「七夕?」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは自らの従者である十六夜咲夜に聞き返した
いつものような昼下がりのティータイム
紅茶を味わいながら竹の花のケーキに舌鼓を打っている時に、咲夜が「お嬢様、七夕をご存知ですか?」と聞いてきたのだ
「そう、七夕です」
咲夜がうなずくと、レミリアはティーカップを受け皿に戻し「知っているわよ」と答えてケーキにフォークを突き刺し
「彦星と織姫の一年に一回の逢瀬の日だっけ たしか」と言って突き刺したフォークを口に運ぶ
「えぇ 笹に短冊を吊るしてお願い事をする日ですわ それに…」
咲夜は後を向き、いつのまにかあった紙袋から何かを取り出し、くるりと振り返った
その表情は笑顔 その手にはピンク色の浴衣
ケーキを飲み込んだレミリアはニコニコ顔の咲夜を見て、「そういうことね…」と呟いた
「ちゃんと笹の方も準備してますし、今夜は七夕パーティーですね」
レミリアは肯定も否定もせずにただ黙って咲夜の笑顔を呆然と眺めていた
否定したところでこのメイドは理由をつけて強行するだろう
私に浴衣を着せたいがためならば…
* * * * *
夕方、大きな竿のようなものを持った人影が紅魔館の方に飛んできていた
通常ならそのような怪しいものは紅魔館の(頼りない)門番長によって排除されるのだが、その人影は何者にも妨害されることなく紅魔館の門の中に入っていった
なぜならその人影が門番長なのだから
竿のようなもの…大きな笹をもった美鈴は笹を担いだまま紅魔館中庭に移動し、そこに笹をつき立てた
「ふぅ~さすがにこんな大きなものを一人で運ぶのは疲れますねぇ…咲夜さんも私一人に取ってこいだなんてひどいですよぉ…」
肩をがっくりと落とし、振り返ると
「おかえりなさい 美鈴」
「さ、さささ咲夜さん、いや、あの、別になにも言っておりません!!」
すっかり身体に染み付いた習慣で頭を下げる美鈴
腕を組んで立っている咲夜はというと、笹と美鈴を交互に見比べて小さな声で呟いた
「中国に笹…まるでパンダね…」
「な、なにか…」
呟きが聞こえたのか、美鈴は恐る恐る尋ねる
「美鈴…あなた、笹は好物かしら?」
「い、いえ…どうしてですか?」
おどおどしている美鈴を見て咲夜はクスッと笑うと「なんでもないわよ 今日はもう休んでいいから、後で短冊書きに来なさいよ」
そう言って館の中に戻っていった
* * * * *
夜
紅魔館中庭に立った笹の下に住人たちが集まっていた
レミリアは咲夜が持っていたピンクの浴衣 フランも赤い浴衣を着ている
レミリア曰く「着替えさせてもらっていた時と着替えた後の咲夜の表情は至福の表情だった」と
そんな咲夜自身も紺色の浴衣を着て、短冊に願い事を書いていた
意外な事にパチュリーも一緒に浴衣を着て参加している
咲夜が話しを持ちかけたらあっさりOKをして、こうして外にでてきて短冊を片手に笹を見上げていた
「さぁ書けましたか?」
咲夜が一同に問うと各々短冊を咲夜に手渡す
「はい、咲夜」
レミリアから渡された短冊は何故か数十枚もあった
いろいろと突っ込むべきであろうが、そこは自分の主なので瀟洒にスルーして他の短冊を一枚づつ集めた
そして、集めた短冊を咲夜は飛び上がって笹に結びつける
(さ…なんて書いてあるのかしら)
まずは美鈴の短冊を見る
『咲夜さんにもう少し優しくして欲しいです』
(……もう少し優しくしてあげようかしらね)
下でフランに追いかけられて逃げている美鈴にチラっと目をやってから笹に短冊を結びつけた
(よし…っと、次は……妹様ね)
フランの短冊は力いっぱい握ったせいか、所々くしゃくしゃになって少し破けていた
そして拙い字でこう書いてあった
『もっとお外で遊びたい』
その字を見て、少し悲しいような愛しいような…そんな感情が沸きあがるのを感じながら、咲夜は短冊を結んだ
(これは…パチュリー様の こっちは小悪魔のね)
パチュリーの短冊には
『魔理沙に奪われた本が帰ってきますように』
と書いてあった
(帰ってくる見込みがないから神頼みなのかしら…)
そして小悪魔のには
『パチュリー様がもっと健康でありますように』
と綺麗な字で書いてあった
(あの娘の苦労してるわよね…まぁ叶うといいわね)
小悪魔の短冊を結んで、手の中にある数十枚の短冊に目をやる
(さぁて…次はお嬢様の…なんて書いてあるのかしら)
一枚ずつ目を通していくと、そこには次のようなことが書いてあった
『竹の花のケーキを毎日食べたい』
『もっと霊夢にかまって欲しい』
『世界征服』
『すべての運命が私のためにあるように』
『もっとカリスマが欲しい』
etc…etc……
(……お嬢様…)
そして咲夜は最後の一枚の短冊に目をやった
(………)
下からは『ひぎゃー』だの『いやぁぁぁ』だの中国の叫び声やらレミリアとパチュリーの話し声が聞こえるが、それが少し遠くに感じる
ぽた…ぽた……
短冊に染みができる
涙の染みが
「……っ…お、じょうさま…っっ………」
最後の短冊にはこう書かれていた
『咲夜が幸せでありますように』
* * * * *
すべての短冊を結び終えた咲夜が降りてくる
「あら、遅かったじゃない」
パチュリーと話していたレミリアが咲夜の方を向く
パチュリーも咲夜の方を向き、口を開いた
「あら、目が赤いけどどうかしたの?」
鋭い所をつくパチュリーに咲夜は「虫が目に入って…」と言い訳をしておく
レミリアは紅い瞳で咲夜を見上げて
「咲夜はなにをお願いしたのかしら?」
と聞いた
咲夜はまた泣き出しそうになるのをこらえて満面の笑顔で答えた
『お嬢様の願い全てが叶いますように』