人里から離れた森の中、ぽつねんと建つ一軒家。
その家に住むのは、ヒトリの少女。
少女の名は、リグル。
リグル・ナイトバグ。
若草色の髪と瞳。
日の光を浴びた健康的な肌。
なだらかな体の曲線は、童でもなく大人でもなく――少女の証。
彼女は何処にでもいる、普通の少女。
ただ一点を除けば。
そう、彼女は――
――魔蟲少女だったのです。
「ふぁ~」
左手で目をこするリグル。
小さく開いた口と可愛らしい欠伸が示す通り、彼女は目が覚めたばかり。
トレードマークの触角も、なんだかへにょりとしているようです。
「ぅー……眠いよぅ。
でも、そろそろ学校に遅れちゃう。
慧音先生、怒ると怖いんだよね」
伸びとともに呟きます。説明的なセリフどうも。
リグルが通うのは、近頃できたばかりの寺子屋です。
社会を担当する慧音先生――上白沢慧音を筆頭に、頼もしい先生方が教鞭をふるっています。
国語に阿求先生、算数に藍先生、外国語に小悪魔先生、理科に永琳先生……だんだん不安になってきました。
ともかく。
「着替えて顔洗ってご飯食べて歯磨きして……ま、間に合わないかも!?」
こうして、リグルの何時も通りの慌ただしい一日が、始まりを告げました。
支度を整え、家を出ます。
額に手を当て、リグルは空を仰ぎました。
大きな瞳に飛び込んだのは、より大きく、そして、眩しい太陽でした。
一歩二歩進んだところで振り返り――どうやら戸締りを忘れた模様。
盗られる物もないからいいや、なんて笑っていますが、勿論いけません。
元栓戸締りランタンの消し忘れ、どれだけ急いでいてもちゃんとしておきましょう。
「あ、そう言えば……」
リグルも思い直してくれたようです。
足早に家へと戻り、どったんばったん。
……何をそんなに忘れていたのでしょうか。
再び玄関を開き、鍵を閉めるために振り返るリグル。
おや、よくよく見れば装いが変わっています。
短い髪に、ワンポイントのバレッタが一つ。
ぴょこんと伸びる二本の触角にも小さなリボンが一つずつ……え、そこにも?
「永琳先生が言ってたんだよね。今日は、転校生が来るって」
使い終わった鍵を腰のポーチに仕舞いつつ、リグルは嬉しそうに呟きます。
転校生。
なんと心を打つ響きでしょうか。
新しい出会い、培う友情、芽生える仄かな恋心。なんだと。
「どんなヒトかな。素敵なヒトだったらいいなぁ」
鼻歌の一つも出てきそうな響き。なるほど、アクセサリーはその為ですね。
「いっけない! 早くしないと、待ち合わせに遅れちゃうっ」
はっと気づいて頭をこつん。
無論、桃色の舌もちらりと出しながら。
そんな動作が似合うほど、リグルは心身ともに少女なのでした。
木漏れ日が差し込む森を、リグルが走ります。
「早く、速く……!」
水平にたなびくマントは彼女が急いでいる証。
だけれど、ちゃんと前を見ないと危ない――あ!
言わんこっちゃない、大きな木の根っこに足を引っかけたリグルは、くるりと一回転して再び駆け出します。
……リグルの体育の成績は、相対評価で五段階中、四なのでした。まだ上がいる。
彼女が急いでいる理由はただ一つ。
遅刻しないためにと言うのは勿論ですが、ルーミアと待ち合わせもしているのでした。
二つじゃないか? いえいえ、遅刻は先生との、待ち合わせは友達との、そう、約束です。
約束を破るのは大変よくないこと、ちゃんと守りましょうね。
急ぐリグル。
走って飛んで、駆けて跳ねる。
花屋の娘さん直伝の走法は、スタミナのあるリグルが体得したことによって完成したと言ってよいでしょう。
「なんとか、間に合うかな!?」
息とともに安堵の声が零れます。
ですが、あぁ、油断は大敵。
駆けるリグルの目が一人の少女を捉えます。
いいえ――美しい少女が、突然に木々の間から現れました。
「うわわ、よけてー!」
「え……わっ?」
「きゃー!?」
リグルは急に止まれない。
二つの悲鳴が森に響きました。
信頼と伝統の、出会い頭にごっつんこ。
「あいたた……って、ごめんなさい!」
もうもうとした土煙りの中、リグルが先に立ちあがります。
腕の中に、美しい少女を抱えて。
お姫様だっこですね。
体育の成績は四ですが、礼儀作法は五点満点なのでした。え、これ、礼儀作法?
