私、村紗水蜜は力持ちです。
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ここは、命蓮寺に一室につくられた『失せ物捜索室』。
失せ物と、謳ってはいるが、失せ物以外にも、探し物ならなんでも見つけてくれる。
さぁ、今日も迷える子羊達が、その部屋を訪れたようだ。
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「それでは、最初の方、入ってきてくれ」
室長のナズーリンが声をあげる。室長と言っても、実際は『失せ物捜索室』を立ち上げたのは彼女であり、彼女一人でここを切り盛りしている。
命蓮寺には似つかわしくない、洋風のオフィスのような部屋の、社長椅子にナズーリンは鎮座していた。
ガチャ、とドアを開き、入ってきたのは、清純な白い服を着た、黒い髪をもつ女性。我らが船長、村紗水蜜だ。
「やぁ、船長。君が訪ねて来るのは珍しいな」
「こんにちは、ナズ」
帽子を外し、礼儀正しく挨拶をする村紗。
「聴いてよ、ナズ。今朝から私のアンカーが見つからないんだ。後、ぬえも」
「ほう、船長のアンカーが」
確かに。いつも背中に背負っているアンカーが今日はない。
「私はちゃんといつもの場所に置いておいたんだよ。ぬえ可愛いもん」
「だが、アンカーなんて持ってく奴なんていないだろう…あっ」
一人、思い当たりがある。
「船長。何となく犯人がわかったから、この件は私に任してもらえないか?」
「えっ?本当?もう犯人わかっちゃったの?ナズは賢いなぁ。ぬえは可愛いなぁ」
「ああ、後で届けさせるよ」
「助かるよ、ナズ!可愛いよ、ぬえ!」
それじゃあ、後で。
その言葉を残し、村紗は部屋を後にしようとドアノブに手を掛ける。
だが、ここでナズーリンは信じられない事を目の当たりにする。
グニャリ、とドアノブは音もなくひしゃげたのだ。
そのまま、千切れて村紗の手に残る。
ナズーリンは仰天した。
「ああっ!やっちゃった…気をつけてたのになぁ…ぬえ可愛いなぁ…」
「せ、せ、船長!それは一体…!?」
村紗は、お恥ずかしい、といった具合に頭をかく。
「いや、実は私、あのアンカーで普段の力をかなり制限しているんだ。そうしないと、ほら、この通り、日常生活に支障がでるもんで…ぬえ可愛いよ、ぬえ…」
そうして、ペチャンコの金属の塊を見せる。
「そ、そういう無茶な設定は、物語の冒頭に注意書きとして書いておきたまえ!!」
「あ、うん、わ、わかったよ。ナズ。ドア壊してごめんよ。後で聖に頼んで直してもらうね。後、ぬえ可愛いよね」
逃げるようにそそくさと、村紗は部屋を出て行った。
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「次のかt…」
ズル…ズル…
何か重たい物を引きずる音がする。
それも、確実にナズーリンの部屋に近づいているのだ。
ナズーリンは、こめかみに青筋を浮かべる。
「出落ちは止めてくれないか」
正体不明の槍を杖代わりに、アンカーを背負った封獣ぬえが姿を見せる。首にはいつもの赤い首輪をつけていた。
しかし、かなり、つらいようだ。息を切らし、額には玉のような汗を浮かべている。
ぬえの細い身体には、村紗のアンカーは相当重たいのであろう。
ぬえは、キッ、とナズーリンを睨むと、恒例である毒を吐く。
「う、うるさい、ネズちゅー」
「それと、床が傷だらけじゃないか。聖に怒られるぞ」
悪口などまったく意に介さず、ナズーリンは床の傷を指摘する。
床には、アンカーを引きずった跡、そして、三つ叉の槍の痕跡が、深々と残っていた。
「しょうがないじゃない!この錨、すっごい重いんだから!」
