葉月に入り、夏の暑さも一層と強まったある日、この暑さなら客も見込めないと思って、僕は非売品の手入れをしていた。
しかし、この非売品は誰にも見せるつもりは無い。そのつもりで封魔の札を張っている倉庫にて長らく埃を被っていたが、それではコイツも可哀想だろうと思い、今日こうして引っ張り出してきたという訳だ。
その道具は一言で言うなら『日本刀』。刀の姿は先反りがついており、切先が伸びている。刃文は表裏で焼きが揃っており、箱乱れ。
その刀、名を『村正』。一般で言う『呪われた刀』だ。
霊夢や魔理沙と同年代の男子が喜びそうな二つ名だが、村正がこう呼ばれるのには訳があるのだ。
かの徳川家康の祖父清康と父広忠は、共に部下の暗殺によってその生涯を終えている。また、家康の嫡男である信康は、謀反の疑いで死罪となった。
この三人の命を奪ったのは、全てこの『村正』の作刀だ。
更に関ヶ原の戦いで、東軍の武将織田長孝が戸田勝成を討ち取るという功をあげた。その長孝が使った槍を家康が見ていた時、家臣が槍を取り落とし、家康は指を切った。この槍も村正だったと言う。
故に徳川家で村正は全て廃棄され、公にも忌避されるようになった。僅かに残った村正は隠され、時には銘を磨り潰したという。
人の間で噂は広がり、やがて縁起が悪いだけだった刀は、様々ないわくが付くようになる。そうして人の手を渡り歩く内、いつしか村正は『呪われた刀』として知られる様になった。
そんな事を考えながら打粉で刀身を叩いていると、客の来店を知らせる鈴の音が店内に響いた。
まだ手入れの途中だったが、客を放っておく訳にもいかないだろう。そう思い顔を上げると、扉の前に立つ少女の姿が目に入った。
「いらっしゃい。ゆっくりしていくといい」
「………………」
返事は返ってこない。
「……ん?」
「………………」
黙ったままの少女がこっちに近づいてくる。万が一強盗の可能性もあるので、村正を手の届く所に置き、少女に向き直る。
「………………」
「………………」
互いに無言。静寂が店内を支配する。
外から聞こえてくる蝉の声が、妙に五月蝿く感じる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
どれくらい、そうしていただろうか。
不意に、というかやっと、少女が口を開いた。
「厄いわ」
「……は?」
「厄いわね、貴方」
厄い、とは何だろうか。
「貴方、このままだと大変な事になるわよ?」
「……何がだい?」
「それよ」
言って、少女は人差し指を向けた。
向けられた先には、手入れ途中の村正。
「これは非売品なんだが?」
「だからよ。そんな厄い道具を……多分、何年も持ち続けていたんでしょう?」
「………………」
あながち間違ってはいない。この村正は香霖堂が出来た頃から此処にある数少ない品だ。
「それ、頂くわよ」
「だからこれは非売品だと……」
「あぁ、別にそれを買い取ろうって訳じゃないわ」
「……?」
「それの厄が欲しいの」
「厄?」
「そう、厄。呪いって言った方が分かりやすい?」
言われて、考える。
先ほどの言葉と呪いの事から察して、彼女はこの刀が村正であるという事を知っているのだろう。
そして、呪い……厄を欲していると言う事は、呪いを払う力を使えるという事だろうか?
