春があれば夏がある。四季のある日本に住まう以上、それは避けられない。
夏。
高温多湿、風が吹かなきゃ熱が篭る。
蝉の鳴き声が一層暑さを引き立てる。
際限なく上昇を続ける気温は体力を奪っていき、その世界にあって耐え切れなくなった者は安住の地を求め、秋の到来を切望する。
だが秋、いまだ来ず。
「ぬぅああ~」
氷を口に含み、氷嚢を作って脇に挟んで首筋にも当てて、それでも熱にやられて奇声を上げる少女。博麗霊夢は日差しを遮る我が家の下、この季節のために貯蓄した氷を持って我が家に立て篭もっている。
確立された防衛戦術たる篭城はこの時代にあっても鉄壁を誇る‥‥‥のは冷房機器が使える外の世界の住人だけ。侵入しようとする熱気は、障子や襖といったペラい城壁や扇風機もない貧弱な防御体勢では抗しきれない。博麗神社では風通しだけでもよくしないと蒸し焼きになるから、現在ありとあらゆる侵入口はフルオープンであった。
「さすがのぐ~たら巫女」
へばった少女を横目に眺める泥棒鼠、副業魔法使いな霧雨魔理沙が突っ込む。
「こんのクソ暑い夏日に、黒服を着るあなたのほうがどうかしてるのよ」
寝そべったまま霊夢は自らの友人を見やった。
さすがに半袖薄生地の夏バージョンだが、黒白はへたるどころかこの暑さをものともせず快活に笑い飛ばす。
そしてポケット、ではなく懐からご自慢のマジックアイテムを取り出し。
「魔法のタネはこれだ。空気清浄装置を練り込んでいたミニ八卦路に、今回は扇風機機能を搭載」
「あっ、それ貸しなさい魔理沙!」
「暑苦しい奴はくっつくな、しっしっ」
友人愛用のアイテムを奪おうとする霊夢を押しのけ、一人涼しい風に当たる魔法少女。携帯型扇風機では一人涼むのがやっとなので仕方ない、諦めて再び畳に突っ伏す少女は代わりに喚く。
「あ~もう!こう暑くっちゃ敵わないわ、チルノでも捕まえてこようかしらね」
⑨、チルノ。
あれは氷の妖精だから周囲の気温は極度に下がっている、寒いくらいに。
どこぞの雪女とは違って夏場でも割と平気に飛び回る奴なのでその辺を探せば見つかるかもしれない。それはごく自然の思考と言えた。
しかし。
霊夢の言葉を耳にした瞬間、魔理沙の顔からサ~っと色が消えた。何か恐ろしいものでも見たかのように。
恐怖の表情は落胆へと変わり、狩人のそれへと変化。
その後の元最速は本当に素早かった。寝ていた霊夢を組み敷き背後から馬乗り。もがく霊夢を押さえつけつつ解いた自分のエプロンで霊夢の両腕を縛り上げて自由を奪うと、八卦炉の放出口を友人の頭部へと向け。
「悪いな霊夢」
「悪いわよ!」
拘束された方は怒った。そりゃ怒る。
なおも束縛から逃れようとする霊夢の後頭部へ八卦炉を押し付け、
「下手に抵抗してくれるなよ。動いたら撃つぜ」
「‥‥‥ま、身動き取れないし。んで?」
身に降りかかった理不尽に、思う様ジト眼でにらみつけたかったがうつ伏せなのでできない。霊夢は代わりに説明を要求した。
「さてこれは一体どういうことよ」
「チルノ欠乏症だ」
「は?」
初めて聞く単語に霊夢は抜けた声を出す。
まぁとにかく聞けと、言いながら魔理沙が腰を上げる。両腕は今だ縛られているが背中の重量がなくなり身が自由になったので、身を起こして魔理沙に対して座った。
「日本語使っていいわよ魔理沙」
「だから、チルノ欠乏症だって」
「チルノはどこかの栄養成分か」
「知らないのか、霊夢?」
心底意外そうに驚く少女に、おかしいのはあなただと霊夢は痛いものを見るような瞳でもって無言で返す。
しかし怯むことなく黒白は一つ咳払いして続けた。
「紅霧異変の頃から急速に蔓延している奇病だ。古くに東方文々録では『東方の国に、照りつける太陽に脳を冒され半死人となり、ただ冷気を求め徘徊する者あり。その様相ゾンビの如し』とかのマルボロ・ピエーロが記している。治療にはチルノが有効であることからチルノ欠乏症と呼ばれているんだが」
「ピエーロ?何か変な本掴まされたんじゃ」
「とにかくだ」
霊夢の疑問をぴしゃりとシャットアウト。
