「あれ、あっれーおっかしいなー」
今話題沸騰、流行最先端、世間注目の『可愛い幼女から大きなお兄ちゃんまで楽しめる』がキャッチフレーズ、超大人気新聞『花果子念報』を手掛ける超美少女記者である私、姫海棠はたては困っていた。
「壊れちゃったのかなー参ったなー」
記者の命であり、私のチャームポイントのカメラがどうやら壊れてしまったみたい。
あ、ちなみに私のカメラは他の天狗が使うような古臭いカメラじゃなくて、縦長長方形で黄色い、外の世界でいう携帯電話の形をしたカメラなんだ。
ちなみに写真を撮る用途の他にも、私の能力を使ってカメラにキーワードを入れると念写もできる。中々の優れモノなのよ!
話がズレたけれど、そのカメラが全く動かなくなってしまったの。
「まだ外は明るいし、河童のとこに行って今日中に直してもらおっと」
決めたら即行動、私は部屋を飛び出し廊下駆け抜け扉をブチ破り、地を蹴り雲一つ無い青色の空に舞い上がった。
目指すは滝の下、河童達の棲む渓谷へ――!
◇◆◇
「とーっちゃーく!」
あまり外に出歩かないせいか、多少迷ってしまい空は茜色に染まり始めていたが、無事河童達の住処に到着。
変わり者が多い河童の中でも突出して変わり者な、このカメラの生みの親の工房へ向かう。
「にとりー? どうせいるんでしょーちょっとカメラの修理頼みに来たんだけどー」
質素な扉を叩くが返事は無い。だが鍵も何もして無いようなので遠慮なく侵入させてもらう。
「にーとーりー! 河城ー! 返事くらいしなさいよー!」
何度呼んでも返事はおろか、物音一つ聞こえないじゃない。
では遠慮なく詮索開始、片っ端から部屋を漁りまくろうじゃない!
開ける、ゴミの山。次!
開ける、なぁんにもないよねぇ。休憩室なんだろうけど使ってないなこりゃ……
開ける、ふむトイレ。
残すはにとりの作業室、ここに居てくれることを願いつつ扉を開けると、そこににとりは居た。机に突っ伏して、すやすやと可愛い寝息を立てながら。
「ここに居たのね、にーとー……」
あまりに無防備な変わり者の友人の姿を見て、私は口から出掛けた声を静め、品定めするかのようにその姿を凝視する。
空色の作業着と水色のツインテールの髪、緑色の帽子は寝ていても外さないようだ。
大量のポケットがついたスカートから伸びた足は、少女特有の若干の丸みを帯びていて可愛らしい。
そして顔、いつも変わり者な奴だと気にした事は無かったが、こうして見ると閉じられたまぶたからスッと伸びるまつ毛、もちもちの大福みたいな頬っぺた、寝息が漏れてる半開きの唇は河童という種族だからか皺一つ無く、つるんと滑らかそうでぷっくりしている。
結論
「可愛いじゃない……」
おっと声が出てしまった。はたてうっかり☆
こんな可愛い子が無防備に寝ている。こんな状況で何もしない天狗がいるだろうか、いや、いない! いたとしたらそいつは虫けら同然……っ! どうしようもないクズ……っ!
