「霖之助さん、お、お祭り行かない?」
夏の暑さから逃れられるまであと少しとなった葉月の中頃。
その日は珍しく霊夢が朝からやって来て、何をするわけでも無くぼーっとしていた。ただ何時もと違ったのは、普段に比べ全くと言っていい程喋らず、時折何かを言いたそうに口を開けては言葉を飲み込んでいた。
そんな事が朝から続き、昼も過ぎた頃にやっと霊夢が発したのが冒頭の台詞だ。
「お祭り?」
「そう、お祭り。今日里でやるのよ」
「騒がしいのは苦手だよ」
「騒がない祭りなんて祭りじゃないわよ。そうでしょ?」
「確かにそうだが……」
「……やっぱり、駄目?」
「フム……」
考える。
霊夢の言う通り、騒がない祭りなんてものは祭りじゃない。そして僕が騒がしい所は苦手だというのは周知の事実だ。誘ってくれた霊夢には悪いが、ここは丁重に断り誰か他の友達……魔理沙辺りと行く事を勧めようか……
……いや。
霊夢も普段は全く仕事をしていないとはいえ、幻想郷を管理する博麗の巫女だ。今日は年に一度の夏祭り。里の警備は慧音がやっている筈だし、たまの祭りぐらい一人の少女として遊びたいのかもしれない。
だが、何故そこで僕を誘うのだ?こういう事は魔理沙なら喜んで付き合いそうだし、別に一人でも楽しめない事はないだろう。
……いや、そもそも根本から間違っているな。
妹分が限られた時間を一緒に過ごそうと頼んでいるのだ。兄貴分として聞き入れない訳にはいかないだろう。
「分かったよ。たまになら騒がしいのも嫌いじゃない」
「え……! ほ、ホント!?」
「こんな状況で嘘を吐くほど腐ってはいないよ」
「やったやったやった! じゃあ今から準備してくるわね!」
「……準備?」
「終わったらまた来るから! じゃ!」
言うやいなや、霊夢は店を飛び出していった。
「準備とはどういう事だ……?」
ただ屋台で遊ぶだけだと言うのに、何の準備が必要なんだ?
どれだけ考えても、それは分からなかった。
***
日も沈みかけ、此処からでも人里の賑わいがはっきりと分かる頃、僕は店で霊夢を待っていた。
「……遅いな」
そう呟くと同時に、来客を知らせる音が店内に鳴り響いた。
「……お、お待たせ……」
扉の向こうに居たのは、やはり霊夢だ。
「あ、あぁ……」
「ごめんなさい霖之助さん。コレ着るのに手間取っちゃって……」
「……ん?」
言われて、霊夢の格好をもう一度見る。
何時もの紅白の巫女装束ではなく、今霊夢が着ている服は全部が赤かった。
和式の人形が着るようなその朱色の服装は……
「……浴衣?」
そう、浴衣。
恐らく夏祭りに最も映えるであろう服装だ。
「……似合うかしら?」
「あぁ、似合ってるよ」
「!……フフッ、ありがと」
そう言って笑う霊夢には、何時もとは違う「何か」があった。
「さ、早く行きましょ! 遅れた私が言うのも何だけど、花火が始まっちゃうわ!」
「まだ日も沈んではいないよ。花火は夜になってからだ」
「それでも急ぎましょう。年に一度のお祭りなんだもの!」
「フム、一理ある。限られた時間は有効的に活用しなければ損というものだからな」
「……それに、今日は霖之助さんも一緒だし」
「ん……何か言ったかい?」
「な、何でも無いわ! 早く行きましょう!」
「あ、あぁ……って、コラ、引っ張らないでくれ。伸びるだろう」
僕の服を掴む霊夢に連れられ、僕は騒がしい里に足を進めた。
***
「わ、霖之助さん! 金魚すくい!」
「やりたいのかい?」
「え、ま、まぁ」
「駄目だよ」
「えー!? 何でよ!?」
「じゃあ聞くが、君が昔神社の裏の池で飼っていた金魚はどうなったんだったかな?」
「……餌あげ忘れて全滅した……」
「そういう事だよ」
「うぅ」
◆◆◆
「ねぇ霖之助さん。あれ何?」
「あれは……!?」
「ち、ちょっと霖之助さん!?」
「あら、いらっしゃい」
「こ、これが外界の……!」
「いきなりどうしたのよ……って、紫!?」
「霊夢もどう?『八雲印のイカ焼き』」
「紫が……働いてる!?」
「おかしいかしら?」
「二本頂くよ」