「主に夏場限定で流行するこの奇病、重度のチルノ欠乏症に陥った患者はもはや本能で動く獣だ。でもまぁ安心しろ霊夢。まだお前の症状は軽い、何が欲しい?カキ氷でも麦茶でも欲しいだけ取ってきてやるから、な?」
「すっかり病人扱いか。そりゃまぁ暑いしチルノがいたら便利だけどさ?何も襲ったりとかは」
「お腹がすいてるときに自分の好物を出されたら食いつくだろ?」
それは否定できずに口をつぐむ霊夢。
魔理沙は心配するなと、軽いノリで場を持たせようとする。
「欠乏してるなら補充してやればいいんだ、難しい話じゃない。すぐに用意するからそれまで我慢して」
「おいっす」
説明をぶった切ってt、幼さの抜けきらない元気な元気な声が二人の耳に届いた。
チルノ。氷の妖精の癖になんだか暑っ苦しい彼女は今日もハイテンション、ビシッと人間二人に人差し指を向けて。
「最強のあたいが遊びに来てやったわ!ほら、ぼけっとしてないで弾幕でも鬼ごっこでもして遊ぼ――」
「ひゃっはぁ~~~ちぃるのだぁ~~~~!!」
そして霊夢が壊れた。
重度のチルノ欠乏症患者が示す優位な症状、チルノたんはぁはぁである。
「ひぃっ!?」
理性が彼方に飛んでしまった霊夢に恐れをなし、チルノはビビって腰を抜かしてしまった。
妖精に飛び掛かろうとしたのを魔理沙は後ろから羽交い絞めにすることでどうにか止める。逃げること敵わぬ餌を食らおうとなおももがくその姿は人ではなく、悪鬼のような禍々しい何かであった。
チルノ欠乏症はげにも恐ろしい奇病である。
扇風機、アイス、なんでもいい。とにかく暑さより身を守るチルノ成分を十分に摂取できなければそれは発症する。
対策さえ間違えなければ霊夢のように変質することもない。しかし欠乏して一定の限界を超えたとき脳みそは熱でイカれてしまい、もはや人間の言葉など通じなくなってしまう。
しかもその状態に陥った場合は有効な治療手段がないのである。一度欠乏症となった患者へ単純にチルノを与えようとしてもこの通り、火に油を注ぐだけ。
チルノを患者に差し出せば一応場は収まるが、もちろんその際のチルノは身の安全は保障されないし事はそう単純でもない。
チルノは一人しか居ない。
仮に複数名患者が出たら、所有者とこれを求める者の間でチルノを巡る取り合いが発生する。そして彼らは理性を失っているので是が非でも奪おうとするだろう。文字通りあらゆる手段でもって。
戦争。そんな表現ではまだぬるい、それは大戦である。
もう友人は救えないが、それだけは防がねばならない。魔理沙は彼女を逃がすことを優先させた。
「逃げろチルノ!ようは夏の間お前が行方を暗ましていればいいんだ、そしたら皆諦めて麦茶でも飲んでおとなしくなるさ。誰にも捕まるなよ」
「う、うんっ」
理解できないながらも霊夢に捕まったらヤバイとは感じたらしく、チルノはこくこくと頷いておとなしく指示に従う。なんとか腰を上げて外へと――
その行く手、足元にナイフが突き刺さりチルノは否応なく足を止められてしまった。
正面に気配を感じて彼女が顔を上げると。
そこには獣が三匹。
「我が主、レミリアお嬢様の命によりあなたを捕獲に来たわ。おとなしく付いてきなさい」
獲物を狩る目つきで、咲夜が。
「ご主人の探し物発見っと。さて氷の妖精、うちに来てもらうよ。あの寺は暑いったらなくてね」
めんどくさげに、ナズーリンが。
「あぁここにいたのですね。丁度冷房機器が使えなくて困っていたんですよ~、秋が来るまでうちにお泊りしましょうね~」
張り付いた笑顔で、早苗が。
そして背後には、魔理沙に押しとどめられている霊夢。
一つしかない極上の餌を目の前に、出会ってはならない者達が集結した。
自分以外はすべて敵。場に冷たい空気が流れ、狩人たちの視線が交錯する。
そして、
「邪魔者は排除するわ」
「渡すわけにはいかないねぇ」
「ころしてでもうばいとる、でしたね」
「全員まとめてかかってきなさい!」
ついに拘束を力ずくで弾いた霊夢も交え、チルノを置いてけぼりに4人は弾幕を展開した。