「私もぼぅとしていたから……それよりも」
頭を振る少女。
呟かれる言葉に、リグルは首を捻ります。
外見から判断するに、近い年齢だと思いました。
「え、と……君は」
そう思ったということはつまり、リグルは腕の抱く少女を知りません。
しかし――
射干玉のように黒く、長い髪。
黒瑪瑙を思わせる瞳。
華奢な体。
――何時か何処かで、今のように触れあっていた覚えがあるのです。
「前に、会ってたっけ」
確認の響き。
確信の響き。
声は、二つ。
「え?」
「あら……」
リグルと少女は、同時に尋ねていました。
あまりのタイミングに可笑しくなり、リグルはぷっと吹き出します。
合わせたように、少女も微笑みました。
質の違う、けれど、穏やかな笑い声。
暫くの後、互いに名乗ります。
「私は、リグル。リグル・ナイトバグ」
「私は蓬莱山輝夜。輝夜でいいわ」
「かぐや……」
舌で名前を転がすリグルには、やはり覚えがありました。
呟くたび、頭のどこかが爆ぜる様な感覚。
体が、妙に火照ります。
そんなリグルに、少女――輝夜は、悪戯気な笑みを浮かべます。
「……覚えていないの?」
鼓膜を震わせる声。
真っ直ぐに向けられる双眸。
交差する視線に、リグルの胸は高鳴りました。
「貴女は日の光のように、私を照らした」
するりと伸ばされた手が、リグルの顎に触れます。
「え……? 輝夜、それってどういう……?」
「あのベッドの感触、忘れたのかしら?」
「べ、ベッド!?」
真っ赤になる頬に指を伝わせ、くすりと笑む輝夜。
「隣だったんだから、同じものだと思うわ」
「あ、一緒にって訳じゃ……や、それでも!」
「それでも、そう、確かに、私たちは共にいた」
その口は、三日月のような形になっていました。
「そして、私は月の光のように、貴女を包んだ」
紡がれる謎かけは、リグルにはわかりません。
にもかかわらず、鼓動は早くなるばかりでした。
どくんどくん――と、血液も、さもマグマのように熱くなります。
リグルは輝夜を見つめます。
輝夜はリグルを見つめ返します。
少しの間、お互いに無言でした。
「輝夜、君は……」
「リグル、貴女は――」
フタリが口を開いたと同時、ぱきん、と乾いた音が森に響きました。
振り向くリグルの視界に入ったのは、見慣れた赤と黒の服。
「あら……お邪魔だったかしら」
理科の八意永琳先生です。
何時の間に――思うリグルでしたが、ぺこりと頭を下げます。
「おはようございます、永琳先生」
「おはよう、リグル。いえ――」
「……え?」
声に、違和感。
普段の永琳先生は、優しさと厳しさを兼ね備えています。
しかし、今、リグルに向けられた声には――あぁ、なんということでしょう――殺気が含まれていました!
「先生……っ!?」
そして、顔を戻したその時、永琳先生の衣装は、色合いはそのまま、際どいレオタードに変わっていたのです――!
「我らが怨敵――リグルン!」
「――! うそ……そんな、先生が!?」
「ふふ、そう! 理科の永琳先生は仮の姿! 我が名は、ドクトル永琳!」
リグルの頭に、穏やかな日常と激しい戦闘がよぎります。
永琳先生と過ごした日々。
ドクトル永琳と繰り広げた死闘。
余りにも衝撃的な事実に、リグルは現実を受け止められずにいました。
「好機!」
動けないリグル。
見逃すドクトル永琳ではありません。
幾度もリグルを苦しめた、自慢の弓をつがえます。
「落ちなさい、リグルン!」
放たれたのは一本の矢でした。
確かに一本だったはずなのです。
けれど――矢は、無数とも呼べる数となり、リグルに降り注ぎます!
どぉんどぉんどぉん!!
幾つかの矢は届く前に音を立て、爆発しました!
勿論、これも、ドクトル永琳の得意技です!
視界を塞がれたリグルの額に、あぁ!
「先生……――違う!
あのヒトは、ドクトル永琳!
この幻想郷を乱す、倒すべき、敵!!」
矢に貫かれる直前。
リグルの瞳が輝きました。
戦いを決意した、戦士の証。
ひゅん!
矢は、地面へと突き刺さりました。
直撃の間際、リグルは首を振り、かすめるにとどめたのです。
しかし、躊躇いは仇となり、彼女のチャームポイント、二本の触角が切り落とされました。
「これくらいは……しょうがないよね!」
「そう、それでこそ、リグルンよ」
「……輝夜?」
ドクトル永琳が現れて以来、無言を通していた輝夜が、口を開きました。
リグルの腕からするりと抜け出し、地面に足をつけます。
直立し、再びリグルを見つめました。
「あんなのに倒されちゃ困るのよ」
瞳に浮かんでいるのは、リグルと同じ、戦士の証。
「あんなの……?」
「さぁ変身しましょう」
「変身って……まさか、君も!?」
驚くリグルに微笑みを浮かべ、輝夜は、前襟につく大きなリボンを手に取り掲げ、叫びます――
「プリンセス・ムーン! ドレスアップ!」
掲げたリボンが輝夜を包み込み、
薄い赤色のライン越しに細い肢体が踊り、
瞬く間に、戦うための衣装へと、変わっていったのです!
「美王女戦士ブレザームーン! 月に代わって、抹殺よ!!」
唐突な展開に、リグルは口をぽかんと開けたまま。
そんな彼女にブレザームーンがウィンク一つ。
全月を震わせる可憐な瞳に、こくりと頷き返します。
「マジカルリリカルリグルルル!」
先ほど千切られ地面に突き刺さった触角の一本を握り、
何時もの掛け声を喉も裂けんと高らかに奏で、
リグルが真の姿を解放します!
さぁみんな、一緒に叫びましょう!
「魔蟲少女リグルン! みんなの力で大変身!!」
ブレザームーンは周囲に五つの神宝を浮かべ、
リグルンは手に持つ触角をタクトのように振い、
再び矢をつがえようとするドクトル永琳へと、視線を合わせました!
