私の妹は本当によくわからないやつだ。
「お姉様ー、眠れないから羊が爆殺された数を数えてよ」
――ああ、本当にわからない。
◆
その日、私は寝苦しさに身をよじっていた。ベッドの上でもがいていたと言っても過言ではない。まるで窒息する魚見たいに酸素を求めていたのかもしれない。寝苦しい夜。昼間はじりじりと照らす日光で鬱陶しい寝苦しい。しかし夜は夜で鬱陶しい寝苦しい。なんだってこんななのだ、日本の夏は。もうちょっとこう、涼しくってもいいんじゃないだろうか。ベッドの上で窒息する真似をしながら考えていると、突然に扉が開かれた。
聞き覚えのある声が聞こえる。ああ、こいつはフランだ。妹だ。妹がやってきた。夜這いだろうか。いやいや、と即座に否定する。そんなわけないだろうが。ありはしない。決してない。でももしかしたらあるかもしれない。じゃあ信じよう。妹はきっと夜這いに来たのだ。私とねちょねちょしに来たのだ。そうだ。そう決めた。
ああ、しかし現実は非情。いつだって情の薄いものなのだ。だけど――ちょっとくらい淡い期待を抱いたっていいじゃないか。
やってきた妹は、私のお腹にかけられたタオルケットを引っぺがして、ベッドに転がって私のお腹に抱きついてきた。
あれ? いやまじで? 混乱する私を余所に妹はお腹に込める力を強めた。いったい何をしているんだ、と思ってたら潰さんばかりの力で締め上げてきた。待って待って待って! ウェイト!
私は思わず起き上がり、その腕に手を添えた。
「何を、やっているの?」
「あ、お姉様起きた?」
上目遣いに私を見る妹。止めてくれ。そんな目で見ないでくれ。そんな目で見られると、ここは十八禁になってしまう。それはだめだ。せめて爽やかな感じで流したいものだ。私の理性がもつのなら。
「あんねーお姉様、今日眠れないの」
「うん。指をくわえながら言うな。お姉ちゃんちょっとやばいよ」
「だからねー」
「うん。目をうるうるさすな。襲って欲しいのかちくしょう」
そして全部無視かこんちくしょう。
「お姉様ー、眠れないから羊が爆殺された数を数えてよ」
普通に羊数えりゃあいいじゃねえかよ。なんで爆殺するんだよ。羊がかわいそうじゃんかよ。止めてよ。そりゃあマトンとか食ったことあるよ。けれどアレは肉の状態だったし。だからそう羊を爆殺すんな。
「あのさぁ」
「なんでござんしょ」
「なんで爆殺されてんのよ。羊飼いの人に謝りなさいな」
「だってさ、そっちのほうがよく眠れそうじゃん」
だれか私に妹の考えてることを教えてください。だれでもいいのでお願いします。
「いい? 羊が爆殺されると困るの。そもそも爆殺すんな。ぐろいから」
「大丈夫。吹っ飛んでいくから」
「それがぐろいっつーの」
「どっかーん」
「止めなさい。そもそもどう数えるのよ?」
「簡単だよ。羊が一匹柵を飛び越えました」
「普通ね」
「そして爆散しました」
「なんで!?」
「そして羊飼いの人は柵の下に地雷を置きました」
「謝れ。羊飼いの人に謝れ!」
「あとはその繰り返しだよ」
にっこり笑顔で聞いてくる。ちくしょうちくしょう。なんだよその笑顔は。いいよいいよ。数えてやるよ。数えてやりゃあいいんだろう。数えますよ。
「でもいっこ聞いていい?」
私はとりあえず挙手して聞く。
「あい、どうぞ、お姉様」
とりあえず指名された。
「フラン、一人でも、大丈夫だよね?」
「うん」
「どうして、私のところにきたの?」
そう聞くと、ちょっとそっぽを向いて、
「言わせんな、ばか」
と、頬を赤らめた。
なして? どうして? そんなことどうでもいい。
わぁー、やばいわぁ。主に私の理性がやばいわぁ。
「あー、でもさ」
「なに?」
お腹に抱きついたまま上目遣い。うるうるした目。汗で湿った髪の毛。妹の匂い。薄い下着みたいな衣服しか身に着けてないフラン。私もまた同じ。
「ちと離れてくれない?」
「どうして?」
笑み。
「いや、暑いから」
「ふぅん。どこが?」
知るか! 主に身体全体がだよ! 吸血鬼って体温が低いはずなのに、どうしてこんなに暑いんだよ! あつはなついとか言っちゃうぞ。そんくらい暑い。思考回路がおかしいようなそんなような。
「あー、じゃあなんだ、私と一緒に寝たいのか?」
「うん」
「暑いのに? あと顔を赤らめんなちくしょう」
「暑いのにだよ」
「じゃあなんだ、あれだ、食っちゃってもいいの?」
「うん」
「まじで?」
「まじでまじで。ねちょねちょどうぞ」
「――――」
「どしたの?」
「ここは、健全な場所よ。そんなねちょねちょだなんて……」
「したいんでしょ?」
「頬を染めんな。私が吸い付いてもいいのか。つうか恥ずかしいなら言うな」
「……もうなんでもいいじゃんか。ここで寝たいの寝かせて。よしそんじゃおやすみお姉様」
「ちょい待て」
そんなことをしているうちにフランは眠ってしまった。私に抱きついたまま。
あー、ぼんやり天井を仰ぐ。
ああもう、だれか私に妹のことを教えてくれ。
薄っすら湿った髪を撫でながら、そう思った。
そのあと一睡もできなかったけどね!