4者4様、多方面同時戦闘なんて器用なことをはじめた連中はラストワードを連発。そのうちに駆けつけた星や神奈子、諏訪子、美鈴らが同胞の援護のために次々に参戦していって。
奴らの目は血走っていた。
目の前の惨状におびえていた妖精は唯一まともに佇む魔理沙を見つめて。
「あたい逃げていい?」
「他に選択肢があるか?」
「だよね」
分かりきった答えに納得。
チルノは抜き足差し足で霊夢たちから気づかれぬよう戦闘空域から距離をとり、そうして十分に離れたところで背を向け一目散に逃げ出していった。よっぽど怖かったのか、かわいそうなことに半泣きである。
夏だなぁ。去り行く背中を見つめ、携帯扇風機の風を顔に当てチルノ欠乏症を回避し続けている魔理沙は一人呟く。
暑い中、暑苦しくバトルを続ける少女達。しかしチルノ欠乏症にかかっていない彼女にはいつまでもこの場に留まる理由はなかった。
さて帰ろうか、彼女がそう考えた矢先。
ぽふん
間抜けな音がして、八卦路からの送風が止まった。
熱暴走か燃料切れか。彼女は原因ともかく理由は予想が付いていた、扇風機機能を何日もフル稼働させていたのが悪かったんだと。
振れど叩けど一向に動く様子を見せないアイテム。急速に失われていくチルノ成分。
照りつける日差しの下、玉汗を浮かべる彼女は笑顔だった。
そして彼女は笑顔のまま箒に跨り。
「なぁチルノ、とりあえずうちに泊まっていくべきだと私は思うんだ、な?どうしたんだよそう怯えるなって‥‥‥逃がすか、待てチルノ!」
一転、肉食獣へと変貌した黒白は矢となって空を駆る。数分前まで会話していた人間の豹変振りに危険を察知した妖精は速力を上げて必死に逃げまとった。
チルノたんが、抜け駆けなんて許すか。二人に気づいた霊夢らも戦闘を止めると一斉に飛翔。追撃していった。
幻想郷の空に夏の風物詩、花火が上がる。
世界一どうでもいい死活問題のために己のすべてを賭して。
チルノをめぐる暑い夏。
秋、いまだ来ず。
夏。
高温多湿、風が吹かなきゃ熱が篭る。
蝉の鳴き声が一層暑さを引き立てる。
際限なく上昇を続ける気温は体力を奪っていき、その世界にあって耐え切れなくなった者は安住の地を求め、秋の到来を切望する。
だが秋、いまだ来ず。
「ぬぅああ~」
氷を口に含み、氷嚢を作って脇に挟んで首筋にも当てて、それでも熱にやられて奇声を上げる少女。博麗霊夢は日差しを遮る我が家の下、この季節のために貯蓄した氷を持って我が家に立て篭もっている。
確立された防衛戦術たる篭城はこの時代にあっても鉄壁を誇る‥‥‥のは冷房機器が使える外の世界の住人だけ。侵入しようとする熱気は、障子や襖といったペラい城壁や扇風機もない貧弱な防御体勢では抗しきれない。博麗神社では風通しだけでもよくしないと蒸し焼きになるから、現在ありとあらゆる侵入口はフルオープンであった。
「さすがのぐ~たら巫女」
へばった少女を横目に眺める泥棒鼠、副業魔法使いな霧雨魔理沙が突っ込む。
「こんのクソ暑い夏日に、黒服を着るあなたのほうがどうかしてるのよ」
寝そべったまま霊夢は自らの友人を見やった。
さすがに半袖薄生地の夏バージョンだが、黒白はへたるどころかこの暑さをものともせず快活に笑い飛ばす。
そしてポケット、ではなく懐からご自慢のマジックアイテムを取り出し。
「魔法のタネはこれだ。空気清浄装置を練り込んでいたミニ八卦路に、今回は扇風機機能を搭載」
「あっ、それ貸しなさい魔理沙!」
「暑苦しい奴はくっつくな、しっしっ」
友人愛用のアイテムを奪おうとする霊夢を押しのけ、一人涼しい風に当たる魔法少女。携帯型扇風機では一人涼むのがやっとなので仕方ない、諦めて再び畳に突っ伏す少女は代わりに喚く。
「あ~もう!こう暑くっちゃ敵わないわ、チルノでも捕まえてこようかしらね」
⑨、チルノ。
あれは氷の妖精だから周囲の気温は極度に下がっている、寒いくらいに。
どこぞの雪女とは違って夏場でも割と平気に飛び回る奴なのでその辺を探せば見つかるかもしれない。それはごく自然の思考と言えた。
しかし。
