Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

慧音リザレクション

2006/06/27 07:00:13
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 私は人が好きだ。

 そんな私を妖怪として見た場合、大層な変わり者に見えるのだろう。

 確かに、私の半分は妖怪――ハクタクなのだから。

 だが、私を人間として見た場合、人を好きになるのは当然のことだろう。

 人は昔から集落を作り、互いに寄り添って暮らして来た。

 隣人を愛せ、とは誰が言った言葉だっただろうか。

 ともあれ、私のもう半分は人間なのだから、
 その温もりの中で生きて、共に笑い合いたいと願うのは、至極当然のことだろう。



 ……それでも、どうにもならないこともある。

 ばらつきこそあれど、妖怪に比べて人間は短命である。

 私は半分妖怪であるため、長く生きられる様だが――
 それは逆に、看取る者が多いということでもある。

 寿命を迎える、病に倒れる、妖怪に殺される……
 自然の摂理ではあるが、私自身、多くの死を見て来た。

 ――飲めない私に、無理矢理酒を飲まそうとした友人の。
 ――悪戯が好きで、よく親の説教を受けていた少年の。
 ――皆をまとめ上げ、私と一緒によく治世について語った老人の。

 皆の生き様は、私が記憶している。

 もう二度と会えない彼らの記憶は、思い出す度に懐かしく、そして苦しい。

 それでも、皆には幸せに笑っていて欲しかったから、私は人間の力になろうと決めた。


 里が何か難題にぶつかったりすれば、私が知っている先人の知識を皆に伝え、
 妖怪が襲って来れば、皆の前に立って盾となり、矛となる。

 妖怪でありながら人でもある、知識と歴史の半獣として。


 そうして、ずっと私は暮らして来た。

 ……昔とは違い、私も随分成長した。だから負けることなど、考えもしなかった。

 月が欠けたあの夜は、ハクタクの力を完全には引き出せなかったこともある。

 だが、それ以上に相手の力量が上回っていたのだ。

 ……里を一度隠すという判断をした時点で、私も気付くべきだった。



 私が負けた時に、失うものの大きさを。



「もしかして、美味しくなかった?」

「え……あ、いや。そんなことはないぞ、うん」

 我に帰れば、目の前には不安げな妹紅の姿。

 人里から少し離れた、竹林の中にひっそりと存在する妹紅の庵は、
 生活するのに必要最小限の物しか置かれていない、こぢんまりとした所だ。

 ちゃぶ台に並んだ二人分の夕餉は、質素ではあるものの、
 里の近辺で採れる旬の素材を集めて作った品々である。

 無論、私と妹紅の腕は人並みにあるため、不味い訳がない。
 
 素材集めに手間取り、とうに日も落ちてしまったが、その苦労を考えればこれに勝る御馳走はないだろう。


 あの夜から数日。

 未だにこの件は私の頭から離れず、思い出しては周囲の者に変な表情を見せてしまっている。

 確かに結果として、私を負かした者達は里の人間を狙っておらず、
 皆の歴史の中では『妖怪が来た』という事柄をなかった事に出来た。


 だが、もしもあの者達が里を襲う意思を持っていたとしたら?


 そうでなくとも、そのような意思を持ち、私以上の力を持つ妖怪がいないとは言い切れない。

 ……私が傷付くのは、一向に構わない。

 力は不安定だが、妖怪の頑丈さはある程度持ち合わせている。


 だが――――


「えーっと、確か守り刀は……あ、あったあった。左手は添えるだけだっけ」

「ちょ、何をしている妹紅!?」

 はっとして、目の前の光景が現実に戻る。

 逆手に抜き身の短刀を構えた妹紅が、今にも我が身を貫かんとばかりに、両手を振り上げていた。

 慌てて私が止めると、素直に両手を降ろし、先程の凶行などなかったかのような笑顔が。

「あ、やっと気付いたね。呼んでも返事がなかったから、ちょっと炎も出してみたんだよ?
 それでも駄目だったからここはいっちょ、さくっと切腹してリザレクションでもしてみようかなーって」

「……切腹というものはそう簡単に死ねず、痛いだけで大変らしいぞ。だから介錯が必要になると思うのだが」

「うわ、やらなくてよかった」

 世話の事を介錯と呼ぶ場合もあるそうだが……この場合は私が介錯人か?

