※ この話はジェネリック作品集69、『ケーキよりも甘いもの。』からの続きとなっておりますのでご注意ください。
「これは一体、どういうつもりかしら?」
一日の楽しみであるティータイムに出されたのがまさかの煎餅と玉露では私で無くとも文句が出よう。
いや何も煎餅と玉露が悪いだなんて言わない。
だがここは紅魔館であって洋館なのだ。
よってテーブルの上を飾るのは煎餅と日本茶では無い筈だ。
そこのところどう捉えているのか確かめたくて、咲夜に問い掛けたのが冒頭での私の台詞だ。
「虫歯対策ですわ! お嬢様!」
「虫歯……対策?」
今更何を言い出すのか理解出来ず首を傾げるしかない私。
500年生きてて虫歯とは全く無縁のこの私がなんで今更そんな事を意識せねばならないのか……。
「あっ! わたしのおやつはミルフィーユだぁ!」
百歩譲って虫歯対策が良しだとしても、同じ事をフランにだってするべきでは無いだろうか?
これだと不公平と言わざるを得まい。
そんな事を思ってそびえ立つ咲夜渾身のミルフィーユを眺めているとフランが申し訳なさそうに呟いた。
「お姉さま……良かったらフランと一緒に食べる?」
きっと私が羨ましがっていると勘違いしたのだろう。
いや確かに羨む気持ちも無きにしも非ずだが、妹の物を取り上げるなんて事、姉として我が流儀に背く。
しかしそんな気遣いが出来るようになっていたとは……。
妹の成長に胸がいっぱいになった私は憂う気持ち無くミルフィーユを諦める事が出来そうだった。
「ありがとう、フラン。優しいのね。でも良いのよ、それは貴女の物だから。」
私が今、姉として振る舞えるのはフランの気遣いがあってこそ……そんなお礼を込めて彼女の頭を優しく撫でてやる。
するとはにかんだ笑みをフランは浮かべてくれた。
「お姉さま……えへへ///」
「どうやらご理解いただけたようで──」
「まだよ。」
「──どうしてでしょうか?」
上手く話を纏めようとした咲夜に待ったを掛ける私。
「私はまだ訳を聞いていないわ。何故私だけ虫歯予防をする必要があるのかしら? 理由があるのなら私は身を引く。だから話して頂戴。」
咲夜の忠誠心を疑うつもりなど毛頭無いのだ。
きっとこれにも訳が有るのだろう……花言葉に因んでお茶の葉を摘み、結果毒を飲ませるようなメイドだ。
突拍子の無い考えに至ったところで何ら不思議ではない。
「お嬢様……分かりました。ご説明致します。」
私の真剣さが伝わったのか、咲夜は目をキリッとさせて恭しく答えてみせた。
「ここのところお嬢様は床からお目覚めになる時、必ず頬を気にされます……。ですから──」
「それで虫歯と?」
「──左様でございます。痛みが無いのは今はまだ潜伏期間だからではないかと。ですから、当面お嬢様には甘いものは控えて頂こうかと。」
そうか……あれからずっと咲夜はそのことを気にしてくれていたのか……。
おそらくそれは見当違いであると思うのだが、やはりここは主として従者の思いは汲むべきと判断。
それにいくら500年一度も虫歯に罹った事がないという実績があろうと、そんなものでは咲夜は納得なんてしないだろうし、私とて根拠があるわけじゃないのだ。
なので虫歯予防は良しとしよう。しかしだからと言って、これから毎日、日本茶とお煎餅では困る……困る理由が私には有るのだ……!
ここは一つ代案を立てないと……。
「それにしたって他にやりようがあったんじゃない? 例えば歯磨きを念入りにするとか……。」
とりあえずあたりざわりのない物から言ってみる事に。
すると咲夜は「その発想は無かった!」と言わんばかりに目を見開いて驚いていた……おいおい。
「……はぁ。そういう事だから、明日からは何時も通りお願いね。」
「すいません……どうやら先走ってしまったようで……。」
裏目に出たとはいえ私を思ってこその行動を責める程、私は器の小さい女では無いつもりだ。
申し訳なさそうにシュンとなってしまった咲夜を、私は仕方なく慰める事にした。
「顔をお上げなさい、咲夜。そして誇りなさい。貴女の忠誠心はこのレミリアにしっかりと届いているわ。このお煎餅だって貴女の手作りなんでしょう?」
お煎餅の作り方なんて知らないが、普段作っている洋菓子とは全く異なるであろうことは想像に難くない。
予想通り、コクンと小さく頷いて見せると咲夜は謙遜しながらも答えてくれた。
「その……紅魔館の図書館でも調べられ無かったので、人里の和菓子職人に直接聞いてきました……。」
控えめにそう報告する咲夜……この娘が瀟洒なんて呼ばれるのは何も立ち振る舞いだけじゃない。
この主を思う一生懸命さこそが、この娘の最大の魅力なのだ。
「ありがとう……今日は有り難くこのお煎餅をいただくわ。」
「お嬢様…………!」
感極まって今にも泣き出しそうな程に瞳を潤ませる咲夜……ちょっと大袈裟じゃないかしら。
私はただ紅魔館の主として恥ずかしくない振る舞いをしただけだというのに。
咲夜の反応にちょっぴり良い事をしたかな何て気分を良くするも、それはそれとして言っておかなければならない事が一つだけある。
「だけどお茶だけは代えてくれないかしら? 玉露(これ)を飲むと私──」
「駄目だよお姉さま! お残しはイケナイってお姉さまいつも言ってるもの!」
「──っ! そ、それは……。」
フランからの駄目出しに度肝を抜かれ、私は言葉を失ってしまった。
正論であるため、どう切り返して良いものか判断に迷う……。
しかしそれでも、どうにかしてこのお茶だけは避けねば……!