「はい、毎度~」
「……ん、美味しい!」
「これは……中々に美味だね」
「ふふ、外界から取り寄せた甲斐がありましたわ」
◆◆◆
「……(バシッ!)……(バシッ!)……(バシッ!)」
「わー霖之助さん凄い……百発百中じゃない」
「まぁね。伊達に傘に銃は仕込んでないよ」
「お、霖之助じゃないか。珍しいな」
「やぁ、慧音か」
「ん……射的か?」
「あぁ」
「お前らしいな。流石元射的屋潰しといった所か?」
「……昔の話だよ。それは忘れてくれ」
「無理な話だ。あの時お前が取ってくれたぬいぐるみは今でも大切に飾ってあるからな」
「!……霖之助さん! あのぬいぐるみ取って!」
「ん、欲しいのかい?」
「え、えぇ」
「!……巫女、貴様……」
「何よ?」
「(何だこの空気……)」
◆◆◆
「わ、飴細工……」
「職人技だね。中々に勉強になるよ」
「何の勉強よ、何の」
「飴細工だよ。これを見て殺人法を学べる程僕は器用じゃない」
「学べても怖いわよ」
「まぁいいさ。……食べるかい?」
「うん。あ、この早苗形一つ下さい」
「じゃあ僕はこっちの吸血鬼形を……」
◆◆◆
「お、霖の字じゃないか。奇遇だね」
「小町……仕事はいいのかい?」
「年に一度の祭りだよ?来なきゃ損だよ。それより……」
「……何よ?」
「霖の字、可愛い女の子連れちゃって……デートかい? 憎いね、コノコノッ!」
「でっ、でででででででででででででで……な、何言ってるのよアンタ! 完膚なきまでに滅するわよ!?」
「おやおや、巫女さんは随分と初心だねぇ。じゃ、アタイはもう行くよ」
「あぁ。早く行っておいで」
「ふふーん。お?外界の食べ物……?面白そうだね! ちょっと……」
「審判『ラストジャッジメント』」
「イ゙ェアアアア!!!」
「「あ」」
***
「……霊夢、楽しかったかい?」
「えぇ! こんなに楽しいの何時ぶりかしら!」
「そう言って貰えると、一緒に来た甲斐があったというものだ」
空を闇が覆う頃、金魚のトラウマを思い出したり、此処でしか食べれない外の世界の食べ物を食べたり、僕にとっての黒歴史を掘り起こされたり、紅魔館当主を模した飴細工に感動したり、死神が飛び上がっていったり……と様々な事があったが、どうやら霊夢は楽しんでくれたらしい。
「……さて、この辺りでいいだろう」
「そうね。人も少ないし」
言って、地面に腰を下ろす。
空には雲一つ無く、星が月に負けじと輝いている。
「霖之助さんは?」
「うん?」
「霖之助さんは……楽しかった?」
「あぁ……楽しかったよ。誘ってくれて有難う」
「お、お礼を言うのは私の方よ! 屋台も全部出してもらったし……」
「君の今までのツケに比べたら微々たるものだよ。早く返してくれるなら、僕にとってそれが最大級の礼だね」
「お金は無いわよ」
「やれやれ……」
そこで互いに無言になる。
まだ里の方では年に一度の的屋を楽しむ者で賑わっており、その騒ぎが此処まで聞こえてくる。
「………………」
「………………」
十数分無言の時間が続き、霊夢が静寂を破った。
「霖之助さん」
「ん?」
「私の事、どう思ってる?」
「君の事……かい?」
「えぇ」
「フム……」
世話の焼ける妹分……これは魔理沙もそうだな。
霊夢個人に思う事……か。
「博麗の巫女……だが?」
「……そういう事じゃないわよ」
「ん?」
「だ……だからっ、私個人の事はどう思ってるの? 巫女としてじゃない、ただ一人の少女、博麗霊夢として私の事……ど、どう思ってるの?」
「……あぁ」
……駄目だな。霊夢は霊夢で、僕の中の霊夢は一人の巫女でしかない。
だらけてはいるが、巫女としての仕事もしっかり行い、今こうして幻想郷が成り立っているのも霊夢の力あってのものだろう。
だが霊夢はこの答えでは納得しないだろうな。ならどうしたものか……
「……そうだ」
「……え?」
「逆に聞くよ霊夢。 君は僕の事をどう思っているんだい?」
「えぇぇぇええっ!?」
そう。僕の霊夢に対する価値観が分からないのなら、霊夢の僕に対する価値観を聞けばいい。
