Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

誰も書かなかった、リリー

2006/07/10 17:54:29
最終更新
サイズ
6.04KB
ページ数
1



 ――あの、いいですか?

 そう言って彼女――リリーホワイト族の一人は、恥ずかしそうに告白した。

 ――私、実はこういう取材を受けるのって初めてなんですよ。
   どうしたらいいか教えて頂けませんか?

 何だろうか、と身構えていると予想だにもしなかった微笑ましい問いを返され、正直面
食らった。そのままでいいんですよ、と答えると彼女はああよかった、と安堵した。

 ――それじゃあ、お願いしますね。

 こちらこそお願いしますね。と私――射命丸文は返した。
 これが、世界初の「リリーホワイト」への取材。私はいやがおうにも興奮していた。

 ――まず、花塚事件(注1)の時、私達が大量に増殖した、という話なのですが。
   そもそも、貴方たちは「リリーホワイト族」と言っていますが、少し違うんですよ。
   「リリーホワイト」とは、即ち季節なんです。
   妖怪でも、妖精でも、まして、精霊でもないんですよ。
   「現象」であって「幻想」なんです。
   私達という「幻想」は、いわば仮定された幽霊桜の、一つの赤い花びらです。

 私はこの事実に物凄く驚いていた。あの事件の時、私も幾度となくリリーホワイト族を
見てきた。だが彼女らはすべからく私や他の存在を見つけると弾をばらまいて去っていく
――正直に言えば、邪魔な存在に他ならなかった。

 ――じゃあ、私達はなんなのか、という顔をしていますね?
   ええ、謝っちゃいますけど、私、本当はリリーホワイトじゃないんです
   勿論「今は」という枕詞が付きます。
   ただ、季節が来れば、私達の中の誰かがリリーホワイトとなって、
   幻想郷に春を知らせるだけの歯車になるんです。
   その間、言葉は話せません。また、意志らしきものもあまりありません。
   ただ、春が来た事を知らせる、それ以外にあの時の私達が思考するものはありません。

 この時、私は結構ヒドイ顔をしていた事だろう。完全に理解の範疇外だった。
 春を伝える為だけの存在になる。それ以外の行動は許されない。
 春を運ぶだけの修羅でしかない。(注2)
 それは、地獄ではないのか?
 無論、多種族の生き方にどうこうケチを付けるわけではないが。

 ――私達の種族が、何時からこうなったのか、それは判りません。
   何故言葉が出来ず、弾幕のみしか表現出来ないのか、理解すら出来ていません。
   でも、私達の中で、これを嫌がるものは居ません。
   寧ろ、誇りに思ってますね。

 私の顔を見てか、彼女はそう言ってくれた。しかし、私の心は晴れなかった。彼女の瞳、
それはまるで春という名の信仰に殉死する、生け贄に見えてしまう。
 懺悔すると、この時、ジャーナリズトとしての好奇心よりも、恐怖心がほんの少し鎌首
を擡げてしまっていた。

 ――それで、話は戻りますけど、リリーホワイト族が大量発生した件ですが。
   大量発生、というのは少し違うんです。リリーホワイト族は一定数しか産まれません。
   そして、一度春をばらまけばそこで消えてしまうんです。
   ばらまき方は、自分でばらまくのと、他人にばらまいてもらうのと二種類あるんですよ。
   つまり、倒して貰うのも充分に春を呼び出す行為に値するんです。
   その時、弾幕を使うのは、「攻撃する」という事が一番冬から目覚めさせるのにいいからです。
   冬は眠りの季節。全てがモノクロームに包まれる時期です。
   それをたたき起こすのには、生半可な手段では不可能です。

   そして、幻想郷全てがたたき起こされた時、リリーホワイトという幻想はそこで終わるんです。
   言うなれば、私達は幻想郷の目覚まし時計ですね。

 目覚まし時計。あの事件で、リリーホワイトを幾度となく撃退してきた経験を持つ私に
その言葉は完全に予想外であった。
 あの時はやむなく――撃退しなければこちらが墜ちる状況であったとはいえ、ですから
撃退して貰っても構わないと言い切った彼女に、私は何も返せなかった。

 ――で、あの事件の時の話ですが。
   あの事件は私達の間でも問題になりました。「春」の受け皿には許容量があるんです。
   「春」とは目覚めであり、そして生誕でもあるんです。しかし、生誕には限度があります。
   例えば、ここに小さな植木鉢があったとして、そこに百本の花を咲かせるにはどうしたらいいと思います?
   普通は無理ですよね。ええ。百の花を植えるには、百の植木鉢が必要です。
   それ以上やったら、幻想郷が生命で溢れかえり、そしてどれも短命に終わってしまう。
   現に、花が溢れていたでしょう? そしてそれはすぐに消えました。