「小癪な! リグルンともども、ブレザームーン、貴女もほう、ほうむ……!?」
言い淀むドクトル永琳。
言葉だけでなく、身体も硬直しているようです。
まるで信じられないものでも見たような――そう、リグルンが彼女自身の正体を知った時と同じように目を見開いています。
「今!」
宿敵と同様、その一瞬の隙を見逃すリグルンではありません。
「ええ!」
ブレザームーンもまた、腕を開き、力を迸らせます。
「ファイヤフライスペル・サン・オン・ザ・グラウンド!!」
「プリンセス・オールウェポン、アクション!!」
放たれた太陽と月の輝きが――「う、あ、く……あぁぁぁぁぁあああ!!」――ドクトル永琳を飲み込みます!
二つの光は拮抗し、混じり合いました。
次第にその輝きが薄れ、露のように消えていきます。
するとどうでしょう、崩れ落ちたのはドクトル永琳ではなく、永琳先生でした。
そう、リグルンの必殺技『太陽の流星』は、対象の邪悪なエネルギーだけを払う力があるのです!
安堵の笑みを浮かべるリグルン。
ドクトル永琳を倒したことよりも、永琳先生の無事を喜んでいます。
罪を憎んでヒトを憎まず――これで先生も、普段通りのちょっぴりエッチな先生に戻ってくれるでしょう。
ちょっぴりエッチはセーフ。ちょっぴりエッチは正義。
「助かったよ、輝夜」
「ふふ、どういたしまして。だけど、‘輝夜‘?」
「あ、今はブレザームーンって呼んだ方が良いのかな?」
触角をリボンで結びづけ、朗らかな笑みそのままで、視線を投げるリグルン。
ブレザームーンもまた、笑っていました。
美しく、儚く――妖しく。
「違うわ」
「……え?」
「まだ、思い出さないのね」
言って、ブレザームーンは代名詞の服を破り去ります。
その下に現れたのは、太陽の光さえも弾く衣装。
銀色のボディスーツでした。
「な……君は!?」
ブレザームーンは、いいえ、輝夜は、いいえ――‘彼女‘は、薄く笑むだけでした。
言葉の代わりに、優雅に右拳をリグルンへと向けます。
開いた手には、金属質の黒い石が握られていました。
弱い磁性を放つソレは、‘イルメナイト‘。
「もう少し利用価値があると思って、貴女の技の邪魔をしようと思ったのだけれど……。
うふふ、だけど嬉しいわ、貴女はまた、強くなった。
ねぇ、リグルン……そのままで、いいの?」
――‘月の石‘です。
リグルンは、目を閉じ、息を吸います。
大きく吐き出すとともに、‘彼女‘へと視線を定めました。
でん、でん、ででんっでん、でん、でん、ででんっでん――♪
左腕を右斜め上に突き出し、ギリ、
弧を描くように左側へと戻して、ギリ、
再び同じ方向に、右腕と同時に突き出します――ヒュンッ!
でん、でん、ででんっでんっ、でん、でん、ででんっでんっ――♪
「変――身っ!」
太陽の光がリグルンへと集い、腰に付けたポーチがぐるぐると回転します!
ミニスカートは動きやすいスパッツに!
装飾過多のシャツはチビTに!
色はどっちも、勿論、黒だぁぁぁ!
時を!超えろ! 空を!駆けろ! この幻想郷(ホシ)のためぇぇぇぇぇ!!
「仮面ライダー・リグァッ!!」
攻撃を受けた訳ではありません。原作リスペクトです。
「そう!
それでいいのよ、リグルン!
本当の力を発揮した貴女を倒してこそ、この私、クライシス・ムーンは更に昇華する!」
輝夜改め、クライシス・ムーン。
彼女の目的は、リグルンのポーチを奪うこと。
そして何より、自身の手でリグルンを倒すことだったのです。
転校生として近づいたのも、ブレザームーンとして共闘したのも、全てはそのためだったのでした!
掲げられた‘イルメナイト‘から、多色の弾幕が放たれます!
無数の弾丸がリグルンへと押し寄せました!
しかし、リグルンは避けません!
「リグルゥゥゥン!」
いいえ、どころか、弾幕へとその身を、その足を突っ込ませます!
「キィィィックゥゥゥゥゥ!!」
ムーンと同様、リグルンにも躊躇いはありません。
何体もの悪い妖怪を倒してきた、リグルン必殺の一撃。
速く鋭い爪先が、弾幕を蹴散らし、一直線にムーンへと向かいます。
一瞬後――ガキィ!と、硬い音が森に響きました。
「痛ぅ……!」
ダメージを負ったのは、リグルンだけ。
ムーンは、左手を口元にあて、艶やかに笑んでいます。
握る石と同じ色の唇は、相対するリグルンにさえ、美しく思えました。
「え? 石の色が……!?」
「ふふ、少し、遅かったわね」
「赤い石……‘エイジャの赤石‘、きゃぁぁぁ!」
ソレで防いだのか!――気付くと同時、赤いビームと大玉が、リグルンを直撃します!
吹っ飛ぶリグルン。
どうにか膝を折り曲げ、着地します。
けれど、ダメージは甚大……リボンで結んだ触角が弾き飛ばされてしまいました!
不幸中の幸いは、先ほど切り落とされたもう一本の触角が、すぐ傍にあると言うことです。
腕を伸ばし、リグルンは触角を掴みました。
その時、気付きます。
空が暗い。
いいえ、黒い!
「ふふ、くく、あはははは!
喰らいなさい、ライダー・リグルン!
創世妃より授けられた、私の新しい力――‘スキマん家の一枚天井‘!!」
リグルンが空だと思っていたものは、ムーンにより創りだされた空間だったのです!
