素麺は飽きやすい。誰もがそう言う。
だが博麗霊夢はそうは思わない。素麺ほど自由度の高い食べ物は他に無い、と彼女は自負している。
肉味噌と合えたっていい、納豆を乗せてもいい、調理法をガラッと変えて炒めたって構わない。
素朴な味だからこそ、何だって合う、何でもありの料理だと霊夢はそう思っているわけだ。
飽きるなどと抜かす輩はつまり何の工夫もせずただただそのままの素麺をすすっている怠惰な人間だと。
だから彼女は今日もすする、明日もすする、明後日もすする。
決しておすそ分けが大量に余ったとかそういうわけではない、断じて。
むしろこの広い交遊関係や人徳について賞賛すべきなのだろう。この部分に些か疑問を挟む余地はありそうだが。
ちなみに今日の彼女の素麺は胡麻尽くし。胡麻だれを混ぜたつゆに麺をつけ、ちょろっと胡麻油を垂らす。
食欲を掻き立てる香りが部屋中に充満する。彼女の顔も思わず綻ぶ。
幸せというのは食事の瞬間にあることを霊夢はしみじみと噛み締めながら、麺をゆっくりとすすり噛み締めるのだ。
何ともまぁ、夏である。
「と、こんな感じで夏の号外を出そうと思うんですがね」
「あんたんとこの新聞って、毒にも薬にもならないような日記も載せてるのね。知らなかったわ」
「“コラム”って言うんです。ああいや、言葉の意味は知りませんがね。全く検討もつきません」
一言で済ませれば、暇だということだ。
理由もへったくれも無く訪ねられるのは、この神社唯一の利点だと言えよう。
で、訪ねてみたらそこには昼食を前に満面の笑みを浮かべる巫女殿が、健気にも素麺で食事を彩ろうと努力している最中だったと。
「ただの冷やかしって、お世話にすらならない気がするんだけど」
「最初からからかってるつもりですから」
ずずずっという音が風鈴と混じる。ついでに蝉の鳴き声も加わる。風情、だろうか。
ふと外を見上げると立派な入道雲が太陽を覆い隠すところだった。
どこにでもあるような夏の風景、誰かが飽きていてもおかしくはない。
「異変とか起こりそうな気はしませんか?」
「何よ突然」
「いやね、妖怪ってのは勝手気ままですから。それこそ素麺にでも飽きて何かしらやらかすかも」
「私の勘は何も告げてないわよ。何もね」
「そうですか」
飽きてくれていてはくれないだろうか。そうすれば夏の号外にも価値が出るというものだ。
スクープは自分の足で探すのがジャーナリストの基本である。だがこの暑さではその気も失せてしまう。
だからこそスクープが「やぁ!」と手を振りながらやってきてくれないものかと願わずにはいられない。
もう素麺特集でも組んでしまおうか。意外と需要はあるかもしれない。
在庫に困っている家庭は少なくないはずだ。
「するとやっぱりさっきのコラムが必要になりますねぇ」
「小っ恥ずかしいから、ぜひとも中止になって欲しいわ」
「霊夢さんの需要も素麺の需要と同じくらいあると思いますけど」
「そんな需要はいらん」
誰しもが一目置く博麗の巫女の日常風景。何ともなしに気になっている輩は人妖問わずいるだろう。
おや巫女がどうした、ふむふむちょっと読んでみようか。とかそんな感じで。
日常に含まれる真実を切り込み、読者もついでに増やしたり。こじつけが過ぎるが許容範囲内である。
途方も無い年月を重ねたからこそ滲み出るこの余裕。犬に噛まれたって平然と済ますことが出来る、と機能性の無い胸を張ってみる。
当然犬にも例外が含まれることを付け加えておく。機能性が無いということはつまりどういうことか、については言及しない。
「結局、これといった用が無いのならお帰りになられることをおすすめするわ」
「あ、はい。そうですね、ネタの方向性も決まったのでそれで詰めてみます」
「コラムは」
「もちろん」
ジト目のしかめっ面、ため息付きとは誰に向かってのアピールなのだろう。さっぱり分からない。
そのまま勢い良く音を立てながら素麺を吸い込んでいく彼女は、まるで食事に一心不乱なげっ歯類か何かである。
これも新たな客層を広げるために編み出した彼女なりの、ああもうどうでもいいや。
