
認めましょう、しかし
最後の一行が私にとって余りにも真中クリティカルヒットとなり凡て吹き飛ばされたのだった
というわけでどっこい今日から私が奇特な人です
村パル好きとして奇特な人にならざるを得ないのです……
今から過去作を読み返しながら続きを楽しみに待っておりまする
船長…貴女の事は忘れないよ…
にしても待ってました連作の続きでこの波乱含みの内容とは、
夏星さんは我々を寝かせぬ気だな!
続きを心待ちにしております。
えーーーーーーーーーーーっ!!?Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)
何処まで泥沼化するのかっ!
もう死亡フラグじゃなくて死んじゃいそうだな・・・
一輪とぬえ相手にパルスィはどういう展開になるのだろうか・・・
続きが楽しみです。
ここにきて村パルってあんたwwwwwどんだけwww
相変わらず船長が悪い、と言うかまさかのパルスィ
地底つながりでムラさととか思い出した
さあどんと来い!w
この悪霊懲りてないぞwwwww
だがムラパルもいいnry
有頂天から地獄に突き落とされるぬえががが。
素敵です!!
作者さま、全然ばっちこいっす!むしろ、どんとこいやーー!!Щ(`∀´Щ)
続き楽しみにしてます!
シリーズ開幕時の言葉にどう繋がるのか全く先が読めない!
・・・久しぶりに、タイトルの通り船長が悪い話だったな。
船長の「運が」悪い話ではなく。
待ちに待った続編だせ~!
…て、まさかのパルパル!?
ぬえ達の暴行も悪いとは思うけど、まぁ仕方ないかなとは思ってた
今回はきっぱりデートと言ってるのにこの暴行は船長が気の毒だな……
真意はどうあれ船長には自分の意思で恋とかする資格すらないのかと
続きを待つ!
その表し方に色々問題があったわけだがw
だから、他にそういう相手がいても全くおかしくは無いですよね。
…とはいえ、パルスィはびっくりした!w
続き待ってまーす
どうしてこうなった
しかしパルスィが妬む側から妬まれる側に…
今のぬえと一輪の妬みはパルスィも凌駕する気がするw
この妬みを操られたらどうなるんだ?