ムーンが、両手を振りおろします。
呼応するように、空間は地面へと激突しました。
狭間にいた虫を、生えていた草を、あった空気を、そして、リグルンを呑み込んで――。
周囲の音さえ取り込まれたのでしょうか。
再び、静寂が森を支配しました。
違うのは、暗く、重い雰囲気。
「……あっけないものね。
いいえ、真の決着とはこういうものなのかもしれない。
さようなら太陽の姫、さようなら蟲の王、さようなら、さようなら、リグルン」
呟き、ムーンは踵を返しました。
長い黒髪を手で払います。
何か、髪以外のものに触れました。
耳を掠めるソレが発したのは、羽音。
「……え?」
ソレは、蟲です。
ソレは、蛍です。
ソレは、リグルンとともに呑み込まれた、虫なのです。
「なんですって……?」
目を見開かせ、振り向いたムーンの視界に入ったのは、切り裂かれた空間――そして、切り裂いたリグルンでした。
歪となった空間が、爆ぜます。
その爆炎を背に、リグルンは歩きます。
右手に握られているのは、空間に呑み込まれる直前に掴んでいた、一本の触角。
「違うよ、ムーン。
本当の決着は、今からだ。
私の触角が――いいえ、剣が、君を貫く!!」
光り輝く剣の名前は――‘リグルケイン‘。
「笑止!
私の技は、まだ、ある!
受けきってから大口を叩きなさい――‘ミステリウム‘!」
宣言とともに、ムーンを中心として無数の弾幕が現れます!
押し寄せる菱形の弾丸、その一つ一つが必殺の威力!
避けるスペースはありません!
だから、リグルンは避けませんでした。
走る。
切り、払い、薙ぐ。
至る進路の弾幕を全て、‘リグルケイン‘で散らせます!
「クライシス・ムーン! 覚悟っ!!」
爆ぜる道を突き進み――
「リグルンンンン! あぁぁあああ!!」
ムーンの腹部を‘リグルケイン‘で貫いて――
「リグルゥゥゥン、クラァァァッシュ!!」
残る力を全て注ぎこみ、引き抜いて、こびりつく残滓を払うように、振りました――
「ふ、ふふ……。まだまだ……ね。この程度じゃ、創世妃は、倒せ、ない……」
「私は、強くなる。この、悲しみと怒りで、もっと、強くなる」
「そう……。どちらにせよ、地獄で、待って、いるわ……」
「ムーン、君を倒した、この、悲しみと、怒り、で」
「さようなら、リグルン。……いいえ――」
――その軌跡が描くのは、『R』。
「さようなら、かぐ……や」
リグルンの背後で、ひと際大きな爆発が、起こりました――。
爆炎を背に、リグルンは歩きます。
頬に流れる滴を、払うこともせず。
水滴は、風に流され、消えました。
「おのれ、ヤクモケ……!」
優しさを激しさに。
悲しみと怒りを力に。
燃え上がれ、リグルン。
この幻想郷(ホシ)を、悪の手から守り抜く時までは――!!
<魔蟲少女リグルンVS美王女戦士ブレザームーン 太陽と月が交わる刻 幕>
《幕後》
ぷはぁっ、つっかれたー! ――で、幕の内側から見てて、どうだった、幽香?
「……オリジナルなのか続編なのか」
んな原作知ってる奴にしかわかんないこと、聞いてない。
「ルーミアが『一緒に読もっ』って外の本をね、膝の上に座ってね。……こほん。
えーと、鎮火しなくていいの? とか、永琳放置? とかはいいのよね?
じゃあ……、永遠亭でこれ演るって喧嘩売ってるの?」
うぅん。
オファーと骨子をくれたの、輝夜だし。
それに、ほら、幼妖兎たちは元より、うどんげも拍手喝采してるよ?
「因幡のてゐはたそがれているように見えるけど。
え、ちょっと待って……輝夜……?
永琳じゃなくて!?」
うん。
最初の段階じゃ、輝夜も一怪人だったんよ。
それを、永琳が泣いて縋って、今回の台本になったの。
「いや、そも、どうして敵役を……?」
あー……初めて演ったのって、あんたと会う少し前か。
「……どういうこと?」
去年だったかな、まぁいいや。
リグルの『蟲の知らせ』の販促にさ、夏祭りで演ったんだよ。
そしたら、凄く受けてさ。
主役のリグルだけじゃなくて、敵役を頼んだ橙や藍先生も大人気。
今じゃ白玉楼や守矢神社からも頼まれてるよ。
「そ、そうだったの……」
言うの忘れてた。あんたは皇帝役ね。
「聞いてないわよ!?」
演らないの?
「演るけど!」
出番はもうちょい先だけどねー。
「……それはそうと、貴女が、リグルにあぁいう役を選んだの?」
選ぶ訳ねぇ!
私は、最後まで反対した!
だけど、どーしてもって言うから、鳴いて縋って土下座して、前半部分を入れたのよ!
「あー……なにか、凄く納得したわ」
思いついたのはルーミアだけどさ、リグルもノリノリでさ、私はもっと可愛らしく演出をしたかったのに……!
「涙まで……。うん、わかったから、もういいわ。
ところで、貴女はナレーションだけ?
――ミスティア」
うんにゃ。
今回は出番なかっただけ。
ナレーション兼マスコット兼、乗り物だよ。
「なるほど、事前演習」
尻に敷かれる、って喧しわっ!