ならば……
「この刀から、呪いを祓うというのかい?」
「ん~……まぁそんな感じね」
だから、はいと手を差し出す少女。村正を渡せという事だろうか。
「お断りするよ」
「……何故?」
「何故……か。それは僕が聞きたいね」
「?」
「そもそも、呪われた道具というのは呪われているからこそ価値がある物がある。この村正はまさしくそれだ。呪われていない村正なんていうのは、ただのよく切れる日本刀に過ぎない。いわく付きの道具という物は、そのいわくと共に今までを生きてきている。その道具からいわくの部分である呪いを祓うというのは、その道具の歴史そのものを否定しているのと同義だよ」
「ふーん……そんな考え方もあるのね。……興味深いわ」
「そうか。そのまま納得して帰ってくれれば、僕としても有難いんだが」
「ふふ、いいわ。今日は見逃してあげる」
「……今日は?」
「えぇ。その厄……回収させてもらうまで通う事にするわ」
じゃーねーと言いながら、少女は店を出て行った。
「……何だったんだ……?」
厄が欲しい、と言っていたな。
恐らく、混乱や災禍の化身といった所だろうか。厄……呪いの力を使って、新しい異変でも起こすつもりなのかもしれない。
そこまで考え、ふと思い出した。
「そういえば、名前を聞くのを忘れていたな」
まぁ、彼女はまた来ると言っていた。ならその時にでも聞けばいいだろう。
そう思い、村正の手入れを再開した。
……ちなみに、この後遊びに来た妖夢が村正を見て何を思ったのか、「手合わせして下さい!」と言ってきた。適当に相手して降参した。荒事は面倒だ。
***
「ねぇ店主さん、そろそろ諦めてくれないかしら?」
「何をだい」
「村正」
「断る」
「えー」
「僕が諦めるのを諦めてくれ」
「何それ?」
「先日流れ着いた週刊誌なる物に載っていたんだよ」
「ふーん」
最初に彼女が来てから丁度一週間。
彼女の名前は鍵山雛。八百万の神が一柱で、流し雛の付喪神らしい。
雛は毎日の様に……というか毎日此処に来た。
ついでに妖夢も毎日の様に……というか毎日、しかも酷い時で一日に四回は来た。手合わせがしたいらしい。あまりに鬱陶しいので昨日一太刀で沈めておいた。
「ねぇ」
「何だい」
「どうして厄を溜め込むの?」
「え?」
「厄は溜め込んでも良い事なんて一つも無いわよ?なのに何で?」
何故……か。
「君は厄神なのに、何も分かっていないようだね」
「えっ?」
「分からないなら教えてあげよう。そもそも『厄』と聞くと、自然と人は良くない事を考える。『災厄』が良い例だろう。だが、『厄』は転じて『益』となる。つまり商売をする者にとって、厄を溜め込む……いわく付きの商品を集めるという事は、そのまま珍しい物好きからの利益となる訳だ。また『厄』とは『薬』にも転じ、ここから草冠を取れば『楽』となる。僕には理解出来ないが、外の世界には危険な事を楽しみとする若者もいるらしい。さらに『厄』を数字に直すと『89』となる。この内『8』は漢字に直すと『八』となり、八の字はその形から末広がりを意味して日本では古来より幸運とされてきた。また『9』から連想されるもので『九字』がある。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前の九字だ。これらは古来より護身術として用いられてきた。つまり……」
「……つまり?」
「厄とは必ずしも縁起が悪いものじゃないって事だよ。考え方なんて人それぞれだからね」
「へー」
「へーって……厄神が厄についての考えを聞いた感想がそれかい?」
「えぇ。そんな事より、村正を早く出しなさい。もしくはそれに匹敵する厄い道具」
「村正じゃなくてもいいのかい?」
「別にあるなら。その分の厄を回収すればまぁ暫くは大丈夫だろうし」
「フム……」
正直、村正をただの刀にはしたくない。かといって他に呪われた道具なんて……
「……あったな」
「え?」
「呪われた道具なら良いんだろう?すぐに持ってくるからちょっと待っていてくれ」
「えぇ」
村正が守れ、あれが処分できるなら良い事尽くめだ。そう思い、僕は倉庫に向かって歩き出した。
***
「待たせたね、コレだよ」
