<- 涙ノ流音。其ハ石ノ砕音 ->
ねむれ
ねむれ
わたしのそばで
石をひざに
意思をひざに
遺子をひざに
わたしはうたう
小さな遺志を繋ぐために
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「しんだ? 誰が?」
「妹ですよ」
静まり返った地霊殿。
ここは地底にある大きな屋敷。
死詰まり還った者達。
ここは<ruby><rb>終わりを告げられし者達<rp>(<rt>うんめい<rp>)</ruby>の溜まり場。
そこに立つ大きな鏡。
少女の姿が二つ、映っていた。
赤と白の衣服と、その者の存在を表すような大きなリボン。
幻想の核、夜の光、朝の太陽。少女の名前は博霊 霊夢。
ソレに押さえつけられ、うつ伏せに倒れているのは、この屋敷の主である、さとりだ。
カチ……カチ……
「それはそれは、お悔やみ申し上げるわ」
「何も感じないのですね。いえ、考えていないのかしら?」
「失礼ね。私はそんなに冷たくないわよ」
「私の腰に当てられている、手のように?」
「地獄の釜のほどではないけどね」
本来は優雅なお茶会のはずだった。
とある異変。
どこかの誰かさんが、エネルギー革命を起こした事件から数日。
相変わらず妖怪に求愛行為をされる巫女が、地底に御呼ばれした。
使いとして、地獄の猫がもってきた手紙にはたった一文、こう書いてあった。
――お茶が飲みたい。
その瞬間、霊夢は手紙を素早く紙飛行機にして、猫に投げ返しながらこういった。
「緑茶ならもう飲んでるわ」
そして開かれた小さなお茶会。
紅茶と緑茶の混じったパーティが開かれた。
「ところで霊夢さん」
「ん? 腰より太もものほうを揉んでほしい?」
「違います。あ、えぇっと、違うことはないですけど、違います」
「んじゃ脹脛ね。あんたずっと座りっぱなしだから、どこぞの紫もやしみたいに揉みがいがあるわ」
スカートから伸びた細い足を、たまった疲労と筋を伸ばすようにマッサージをする。
妖怪がこぞって食べたくなるような白い足が、少し紅みを帯びてきた。
それはまるで、霊夢の熱を浴びて日焼けしていくかのように見える。
それとは別に、さとりの顔も少し高揚しているようだ。
「……一部を除いてって、大きなお世話です。どうせ私は体も胸もミニマムですよ」
「そんなこと言ってないじゃない」
「言ってなくても思ってるじゃないですか」
「あら、顔にでてた?」
「私さとり妖怪なんですけど」
「そういえばそうだったわね。忘れてたわ」
「うわ、本当に忘れてましたね?」
「だからそう言ったじゃない」
さとりは足が軽くなるのを感じながら考えていた。
――つかめない。
――分からない。
――今までの人間とは違う。
――この巫女は……なぜ私をマッサージしているのだろう?
「お茶を飲むときの動きがぎこちなかったし、体も重たそうだったしね」
「何も言ってないじゃないですか。もしかして霊夢さんもさとり妖怪だったんですか?」
「マッサージしているとね、相手の考えていることが分かるのよ」
「本当ですか?」
「嘘よ」
あぁ、確かに嘘だ。
でも嘘って分かっているのに、嘘って分からなかった。
この巫女は、何も考えていないのだろうか。
想いも空に飛んでしまっているのだろうか。
「それじゃまるで、私がバカみたいじゃない」
「そんなこと言ってませんよ?」
「顔に出てたわよ」
「……そうですか」
「こら、そこは否定しなさい」
「私は嘘をつけないのですよ」
「あっそ」
また会話が止まる。
こうなると、私は次の話題を出そうと必死にならないといけない。
そうしないと、この大きな手と心に飲まれそうになるから。
私の全てを、小さいこの体を。
あぁ。つながらない。つながらない。
想いも体も話も世界も。
この考えは私?
あの考えはさとり?
私の意識はどこに……
「……すーすー」
「寝ちゃったか」
霊夢は少女の足から手を放し、紅茶を飲んだ。
緑茶はすっかり冷めてしまっているから。
カチ…
ティーカップが置かれる音と、少女の寝息が重なり、そこに誰かの足音がまじった。
スっと扉が開かれ、入ってきた少女が、寝ている少女に膝枕をする。
その動きには迷いがなく、それが当り前であるかのように、眠り姫の頭は置かれた。
一瞬顔をしかめたが、眠り姫が起きることはない。
むしろ安心した寝顔になっている。
霊夢はその様子を横眼に、小さな溜息を吐いた。
少女の膝の上で、クセのある髪がさらりと流れる。
その髪の毛をなでながら、少女は言った。
「――――」
小さなつぶやきに、霊夢は先ほどと同じ答えを返す。
「しんだ? 誰が?」
「私ですよ」
"目を閉じた少女"の帽子が、落ちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「つまり、どういうことなんだぜ?」
「さぁね」
次の日、霊夢は神社で緑茶を飲んでいた。
熱いお茶を。
ほぅっと息を吐く霊夢の横顔は、どこか悲しげな雰囲気を放っている。
視線をお茶から空へとうつしながら、霊夢はよどみを吐く。
「あの凝り固まった血は、私でも解せないのよ」
「そうか」
霊夢の親友はそれだけいうと、熱いお茶を飲みほした。
今日のお茶は、いつもよりも苦かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―― Gene
「こいし様、気持ち良さそうですね」
「そうね。膝枕なんてどれくらいぶりかしら」
「それにしても、どうして私にこの手紙を……」
「ふふ……これからは、もっと家族の時間を作らないとね」
「さとり様?」
「凝り固まった石を砕けるのは……」
『私だけ』
"目を閉じた少女"の手が、紫色の髪に沈む。
その手の先にある病的なまでに細い首が、トクトクと鼓動を刻んでいた。
後書きで安心しました。
大丈夫、われはまだ生きています