必死になって何か良い言い訳は無いものかと思考を廻らせるも、中々名案は浮かんでこない。
「お嬢様……僭越ながらわたくしからも。」
「さ、咲夜?」
「和菓子には日本茶が一番と職人が言っていました! だから私……! おいしいお茶を飲んで貰おうと色々と……!」
そうこうしている内に咲夜からの痛いしっぺ返しが加わり、もう焦るしかない私……咲夜の言う『色々』とはそれはもう常人では考えられないレベルまで凝っていると思っていい。
それを無碍には出来ないと、私の中の良心が訴えてくる……。
くそっ! 一杯だけならきっと……!
「分かった! 分かったからそんな目で見ないで頂戴! 一杯よ……! この一杯を飲んだら紅茶に代えるのよ?」
「はいっ! 自分で言うのも痴がましいですが、最高の出来です! 紅茶とはまた違った風味を楽しめるかと……!」
「よかったね、咲夜!」
「妹様……はいっ!」
「あははは……。」
私がお茶一杯飲むだけで、何故か喜びを分かち合う妹と従者だったが、私には乾いた笑みを浮かべるので精一杯だった。
そりゃ違うわよね……! 具体的には『カフェイン』の量とか! よりによって『玉露』だもの!
「ええい、ままよ!」
ぐっ!
「「おおっ……!」」
湯飲みを一気に煽り、一口で飲み干す……別に味が嫌いなわけじゃないから一気飲みなんてする必要も無いんだけど……。
そこはその場のノリと言うか空気と言うか……とにかく私は無事お茶を飲み干したのだった。
…………本当の恐怖はこれからなんだけど。
「どうでしたか……?」
不安そうにこちらを伺う咲夜……言わずもがな、味の事を問いかけているのだろう。
もちろん咲夜の出すものが不味いはずも無く、普段飲んでる物に比べて若干苦かったもののそこがお茶の醍醐味というものなのだろう。
「ああ。悪くなかった。」
優雅に口元を拭い薄く笑みも浮かべて余裕の表情で答える私はなんてカリスマなのかしら……。
「わたしも! お姉さまと同じのを飲む! 良いよね、咲夜?」
なっ……なんだって!?
しかしここでこの発言が出てくるとは……流石の私も正直驚愕する他なかった……。
貴女は知らないのよ、フラン! 日本茶の……玉露の『カフェイン』の強さを……!
止めなさい、と目で訴えるもフランは頑として譲ろうとはしなかった。
それどころか決意に満ちた瞳を返してくるフラン……。
そうか……! 妹は何も姉の真似がしたいとかで日本茶を求めているのではない……どうやら私に飲ませた責任を取るつもりのようだ……!
くっ……! まさかそこまで成長していたとは……!
揺ぎ無い妹の意志に最早私から掛けられる言葉など皆無だった。
「そうおっしゃると思って、用意致しましたわ♪」
「さっすが、咲夜! それじゃあ、頂きます!…………に、苦いぃぃぃぃ……。」
しかし現実とはかくも厳しかった……普段からミルクティーとか紅茶でも甘い部類のものしか飲まないフランにお茶の渋みなど理解できる筈も無く……。
決意で輝いていた瞳が今やうるうると潤みきっていた。
「妹様……無理は──」
「だ、大丈夫だよっ。お残しはいけないモンね?」
尚も強がろうとするフラン……もう十分よ。
貴女はよくやった。貴女を妹に持てて、私は誇りに思う……!
「貸しなさい、フラン。それは大人の飲み物よ。」
「お、お姉さま?」
目を丸くして驚く妹に構わず奪った湯飲みを勢いに任せ、また一気飲み……。
仕方ないじゃない……これ以上、妹に辛い思いなんてさせられないでしょ……。
「お姉さまっ……///」
違う意味で瞳を潤ませるフラン……全く、お姉様の有り難味が今更分かったのかしらね?