ってわけで、技師にとりちゃんに悪戯もとい河童の生態研究したいと思いまーす。
心の中で「げへへ……可愛いじゃねぇか」とそれらしい事を呟き、両手をわきわきさせながら、無防備な彼女との距離を更に縮める。
やはり一番気になるのは帽子の中だが、メインディッシュは最後にとっておくものなので却下。
用途不明の胸元の鍵、それを支えてる紐。この紐が胸元を強調していて結構そそるものがあるのよね……。技師にとり君の胸の大きさ云々は全国の青少年が気になるところでしょうけど、これも後でで良いわね。
「なんていうか投稿場所的にね!」
おっと意味不明な言葉が出てしまった。はたてったら天然☆
特にこれといってやる事が浮かばなかったので、私はにとりの頬っぺたを引っ張る事にした。
つんつんぷにぷにむーにむーに……
思ってた通りにとりの頬っぺたは柔らかく、よく伸びた。
されるままのにとりだが、疲れでも溜まっていたのだろうか、全く起きる気配がない。それどころか、どこか気持ち良さそうな顔をしている。
寝てても変な奴。そんな印象を抱きながら頬っぺたをむにむにしていると、突然。
「ぅーん、くすぐったいぃ……」
にとりが寝言を唱え始めたのだ。咄嗟の事に頬っぺたを離してしまったが、数秒経っても全く起きる気配がしないので、私は再び頬っぺたを可愛がる作業に戻った。
「むにゃむにゃ」
「……」
「くすぐったいってばぁ……」
「……」
「えへへー」
「……」
「むー♪」
「ふふっ」
一体どんな夢を見ているのやら、にとりの幸せそうな顔を見て、ついつい私も笑ってしまう。
こういう時間も悪くない。にとりとの付き合いは長いけど、にとりの知らない一面を見れた。
人見知り、変わり者、技術に関しては凄い奴。そして今回もう一つ、にとりは可愛い。
「……」
「んー」
「……♪」
「やめてってばー」
「うりうり」
「はたてってばぁ……」
!?
突然の反撃、いや、寝言に私は驚き、頬っぺたを離し後退りする。
起きたわけじゃない。だとすると寝言、幸せそうな顔をするからどんな夢を見てると思っていたけど、まさか、私の!?
なな、なんで私の夢を? ああ、もう! 顔に血液が集中してるのがわかる。なんてこんなことで顔を赤くしてるのよ私は……。
ぐしゃ
次の瞬間、私の視界は何故か天井に向けられていた。
何故? 答えは簡単、後退りしていたら床に置いてあったガラクタを踏み付けてしまい、そのまま素っ転んだのだ。いや、素っ転んでいるのだ。
ああ可哀想な私、このまま地面に後頭部をぶつけて意識を失ってしまうのね。結局帽子の中はわからずじまい、胸の大きさ云々も永遠に謎になるのだろう。全国の青少年諸君、すまない。しかし忘れないで欲しい、この姫海棠はたてを、偉大で勇敢なるジャーナリスト姫海棠はたてをどうか後世まで語り継いで欲しい。それだけが私の望みです。
次の瞬間、鐘をついたような音が工房に鳴り響く。
◇◆◇
意識を取り戻した私の前に広がっていたのは、見慣れない天井だった。
ここは何処だろう、そう考えながら体を起こすと後頭部に鈍い痛みが広がった。
「そうだ、カメラが壊れたからにとりの工房にきて……」
そこでにとりが眠っていて、私はにとりの頬っぺたで遊んでたんだ。そしたらにとりの奴が私の名前を寝言で言って……
「あ、起きたみたいだね」
「うわっ!?」
思案していたせいか、近くにいたにとりに全く気がつかず、思わず変な声を出してしまう。
「どうしたはたて? まだ痛むか?」
「えっ、あ、いや、大丈夫、大丈夫だから! そんな顔近付けないで!」
「……あ、うん」
あんな事があったせいで、顔を近づけてきたにとりを変に意識してしまう。
「ごめん」
「いや、別に良いよ。それで今日は何の用事で? また弾幕取材?」
「いやーその、取材の為のカメラが壊れちゃってさー、にとりに直してもらおうと思って」
「それで勝手に侵入して、勝手に転んで気絶してたってわけか。いつも思うけど、変わってるよねはたてって」
「なっ!」
にとりからナチュラルに変人呼ばわりされるとは思わなかったわ……。
自称天狗の良心、山の常識人の二つ名を持つ私の面子を保つために抗議の声を上げようとするが、手の平を差し出されてやんわりと制止される。
「……なによ」
「カメラ見せて」
用件だけを簡潔に述べるにとりに、私は素直にカメラを差し出す。
その後はあっという間。怪我人の私は空気同然放置プレイよろしく、にとりは机に向かってカメラを分解し始めた。
すぐ隣に私がいると言うのに「あちゃー」「どんな扱いしたらこんなことに」「これだからはたては……」と独り言をつぶやき始める。
