しとしと
糸のような雨が降る
春の夏の狭間
紫陽花の葉がゆれている
「ただいま戻りました」
「藍、ちょっとこっちにいらっしゃい」
縁側の方から声がする。
まだ起きているなんて、珍しい。なんだろうか、今日の仕事は特に問題もないはずだ。それとも…
傘を置き、声の場所へと向かう。
「お待たせしました。なんでしょうか?」
紫様は縁側に腰掛けて庭を眺めていた。
まだ暑くなりきらないこの季節、こんな夜中に雨の中にいては冷えてしまうのでは…
「大丈夫よ。雨はあたってないし、じきにあがるわ。それより、何か気付いたことはない?」
心配が顔に出ていたようだ。紫様は庭を気にした様子で私に問いかけた。また何か企んでいるのだろうか。
月明かりのない夜。いまや雨は霧のよう。しかし我々妖怪にとってこの程度の距離は見渡せる。
…特に違和感はない。
「ここに座って、よく見てごらんなさい」
紫様の隣に腰を下ろすと、一段と視線が低くなる。やっぱり湿っている。漂う水滴に土のかおりがわずかにまじる。
「なんでしょうか。特には…」
「ほらほら、なんかあの辺とか」
ほらほら、と、心なしかわくわくしているようだ。
指さす方へと注意を向ける。こんもりと茂る紫陽花。色は判別できないが、暗闇にとけきれずに咲いている。
しかし待て、紫陽花? 庭に紫陽花などあっただろうか。毎朝の庭掃除、桜がすっかりたくましくなった今日この頃、しかし紫陽花はなかったはずだ。
「いつの間に紫陽花など植えたのですか?」
「あら、やっぱり気付いちゃった。何だと思う?」
「紫陽花でしょう」
「そうじゃなくて、なんで紫陽花があるのか分かるかしら?」
「いえ、分かりません」
「…ちょっとは考えなさいよ」
「紫様の深遠な考えなど私ごときでは到底…」
いじけてしまった。実はそんな姿が可愛らし…
「冗談はここまでにして。まぁ私が植えたんだけど、なんでだと思う?」
「そうですね。確か紫陽花には毒があったはずです。妖怪はともかく人間相手になら…。もとい………おや?」
雲の切れ間から、やわらかな光がさした。いつの間にか雨はあがっていたようだ。花びらが、光を受けてかすかにきらめく。
色は紫色、藍色、そして桃色。まるで私たちのよう。しかし…
「橙色ではないのですね」
「むきになって探すものではないでしょう?」
「ええ、…ええ」
「はいはい、分かったわよ。すぐに見つけてきてあげるから、拗ねないの」
「きれいですね」
「………」
とん、と肩に重みが増す。私も少し、頭をあずける。
――明日の夜も雨らしいわよ
――橙を、連れてきます
――橙は知っているかしら
――いえ、知らないでしょう
――お願いするわね
少し照れくさいが、橙も喜んでくれるだろう。
ぽたん
しずくがひとつこぼれ落ちる
春の夏の狭間
紫陽花の葉がゆれている
一家団欒、本当に変わらない心ですよねぇ…