言って、手に持っている物を見せる。
「……刀?危ないわよそんな所持ってたら」
「普通に持ったほうが危ないんだよ、この刀は」
確かに、雛の言う事も一理あるだろう。僕は刃を片手で挟むように持っているのだ。
何も知らない他人(いや、この場合は他神か?)が見れば、間違いなく雛の様に注意を促すだろう。
そう、何も知らなければ。
「?」
「まぁ持ってみれば分かるよ」
「???」
僕に言われるがまま、雛は刀を持った。
◆◆◆
「デケデケデケデケデケデケデケデケ、デーデレデーン♪」
「……また?」
「えぇ、またです総領娘様」
「……空気って何なんだろう……」
◆◆◆
「……この刀が?確かに厄いけど……」
「放してごらん?」
「え?……ッ!?」
「分かっただろう?」
「は、離せない!?」
「そう。この刀の名称は「もろはのつるぎ」、用途は「敵を攻撃する」なんだが……」
「これが呪いなの?」
「あぁ。何でも山の巫女曰く、灰と錬金すると凄い物が出来るらしいんだが……」
「そんな灰は見つからなかった?」
「まぁそういう事だ。だから君なら何とかできないかい?」
「まぁ出来なくはないけど……厄い道具から厄を取るのは、その道具の歴史を否定しているのと同じじゃなかったのかしら?」
「確かにそう言ったが、山の巫女曰くこれは呪いを祓う事で使えるようになる武器らしいからね」
「ふーん……世界は広いわね」
「村正の事はそれで諦めてくれよ?」
「はいはい……貴方には負けたわ」
言って、雛は目を閉じて集中しだした。恐らく厄を集めているのだろう。
邪魔しては悪いだろうと思い、静かに見守る。
「………………」
「………………」
暫くすると、もろはのつるぎから何か黒い靄(もや)の様な物が出てきた。あれが『厄』なのだろうか。
「………………」
「!?」
靄がかなりの量になった時、雛はいきなり回りだした。すると、靄が見る見るうちに雛に吸い込まれていく。
「………………」
「………………」
「……はい、終わり」
言葉から察するに、厄の抽出が終わったのだろう。雛の片手が剣が離れた事からもそれは見て取れる。
「全く……こんな道具、まだ持ってるんじゃないでしょうね?」
「ある事にはあるが、君に見せる気は無いよ」
何しろ、数えただけでキリが無いのだ。水色桔梗の旗(主君を裏切らなければならない状況を作る程度の道具)もあれば、司馬仲達の冠(どんな些細な事も疑うようになる程度の道具)もある。
「ホントに……何時か厄に殺されるわよ?」
「それもまた一興さ」
「ハァ……」
「それに、僕の手に負えなくなったら君に頼むだけだよ」
「まぁ、神任せ?神の一柱だし神頼みは悪い気しないけど、他力本願は駄目よ?手遅れになった時に私が来るとは限らないわよ?」
「なら君に此処に住んでもらえばいいさ」
祀られない神……付喪神等は本来決まった住居を持たない。あの紫色の傘を持った付喪神が良い例だろう。ならば住居を共にする事で衣食住の問題を解決でき、更に厄で僕が手遅れになってしまった時も迅速に対処できる。
そういう意味で言ったんだが。
「……はぇっ?」
何故彼女は顔を赤くしているのだろう。
「どうしたんだい?」
「え、でも、私達、まだお互いの事そんなに知らないのに、そんな、いきなり……」
「……大丈夫か?顔が赤いが……」
言って、雛の額に手を当てる。
「ふぇえっ!?」
「……どうした?」
「な、何でもないわ!それじゃ!」
「あ、おい……」
言って、雛は飛び去って行ってしまった。
「……もろはのつるぎが……」
厄祓いが完了した剣を持ったまま。
***
妖怪の山の自宅。
その中の寝室で、私は転げ回っていた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
どうしようどうしようどうしよう!?求婚されちゃった!
神様だから縁なんて無いと思って花嫁修業も何にもしてなかった!
諏訪子ちゃんみたいにやっとけば良かった!
「どうしようどうしよう!?告白されちゃったよ私ー!?」
神の一柱、それも厄神という生き方をしてきた所為か、こんな事は初めてだった。
しかも、会ってまだ一週間の、それも冴えない古道具屋の店主になんて……!