[おしまい]
「お姉様ー、眠れないから羊が爆殺された数を数えてよ」
――ああ、本当にわからない。
◆
その日、私は寝苦しさに身をよじっていた。ベッドの上でもがいていたと言っても過言ではない。まるで窒息する魚見たいに酸素を求めていたのかもしれない。寝苦しい夜。昼間はじりじりと照らす日光で鬱陶しい寝苦しい。しかし夜は夜で鬱陶しい寝苦しい。なんだってこんななのだ、日本の夏は。もうちょっとこう、涼しくってもいいんじゃないだろうか。ベッドの上で窒息する真似をしながら考えていると、突然に扉が開かれた。
聞き覚えのある声が聞こえる。ああ、こいつはフランだ。妹だ。妹がやってきた。夜這いだろうか。いやいや、と即座に否定する。そんなわけないだろうが。ありはしない。決してない。でももしかしたらあるかもしれない。じゃあ信じよう。妹はきっと夜這いに来たのだ。私とねちょねちょしに来たのだ。そうだ。そう決めた。
ああ、しかし現実は非情。いつだって情の薄いものなのだ。だけど――ちょっとくらい淡い期待を抱いたっていいじゃないか。
やってきた妹は、私のお腹にかけられたタオルケットを引っぺがして、ベッドに転がって私のお腹に抱きついてきた。
あれ? いやまじで? 混乱する私を余所に妹はお腹に込める力を強めた。いったい何をしているんだ、と思ってたら潰さんばかりの力で締め上げてきた。待って待って待って! ウェイト!
私は思わず起き上がり、その腕に手を添えた。
「何を、やっているの?」
「あ、お姉様起きた?」
上目遣いに私を見る妹。止めてくれ。そんな目で見ないでくれ。そんな目で見られると、ここは十八禁になってしまう。それはだめだ。せめて爽やかな感じで流したいものだ。私の理性がもつのなら。
「あんねーお姉様、今日眠れないの」
「うん。指をくわえながら言うな。お姉ちゃんちょっとやばいよ」
「だからねー」
「うん。目をうるうるさすな。襲って欲しいのかちくしょう」
そして全部無視かこんちくしょう。
「お姉様ー、眠れないから羊が爆殺された数を数えてよ」
普通に羊数えりゃあいいじゃねえかよ。なんで爆殺するんだよ。羊がかわいそうじゃんかよ。止めてよ。そりゃあマトンとか食ったことあるよ。けれどアレは肉の状態だったし。だからそう羊を爆殺すんな。
「あのさぁ」
「なんでござんしょ」
「なんで爆殺されてんのよ。羊飼いの人に謝りなさいな」
「だってさ、そっちのほうがよく眠れそうじゃん」
だれか私に妹の考えてることを教えてください。だれでもいいのでお願いします。
「いい? 羊が爆殺されると困るの。そもそも爆殺すんな。ぐろいから」
「大丈夫。吹っ飛んでいくから」
「それがぐろいっつーの」
「どっかーん」
「止めなさい。そもそもどう数えるのよ?」
「簡単だよ。羊が一匹柵を飛び越えました」
「普通ね」
「そして爆散しました」
「なんで!?」
「そして羊飼いの人は柵の下に地雷を置きました」
「謝れ。羊飼いの人に謝れ!」
「あとはその繰り返しだよ」
にっこり笑顔で聞いてくる。ちくしょうちくしょう。なんだよその笑顔は。いいよいいよ。数えてやるよ。数えてやりゃあいいんだろう。数えますよ。
「でもいっこ聞いていい?」
私はとりあえず挙手して聞く。
「あい、どうぞ、お姉様」
とりあえず指名された。
「フラン、一人でも、大丈夫だよね?」
「うん」
「どうして、私のところにきたの?」
そう聞くと、ちょっとそっぽを向いて、
「言わせんな、ばか」
と、頬を赤らめた。
なして? どうして? そんなことどうでもいい。
わぁー、やばいわぁ。主に私の理性がやばいわぁ。
「あー、でもさ」
「なに?」
お腹に抱きついたまま上目遣い。うるうるした目。汗で湿った髪の毛。妹の匂い。薄い下着みたいな衣服しか身に着けてないフラン。私もまた同じ。
「ちと離れてくれない?」
「どうして?」
笑み。
「いや、暑いから」
「ふぅん。どこが?」
知るか! 主に身体全体がだよ! 吸血鬼って体温が低いはずなのに、どうしてこんなに暑いんだよ! あつはなついとか言っちゃうぞ。そんくらい暑い。思考回路がおかしいようなそんなような。
「あー、じゃあなんだ、私と一緒に寝たいのか?」
「うん」
「暑いのに? あと顔を赤らめんなちくしょう」
「暑いのにだよ」
「じゃあなんだ、あれだ、食っちゃってもいいの?」
「うん」
「まじで?」
「まじでまじで。ねちょねちょどうぞ」
「――――」
「どしたの?」
「ここは、健全な場所よ。そんなねちょねちょだなんて……」
「したいんでしょ?」
「頬を染めんな。私が吸い付いてもいいのか。つうか恥ずかしいなら言うな」
「……もうなんでもいいじゃんか。ここで寝たいの寝かせて。よしそんじゃおやすみお姉様」
「ちょい待て」
そんなことをしているうちにフランは眠ってしまった。私に抱きついたまま。
あー、ぼんやり天井を仰ぐ。
ああもう、だれか私に妹のことを教えてくれ。
薄っすら湿った髪を撫でながら、そう思った。
そのあと一睡もできなかったけどね!
[おしまい]