「にとりー」
「んー」
「どれくらいで直りそうー?」
「んー」
「くっ、頭がぁ! 頭が割れるように痛むぅ!」
「んー」
「1+1は?」
「んー」
自分の世界に入ったにとりを止める術は無い。頭も痛いし、このままこの場に居ても仕方ないだろうと判断した私は、ベッドから起きてにとりに向かう。
「あーにとり、私そろそろ帰るわね。明日も来るから」
「んー」
「その、今日はありがとう」
「ん」
にとりの工房を出ると、空は一面黒く塗りつぶされていて、月と星がその中で輝いていた。
今日はなんだか疲れた、さっさと帰って早く寝よう。黒色の空に舞い上がり真っすぐ自宅へと向かった。
にとりの寝顔が頭から離れなかった。
◇◆◇
「は、はたて……? な、何するの……?」
ベッドの上に押し倒され、キョトンと目を見開いて驚いてるにとり。
顔はほのかに赤く染まっており、その様子が私の中の劣情を更に膨らませる。
「にとりが悪いのよ。そんな可愛い癖に私をそっけなく扱うから……!」
「なんのことだかわかんないよぉ……やめてよぅ」
両手でシーツを握りしめ、涙を溜めて抗議するにとり。
その様は弱弱しく、ほとんど抵抗の意思が無いように見える。
天狗と河童の身体能力の差は人間の大人と子供以上のものがある。河童が全力で抵抗したところで天狗に敵う筈が無いのだが、目の前のにとりは諦観して抵抗してないわけでは無さそうだ。
どこか期待しているような、そんな印象を持ってしまう。
「そんな事言って、実は期待してるんでしょ?」
「ち、違……っ!」
綺麗な水色の髪とは対照的に顔を真っ赤に染めるにとり。
嗚呼可愛らしい、愛おしい、なんてチャーミング。恐ろしい河童……!
「ひゅい!?」
顎に指を添え、私は自身の唇をにとりの唇に重ねた――
「ぬわーーーーっっ!!」
謎の奇声を上げながら、私はベッドから飛び起きた。
外は快晴遠くで鳴く小鳥は風情があって良いですねェ!!
見よ、これが天狗の力! ベッドを軽く持ち上げそのまま窓の外にシュゥゥゥーッ!
イエス万歳夢オチ!
「なんて夢見てるのよ……」
楽天主義者の私でも、昨日の今日にこんな夢を見てしまうと気が滅入る。
にとりはただの友人で、そんな風に思ってなんか無いのに……。
今日もにとりに会いに行くのに、これではなんだか気まずい。
気乗りしないまま、割られた窓から私は青空に飛び立った。
「にとりー……入るわよー」
今回は迷わず、一直線ににとりの工房に着いた。
玄関戸はすんなり開いた。不用心と思いつつ、昨日にとりが寝ていた作業室まで歩を進めノックして扉を開く。
昨日と同じ姿で、にとりはカメラに向き合っていた。
何故か心音が早まる。にとりの姿を直視できない、きっと夢のせいだ。
「にとり、おはよう」
「ん? はたてか、おはよう」
ノックもしてたのだけど、どうやら話しかけられるまで気付かなかったようだ。
一旦集中すると周りが見えなくなる。にとりの良い部分でもあり、ちょっと悪いところだ。
「もしかしてさ、昨日から寝てないの?」
「早く直したいからね、でももうちょっとかかりそうなんだ。悪いけどもう少し待ってもらえると嬉しいな」
「私のことは良いから! 無理しないでね……」
「無理? ははは、こんなの全然無理なんかしてないよ。天狗に比べたらずっと弱いけど、私だって河童。妖怪の一人なんだ。一晩寝ない程度どうってこと無いよ。それに……」
「それに?」
「はたてが待ってるって思うと、頑張れる」
にとりにとっては何とも無い、自然な発言だったのかもしれない。
にとりが机に向かってて良かった。きっと今の私は変な顔してるから。
「あー、その、にとり。邪魔しちゃ悪いし、私帰るね」
「もうちょっとのんびりしていって良いのに」
「いやいいよ、確認しに来ただけし、用事もあるしね。また明日くるわ」
「ん、じゃねー」
「ばいばーい」
逃げるように工房から飛び出した私は、すぐに自宅に戻り、床に寝ころんだ。
どうしよう私おかしい。この胸が締め付けられる感じは何なんだろう。にとりの声が聞きたい、にとりに触れたい、もっと、もっと……。
変な夢を見るし、私はどうにかなってしまったんじゃないか。夢――、そう夢だ。あの時にとりが寝言で何と言っていた。私の名前だ、きっと私の夢を見ていてくれたんだ。
きっとにとりも変な夢を見てるに違いない、私と同じような症状に陥ってるんだ。私と同じように苦しんでるに違いないんだ。
ありえる? 変わり者が多い河童の中で特に変わっている彼女が? 夢で見たような恥ずかしがるにとり? 自分のように悶絶してるにとり? そんなことあるわけないじゃない……!