《幕後》
その家に住むのは、ヒトリの少女。
少女の名は、リグル。
リグル・ナイトバグ。
若草色の髪と瞳。
日の光を浴びた健康的な肌。
なだらかな体の曲線は、童でもなく大人でもなく――少女の証。
彼女は何処にでもいる、普通の少女。
ただ一点を除けば。
そう、彼女は――
――魔蟲少女だったのです。
「ふぁ~」
左手で目をこするリグル。
小さく開いた口と可愛らしい欠伸が示す通り、彼女は目が覚めたばかり。
トレードマークの触角も、なんだかへにょりとしているようです。
「ぅー……眠いよぅ。
でも、そろそろ学校に遅れちゃう。
慧音先生、怒ると怖いんだよね」
伸びとともに呟きます。説明的なセリフどうも。
リグルが通うのは、近頃できたばかりの寺子屋です。
社会を担当する慧音先生――上白沢慧音を筆頭に、頼もしい先生方が教鞭をふるっています。
国語に阿求先生、算数に藍先生、外国語に小悪魔先生、理科に永琳先生……だんだん不安になってきました。
ともかく。
「着替えて顔洗ってご飯食べて歯磨きして……ま、間に合わないかも!?」
こうして、リグルの何時も通りの慌ただしい一日が、始まりを告げました。
支度を整え、家を出ます。
額に手を当て、リグルは空を仰ぎました。
大きな瞳に飛び込んだのは、より大きく、そして、眩しい太陽でした。
一歩二歩進んだところで振り返り――どうやら戸締りを忘れた模様。
盗られる物もないからいいや、なんて笑っていますが、勿論いけません。
元栓戸締りランタンの消し忘れ、どれだけ急いでいてもちゃんとしておきましょう。
「あ、そう言えば……」
リグルも思い直してくれたようです。
足早に家へと戻り、どったんばったん。
……何をそんなに忘れていたのでしょうか。
再び玄関を開き、鍵を閉めるために振り返るリグル。
おや、よくよく見れば装いが変わっています。
短い髪に、ワンポイントのバレッタが一つ。
ぴょこんと伸びる二本の触角にも小さなリボンが一つずつ……え、そこにも?
「永琳先生が言ってたんだよね。今日は、転校生が来るって」
使い終わった鍵を腰のポーチに仕舞いつつ、リグルは嬉しそうに呟きます。
転校生。
なんと心を打つ響きでしょうか。
新しい出会い、培う友情、芽生える仄かな恋心。なんだと。
「どんなヒトかな。素敵なヒトだったらいいなぁ」
鼻歌の一つも出てきそうな響き。なるほど、アクセサリーはその為ですね。
「いっけない! 早くしないと、待ち合わせに遅れちゃうっ」
はっと気づいて頭をこつん。
無論、桃色の舌もちらりと出しながら。
そんな動作が似合うほど、リグルは心身ともに少女なのでした。
木漏れ日が差し込む森を、リグルが走ります。
「早く、速く……!」
水平にたなびくマントは彼女が急いでいる証。
だけれど、ちゃんと前を見ないと危ない――あ!
言わんこっちゃない、大きな木の根っこに足を引っかけたリグルは、くるりと一回転して再び駆け出します。
……リグルの体育の成績は、相対評価で五段階中、四なのでした。まだ上がいる。
彼女が急いでいる理由はただ一つ。
遅刻しないためにと言うのは勿論ですが、ルーミアと待ち合わせもしているのでした。
二つじゃないか? いえいえ、遅刻は先生との、待ち合わせは友達との、そう、約束です。
約束を破るのは大変よくないこと、ちゃんと守りましょうね。
急ぐリグル。
走って飛んで、駆けて跳ねる。
花屋の娘さん直伝の走法は、スタミナのあるリグルが体得したことによって完成したと言ってよいでしょう。
「なんとか、間に合うかな!?」
息とともに安堵の声が零れます。
ですが、あぁ、油断は大敵。
駆けるリグルの目が一人の少女を捉えます。
いいえ――美しい少女が、突然に木々の間から現れました。
「うわわ、よけてー!」
「え……わっ?」
「きゃー!?」
リグルは急に止まれない。
二つの悲鳴が森に響きました。
信頼と伝統の、出会い頭にごっつんこ。
「あいたた……って、ごめんなさい!」
もうもうとした土煙りの中、リグルが先に立ちあがります。
腕の中に、美しい少女を抱えて。
お姫様だっこですね。
体育の成績は四ですが、礼儀作法は五点満点なのでした。え、これ、礼儀作法?