「あ……」
そこまで考えて思い出した。
「刀……」
机の上に無意識に置いていた、厄の取れたもろはのつるぎ。
「返さなくちゃ……」
彼の物なのだ。返さなければならないだろう。でも……
「それだと……」
そう。また彼の所に行かなければならない。
恐らく返事を求めてくるだろう。……告白の。
別に何も知らない相手に求婚なんかされて、断った所で何とも無い。
でも……、それは何故かしたくない。
「何でだろ……」
これが……恋、なのだろうか。
彼に……?
「あ」
彼で思い出した。
彼は言っていた。『ある事にはあるが、君に見せる気は無い』と。
つまり、あの剣や村正に匹敵する様な厄い道具があそこには溢れかえってるのだ。
「………………」
彼は、厄は必ずしも悪いものではないと言っていた。
だが私からすれば厄は危険でしかないものなのだ。
「……そうね」
言って、立ち上がる。
彼は半妖、時間はたっぷりとある。
花嫁修業はこれからやればいい。
なら、今の私に出来る事は何だろう?
「そうね。未来の旦那様の厄は全部取っちゃわないと、ね」
一人呟き、刀を持って私は森へ飛び立った。
しかし、この非売品は誰にも見せるつもりは無い。そのつもりで封魔の札を張っている倉庫にて長らく埃を被っていたが、それではコイツも可哀想だろうと思い、今日こうして引っ張り出してきたという訳だ。
その道具は一言で言うなら『日本刀』。刀の姿は先反りがついており、切先が伸びている。刃文は表裏で焼きが揃っており、箱乱れ。
その刀、名を『村正』。一般で言う『呪われた刀』だ。
霊夢や魔理沙と同年代の男子が喜びそうな二つ名だが、村正がこう呼ばれるのには訳があるのだ。
かの徳川家康の祖父清康と父広忠は、共に部下の暗殺によってその生涯を終えている。また、家康の嫡男である信康は、謀反の疑いで死罪となった。
この三人の命を奪ったのは、全てこの『村正』の作刀だ。
更に関ヶ原の戦いで、東軍の武将織田長孝が戸田勝成を討ち取るという功をあげた。その長孝が使った槍を家康が見ていた時、家臣が槍を取り落とし、家康は指を切った。この槍も村正だったと言う。
故に徳川家で村正は全て廃棄され、公にも忌避されるようになった。僅かに残った村正は隠され、時には銘を磨り潰したという。
人の間で噂は広がり、やがて縁起が悪いだけだった刀は、様々ないわくが付くようになる。そうして人の手を渡り歩く内、いつしか村正は『呪われた刀』として知られる様になった。
そんな事を考えながら打粉で刀身を叩いていると、客の来店を知らせる鈴の音が店内に響いた。
まだ手入れの途中だったが、客を放っておく訳にもいかないだろう。そう思い顔を上げると、扉の前に立つ少女の姿が目に入った。
「いらっしゃい。ゆっくりしていくといい」
「………………」
返事は返ってこない。
「……ん?」
「………………」
黙ったままの少女がこっちに近づいてくる。万が一強盗の可能性もあるので、村正を手の届く所に置き、少女に向き直る。
「………………」
「………………」
互いに無言。静寂が店内を支配する。
外から聞こえてくる蝉の声が、妙に五月蝿く感じる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
どれくらい、そうしていただろうか。
不意に、というかやっと、少女が口を開いた。
「厄いわ」
「……は?」
「厄いわね、貴方」
厄い、とは何だろうか。
「貴方、このままだと大変な事になるわよ?」
「……何がだい?」
「それよ」
言って、少女は人差し指を向けた。
向けられた先には、手入れ途中の村正。
「これは非売品なんだが?」
「だからよ。そんな厄い道具を……多分、何年も持ち続けていたんでしょう?」
「………………」
あながち間違ってはいない。この村正は香霖堂が出来た頃から此処にある数少ない品だ。
「それ、頂くわよ」
「だからこれは非売品だと……」
「あぁ、別にそれを買い取ろうって訳じゃないわ」
「……?」
「それの厄が欲しいの」
「厄?」
「そう、厄。呪いって言った方が分かりやすい?」
言われて、考える。
先ほどの言葉と呪いの事から察して、彼女はこの刀が村正であるという事を知っているのだろう。
そして、呪い……厄を欲していると言う事は、呪いを払う力を使えるという事だろうか?