僕と霊夢は相性がいい。ならば価値観も近い、もしくは同じ筈だ。
霊夢の価値観を聞いて、僕も同じだよと答えればいい。
「……ん、どうした?」
「え、いや、だって、そ、そんな、いきなり……」
「……纏まってからでいいよ。それまで待とう」
「え、う、うん」
そう言うと、霊夢は深呼吸を二、三回して、小さく「良し」と呟くと、僕の方に向き直った。
「り、霖之助さん」
「うん?」
「わ、私は、霖之助さんの事が……」
「僕の事が?」
「す……」
「す?」
「す……!」
「……?」
「わ、私! り、霖之助さんの事が……!」
その時。
まるで霊夢の言葉に被さる様に、一発目の花火が上がった。
「おぉ、始まったな」
「……えぇ??」
「ど、どうした?」
「……何でも無い」
「……そうか」
「そうよ……」
「見ないのかい?花火」
「見るわよ、後で。今花火見たら幻想郷の花火職人全員殺したくなるから」
「物騒だね」
「そうよ」
「そういえば、何て言おうとしたんだい?」
「……言わない」
「……そうか」
「……えぇ」
そこで会話は途切れるが、花火の音で静寂は掻き消される。
暫く、静かに花火を見ていた。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………綺麗ね」
霊夢が何か呟いたが、それもやはり花火に掻き消される。
「ん、何か言ったかい?」
「……何でも無い」
「そうか」
「えぇ」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………大好き」
無数の花火が、一際大きな音を立て空に咲いた。
***
「さて、もうすぐ花火も終わるし、そろそろ帰ろうか……?」
「くぅ……くぅ……」
「……眠ってしまったか。霊夢……」
「ん……くぅ……」
「やれやれ……よいしょっと」
「ん……」
「ふぅ……昔に比べると随分大きくなったな……」
「霖之助さぁん……」
「ん?」
「……くぅ」
「寝言か……」
「だいしゅきぃ……」
「はいはい……」
「くぅ……くぅ……」
「………………」
「くぅ……くぅ……」
「全く、この子は……」
「くぅ……くぅ……」
「花火の音があるとは言え、あの至近距離で声が聞こえないとでも思っていたのか……?」
好き。
その言葉が頭の中で木霊する。
花火が打ちあがり破裂するまでの、ほんの一瞬の静寂。
その一瞬に聞こえた、霊夢の僕に対する価値観。
「まさか、友好的に見られていたとはね」
僕は妹の様に接していたのだが……いわゆる、「愛情が足りない」というやつだろうか。
「……そうだな」
今度からは、もう少し親密に接してやってもいいかもしれない。
そんな事を考えながら、僕は我が家に向かい歩き出した。
霖之助よ、霊夢はまかせた。だから慧音は私が責任を持って……
気を付けろ霖之助!幽香が仕込み傘で…!!
俺は甘と上手くカオスが書けない…。
甘くて素晴らしいお話でした!
作者様GJ!!
霊夢以外の少女との組み合わせも読んで見たいので、シリーズ化してみてはいかがでしょうか?
GJ!もっとやれ!
素晴らしいという言葉以外思いつかないッッッ
良いぞ!他の組み合わせも読んでみたい
お願いします!お願いします!
でも言われないと気付けないあたりさすが霖之助と言ったところでもあり。
いつか、自分の中の霊夢が変わったら気持ちを伝えてあげなきゃね!
あぁ、霊夢かわいい霊夢・・・
コメ返しで~す。
>>拡散ポンプ 様
可愛かったですかw
駄目ですよー、慧音は霖之助一筋なんですからw
>>華彩神護.K 様
確かに色々仕込んでそうですねw
え、貴方の作品は十分カオスでしょう?w
>>奇声を発する程度の能力 様
そ、そんなになるぐらい甘かったんですか!?
>>高純 透 様
何か求められた気がしたんですよ、霊霖w。
シリーズ化……ですか。
>>投げ槍 様
た、大量破壊兵器ッッッ!?
>>6 様
多分今後三十年ぐらい変わらないと思いますねw
霊夢かわいいよ霊夢。
読んでくれた全ての方に感謝!