「持ち歩かなければいいだろう!!ピラミッドを建造している奴隷か、君は」
ナズーリンは、ぬえが村紗のアンカーを持ち出した事に、気づいていた。
というより、村紗関連の厄介事には、必ずぬえが絡んでいる事を経験から導き出していたのである。
「何言ってるのよ。こんな大きいのなんか隠すとこないでしょ。すぐ水蜜に見つかっても面白くないし」
「そもそも、わざわざそんな事してまで、船長の気を引こう、という考えがわからないね。気が引きたいのなら、他にやりようがいくらでもあるだろう」
ぬえは、一気に赤面する。
目を吊り上げ、ナズーリンに抗議する。
「なっ!?だ、だ、誰が水蜜の気なんか引くためにやってるのよ!!」
「君が、だ。まったく、大人しく並んでいれば恋人同士にも見えように」
その言葉を聞いてぬえは、反転して、だらしない笑顔になる。
「えっ!ほ、ほんとっ!?私と水蜜、恋人同士に見える?も、もうやだなぁ~!そんなんじゃないってば~!ナズったらぁ~もうっ☆」
パタパタと羽を動かし、照れを隠すぬえ。
温厚なナズーリンも、少し、イライラとしてきた。口の端がヒクヒクと痙攣している。
他人のノロケほど、不快な物はない。
「それでね、その時の水蜜の顔ったらね、もう、可笑しくて可笑しくて~!」
いつの間にか、始まっていた昔話を打ち切るように、ナズーリンは本題を割り込ませる。
「それで?君がここに来た理由は?何か探し物でも?」
「ん?ああ、そうそう。探し物というより、ちょっと相談なんだけど…」
「話してみてくれたまえ」
「うん。あのさ、水蜜って、ああ見えて結構、ぬいぐるみとか可愛い物好きじゃん?」
(口を開けば、『水蜜、水蜜』と。よくもまぁ、飽きないものだ。鵺じゃなくてオウムか、こいつは…)
ナズーリンの堪忍袋に、ぬえのノロケが蓄積していく。
「船長が可愛いもの好きだというのは初耳だが?」
「あっ!そうでしたそうでしたっ!私しか知らなかったねぇ~。ほら、二人だけの秘密ってやつ?あっ、ナズに話しちゃった。ナズ、今のは内緒だよ~?」
また一つ、ナズーリンの怒りのペンデュラムが、堪忍袋に仕舞われた。
「…それで?」
「話は変わるけど、私、地底から出てきたばっかじゃん?それで、知り合いと呼べる知り合いが、あんま居なくてさ」
「ほうほう」
「それで、地上のお店とか詳しくないの」
「まぁ、そうだろうな」
「だから、水蜜にぬいぐるみを買おうにもどうしようもない」
結局、そこにたどり着くのか。
ナズーリンの堪忍袋は今にもはちきれそうだ。
「……」
「だから、ナズに、うんと可愛いぬいぐるみを頼もうかと。すぐ見つけ出せるんでしょ?…あっ!勘違いしないでよね!プレゼントじゃなくて、水蜜に自慢するために買うんだからねっ!」
「任してくれ。とびきりいいのを見つけようじゃないか」
「ほんとっ!?いや~助かるよ。やっぱ持つべき物は友だね。とびきりいいやつだよ?」
ああ、見たら最後、生まれた事を後悔するような物を必ず見つけてやる。
「そうだ。一つ忠告してやろう」
「ん?」
「さっさと、そのアンカーを船長に返しておくんだな」
「むっなんで?」
「命が惜しくないのなら、構わないが」
ナズの言葉に疑問符を浮かべるぬえ。何故、アンカーが生死に関わるのか理解できないようだ。
どうやら、村紗の怪力を知らないらしい。
「まぁ、いいや。それじゃ、ナズ、よろしくね」
「ああ、さっさと退出してくれ」
ぬえは、くるりと、背中を向け歩きだす。
そして、くるりと、振り返る。
「そういえば、昨日水蜜がね…」
「さっさと出て行かないか!!このすっとこどっこい!!」
ナズの堪忍袋の緒が切れた。
□ □ □
「では、最後の方、入ってきてくれ」