ならば……
「この刀から、呪いを祓うというのかい?」
「ん~……まぁそんな感じね」
だから、はいと手を差し出す少女。村正を渡せという事だろうか。
「お断りするよ」
「……何故?」
「何故……か。それは僕が聞きたいね」
「?」
「そもそも、呪われた道具というのは呪われているからこそ価値がある物がある。この村正はまさしくそれだ。呪われていない村正なんていうのは、ただのよく切れる日本刀に過ぎない。いわく付きの道具という物は、そのいわくと共に今までを生きてきている。その道具からいわくの部分である呪いを祓うというのは、その道具の歴史そのものを否定しているのと同義だよ」
「ふーん……そんな考え方もあるのね。……興味深いわ」
「そうか。そのまま納得して帰ってくれれば、僕としても有難いんだが」
「ふふ、いいわ。今日は見逃してあげる」
「……今日は?」
「えぇ。その厄……回収させてもらうまで通う事にするわ」
じゃーねーと言いながら、少女は店を出て行った。
「……何だったんだ……?」
厄が欲しい、と言っていたな。
恐らく、混乱や災禍の化身といった所だろうか。厄……呪いの力を使って、新しい異変でも起こすつもりなのかもしれない。
そこまで考え、ふと思い出した。
「そういえば、名前を聞くのを忘れていたな」
まぁ、彼女はまた来ると言っていた。ならその時にでも聞けばいいだろう。
そう思い、村正の手入れを再開した。
……ちなみに、この後遊びに来た妖夢が村正を見て何を思ったのか、「手合わせして下さい!」と言ってきた。適当に相手して降参した。荒事は面倒だ。
***
「ねぇ店主さん、そろそろ諦めてくれないかしら?」
「何をだい」
「村正」
「断る」
「えー」
「僕が諦めるのを諦めてくれ」
「何それ?」
「先日流れ着いた週刊誌なる物に載っていたんだよ」
「ふーん」
最初に彼女が来てから丁度一週間。
彼女の名前は鍵山雛。八百万の神が一柱で、流し雛の付喪神らしい。
雛は毎日の様に……というか毎日此処に来た。
ついでに妖夢も毎日の様に……というか毎日、しかも酷い時で一日に四回は来た。手合わせがしたいらしい。あまりに鬱陶しいので昨日一太刀で沈めておいた。
「ねぇ」
「何だい」
「どうして厄を溜め込むの?」
「え?」
「厄は溜め込んでも良い事なんて一つも無いわよ?なのに何で?」
何故……か。
「君は厄神なのに、何も分かっていないようだね」
「えっ?」
「分からないなら教えてあげよう。そもそも『厄』と聞くと、自然と人は良くない事を考える。『災厄』が良い例だろう。だが、『厄』は転じて『益』となる。つまり商売をする者にとって、厄を溜め込む……いわく付きの商品を集めるという事は、そのまま珍しい物好きからの利益となる訳だ。また『厄』とは『薬』にも転じ、ここから草冠を取れば『楽』となる。僕には理解出来ないが、外の世界には危険な事を楽しみとする若者もいるらしい。さらに『厄』を数字に直すと『89』となる。この内『8』は漢字に直すと『八』となり、八の字はその形から末広がりを意味して日本では古来より幸運とされてきた。また『9』から連想されるもので『九字』がある。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前の九字だ。これらは古来より護身術として用いられてきた。つまり……」
「……つまり?」
「厄とは必ずしも縁起が悪いものじゃないって事だよ。考え方なんて人それぞれだからね」
「へー」
「へーって……厄神が厄についての考えを聞いた感想がそれかい?」
「えぇ。そんな事より、村正を早く出しなさい。もしくはそれに匹敵する厄い道具」
「村正じゃなくてもいいのかい?」
「別にあるなら。その分の厄を回収すればまぁ暫くは大丈夫だろうし」
「フム……」
正直、村正をただの刀にはしたくない。かといって他に呪われた道具なんて……
「……あったな」
「え?」
「呪われた道具なら良いんだろう?すぐに持ってくるからちょっと待っていてくれ」