この際はっきり言おう。私、姫海棠はたては彼女――河城にとりに恋してるのだ。
私は大馬鹿だ。
◇◆◇
それから数日、私は毎日のようににとりの元を訪ねた。
特に会話するでもなく、様子見程度に挨拶をしに行く程度。
そして今日もただ挨拶程度にと、にとりの工房に向かってる最中だ。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。自分で言うのもなんだけど、私らしくない。
今日は風が妙に強く感じる。天気も優れておらず、太陽は雲の中。早めににとりの所に行こう。しかし妙に風が強い。
ん、風?
次の瞬間、正面に爆風のような風が起こり、私は顔を横にしかめる。もう一度正面を見ると、そこには同僚の射命丸文がそこに立っていた。
「あやややや、これはこれは弱小新聞の、えーっとたしか……なんでしたっけ?」
「……あ、文。元気そうね……」
「あら? 無礼講の時に恐れ多い大天狗様をドツく、頭が春で悩みと生涯無縁そうな引き籠りのあなたらしくない」
「あはは……ちょっと、いろいろあってね」
ふむ、と顎に指を添えながら観察するように私を見る文。
珍しく心配するような口調で、私に問いかけてくる。
「あなた、カメラはどうしたの?」
「ちょっと壊れちゃったみたいでさ、今河童……あーにとりに修理してもらってる」
「カメラが壊れて落ち込んでるって訳じゃなさそうね。問題無ければ相談くらい乗るわよ?」
いつも煽り合ってるライバルにそう言われて、私は経緯を話していく。
寝ていたにとりの事、その可愛らしい様子、にとりの夢を見たこと、そして私がにとりを好いてる事……。
「文にはさ、わかんないかもね、考えらんないかもね。山の社会じゃ天狗が河童を好きになるなんて考えられないからねっ……認められるわけないもんね、でもさ、仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだからぁ……でもさぁ、にとりはそんな風に思って無いだろうし、もうどうしたらいいかわからないよ……っ!」
「……」
嗚咽をあげる私に対し、文は終始目を瞑り話を聞いていたが、話を聞き終えると目を開き蔑んだ視線を私に浴びせ、冷徹な声色で一声。
「恥を知れ、姫海棠」
「ひっ……」
「我ら誇り高き天狗、その規律の重み、それが意味する重要性は引き籠りのお前でも知っているだろう」
「あ、文……?」
「たかが河童、所詮河童一人に一時の感情に流され好意を抱き、規律を破り我ら天狗社会全体に危機を齎すなど笑止千万、愚の骨頂!」
「な、何言ってるのっ」
「何故我ら天狗が他の種族との交わりを禁じてるかわかるか? 下手に舐められるといろいろ厄介だからだ」
人の神経を逆撫でするような口調でも無く、取材の時の口調でも無く、淡々と文は喋り続ける。
「我ら天狗は他の妖怪より強い。しかし今我々が山の支配者に君臨できているのは、強さだけが理由では無い。はっきりした上下関係、そして厳格な規律があるからだ」
「……」
「規律は境界線をはっきりさせる。どちらが上で、どちらが下か。その規律と我らの力、結束力があって今こうして山に君臨しているのだ! その中で姫海棠、お前みたいへらへらと河童と仲良くなることは、その境界線を曖昧にさせるのだ」
私を指さし、両手を掲げ、更に話を続ける。
「天狗とも仲良くなれるかもしれない、天狗ともっと親しくなろう! そう思う輩が増えたらどうなるか、わかるだろう? 上下関係は崩れ、幻想郷のパワーバランスの一角を担う山の社会は崩壊! 幻想郷の危機にまで繋がるかもしれないのだぞ!」
「そんな、大袈裟な……」
「だからこれからお前が取るべき行動はわかるだろう? そんな河童の事など忘れろ、鴉天狗として今まで通り生きれば良い」
