桜が降り積もっている。
育ちすぎた桜の、美しき薄紅の花が、全て地へと落ちている。
茶土は顔すら見せず、あたりは紅の草原のようになっている。
桜の背は、何よりも大きい。
周りに生え並ぶ雑多の桜とは比べ物にならない、雲を突き抜けんばかりに育った大桜だ。
紅の桜並木の中に、一本だけ、桜とは思えないほどの大きさの樹がある。
枝は四方へと伸び、空を覆いつくさんばかりに育っている。
ただし、その枝に花はない。
空を薄紅色に染めていた桜は、今や全て地に舞い落ちてしまった。
周りの桜は、まだ七部咲きだというのに。
まるで、大桜が、周りの桜から花を吸い取り――その挙句に、一足先にかれてしまった。その光景は、そんな風にも見えた。
丸裸の大桜。
その根元で、少女が穴を掘っている。
腰に二本の刀を提げた少女が、鍬や鋤を手に、一心不乱に穴を掘っている。
普通、穴は地面に掘る。
しかし少女は掘るのは土ではない。
桜だ。
地面を覆い隠す桜の海を、少女は農具で掘っている。掘っても掘っても土は見えず、桜はあとからあとからなだれ込んでくる。
それでも少女は穴を掘るのを止めない。
穴を掘る。穴に花びらが崩れて埋まる。桜をかきわける。桜が埋まる。
その繰り返し。
その繰り返しを、少女は、延々と、延々と続けている。
少女の傍には死体がある。
大きな桜の根元には、死に装束に身を包んだ女がいる。死体は力なく四肢を投げ出し、その瞼は閉ざされ、再び開くことはない。
少女は、女の死体を埋めるために、穴を掘っているのだ。
桜をかきわけながら、少女は言う。
「どうして死んでしまわれたのです」
幹に寄りかかったまま、動くことのない死体が答えた。
「死ななければならなかったからです」
死体は微かにも動かない。幽かとも動かない。
死せる女は、動かないままに、少女の問いに答えた。
少女は動かす手を止めない。死体を見ることもなく、独り言のように言う。
「それ以外に方法はなかったのですか」
死体もまた、少女を見ることなく答える。
「それ以外にも方法はあったでしょう」ただし、と死体は付け加える。「私には、これが最善だと思えたのです」
そうなのですか、と少女はうなずく。鍬は桜に触れすぎて、今や薄紅色に染まっていた。血に濡れたような鍬は、女を殺した凶器だと嘯いても、皆が信用するだろう。
死体ではなく、桜に向かって、少女は鍬を振り下ろす。
ええ、と死体は嬉しそうに言う。
「死すことに意味があるのならば――それは幸せなこと」
意味ですか、と少女は問う。
意味です、と死体は答える。
幸せですか、と少女は問う。
幸せです、と死体は答える。
そうですか、と少女は呟く。
死体はもはや何も言わない。
少女ももはや何も言わない。
口を噤んで、手を動かした。
黙々、黙々、黙々、黙々と。
死体が土に埋まっていった。
「死に何の意味があるというのですか」
少女が口を開いたのは、死体が八割がた土の中へと埋まってからだった。
死体は、少しも悩むことなく、はっきりと言う。
「私が死ねなば、不当に人が死にます」死体は笑い、「私が死ねば、人は満足を得るための時間を得ます」
その言葉を聞いて、少女は唇をきつく噛みしめた。
無言のままに、手だけを送り出す。死体を埋めていく。
もはや死体は、首しか外に出ていない。
「時間のために死にますか」
言って、少女は鋤をぐっと土に押し込んだ。
最後の一掛けを加えるために。
力を加え、土を送り出す準備をしてから、少女は言う。
「ならば私は、貴女の時間のために行きましょう」
死体は――
その言葉に、満足げに笑った。
それはそれは、嬉しそうな笑み。
その笑みを最後に、少女は土をかけた。顔へと。全てへと。
死体の全てが、土の中へと埋まる。
木の根元に埋まる。
死体の姿は、もはや見えない。
「行きましょうか」
「ええ」
そして少女は、体なき死体と手を繋ぎ、桜の木を後にする。
紅の花びらが、はらりと彼女たちを見送った。
毎回のどろりとした後味が大好きです。