「えぇ」
村正が守れ、あれが処分できるなら良い事尽くめだ。そう思い、僕は倉庫に向かって歩き出した。
***
「待たせたね、コレだよ」
言って、手に持っている物を見せる。
「……刀?危ないわよそんな所持ってたら」
「普通に持ったほうが危ないんだよ、この刀は」
確かに、雛の言う事も一理あるだろう。僕は刃を片手で挟むように持っているのだ。
何も知らない他人(いや、この場合は他神か?)が見れば、間違いなく雛の様に注意を促すだろう。
そう、何も知らなければ。
「?」
「まぁ持ってみれば分かるよ」
「???」
僕に言われるがまま、雛は刀を持った。
◆◆◆
「デケデケデケデケデケデケデケデケ、デーデレデーン♪」
「……また?」
「えぇ、またです総領娘様」
「……空気って何なんだろう……」
◆◆◆
「……この刀が?確かに厄いけど……」
「放してごらん?」
「え?……ッ!?」
「分かっただろう?」
「は、離せない!?」
「そう。この刀の名称は「もろはのつるぎ」、用途は「敵を攻撃する」なんだが……」
「これが呪いなの?」
「あぁ。何でも山の巫女曰く、灰と錬金すると凄い物が出来るらしいんだが……」
「そんな灰は見つからなかった?」
「まぁそういう事だ。だから君なら何とかできないかい?」
「まぁ出来なくはないけど……厄い道具から厄を取るのは、その道具の歴史を否定しているのと同じじゃなかったのかしら?」
「確かにそう言ったが、山の巫女曰くこれは呪いを祓う事で使えるようになる武器らしいからね」
「ふーん……世界は広いわね」
「村正の事はそれで諦めてくれよ?」
「はいはい……貴方には負けたわ」
言って、雛は目を閉じて集中しだした。恐らく厄を集めているのだろう。
邪魔しては悪いだろうと思い、静かに見守る。
「………………」
「………………」
暫くすると、もろはのつるぎから何か黒い靄(もや)の様な物が出てきた。あれが『厄』なのだろうか。
「………………」
「!?」
靄がかなりの量になった時、雛はいきなり回りだした。すると、靄が見る見るうちに雛に吸い込まれていく。
「………………」
「………………」
「……はい、終わり」
言葉から察するに、厄の抽出が終わったのだろう。雛の片手が剣が離れた事からもそれは見て取れる。
「全く……こんな道具、まだ持ってるんじゃないでしょうね?」
「ある事にはあるが、君に見せる気は無いよ」
何しろ、数えただけでキリが無いのだ。水色桔梗の旗(主君を裏切らなければならない状況を作る程度の道具)もあれば、司馬仲達の冠(どんな些細な事も疑うようになる程度の道具)もある。
「ホントに……何時か厄に殺されるわよ?」
「それもまた一興さ」
「ハァ……」
「それに、僕の手に負えなくなったら君に頼むだけだよ」
「まぁ、神任せ?神の一柱だし神頼みは悪い気しないけど、他力本願は駄目よ?手遅れになった時に私が来るとは限らないわよ?」
「なら君に此処に住んでもらえばいいさ」
祀られない神……付喪神等は本来決まった住居を持たない。あの紫色の傘を持った付喪神が良い例だろう。ならば住居を共にする事で衣食住の問題を解決でき、更に厄で僕が手遅れになってしまった時も迅速に対処できる。
そういう意味で言ったんだが。
「……はぇっ?」
何故彼女は顔を赤くしているのだろう。
「どうしたんだい?」
「え、でも、私達、まだお互いの事そんなに知らないのに、そんな、いきなり……」
「……大丈夫か?顔が赤いが……」
言って、雛の額に手を当てる。
「ふぇえっ!?」
「……どうした?」
「な、何でもないわ!それじゃ!」
「あ、おい……」
言って、雛は飛び去って行ってしまった。
「……もろはのつるぎが……」
厄祓いが完了した剣を持ったまま。
***
妖怪の山の自宅。
その中の寝室で、私は転げ回っていた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
どうしようどうしようどうしよう!?求婚されちゃった!