「……そんな」
「何か不満でも?」
「そんなの可笑しいよ! 文もバッカみたい! そんな頭の固い奴だとは思わなかったわ、幻想郷の危機とか何言ってるのよ!」
文に対しての、いや……今の天狗社会についての不満が湯水の如く溢れ出る。
文は驚くこともなく、私の発言を制止することもなく、はっきりと目を合わせ話を聞いている。
「大体何よ、上下関係とかくだらないことばっかり気にしちゃってさ! なんで河童を……いや、河童だけじゃない。他の奴らを見下そうとするのさ! そんなに自分の地位が大事? なんで、なんで皆で仲良くなろうって思わないの!?」
「……」
「にとりの事だってそうだよ、なんで好きになっちゃいけないの? にとりは、河童は天狗の道具じゃない! にとりだって私達と同じ心を持ってる。一緒に笑い、一緒に悲しみ、お酒呑んで騒いだり楽しんだりできる! 幸せや不幸を共に分かち合うことができるっ! 私はこの気持ちに嘘はつかない、忘れない。私は、にとりが好き――!!」
一瞬の静寂、私の告白を聞き終えた文は
「……ぷっ、く、ご、ごめん! あははは!」
笑いだした。
「な、なによ……」
「ふふっ、さっきまで悩んでたのが嘘みたいね。はたて、もう答えは出たんじゃない?」
「ふぇ……?」
「ごめんね、ちょっとはたての事を試してみたのよ。でも、まさかここまではっきりした答えが返ってくるとは思わなかったわ」
「え、じゃさっきまでのは……」
「演技よ。え・ん・ぎ」
人差し指を左右に振る文。ああ、こいつはいつも通りの文だ。とっても腹が立つ。
怒りを弾幕に表現しようと右手を前にかざすが、文が真剣な表情でそれを止める。
「さっきの私は演技だけど、保守派の天狗は、ほぼ同じような考えを持ってると考えていいわ。はたてがにとりに好意を抱いてることが知れ渡れば、対立は避けられないわよ。それでも良いの?」
「うん、わかってる。もう私の答えは変わらないよ」
もう迷いも、悩みも、恐れも無い。後は彼女に伝えるだけ。
「もう私は用済みみたいね。ほら、さっさと行きなさい」
しっしと、ゴミを除けるように手を払う文。
「うん、いってくる。文、本当にありがとう」
「別にいいわよ、ほら。しっし」
いつの間にか天気は晴れ渡り、太陽が幻想郷中を照らし出していた。
心の中でもう一度文に感謝し、私は真っすぐにとりの元へ向かった。
◇◆◇
いつも通りの玄関戸、もちろん鍵はかかって無い。いつも通りにとりの作業室の前に立つ、三度ノックをするが返事は無い。いつも通り扉を開ける。
いつも通り机に向かい、カメラに向き合ってるにとり。その表情はどこか哀愁漂ってるように私は感じた。
「にとり」
「あ、はたて……」
やっぱり気付いてなかったのか、私が声をかけると少し驚きを含んだ笑みを浮かべながら私を見つめ、近づいてくる。
「丁度良いところに来たね。今し方カメラが直ったところだよ」
カメラを渡し、ほほ笑んでくるにとり。
にとりの微笑から、私は靄がかかっているような霞んだ印象を受けた。
「その、ごめん。修理遅くなって……でもこれで毎日私の処に来る必要も無くなるし、カメラも直ってはたてのやりたいことできるようになるよ!」
「時間なんて全然気にしてなんか無いわよ。ありがとうにとり」
「えへへ、どういたしまして」
指で頬を掻き、照れながら笑うにとり。
付き合いは結構長いけれど、こんな風に笑うにとりを私は知らない。
ちょっと前までは変な奴って思ってたけれど、こういう普通の女の子らしい一面もにとりは持っているのだ。
カメラが直ったらはいさよなら。そんな関係じゃなく、もっともっとにとりの事を知りたい! もっと深い関係になりたいっ!