 ともあれ、本当に腹を切らなくて良かった。

「何か考え事でもしてたんでしょ? それもきっと、すんごく深刻な事」

「……やはり、お見通しだったか」

 私と妹紅は、かなり長い付き合いになる。

 人の身でありながら、永遠を生きる蓬莱人。

 変わり者の私にとって、妹紅は古くからの友人であり、よき理解者でもある。

 そんな彼女だからこそ、私の行動の変化でそれくらい気付いても――

「月が欠けたあの夜から慧音様が変だーって、里のみんなが言ってたもん。
 あの晩、妖怪は来なかったらしいけど……本当は何かあったんでしょ?」

 ……里全体で気付かれていたのか。

「そんなに、変だろうか?」

「うんすっごく」

 即答である。

 ここまで来ると、もはや隠した所で何にもならないだろう。

 気付かれていないと思っていたのは、私だけだったということか。

「隠す程の事ではなかったのかもしれないが……今まで言わなかったのは済まなかった」

 私が頭を下げると、食べながらでいいよ、と言って妹紅は笑ってくれた。



 そして私は話した。

 あの中々明けることのなかった、夜の出来事を。



「慧音らしいね」

 一通り聞き終わった妹紅は、そう呟いて湯飲みを手にした。

 纏う雰囲気はいつもの――外見に相応な、よく笑う――妹紅なのだが、
 その何処か優雅な仕草を見ていると、やはり貴族の出だということを思い出させられる。

「よく解らないが……私らしいのか?」

「みんなに優しいんだよ、慧音は。
 誰にだって、守りたい人の一人や二人はいるけど、慧音はそれが里のみんな、ってことでしょ?
 大事な人を失うかもしれない……ってのはやっぱり恐いけど、それは誰だって同じじゃないかな」

