Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

女心と寺の空

2010/07/19 16:14:23
最終更新
サイズ
7.67KB
ページ数
1

分類タグ

「ね、ねぇ、一輪」
「……」
「一輪さーん」
「……何かしら」
「あの、やっぱり怒っていらっしゃいます?」
「別に怒ってなんかいないわ。私達二人の為に貯めてたヘソクリを水蜜が勝手に使ったことなんて、これっぽっちも怒ってないわ」
「やっぱりー……」

(なるほど、そういうことか)

いつもの朝の食事風景の筈が、この二人がこんな空気のせいで部屋まで暗くなり始めた理由をナズーリンは理解した。
いや、実際に部屋というか、この命蓮寺自体が今日は日が入らず、朝から暗い状態が続いている。
その理由もはっきりしている。この命蓮寺の真上を巨大な暗雲が覆っているからだ。

「ねぇ、ナズ。今日はどうしてお寺全体が暗いのよ」
「一輪の機嫌が悪いからだろうね。彼女の入道を操る力とは、つまりは雲を操る力だ。きっと無意識に雲を呼んでしまったんだろう」
「これは雲行きが怪しい話ですね」
「ようはお先真っ暗ってこと?」
「まさに暗雲立ち込めるね」
「君達は……」

ぬえの質問にナズーリンが答えると、命蓮寺の面々は口々に上手いことを言おうとしている。
実際、冗談では済まないのだ。
今日の一輪の感情が天気に直結するなら、これ程に性質が悪い話はない。
今もまるで彼女に溜まるストレスのように、命蓮寺の上にはどんどんと黒い雲が広がっているのだ。
そんな外の状況にも気付かず、当の二人は食事が終わってもまだ話を続けている。
水蜜はなんとか一輪に機嫌を直してもらおうと必死である。

「でも、ほら、使ったのは私の分だけですから……」
(ムラサ船長!その台詞は駄目だ!)
「私が怒っているのはそういうことじゃないの!!」

空が激しく光った。
そのまま落ちてきた光の速さに追い着いて、爆発音のような轟音が鳴り響く。
大地と大気が同時に震えている。

『雷が落ちた』のだ。

「さ、さっき怒ってないって……」
「今、怒ったわ」
「ずるっ」

寺の上空の雲からはゴロゴロと音が聞こえ始めて、まさに一触即発の状態である。
天候は曇から雷注意報、そして通常の天気予報にはない雷警報へと変化していた。
その一方で、白蓮を始め命蓮寺の面々はまだ暢気でいる。

「ぬえは天気の雷と一輪の雷、どっちが怖いかしら?」
「あ、あたし、別に雷とか怖くないし。……一輪の拳骨は怖いけど」
「怒った一輪は聖の次に怖いですからねぇ」
「しょーう?」
「ごめんなさーい!」
(まったく……)

ナズーリンは今の雷が庭に落ちるのを見ていた。
実際に地面の一部が黒焦げになっているから間違いないだろう。
彼女が無意識とはいえ、我々に危害を与えるとは思っていないが、これは早く彼女の機嫌を直さないとまずいかもしれない。主に寺が。

「一輪、落ち着くんだ。使うことを言わなかった船長が悪いとはいえ、もともとは彼女のお金なんだ。彼女がどう使おうと構わないだろう」
「ネズミ、あんたが星の為に貯めているお金を星が、『すいません、ナズーリン。落とした宝塔を買い直すのに全額使ってしまいました。テヘ』とか言ったら、どうする?」
「あーもう!可愛いなー、ご主人様は!でもコロす」
「ナズーリン!?」
「早苗に聞いたことがあるわ。これが外の世界の『鬼嫁』って奴なのね」
「命蓮が家のお金を持ち出して家を出た日を思い出すわぁ。……どうしたの、命蓮?オネエチャン、オコッテナイワヨ」

「しまった」とナズーリンは自分を取り戻す。
頭の回転の速さには自信があるが、口では一輪に勝ったことがないことを思い出した。
仕方ない、矛先を変えてみよう、とナズーリンは今度は水蜜に聞いてみることにした。

「船長、それにしても一体何を買うのにお金を使ったんだい。君はいつも買い物は一輪に任せているじゃないか」
「え、えっと、それはですね……」
「……水蜜、正直に言って。貴方がどうしても欲しいと思う物なら、貴方のお金だもの、口を出したりなんかしないわ」
(それはさっき私が言ったじゃないか)
「……ご、ごめんね、一輪。今は言えません……」
「!」

なんだか湿っぽい空気になってきた。
違う。外で雨が降り始めているからだ。
一輪の心の雨が堰を切ったかのように流れ始めたのだ。
天候は雨、予報は大雨警報になろうとしていた。

「みなみつのバカ……うっ」
「い、一輪、泣いて……!えっ?えっ?」

「舟乗りが雨に弱いって、どーなのよ」
「男は女の涙に弱いものなのよ、ぬえ」
「聖、村紗は女性です」
「君達はもう黙っていてくれないか」

しかし、こうなってはもう、賢将ナズーリンにも黙って見ていることしかできない。
外の大豪雨の煩さとは逆に、何も言わずにさめざめと泣いている一輪の横で水蜜はどうしていいのかわからず、手を宙であたふたとさせている。
だが、天候の変化は止まらない。

「もういいわ」

大気が凍結した。というよりも、空気が凍りついた。
さっきまで土砂降りだった雨はピタッと止み、今度は外では深々と雪が降り始めている。
大雪警報、発令。

「えっ」
「もういいって言ってるのよ。さすがに秘密を全部話せなんて言えないわ。でも、二人で決めた大事な約束を何も言わずに破る人とは一緒にいられないもの。
 私、実家に帰らせてもらうわ」
「い、一輪、待って!お願い、話を聞いて!」
「近寄らないで!」