「ねーにとり。突然で悪いんだけどさ、私さ、にとりの事好きなんだよ」
首を傾げ疑問符を頭上に浮かべ、困ったような表情のまま私を射抜く青色の瞳。
「どうしたの? また頭でも打った?」
「私ね、にとりの事考えるとドキドキして嬉しくなって、胸が苦しくなって。もっと一緒に居たいって、もっと知りたいって思うの」
「何言ってるのさ、冷やかしなら止めてくれよ」
「冷やかしなんかじゃない、すっごい好きだよ。ねぇねぇにとり、にとりは私の事どう思ってる?」
「そんな……」
苦虫を噛み潰したような顔を一瞬浮かべ項垂れ、低く生気の無い声でにとりは呟き始める。
「やめて、やめてよ……はたては天狗じゃない。その規律の厳しさは私でも知ってるし、私のとこにはたてが通ってる事を良く思わない天狗もいるんじゃない? 止めようよそんなこと……」
「そんな堅っ苦しい事は今は置いてさー、にとりがどう思ってるのか、にとりの答えを聞きたいなー。そんな理由で拒絶されても私は納得できないよ。にとり自身の言葉で考えられません嫌いです生理的に無理って言ってくれたら、私も納得するしさ」
こうカッコイイこと言ってみたけど、実際にとり自身に拒絶されるのは怖い。
怖いし、嫌だけどさ……。河童だから天狗だからって理由で片付けられちゃう方がずっと嫌!
「はたての事が嫌い? はは、そんなわけあるもんか。はたては覚えてるかなぁ……私と初めて会った時の事」
「え? あ、あはは……イマイチ覚えてないかな」
「そう、そっか……私は覚えてるよ。人見知りで同じ河童とも親しくなれなくて、引き籠ってばっかりだった私のとこにはたてが突然きてさ、「小型で性能良くて可愛いカメラ作って!」っていきなりさ。ふふっ」
「あー、そんなことあった……ような」
「有無を言わさぬ態度でお願いしてきてさ、ふふっ……口下手な私に退屈せず楽しそうに話しかけてきて、私の作品達を凄い褒めてくれてさ。私凄い嬉しかった、楽しかったさ」
顔を上げ、今にも消えてしまいそうな儚そうな笑顔が私の前に広がる。
ねぇやめて。ねぇそんな顔しないでよ……。
「私、ずっとはたての事が好きだったんだよ。はたてと一緒にいると心が温かくなって、他の人と触れ合う機会が少なかった空洞みたいな私の心が満たされていくような、そんな幸福感に溢れていたんだ」
ねぇなんでそんな悲しい顔するの?