霊夢の言葉を耳にした瞬間、魔理沙の顔からサ~っと色が消えた。何か恐ろしいものでも見たかのように。
恐怖の表情は落胆へと変わり、狩人のそれへと変化。
その後の元最速は本当に素早かった。寝ていた霊夢を組み敷き背後から馬乗り。もがく霊夢を押さえつけつつ解いた自分のエプロンで霊夢の両腕を縛り上げて自由を奪うと、八卦炉の放出口を友人の頭部へと向け。
「悪いな霊夢」
「悪いわよ!」
拘束された方は怒った。そりゃ怒る。
なおも束縛から逃れようとする霊夢の後頭部へ八卦炉を押し付け、
「下手に抵抗してくれるなよ。動いたら撃つぜ」
「‥‥‥ま、身動き取れないし。んで?」
身に降りかかった理不尽に、思う様ジト眼でにらみつけたかったがうつ伏せなのでできない。霊夢は代わりに説明を要求した。
「さてこれは一体どういうことよ」
「チルノ欠乏症だ」
「は?」
初めて聞く単語に霊夢は抜けた声を出す。
まぁとにかく聞けと、言いながら魔理沙が腰を上げる。両腕は今だ縛られているが背中の重量がなくなり身が自由になったので、身を起こして魔理沙に対して座った。
「日本語使っていいわよ魔理沙」
「だから、チルノ欠乏症だって」
「チルノはどこかの栄養成分か」
「知らないのか、霊夢?」
心底意外そうに驚く少女に、おかしいのはあなただと霊夢は痛いものを見るような瞳でもって無言で返す。
しかし怯むことなく黒白は一つ咳払いして続けた。
「紅霧異変の頃から急速に蔓延している奇病だ。古くに東方文々録では『東方の国に、照りつける太陽に脳を冒され半死人となり、ただ冷気を求め徘徊する者あり。その様相ゾンビの如し』とかのマルボロ・ピエーロが記している。治療にはチルノが有効であることからチルノ欠乏症と呼ばれているんだが」
「ピエーロ?何か変な本掴まされたんじゃ」
「とにかくだ」
霊夢の疑問をぴしゃりとシャットアウト。
「主に夏場限定で流行するこの奇病、重度のチルノ欠乏症に陥った患者はもはや本能で動く獣だ。でもまぁ安心しろ霊夢。まだお前の症状は軽い、何が欲しい?カキ氷でも麦茶でも欲しいだけ取ってきてやるから、な?」
「すっかり病人扱いか。そりゃまぁ暑いしチルノがいたら便利だけどさ?何も襲ったりとかは」
「お腹がすいてるときに自分の好物を出されたら食いつくだろ?」
それは否定できずに口をつぐむ霊夢。
魔理沙は心配するなと、軽いノリで場を持たせようとする。
「欠乏してるなら補充してやればいいんだ、難しい話じゃない。すぐに用意するからそれまで我慢して」
「おいっす」
説明をぶった切ってt、幼さの抜けきらない元気な元気な声が二人の耳に届いた。
チルノ。氷の妖精の癖になんだか暑っ苦しい彼女は今日もハイテンション、ビシッと人間二人に人差し指を向けて。
「最強のあたいが遊びに来てやったわ!ほら、ぼけっとしてないで弾幕でも鬼ごっこでもして遊ぼ――」
「ひゃっはぁ~~~ちぃるのだぁ~~~~!!」
そして霊夢が壊れた。
重度のチルノ欠乏症患者が示す優位な症状、チルノたんはぁはぁである。
「ひぃっ!?」
理性が彼方に飛んでしまった霊夢に恐れをなし、チルノはビビって腰を抜かしてしまった。
妖精に飛び掛かろうとしたのを魔理沙は後ろから羽交い絞めにすることでどうにか止める。逃げること敵わぬ餌を食らおうとなおももがくその姿は人ではなく、悪鬼のような禍々しい何かであった。
チルノ欠乏症はげにも恐ろしい奇病である。
扇風機、アイス、なんでもいい。とにかく暑さより身を守るチルノ成分を十分に摂取できなければそれは発症する。
対策さえ間違えなければ霊夢のように変質することもない。しかし欠乏して一定の限界を超えたとき脳みそは熱でイカれてしまい、もはや人間の言葉など通じなくなってしまう。
しかもその状態に陥った場合は有効な治療手段がないのである。一度欠乏症となった患者へ単純にチルノを与えようとしてもこの通り、火に油を注ぐだけ。
チルノを患者に差し出せば一応場は収まるが、もちろんその際のチルノは身の安全は保障されないし事はそう単純でもない。
チルノは一人しか居ない。