ネタが固まった時はさっさと作業に移るのが吉だ。たとえそれが小ネタであろうとも。
「そうだ、出る前に一口もらってってもいいですかね」
動きが止まった。蝉も鳴くのを諦めた。深海魚は空気を読んだ。どっから出てきた。
勿体無いいやでもこの程度で躊躇うのもみみっちいだけどこれは私の素麺でいやはやこの反応もネタにされたら。
以上が彼女の顔色や反応からお察しした心中である。さとりにでもなった気分を味わった、感謝したい。
「どうぞ。ただし一口だけよ」
あくまで余裕を醸し出しながら。セリフにも戸惑いを見せないように頑張ったつもりなのだろう。
三点リーダを感じさせない滑らかな口運びは流石と言ったところか。
だが手に持ったつゆの波紋は、まこと残念ながらこれでもかと自己主張をし続けている。
曰く、「私たちは抵抗する! ここからは一歩たりとも動かない!」らしい。
そんな主張は華麗に無視し、受け取ったお椀から彼女が許すギリギリの一口をいただく。
うむ、美味しい。香りから予想される風味の少し斜め上の味。やはり食べてみないと理解しえない旨みがそこにある。
油の量も調度良い。舌に乗った瞬間に口の中で広がる感覚。ついつい箸が動くというものだ。
「ちょっと」
「おっといけない。ではでは私はこれで、また明日」
責められる前にお暇しよう。さっさと箸を置かないと、下手すれば問答無用で出禁になってしまう。
「毎日毎日飽きないものね、あんたも」
「気まぐれで時間の有り余った妖怪の暇つぶしとでも考えておいてください」
「いい加減飽きるでしょうよ。私とあんたのやり取りにだって、どこかの誰かがうんざりしててもおかしくないんじゃない?」
「同じようにに見えても当人には多少の差異があるもんなんですよ。それこそまさに」
目の前のそれみたいなものです、そう一言告げて夏空に飛び立った。
入道雲は遥か東へ、日射しは容赦なく体を照らす。
最後に今日の夕飯を聞いてみた。
彼女は素麺だ、と答えた。
だが博麗霊夢はそうは思わない。素麺ほど自由度の高い食べ物は他に無い、と彼女は自負している。
肉味噌と合えたっていい、納豆を乗せてもいい、調理法をガラッと変えて炒めたって構わない。
素朴な味だからこそ、何だって合う、何でもありの料理だと霊夢はそう思っているわけだ。
飽きるなどと抜かす輩はつまり何の工夫もせずただただそのままの素麺をすすっている怠惰な人間だと。
だから彼女は今日もすする、明日もすする、明後日もすする。
決しておすそ分けが大量に余ったとかそういうわけではない、断じて。
むしろこの広い交遊関係や人徳について賞賛すべきなのだろう。この部分に些か疑問を挟む余地はありそうだが。
ちなみに今日の彼女の素麺は胡麻尽くし。胡麻だれを混ぜたつゆに麺をつけ、ちょろっと胡麻油を垂らす。
食欲を掻き立てる香りが部屋中に充満する。彼女の顔も思わず綻ぶ。
幸せというのは食事の瞬間にあることを霊夢はしみじみと噛み締めながら、麺をゆっくりとすすり噛み締めるのだ。
何ともまぁ、夏である。
「と、こんな感じで夏の号外を出そうと思うんですがね」
「あんたんとこの新聞って、毒にも薬にもならないような日記も載せてるのね。知らなかったわ」
「“コラム”って言うんです。ああいや、言葉の意味は知りませんがね。全く検討もつきません」
一言で済ませれば、暇だということだ。
理由もへったくれも無く訪ねられるのは、この神社唯一の利点だと言えよう。
で、訪ねてみたらそこには昼食を前に満面の笑みを浮かべる巫女殿が、健気にも素麺で食事を彩ろうと努力している最中だったと。
「ただの冷やかしって、お世話にすらならない気がするんだけど」
「最初からからかってるつもりですから」
ずずずっという音が風鈴と混じる。ついでに蝉の鳴き声も加わる。風情、だろうか。
ふと外を見上げると立派な入道雲が太陽を覆い隠すところだった。
どこにでもあるような夏の風景、誰かが飽きていてもおかしくはない。
「異変とか起こりそうな気はしませんか?」
「何よ突然」
「いやね、妖怪ってのは勝手気ままですから。それこそ素麺にでも飽きて何かしらやらかすかも」