プラス暴風警報。
一輪を中心に合体してブリザードになった暴風雪が命蓮寺の室内を襲った。
何もかも飛ばされ、誰も近づけず、一輪は帰り支度を始めている。
正直、命蓮寺は幻想郷に来て以来最大のピンチに合っていた。

「寒い、寒いわぁ!この雪も風も、私が使う幻覚じゃなくて本物よ!」
「魔法を使わずに天気を変えられるとは……一輪、貴方も強くなりましたね」
「すいません、ナズーリン……私、先に眠らせてもらいますね……むにゃむにゃ」
「寝るな、ご主人様!寝たら、死ぬぞぉーー!!」

全員が柱などにしがみついて、迫り来る雪と風に耐えていた。
特にミニスカ装備のぬえはガクガクと震え出して、猫科の星に至っては、あまりの寒さに意識がホワイトアウトしかけていた。
白蓮は超人なので。
だが、このままでは寺の中で遭難してしまうと考えたナズーリンは水蜜に向かって吠えた。

「何をやっている、船長……!雲のような彼女を繋ぎ止めているのは君のアンカーじゃなかったのか!」
「ナズーリン……」
「ムラサ、早く何とかしてー!私の格好的にこの状況はマジでヤバイのよー!」
「ムラサ、愛です!必ず最後に愛が勝つという有名な教えに従うのです!」
「zzz...」
「起きろ、ご主人ーー!!」
「うん、ありがとう、ナズーリン、ぬえ、聖。……後、何もしてないけど、星。私、行ってきます!」

水蜜は大きく振り被ると一輪に向かってアンカーを射出する。
そのアンカーを寺から出て行こうとする一輪の体にぐるぐると巻きつけた。

「ちょっと、何よ、これ!」
「一輪、ちゃんと理由を全部話すから聞いて!」
「知らない、知らない、知らないわ!」
「一輪!」

雪ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ。
水蜜はぐいっとアンカーを一輪ごと自分の方へと引き寄せる。
そして、しっかりと一輪を抱き止めた。

「……ごめんなさい、一輪。実はあのお金、もうすぐ来る貴方の誕生日プレゼントを買う為に使ったの」
「え……」
「ちょっと失礼するね」

そう言って、水蜜は一輪の頭巾を脱がした。
台風の目のような無風地帯の真ん中で、普段は隠している一輪の髪がはらっと広がる。
水蜜はポケットから取り出したそれを、一輪のおでこ近くの髪の上に着けてあげた。

「これって……」
「髪留め、道具屋で見つけたんです。一輪、いつも頭を隠しているでしょ。これでもっと頭巾を脱いでくれるんじゃないかなと思って」
「……バカ、もっと早く言えば良かったのに」
「誕生日までは内緒にしたかったんですよー。……そういうわけで、少し早いですけど、お誕生日おめでとう、一輪」
「うん」


雲 完 全 消 滅 


さっきまで命蓮寺周辺に異常気象を起こしていた雲の塊は、一瞬で霧散するとバラバラになって消えてしまった。
雲一つなくなり、眩しい太陽しか見えない空から、雲山がふよふよと降りてきた。

「どこに行っていたかと思えば、寺の上で雲を集めていたのは君だったのか」
「……!」
「記憶にない?そうか、まぁ、君も災難だったということだよ。いや、この場合は災害と言うべきか」
「……?」

ナズーリンは今回の災難もとい災害の原因である一輪と水蜜の方を見た。
二人は先程まで喧嘩をしていたことなど、まるでなかったかのように、荒れに荒れた部屋の真ん中で堂々とイチャイチャしていた。
後片付けはこの二人にやってもらおう、ナズーリンは固く決意した。

「それにしても今度はあっついわねー」
「もともと夏ですもの。外の雪もすぐに溶けてしまうわね」
「……にゃ?おはようございます、ナズーリン」
「おはよう、ご主人様。そして、またおやすみ、ご主人様」
「ナズーリンが怒っていますー!」

「水蜜……あの、私の、似合ってるかしら……?」
「うん、似合ってます!一輪は可愛いんだから、もっとオシャレさせないとね」
「……そ、そんな……恥ずかしいわ……」

一輪の頭に輝く錨と雲の形の髪留めを眺めながら、ナズーリンは溜息混じりに呟くのであった。

「曇、雷、雨、雪、風と来て最後は晴か。とても暑い、いや、熱いね、ここは。日射病になってしまいそうだよ」


まさにお天気に注意である。
どっちかと言うと今日は船長の誕生日っぽいですね(『海の日』)。
船長、誕生日二つありそうだけどね。本来の誕生日と命日で。

一輪さんは8月10日あたりで。夏だし、輪っかばかりだし。


ちなみに命蓮寺では聖の誕生日会だけはありません。南無。
雲海
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
ムラいちわっしょい!!
掛け合いがとても面白かったです!
2.名前が無い程度の能力削除
なにこれ夫婦
3.名前が無い程度の能力削除
この感情表現の仕方は斬新だ。
実に良かったです。
4.名前が無い程度の能力削除
ムラいちマジ夫婦だな
5.名前が無い程度の能力削除
不機嫌な一輪さんつえぇ
しかし二人の為に貯めてたお金は…結婚資金?w
6.名前が無い程度の能力削除
これはいい夫婦漫才ですね
7.名前が無い程度の能力削除
この命蓮寺は新しいな。おもしろかったです!