結果として二杯目を飲んでしまったものの、何とも言えない不思議な達成感が私の胸を熱く支配していた。
そんな勝利の美酒(正確には玉露)に私は酔い痴れていたかったのだが、またしても咲夜が立ちはだかるのだった。
「ではお嬢様。今度はお茶請けに用意したこの煎餅と一緒にご堪能ください♪」
「…………へ?」
既に満身創痍である私に向かってニコニコとした笑みを浮かべながらお煎餅と本日三杯目の日本茶を差し出す咲夜……成る程、煎餅と一緒に飲まなきゃノーカンってことね。
どうやら私が察した通りのようで、何の疑いもなく私が受け取るのを待つ咲夜に私はがっくりと項垂れるのであった。
それから数時間後──
「…………眠れない。」
暗い自室でベッドに横たわりながら、虚空に向かって私は呟いた。
カフェインだ……奴のせいで私はまた眠れないのだ……。
そう以前にも一度あったのだ。
霊夢んところでお茶を貰って、これが意外に美味しかったものだから調子に乗ってがばがば飲んで……。
その時も全然眠れなくて大変だった……。
後でパチェに聞いたら、お茶に含まれているカフェインのせいだと聞かされて、それから避けるようにしていたというのに。
しかし後悔していても仕方ない。
眠気が来るまでじっとしている他有るまいと、狸寝入りを続行することに。
そこへ──
ガチャ。
(え……?)
突然、部屋のドアが開く音がした。
誰かが入って来たのだろう。
建て付けが悪いなんてことは無いし、僅かだが足音もする。
(咲夜か? いや、違うな。そんな筈は無い。)
無断で、しかも私が就寝していると知っていてそんな無礼を咲夜が働く筈はない。
だとしたら誰だ──?
「…………お姉さま…………。」
(えっ……! フラン……?)
その声は、確かに妹のものだった。
しかしこの時間帯は彼女だって地下の自室で眠っている頃だろうに……何故?
寝たふりを止めて問いただそうかとも思ったが、とりあえずは止めておく。
お茶の飲みすぎで眠れず起きていたなんて恥ずかしくて言えないし……何かフランに動きが有るまでは私からは動かない事に決めた。
「今日のお姉さま……すっごくカッコ良かった……どうしてだろう、あれからずっとドキドキが止まらないよぉ……」
切なげにそう独白するフランに、どうにもむず痒い気持ちになる。
止めてよもう、照れるじゃない///
声には出さず心の中だけでそう言っておく。
「んしょ……。」
小さく声を漏らしながら、私のベッドに自ら入ってくるフラン。
なんだ? この私に添い寝でもして貰いたいのか?
おそらく面と向かって頼むのが恥ずかしいのだろう。
何だかんだでフランはまだまだ子供で、あの時見せ付けられた成長が、本当はただの背伸びであった事に私はなんだかほっとした気分になった。
「どうしよう……何時もはほっぺで我慢してるけど……今日は我慢できそうにないよ……。」
ほっぺ? 我慢?
謎めいたことを口にするフラン。
普段から取り留めも無い言動ばかり目立つ子ではあるが……はてさてこれは一体どういう意味だ?
しかし分かった事もある。
『何時も』とか、『今日は』という言葉から時々はこうして私の所へ来ていたと推測される。
そして私はそれに全く気付いて無かったと。
…………それはそれで由々しき事態だ。
そんな事をつらつらと考えていると、何時の間にやらフランの影が異様なまでに近付いて来ているのが目蓋越しにでも伝わってきた。
待て待て! このまま行くと……!
「…………ごめんっ、お姉様っ!」
ちゅっ
(んっっっ!?)
予想していた通り、フランの唇が私の唇へと落とされた。
驚きの余り声を出してしまいそうになるが、なんとか押さえる事に成功。
「んっ……お姉さまぁ……!」
ちゅっ……ちゅっ……
そして予想以上に、否、想像を絶する程に柔らかいフランの唇に私は拒む事が出来ずにいた。
でも……どうして……?
頭はもうパニック状態だ。
どうしてこんなことになったのか、全く見当もつかない。
その後もされるがまま数回口付けを繰り返したのだが、ふいに止むとフランが私の顔からそっと離れていくのが分かった。
そしてそのまま私の直ぐ隣を陣取るようにして寝そべるフラン。
まだ鼻息の荒い彼女は私の耳元でこう呟いた。
──お姉さま、大好き──
ガバッ!
「ふ、フランっ!?」
「すーすー。」
「……寝ちゃったの?」
どうやら本当に眠ってしまったようで、つい先程までの行動がまるで嘘のように静かに寝息を立てていた。
こんなにも無防備な妹の寝顔を見るのも久しぶりで…………なんだか今から起こすのも可哀想に思えた。
まあいいわ……そのうち、ね。
後で私が起きていたと知るとさぞかしフランも驚く事だろう。
それもまた一興か。
今はただ、私の腕を意地らしく掴む愛しい妹の温もりを味う事にしよう。
そう思い直し、私はゆっくりと目蓋を閉じた。
…………完全に余談だが、結局興奮して全く眠れなかったのは言うまでも無いだろう……。
しかしそれがまたお嬢様のいいところだ
フランが普通に恋する少女でいいね!
こちらで続々はもう無理です。思い切ってあちらでどうでしょうか。お待ちしてます。
苦いのを頑張って飲み下そうとしているふらんちゃんになんて言うか…その……いや、何でもないです。
くそっ最近お絵かき楽しいから頑張ってこのシチュで描いてやる!……そのうち。
さてさて、続編はいつごろですか?