「私の勘は何も告げてないわよ。何もね」
「そうですか」
飽きてくれていてはくれないだろうか。そうすれば夏の号外にも価値が出るというものだ。
スクープは自分の足で探すのがジャーナリストの基本である。だがこの暑さではその気も失せてしまう。
だからこそスクープが「やぁ!」と手を振りながらやってきてくれないものかと願わずにはいられない。
もう素麺特集でも組んでしまおうか。意外と需要はあるかもしれない。
在庫に困っている家庭は少なくないはずだ。
「するとやっぱりさっきのコラムが必要になりますねぇ」
「小っ恥ずかしいから、ぜひとも中止になって欲しいわ」
「霊夢さんの需要も素麺の需要と同じくらいあると思いますけど」
「そんな需要はいらん」
誰しもが一目置く博麗の巫女の日常風景。何ともなしに気になっている輩は人妖問わずいるだろう。
おや巫女がどうした、ふむふむちょっと読んでみようか。とかそんな感じで。
日常に含まれる真実を切り込み、読者もついでに増やしたり。こじつけが過ぎるが許容範囲内である。
途方も無い年月を重ねたからこそ滲み出るこの余裕。犬に噛まれたって平然と済ますことが出来る、と機能性の無い胸を張ってみる。
当然犬にも例外が含まれることを付け加えておく。機能性が無いということはつまりどういうことか、については言及しない。
「結局、これといった用が無いのならお帰りになられることをおすすめするわ」
「あ、はい。そうですね、ネタの方向性も決まったのでそれで詰めてみます」
「コラムは」
「もちろん」
ジト目のしかめっ面、ため息付きとは誰に向かってのアピールなのだろう。さっぱり分からない。
そのまま勢い良く音を立てながら素麺を吸い込んでいく彼女は、まるで食事に一心不乱なげっ歯類か何かである。
これも新たな客層を広げるために編み出した彼女なりの、ああもうどうでもいいや。
ネタが固まった時はさっさと作業に移るのが吉だ。たとえそれが小ネタであろうとも。
「そうだ、出る前に一口もらってってもいいですかね」
動きが止まった。蝉も鳴くのを諦めた。深海魚は空気を読んだ。どっから出てきた。
勿体無いいやでもこの程度で躊躇うのもみみっちいだけどこれは私の素麺でいやはやこの反応もネタにされたら。
以上が彼女の顔色や反応からお察しした心中である。さとりにでもなった気分を味わった、感謝したい。
「どうぞ。ただし一口だけよ」
あくまで余裕を醸し出しながら。セリフにも戸惑いを見せないように頑張ったつもりなのだろう。
三点リーダを感じさせない滑らかな口運びは流石と言ったところか。
だが手に持ったつゆの波紋は、まこと残念ながらこれでもかと自己主張をし続けている。
曰く、「私たちは抵抗する! ここからは一歩たりとも動かない!」らしい。
そんな主張は華麗に無視し、受け取ったお椀から彼女が許すギリギリの一口をいただく。
うむ、美味しい。香りから予想される風味の少し斜め上の味。やはり食べてみないと理解しえない旨みがそこにある。
油の量も調度良い。舌に乗った瞬間に口の中で広がる感覚。ついつい箸が動くというものだ。
「ちょっと」
「おっといけない。ではでは私はこれで、また明日」
責められる前にお暇しよう。さっさと箸を置かないと、下手すれば問答無用で出禁になってしまう。
「毎日毎日飽きないものね、あんたも」
「気まぐれで時間の有り余った妖怪の暇つぶしとでも考えておいてください」
「いい加減飽きるでしょうよ。私とあんたのやり取りにだって、どこかの誰かがうんざりしててもおかしくないんじゃない?」
「同じようにに見えても当人には多少の差異があるもんなんですよ。それこそまさに」
目の前のそれみたいなものです、そう一言告げて夏空に飛び立った。
入道雲は遥か東へ、日射しは容赦なく体を照らす。
最後に今日の夕飯を聞いてみた。
彼女は素麺だ、と答えた。
そして、あやれいむも美味しいよ!
ちょいと素麺買ってきます。
素麺美味しいですね。小麦の香りがするものなら、なお良いです。
霊夢の日常、需要はここにあります!
今日の昼食が素麺だった俺に隙は無かった。