   しかし、幻想郷は春を要求したんです。それこそ次から次へと。
   普通、一度リリーとなったものは、その年は二度とリリーをやりません。
   ですが、私はあの時三度リリーをこなし、
   そして、春はあっけなく終わりました。過剰な春は、すぐに死んでしまうのです。

 悲しそうな顔で、彼女は告げた。まるで自分の子を亡くした母のように。

 ――あの時の後遺症は、仲間達に結構残って居るんですよ。
   特に顕著だったのが、あの春に引きずられて、黒く変色してしまった子がいたんです。
   その子達は、あの年が初めてのリリーになる時でした。
   ですが、リリーになる時、他の子たちより春を詰め込みすぎたのでしょう、色が黒くなってしまったのです。
   どれだけ春が綺麗な色でも、それを集めすぎれば黒くなります。
   しかも、一度春を放出すれば消える筈の春が、あの子達は消えなかったんです。
   結局、あの子達は春を伝える歯車になったまま、何処かに消えてしまいました。
   何処で何をしているのか、誰にも判りません。

 その彼女を、私は見た事がある。
 あの紫の桜の前で、閻魔様と戦った時に現れたリリーだ。
 そして私はそれを打ち倒し――他のリリーを倒した時とは違い、私の目の前で、微笑む
ように消えてしまった。
 それを言う事は、私には出来なかった。
 どうかしましたか、と聞いてきた彼女に対して、私は何でもないです、と情けなく言い
返すしかなかった。


 それから先は、とりとめのない応答ばかりを繰り返し、とうとう彼女が言った時間を迎
えてしまった。


 名前を教えて頂けませんか、と最後に聞いた。
 すると彼女は恥ずかしそうに言った。

 ――私達は皆、リリーという名前を最初に貰うんですよ。誰にともなく。
   その下の名前は、皆、自分で決めるんですよ。でも、あまり言いふらしたりはしません。
   タブーになっている訳じゃないんですけど、あまり必要もありませんし。

 でも、せっかくですから。と、彼女は自分でつけたという下の名前を教えてくれた。
 それで、インタビューは終わりになった。




 春が過ぎ去ると、春を愛した少女達は、
 何処かの片隅で、次の春を静かに待っているのかもしれない。

 その時、花たちに囲まれて、熱い胸を躍らせながら、
 気ままな彼女たちは、恋焦がれた春を撒き散らすのだ。




 その時、私はあの名前を思い出すのかもしれない。
 はにかんだ顔をした、リリー・マルレーン。

 リリー・マルレーンという名を教えてくれた少女の事を、ひっそりと思い出すのだ。



END


注1:花塚事件

   幻想郷に花が咲き乱れた事件の事を指す。
   数年前の幻想郷の春全てが奪われたのとは真逆の事件。
   原因には外の世界が関連しているとの事。

注2:修羅

   重い石材などを運搬するために用いられた木製の大型橇の事。

――――――

元ネタは「誰も書かなかったマリオ」です。
あんな感じのインタビューをやろうとしたらこんな風味に。何故。
かさぎ修羅
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/6827/index.html
コメント



1.じょにーず削除
つまりかさぎさんは かさぎをはこぶソリなんだね!(ちがいます)

ふしぎで すこしせつなくあたたかいおはなし
2.名無し妖怪削除
>誰も書かなかったマリオ
なつかしい…。
「この糞カメーー!!」
を、思い出しました。

リリーホワイトに「なる」っていうのは面白いなあ。
3.削除
な、懐かしい元ネタをwww
散っていったリリー達にも、各々の最期の姿や
仲間内で呼ばれている名前があったんだろうな・・・
4.弾幕に墜とされる程度の能力削除
リリーたちの知られざる生態が今ココにっ!
というノリではありませんけれど、しっとりとした良いお話でした。

>リリー・マルレーン
この名前を聞いて真っ先に「ふふふ、よりどりみどり」とか思い出してしまった私はガ○タw。
5.名無し妖怪削除
ガイドビーコンなんか出すな! やられたいのか!
6.削除
ああかがやきの四月の底を

はぎしり燃えてゆききする

おれはひとりの修羅なのだ
7.Mr.C削除
>リリー・マルレーン
この名を聞いてシー○様に恥かかすんじゃねぇぞ!という台詞を思い出してしまった・・・
8.名前が無い程度の能力削除
植民地惑星で発見した原生生物の様な、ちょっとこわさがあっていいですね。
花映塚も自機視点でみたらリリーいっぱい。