「私もぼぅとしていたから……それよりも」
頭を振る少女。
呟かれる言葉に、リグルは首を捻ります。
外見から判断するに、近い年齢だと思いました。
「え、と……君は」
そう思ったということはつまり、リグルは腕の抱く少女を知りません。
しかし――
射干玉のように黒く、長い髪。
黒瑪瑙を思わせる瞳。
華奢な体。
――何時か何処かで、今のように触れあっていた覚えがあるのです。
「前に、会ってたっけ」
確認の響き。
確信の響き。
声は、二つ。
「え?」
「あら……」
リグルと少女は、同時に尋ねていました。
あまりのタイミングに可笑しくなり、リグルはぷっと吹き出します。
合わせたように、少女も微笑みました。
質の違う、けれど、穏やかな笑い声。
暫くの後、互いに名乗ります。
「私は、リグル。リグル・ナイトバグ」
「私は蓬莱山輝夜。輝夜でいいわ」
「かぐや……」
舌で名前を転がすリグルには、やはり覚えがありました。
呟くたび、頭のどこかが爆ぜる様な感覚。
体が、妙に火照ります。
そんなリグルに、少女――輝夜は、悪戯気な笑みを浮かべます。
「……覚えていないの?」
鼓膜を震わせる声。
真っ直ぐに向けられる双眸。
交差する視線に、リグルの胸は高鳴りました。
「貴女は日の光のように、私を照らした」
するりと伸ばされた手が、リグルの顎に触れます。
「え……? 輝夜、それってどういう……?」
「あのベッドの感触、忘れたのかしら?」
「べ、ベッド!?」
真っ赤になる頬に指を伝わせ、くすりと笑む輝夜。
「隣だったんだから、同じものだと思うわ」
「あ、一緒にって訳じゃ……や、それでも!」
「それでも、そう、確かに、私たちは共にいた」
その口は、三日月のような形になっていました。
「そして、私は月の光のように、貴女を包んだ」
紡がれる謎かけは、リグルにはわかりません。
にもかかわらず、鼓動は早くなるばかりでした。
どくんどくん――と、血液も、さもマグマのように熱くなります。
リグルは輝夜を見つめます。
輝夜はリグルを見つめ返します。
少しの間、お互いに無言でした。
「輝夜、君は……」
「リグル、貴女は――」
フタリが口を開いたと同時、ぱきん、と乾いた音が森に響きました。
振り向くリグルの視界に入ったのは、見慣れた赤と黒の服。
「あら……お邪魔だったかしら」
理科の八意永琳先生です。
何時の間に――思うリグルでしたが、ぺこりと頭を下げます。
「おはようございます、永琳先生」
「おはよう、リグル。いえ――」
「……え?」
声に、違和感。
普段の永琳先生は、優しさと厳しさを兼ね備えています。
しかし、今、リグルに向けられた声には――あぁ、なんということでしょう――殺気が含まれていました!
「先生……っ!?」
そして、顔を戻したその時、永琳先生の衣装は、色合いはそのまま、際どいレオタードに変わっていたのです――!
「我らが怨敵――リグルン!」
「――! うそ……そんな、先生が!?」
「ふふ、そう! 理科の永琳先生は仮の姿! 我が名は、ドクトル永琳!」
リグルの頭に、穏やかな日常と激しい戦闘がよぎります。
永琳先生と過ごした日々。
ドクトル永琳と繰り広げた死闘。
余りにも衝撃的な事実に、リグルは現実を受け止められずにいました。
「好機!」
動けないリグル。
見逃すドクトル永琳ではありません。
幾度もリグルを苦しめた、自慢の弓をつがえます。
「落ちなさい、リグルン!」
放たれたのは一本の矢でした。
確かに一本だったはずなのです。
けれど――矢は、無数とも呼べる数となり、リグルに降り注ぎます!
どぉんどぉんどぉん!!
幾つかの矢は届く前に音を立て、爆発しました!
勿論、これも、ドクトル永琳の得意技です!
視界を塞がれたリグルの額に、あぁ!
「先生……――違う!
あのヒトは、ドクトル永琳!
この幻想郷を乱す、倒すべき、敵!!」
矢に貫かれる直前。
リグルの瞳が輝きました。
戦いを決意した、戦士の証。
ひゅん!
矢は、地面へと突き刺さりました。
直撃の間際、リグルは首を振り、かすめるにとどめたのです。
しかし、躊躇いは仇となり、彼女のチャームポイント、二本の触角が切り落とされました。
「これくらいは……しょうがないよね!」
「そう、それでこそ、リグルンよ」
「……輝夜?」
ドクトル永琳が現れて以来、無言を通していた輝夜が、口を開きました。
リグルの腕からするりと抜け出し、地面に足をつけます。
直立し、再びリグルを見つめました。
「あんなのに倒されちゃ困るのよ」
瞳に浮かんでいるのは、リグルと同じ、戦士の証。
「あんなの……?」
「さぁ変身しましょう」
「変身って……まさか、君も!?」
驚くリグルに微笑みを浮かべ、輝夜は、前襟につく大きなリボンを手に取り掲げ、叫びます――
「プリンセス・ムーン! ドレスアップ!」
掲げたリボンが輝夜を包み込み、
薄い赤色のライン越しに細い肢体が踊り、
瞬く間に、戦うための衣装へと、変わっていったのです!
「美王女戦士ブレザームーン! 月に代わって、抹殺よ!!」
唐突な展開に、リグルは口をぽかんと開けたまま。
そんな彼女にブレザームーンがウィンク一つ。
全月を震わせる可憐な瞳に、こくりと頷き返します。
「マジカルリリカルリグルルル!」
先ほど千切られ地面に突き刺さった触角の一本を握り、
何時もの掛け声を喉も裂けんと高らかに奏で、
リグルが真の姿を解放します!
さぁみんな、一緒に叫びましょう!
「魔蟲少女リグルン! みんなの力で大変身!!」
ブレザームーンは周囲に五つの神宝を浮かべ、
リグルンは手に持つ触角をタクトのように振い、
再び矢をつがえようとするドクトル永琳へと、視線を合わせました!
「小癪な! リグルンともども、ブレザームーン、貴女もほう、ほうむ……!?」
言い淀むドクトル永琳。
言葉だけでなく、身体も硬直しているようです。
まるで信じられないものでも見たような――そう、リグルンが彼女自身の正体を知った時と同じように目を見開いています。
「今!」
宿敵と同様、その一瞬の隙を見逃すリグルンではありません。
「ええ!」
ブレザームーンもまた、腕を開き、力を迸らせます。
「ファイヤフライスペル・サン・オン・ザ・グラウンド!!」
「プリンセス・オールウェポン、アクション!!」
放たれた太陽と月の輝きが――「う、あ、く……あぁぁぁぁぁあああ!!」――ドクトル永琳を飲み込みます!