「ナズ…」
申し訳なさそうに、入室してきたのは、寅丸星その人であった。
ナズーリンの師であり、仕えている人物。ただ、おっちょこちょいな所があり、ほぼ毎日のように、アレがないコレがない、とナズーリンの部屋を訪ねているのだった。
立派な耳と尻尾はうなだれて、虎というよりは、仔猫だ。
「ご主人、来ると思っていたよ」
「ナズ、あの、その…」
人差し指を突っつき合う星を見て、ナズーリンは、これ見よがしに溜め息を吐いた。
尻尾も呆れるように垂れ下がる。
「言わなくていいよ。宝塔と、家の鍵と、買い物のメモと、下着がないのだろう?」
「はい…その通りです…」
「何度も懲りずに失くすものだね。一度言っておくが、私はご主人だから探しているのだよ?他の奴だったらもう追い出しているところさ」
「大変申し訳なく思っています…」
シュンと、星の耳が垂れ下がる。
「反省の気持ちがあるなら、気に病む必要はない」
「は、はい…」
「…その、おどおどした態度はやめてくれないか?ご主人は私のご主人なのだぞ?これでは、どっちの立場が上かわからないじゃないか」
「す、すみません」
「謝らなくともいいさ」
「そ、そうですか、すみません」
苦笑を浮かべるナズーリン。
「まぁ、そこが、ご主人の良いところかもしれないな」
「はい?」
ナズーリンは、星のこういう所を気に入っていた。
素直で、決して毘沙門天の代理である事を鼻にかけない。
誰に対しても平等で、笑顔は不思議と癒される。
そして、何より、困った時の表情が愛らしい。
「本題に戻ろうか、ご主人」
「は、はい」
「取りあえず、下着は私が穿いているからいいとして、他の失せ物は私が総力をあげて探しておこう」
「ナズ…!本当に助かります!感謝します!」
「いいのだよ、ご主人。私の仕事はご主人の不始末を片づける事さ。ご主人が何か仕事をくれないと私は暇になってしまうのでね。ご主人は安心して構えていてくれ」
「ナズ…私は果報者です…。あなたのような、優秀な弟子を授かって良かった…」
「そういう冗談は止めてくれないか?照れる」
ナズーリンはくすぐったそうに、微笑んだ。
「ああ、そうだ。ご主人の物を失くす癖は治らないだろう」
「うっ」
「だが、そこで諦めて向上心を投げ捨てるのは愚か者だな」
「その通りですね」
「そこで、ご主人。これからは、もう、物をなくさないように、紐か何かで身体に結びつける事。これで少しは失せ物も減るかもしれない」
「わかりました、ナズ。ナズの言う通りにしましょう」
そこでナズーリンは、顔を赤らめる。
尻尾もそわそわと、落ち着きがない。
「ほら…私もどこに行くかわからないよ?ちゃんと結びつけておかないと…」
ナズーリンはチラチラと左手を示す。その小指には赤い糸が結びつけてあった。
「ナズの言う通りに」
星は笑って、赤い糸の端を、自分の左手の小指に結びつけた。
赤い糸に負けない位、ナズーリンの顔が赤くなったのは言うまでもない。
さりげなく変態宣言するナズとスルーする星のところでもう駄目でしたw
「華奢な女の子が怪力」という設定は、何かこう、心にクるものがあります。
面白かったです!
ぬえはぬえの姿の着ぐるみに入って船長の部屋で待ってれば構ってもらえるんじゃね?とか思ってたけどそれじゃ壮絶に抱きつかれて全身の骨をへし折られてそうだよな。
再開発が再開発されたか……
え?
船長の語尾に吹いたwww
ムラぬえがほのぼので可愛いのとナズ星の安定感は異常。ああもう可愛いなあ。
しかし、これはいいキャラ崩壊ですねww
はっ、まさか白蓮さんは白蓮さんで一輪さんと……オレトクヤン……
ナズはダメな子だが星ちゃんがこんなにも天然なら仕方がない、後ぬえ可愛いよね