「はたてが私を好きって言ってくれるのは嬉しい。嬉しいよっ! でもダメ、ダメなんだよっ! 私は河童、所詮天狗様の道具、手足、備品! 対等になんてなれない……っ! 無理、なんだよ!」
泣かないでにとり。にとりにそんな顔似合わないから、ねぇ笑おうよ――
「ひぐっ……もういいでしょ? これが私の答え。だから……、」
「帰らない、諦めないっ! 私はにとりが好き、好き好き好き大好き! にとりの事を道具とか手足とか備品とかそんな事一度も思ったこと無い! 好きっ! 他の天狗がどう思おうが関係ない、私は自分の気持ちに嘘はつきたくないっ!」
「個人の問題じゃないんだよぉっ……天狗と河童が仲良くなるなんて話今まであった? ないよぉ……空想でも語られないよそんなこと……」
「前例が無いなら、歴史が無いなら私達で作ろうよ! 誰かが通ってきた道じゃないと駄目なの? 技術者はそういうものなの? 違う、違うでしょにとりっ! 殻に籠もらないで、創ろうよ私達でっ! 天狗と河童の新しい歴史を!!」
咆哮、私は右手をにとりに差し出し最後の答えを待つ。全身全霊を賭けた私の答え、ラストチャンス。
無音
時が動き出し、目の前の少女は涙でぐしゃぐしゃになりながら――
「その無謀な計画、私も協力していいかなぁっ……?」
右手で私の手を握り返してくれた。
刹那、私は右手を引き、にとりを抱き寄せ
「あ、あわわ――な、なにすっ」
唇をそっと重ね合わせた。
「んっ、ちゅ……」
「んちゅ、っちゅ」
触れ合ったのはほんの数秒だけ、すぐ自然に離れお互い見つめ合う。
「も、もう……! はたてってばいつも強引なんだからぁ」
「あははーにとりったら顔真っ赤で可愛いー」
「はたてだって真っ赤だよ!」
「ふぇ?」
「……ぷっ」
「なによー」
「あははははは」
「……ふふふふ!」
なんだか可笑しくて、二人で笑った。
笑った、笑った、いっぱい笑った。
可笑しくて、面白くて。
とにかく笑った。
そんな笑いもやがて途切れ、再びの静寂。
静寂を破ったのはにとりの方だった。
「はたて、私の事幸せにしてくれますか……?」
ありゃりゃ、今日は新しい事がたくさんだ。
今まで知らなかったにとりの顔がたくさん見れた。泣きわめくにとり、真っ赤に染まったにとり、そして……
まったく、せっかく直ったのに使えないカメラ。
「もちろん! 誰も感じたこと無い幸福を、一番最初に見せてあげるわ」
そうとも、これは終わりでは無い。
長い長い私達の歴史の、スタートライン。
―――――――――
滝の上、背をピンと正し胡坐をかきながら、渓谷見下ろす白狼天狗が一人。
端から見るとボーっとしているように見えるが、実際は山の警備に就き、山に侵入者が入らないか見張っているのだ。
何か見つけたのか、ゆっくりと立ち上がり渓谷に背を向け歩き出す。
「止まりなさい」
上空から一声、ほぼ同時に竜巻のような風が起こる。
次の瞬間には、白狼天狗の前に黒髪の鴉天狗が立ちふさがっていた。
「大天狗様に彼女達の事を報告するつもりかしら?」
「誰かと思えば……もし報告するとしたらどうするっていうの?」
「別に、ちょっと痛い目に合ってもらおうかなと思って」
「ふん、残念ながらそれは叶わないわね」
「勝てるとでも?」
「そうじゃない、別に報告するつもりなんてない」
へぇ、と溜息を漏らすは鴉天狗。
「大天狗様に犬みたいに従順なあなたらしくない。どういう風の吹きまわし?」
「別に……」
「まぁそういうことなら良いわ、じゃあね」
再び風が起こる。風が止む頃には鴉天狗の姿は影も形も無くなっていた。
残された白狼天狗、青空を見上げ
「ただ、羨ましいと思って」
舞い落ちてくる黒い羽を見つめながら、一人静かに呟いた。
-FIN-
文ちゃんとはたての仲も微笑ましい、椛?もにとりとはたての関係をうらやましがってるのとか
いい作品よましていただきました!
はたてと文、ライバルでありながらお互いの支えになっているような素晴らしい関係ですね。 いつかはこの二人の立場が逆になったお話なんかも読んでみたいなどと期待しつつ最後に、素晴らしい作品をありがとうございました。
はたにととは新しい組み合わせですね。こういった原作の絡みやキャラクターの相性から、
あるべき可能性として生まれてくる組み合わせを見るのが好きです。
特にアグレッシブなはたてが新鮮で可愛かった。もちろんにとりも文も椛も良いキャラでした。
良い意味ではたての若さが光る良い物語でした。 この一作だけじゃなくいろいろなところで新たな歴史を作るはたにとの姿を見せてもらいたいとワクワクしてます。
そしてにと×もみフラグ終了。もみじもぎもぎですね。
原作とそれの解釈から一連の流れが非常におもしろかったです。そしてこの組み合わせ、白か黒ならむろん白ですよ。後日談が読みたいと感じる作品でした。
ここであやもみがフラグ立てていたのが『紅い歴史の観測者』でしっかりつながっていたのですね感無量です!!