二つの光は拮抗し、混じり合いました。
次第にその輝きが薄れ、露のように消えていきます。
するとどうでしょう、崩れ落ちたのはドクトル永琳ではなく、永琳先生でした。
そう、リグルンの必殺技『太陽の流星』は、対象の邪悪なエネルギーだけを払う力があるのです!
安堵の笑みを浮かべるリグルン。
ドクトル永琳を倒したことよりも、永琳先生の無事を喜んでいます。
罪を憎んでヒトを憎まず――これで先生も、普段通りのちょっぴりエッチな先生に戻ってくれるでしょう。
ちょっぴりエッチはセーフ。ちょっぴりエッチは正義。
「助かったよ、輝夜」
「ふふ、どういたしまして。だけど、‘輝夜‘?」
「あ、今はブレザームーンって呼んだ方が良いのかな?」
触角をリボンで結びづけ、朗らかな笑みそのままで、視線を投げるリグルン。
ブレザームーンもまた、笑っていました。
美しく、儚く――妖しく。
「違うわ」
「……え?」
「まだ、思い出さないのね」
言って、ブレザームーンは代名詞の服を破り去ります。
その下に現れたのは、太陽の光さえも弾く衣装。
銀色のボディスーツでした。
「な……君は!?」
ブレザームーンは、いいえ、輝夜は、いいえ――‘彼女‘は、薄く笑むだけでした。
言葉の代わりに、優雅に右拳をリグルンへと向けます。
開いた手には、金属質の黒い石が握られていました。
弱い磁性を放つソレは、‘イルメナイト‘。
「もう少し利用価値があると思って、貴女の技の邪魔をしようと思ったのだけれど……。
うふふ、だけど嬉しいわ、貴女はまた、強くなった。
ねぇ、リグルン……そのままで、いいの?」
――‘月の石‘です。
リグルンは、目を閉じ、息を吸います。
大きく吐き出すとともに、‘彼女‘へと視線を定めました。
でん、でん、ででんっでん、でん、でん、ででんっでん――♪
左腕を右斜め上に突き出し、ギリ、
弧を描くように左側へと戻して、ギリ、
再び同じ方向に、右腕と同時に突き出します――ヒュンッ!
でん、でん、ででんっでんっ、でん、でん、ででんっでんっ――♪
「変――身っ!」
太陽の光がリグルンへと集い、腰に付けたポーチがぐるぐると回転します!
ミニスカートは動きやすいスパッツに!
装飾過多のシャツはチビTに!
色はどっちも、勿論、黒だぁぁぁ!
時を!超えろ! 空を!駆けろ! この幻想郷(ホシ)のためぇぇぇぇぇ!!
「仮面ライダー・リグァッ!!」
攻撃を受けた訳ではありません。原作リスペクトです。
「そう!
それでいいのよ、リグルン!
本当の力を発揮した貴女を倒してこそ、この私、クライシス・ムーンは更に昇華する!」
輝夜改め、クライシス・ムーン。
彼女の目的は、リグルンのポーチを奪うこと。
そして何より、自身の手でリグルンを倒すことだったのです。
転校生として近づいたのも、ブレザームーンとして共闘したのも、全てはそのためだったのでした!
掲げられた‘イルメナイト‘から、多色の弾幕が放たれます!
無数の弾丸がリグルンへと押し寄せました!
しかし、リグルンは避けません!
「リグルゥゥゥン!」
いいえ、どころか、弾幕へとその身を、その足を突っ込ませます!
「キィィィックゥゥゥゥゥ!!」
ムーンと同様、リグルンにも躊躇いはありません。
何体もの悪い妖怪を倒してきた、リグルン必殺の一撃。
速く鋭い爪先が、弾幕を蹴散らし、一直線にムーンへと向かいます。
一瞬後――ガキィ!と、硬い音が森に響きました。
「痛ぅ……!」
ダメージを負ったのは、リグルンだけ。
ムーンは、左手を口元にあて、艶やかに笑んでいます。
握る石と同じ色の唇は、相対するリグルンにさえ、美しく思えました。
「え? 石の色が……!?」
「ふふ、少し、遅かったわね」
「赤い石……‘エイジャの赤石‘、きゃぁぁぁ!」
ソレで防いだのか!――気付くと同時、赤いビームと大玉が、リグルンを直撃します!
吹っ飛ぶリグルン。
どうにか膝を折り曲げ、着地します。
けれど、ダメージは甚大……リボンで結んだ触角が弾き飛ばされてしまいました!
不幸中の幸いは、先ほど切り落とされたもう一本の触角が、すぐ傍にあると言うことです。
腕を伸ばし、リグルンは触角を掴みました。
その時、気付きます。
空が暗い。
いいえ、黒い!
「ふふ、くく、あはははは!
喰らいなさい、ライダー・リグルン!
創世妃より授けられた、私の新しい力――‘スキマん家の一枚天井‘!!」
リグルンが空だと思っていたものは、ムーンにより創りだされた空間だったのです!