仮に複数名患者が出たら、所有者とこれを求める者の間でチルノを巡る取り合いが発生する。そして彼らは理性を失っているので是が非でも奪おうとするだろう。文字通りあらゆる手段でもって。
戦争。そんな表現ではまだぬるい、それは大戦である。
もう友人は救えないが、それだけは防がねばならない。魔理沙は彼女を逃がすことを優先させた。
「逃げろチルノ!ようは夏の間お前が行方を暗ましていればいいんだ、そしたら皆諦めて麦茶でも飲んでおとなしくなるさ。誰にも捕まるなよ」
「う、うんっ」
理解できないながらも霊夢に捕まったらヤバイとは感じたらしく、チルノはこくこくと頷いておとなしく指示に従う。なんとか腰を上げて外へと――
その行く手、足元にナイフが突き刺さりチルノは否応なく足を止められてしまった。
正面に気配を感じて彼女が顔を上げると。
そこには獣が三匹。
「我が主、レミリアお嬢様の命によりあなたを捕獲に来たわ。おとなしく付いてきなさい」
獲物を狩る目つきで、咲夜が。
「ご主人の探し物発見っと。さて氷の妖精、うちに来てもらうよ。あの寺は暑いったらなくてね」
めんどくさげに、ナズーリンが。
「あぁここにいたのですね。丁度冷房機器が使えなくて困っていたんですよ~、秋が来るまでうちにお泊りしましょうね~」
張り付いた笑顔で、早苗が。
そして背後には、魔理沙に押しとどめられている霊夢。
一つしかない極上の餌を目の前に、出会ってはならない者達が集結した。
自分以外はすべて敵。場に冷たい空気が流れ、狩人たちの視線が交錯する。
そして、
「邪魔者は排除するわ」
「渡すわけにはいかないねぇ」
「ころしてでもうばいとる、でしたね」
「全員まとめてかかってきなさい!」
ついに拘束を力ずくで弾いた霊夢も交え、チルノを置いてけぼりに4人は弾幕を展開した。
4者4様、多方面同時戦闘なんて器用なことをはじめた連中はラストワードを連発。そのうちに駆けつけた星や神奈子、諏訪子、美鈴らが同胞の援護のために次々に参戦していって。
奴らの目は血走っていた。
目の前の惨状におびえていた妖精は唯一まともに佇む魔理沙を見つめて。
「あたい逃げていい?」
「他に選択肢があるか?」
「だよね」
分かりきった答えに納得。
チルノは抜き足差し足で霊夢たちから気づかれぬよう戦闘空域から距離をとり、そうして十分に離れたところで背を向け一目散に逃げ出していった。よっぽど怖かったのか、かわいそうなことに半泣きである。
夏だなぁ。去り行く背中を見つめ、携帯扇風機の風を顔に当てチルノ欠乏症を回避し続けている魔理沙は一人呟く。
暑い中、暑苦しくバトルを続ける少女達。しかしチルノ欠乏症にかかっていない彼女にはいつまでもこの場に留まる理由はなかった。
さて帰ろうか、彼女がそう考えた矢先。
ぽふん
間抜けな音がして、八卦路からの送風が止まった。
熱暴走か燃料切れか。彼女は原因ともかく理由は予想が付いていた、扇風機機能を何日もフル稼働させていたのが悪かったんだと。
振れど叩けど一向に動く様子を見せないアイテム。急速に失われていくチルノ成分。
照りつける日差しの下、玉汗を浮かべる彼女は笑顔だった。
そして彼女は笑顔のまま箒に跨り。
「なぁチルノ、とりあえずうちに泊まっていくべきだと私は思うんだ、な?どうしたんだよそう怯えるなって‥‥‥逃がすか、待てチルノ!」
一転、肉食獣へと変貌した黒白は矢となって空を駆る。数分前まで会話していた人間の豹変振りに危険を察知した妖精は速力を上げて必死に逃げまとった。
チルノたんが、抜け駆けなんて許すか。二人に気づいた霊夢らも戦闘を止めると一斉に飛翔。追撃していった。
幻想郷の空に夏の風物詩、花火が上がる。
世界一どうでもいい死活問題のために己のすべてを賭して。
チルノをめぐる暑い夏。
秋、いまだ来ず。
きっと死んででも捕まえて帰ってきます。
絶対生きて帰ってこいよ!
でも本当にチルノが欲しい…
レティの抱き枕になってくる
面白かった!
無邪気なチルノがちょっと気の毒だったけれど(笑