神様だから縁なんて無いと思って花嫁修業も何にもしてなかった!
諏訪子ちゃんみたいにやっとけば良かった!
「どうしようどうしよう!?告白されちゃったよ私ー!?」
神の一柱、それも厄神という生き方をしてきた所為か、こんな事は初めてだった。
しかも、会ってまだ一週間の、それも冴えない古道具屋の店主になんて……!
「あ……」
そこまで考えて思い出した。
「刀……」
机の上に無意識に置いていた、厄の取れたもろはのつるぎ。
「返さなくちゃ……」
彼の物なのだ。返さなければならないだろう。でも……
「それだと……」
そう。また彼の所に行かなければならない。
恐らく返事を求めてくるだろう。……告白の。
別に何も知らない相手に求婚なんかされて、断った所で何とも無い。
でも……、それは何故かしたくない。
「何でだろ……」
これが……恋、なのだろうか。
彼に……?
「あ」
彼で思い出した。
彼は言っていた。『ある事にはあるが、君に見せる気は無い』と。
つまり、あの剣や村正に匹敵する様な厄い道具があそこには溢れかえってるのだ。
「………………」
彼は、厄は必ずしも悪いものではないと言っていた。
だが私からすれば厄は危険でしかないものなのだ。
「……そうね」
言って、立ち上がる。
彼は半妖、時間はたっぷりとある。
花嫁修業はこれからやればいい。
なら、今の私に出来る事は何だろう?
「そうね。未来の旦那様の厄は全部取っちゃわないと、ね」
一人呟き、刀を持って私は森へ飛び立った。
暴走か…いや、うん…大丈夫だ!!貴方は大丈夫!!
霖之助強wwww
もっと暴走しても良いのよ?
20作品目おめでとうございます。
さとり様ばりのトラウマ想起音は勘弁して下さい。
ともかく、純な雛様に強い霖之助、ご馳走様でした。
これからも素晴らしい暴走っぷりをお願いします。
いいものを見させてもらいました!
回って厄を回収する雛の姿を想像して吹いちゃったのは内緒。
えっなにそれこわい
雛様~、私の所にある厄いものも引き取りに来てください!
手に負えないくらい仕入れておきますから!
悶えるんですか!?
貴方はって何ですかw
>>奇声を発する程度の能力 様
もっと暴走したらまた慧霖親衛隊の様な酷いものが出来上がりますよw
>>拡散ポンプ 様
良かったですか!
有難う御座います!
>>4 様
何も知らずに装備したときのあの音楽はトラウマですよねw
>>5 様
素晴らしい暴走っぷりってなんですかw
>>けやっきー 様
吹いたんですか!?
>>7 様
雛「やぁやぁゆかりん、外界の厄はあるかい?」
紫「すまんが神の言葉は分からんのだわ」
雛「ヒナーン」
らしいですので、引取りには行けないそうですw
読んでくださった全ての方に感謝!
荒事苦手って言ってもあんな所住んでますし、意外と強いんじゃないかと思ったんです。
読んでくださった全ての方に感謝!
本人は気にしてないみたいなんで「何をだい?」ってなりそうですけどねw
読んでくれた全ての方に感謝!