ムーンが、両手を振りおろします。
呼応するように、空間は地面へと激突しました。
狭間にいた虫を、生えていた草を、あった空気を、そして、リグルンを呑み込んで――。
周囲の音さえ取り込まれたのでしょうか。
再び、静寂が森を支配しました。
違うのは、暗く、重い雰囲気。
「……あっけないものね。
いいえ、真の決着とはこういうものなのかもしれない。
さようなら太陽の姫、さようなら蟲の王、さようなら、さようなら、リグルン」
呟き、ムーンは踵を返しました。
長い黒髪を手で払います。
何か、髪以外のものに触れました。
耳を掠めるソレが発したのは、羽音。
「……え?」
ソレは、蟲です。
ソレは、蛍です。
ソレは、リグルンとともに呑み込まれた、虫なのです。
「なんですって……?」
目を見開かせ、振り向いたムーンの視界に入ったのは、切り裂かれた空間――そして、切り裂いたリグルンでした。
歪となった空間が、爆ぜます。
その爆炎を背に、リグルンは歩きます。
右手に握られているのは、空間に呑み込まれる直前に掴んでいた、一本の触角。
「違うよ、ムーン。
本当の決着は、今からだ。
私の触角が――いいえ、剣が、君を貫く!!」
光り輝く剣の名前は――‘リグルケイン‘。
「笑止!
私の技は、まだ、ある!
受けきってから大口を叩きなさい――‘ミステリウム‘!」
宣言とともに、ムーンを中心として無数の弾幕が現れます!
押し寄せる菱形の弾丸、その一つ一つが必殺の威力!
避けるスペースはありません!
だから、リグルンは避けませんでした。
走る。
切り、払い、薙ぐ。
至る進路の弾幕を全て、‘リグルケイン‘で散らせます!
「クライシス・ムーン! 覚悟っ!!」
爆ぜる道を突き進み――
「リグルンンンン! あぁぁあああ!!」
ムーンの腹部を‘リグルケイン‘で貫いて――
「リグルゥゥゥン、クラァァァッシュ!!」
残る力を全て注ぎこみ、引き抜いて、こびりつく残滓を払うように、振りました――
「ふ、ふふ……。まだまだ……ね。この程度じゃ、創世妃は、倒せ、ない……」
「私は、強くなる。この、悲しみと怒りで、もっと、強くなる」
「そう……。どちらにせよ、地獄で、待って、いるわ……」
「ムーン、君を倒した、この、悲しみと、怒り、で」
「さようなら、リグルン。……いいえ――」
――その軌跡が描くのは、『R』。
「さようなら、かぐ……や」
リグルンの背後で、ひと際大きな爆発が、起こりました――。
爆炎を背に、リグルンは歩きます。
頬に流れる滴を、払うこともせず。
水滴は、風に流され、消えました。
「おのれ、ヤクモケ……!」
優しさを激しさに。
悲しみと怒りを力に。
燃え上がれ、リグルン。
この幻想郷(ホシ)を、悪の手から守り抜く時までは――!!
<魔蟲少女リグルンVS美王女戦士ブレザームーン 太陽と月が交わる刻 幕>
《幕後》
ぷはぁっ、つっかれたー! ――で、幕の内側から見てて、どうだった、幽香?
「……オリジナルなのか続編なのか」
んな原作知ってる奴にしかわかんないこと、聞いてない。
「ルーミアが『一緒に読もっ』って外の本をね、膝の上に座ってね。……こほん。
えーと、鎮火しなくていいの? とか、永琳放置? とかはいいのよね?
じゃあ……、永遠亭でこれ演るって喧嘩売ってるの?」
うぅん。
オファーと骨子をくれたの、輝夜だし。
それに、ほら、幼妖兎たちは元より、うどんげも拍手喝采してるよ?
「因幡のてゐはたそがれているように見えるけど。
え、ちょっと待って……輝夜……?
永琳じゃなくて!?」
うん。
最初の段階じゃ、輝夜も一怪人だったんよ。
それを、永琳が泣いて縋って、今回の台本になったの。
「いや、そも、どうして敵役を……?」
あー……初めて演ったのって、あんたと会う少し前か。
「……どういうこと?」
去年だったかな、まぁいいや。
リグルの『蟲の知らせ』の販促にさ、夏祭りで演ったんだよ。
そしたら、凄く受けてさ。
主役のリグルだけじゃなくて、敵役を頼んだ橙や藍先生も大人気。
今じゃ白玉楼や守矢神社からも頼まれてるよ。
「そ、そうだったの……」
言うの忘れてた。あんたは皇帝役ね。
「聞いてないわよ!?」
演らないの?
「演るけど!」
出番はもうちょい先だけどねー。
「……それはそうと、貴女が、リグルにあぁいう役を選んだの?」
選ぶ訳ねぇ!
私は、最後まで反対した!
だけど、どーしてもって言うから、鳴いて縋って土下座して、前半部分を入れたのよ!
「あー……なにか、凄く納得したわ」
思いついたのはルーミアだけどさ、リグルもノリノリでさ、私はもっと可愛らしく演出をしたかったのに……!
「涙まで……。うん、わかったから、もういいわ。
ところで、貴女はナレーションだけ?
――ミスティア」
うんにゃ。
今回は出番なかっただけ。
ナレーション兼マスコット兼、乗り物だよ。
「なるほど、事前演習」
尻に敷かれる、って喧しわっ!
《幕後》
ということはリグルン音痴なん!?
これはいい夏休みこども劇場で楽しませてもらいました!
毎朝9時には続きがあがってると聞いて(コラ
マスコットということはいろいろとグッズ展開が?うわほしい