「……妹紅も、そうなのか」

「私は必ず失っちゃうからね。仕方ないことだけど、時間は情けをかけてくれないし。
 それでも、最後に残るのがあいつらってのは、何だか癪だけど」

 ぱちりと囲炉裏の火が弾けて、心なしか勢いが増した……ような気がする。

 蓬莱人は寿命ある者を失っていくが、私と里の人々に限って言えば関係は同じだ。

 いつか妹紅は、私を失う事になるのだろう。

 蘇る度に強くなる伝説の火の鳥と、妹紅は自分を指して言うことがある。

 それはきっと、数え切れない程多くの者を失い、打ちのめされ、膝を折ることがあっても、
 生きていくことしか出来ない蓬莱人の、心の強さでもあるのだろう。

 そして――その道を歩めるのは、同じ蓬莱人のみ。

「全く……なら、少しは歩み寄らないか?」

「あいつが果たし状じゃなく、菓子折りのひとつでも持って来たら考えるよ。
 ……それに後の事ばかり考えるより、今をしっかり楽しむ事の方が大事だと思うけどね」

「今を……」

「そ。振り返るのは、何時でも出来るんだからさ。
 振り返ったその場所に、いい思い出が多くあればいいなって」

「……強いな、妹紅は」

「長生きしてるだけだよ」


 これから私は、何度も挫けるかもしれない。

 誰かを守ること。

 それはとても大変なことだと、あの夜に身を以って知らされた。

 だから負ける度に、失う度に、私は何度も膝を着くだろう。


 ……でも、それでも私は人が好きだから。


 この想いを捨てることだけは、きっと出来はしない。

 だから何度くじけても、私は立ち上がっていきたい。


 私が守る里の歴史に、悲しい出来事はなるべく残したくないから。


 そのために、私は強く在りたい。


 決して負けない強さではなく、妹紅のような立ち上がれる強さを。



「……誰か、来るね」

 私が顔を上げると、妹紅は神妙な面持ちで壁の一点を見詰めていた。

 耳を澄ますまでもなく、竹林がざわめく音が聞こえる。

 それは、強い力の気配も伴って、こちらへ向かって来ていた。

 竹林に迷い込む者が全くいない訳ではないのだが、その数は決して多くはない。

 ましてや、この庵に向かって来る者など、皆無と言ってもいい。

「輝夜だろうか?」

「あいつじゃないよ。こんな気配じゃないし」

 妹紅は私の仮定を否定する。伊達に長い間柄ではないということか。

 ――だとすると考えられるのは、

「きっと刺客でしょ。自分で動きそうにないし」

「やはりか」

 死なない妹紅を殺しに来る刺客。

 妹紅を相手にする以上、輝夜が送ってくる刺客は相当な実力者である。

 しかしまあ、こんな夜更けに送られてくる刺客も、大変だとは思うが……。

「じゃ、ちょっと行ってさくっと……むぐ」

「ほらほら、魚もちゃんと食べろ。脂が乗っていて美味しいんだから」

 喜々として、打って出ようと立ち上がった妹紅を押さえ付け、わざと残されていた焼き魚を口に放り込む。

 涙目になって焼き魚と格闘している妹紅を見ていたら、自然と笑みが零れた。

「んぐ、んんっ……はぁぁ。な、何するの慧音……」

「好き嫌いくらい、そろそろ直すべきだと思ったんだがな。ほら、あと2匹」

「で、でもほらっ、刺客が来るじゃな――むぐぅっ!?」

 なおも抵抗して打って出ようとする妹紅の口に、2匹目の焼き魚を放り込む。

 まあ、吐き出そうとせず、ちゃんと食べようとしている様は立派だと思う。

 その必死な涙目の表情が、また可愛いのだが。

 ……おお、ちゃんと食べきったな。偉い偉い。

「今夜は私に任せてくれ。」

「え……?」

 私の言葉に、妹紅は目を丸くする。

 まあ、無理もないだろう。いつもは手を出さない私の申し出なのだ。

「闇に紛れて、しかもこんな団欒の最中に仕掛けてくる不粋な輩には、早々にお帰り頂こうかと思ってな。
 ……まあ、私の情けない話を聞いてくれた礼、ということにしてくれないか」

「そんな、別に情けなくなんかないってば。でも……慧音、大丈夫?」

「ああ。私なら大丈夫だ」


 大切な事は、妹紅が思い出させてくれたから。


 過ぎたことに囚われ、悩んでいても、今が良くなる訳ではない。

 起きてしまった歴史をなかったことにしても、それは私の中に残り続ける。


 この瞬間は、どんどん過去になっていく。


 過去ではなく現実を見て、私が望むものを掴めるのならば、それはきっと、とても大切なものになるから。

 真に歴史を創る、とはきっとこういうことなのだろう。

 振り返ることは何時でも出来るけど、この瞬間は今しかないのだから。


 ……大袈裟に言えば、運命を変えるとでも言えるだろうか?


 ああ――あの吸血鬼の言う通りかもしれない。

 運命というほど大それたものでなくても、後ろばかり見ていては、変えられるものも変えられないか。

「だから妹紅。どうしても行きたいのなら、残りの魚を食べてからにしてくれ。冷めると美味しくないぞ」

「うっ……」

 言葉に詰まり、視線を逸らす妹紅。

 他の物はしっかり食べているのに、明らかに魚だけ箸をつけていない。

「ほら、そのぉ……小骨がね」

 答える声は小さく、まるで親に叱られた子供のよう。

 確かに里の子供でも、小骨が原因で魚嫌いになることは多い。多いのだが……

「さっきの2匹は食べられただろう?」

「丸呑みしただけだもん」

 ……どうりで涙目になっていた訳だ。

「……戻って来たら一緒に片付けよう。だからそれまでには食べておいてくれ」

「う、うん」

 立ち上がり戸を開けば、冷えた夜の空気が気を引き締めてくれた。

 広がる闇の向こう側。私が見詰めるその先から、今宵の刺客がやって来る。

「いってらっしゃい。怪我しないでね?」

「ああ、それでは行ってくる」

 見送りの言葉に背中を押されるようにして、地を蹴り、星空の下に舞い上がる。


 ――さあ、もう一度歴史を創ろう。

 敗北も挫折も受け入れて、それでも再び立ち上がることから始まる、そんな歴史を。

 何度でも、何度でも、歴史がそう繰り返すように。
 初めての慧音&妹紅で、初めてのプチ創想話で、どんな後書きを書いたものか悩んでます。
 それでも動機を自白させて頂くなれば、
┌―――――――――――――――――――――
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|    _、,、,、_   
|   `、r`=Y    
|   , ' `ー '´ヽ   
|   i. ,'ノノ ))) 〉  
|   | ii つ⊂ヽ   
| |\ |/:::/::::::ヽ\ _E[]ヨ_________ 
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| |  |    先生   |
 このAAで慧音に対し落ち込み易い印象を持ってしまったのが原因でしょう。
 妹紅が慧音に支えられているように、慧音も妹紅に支えられていたら。
 この二人の関係がそんなんだったら、自分の理想なんですけどね。
鈴風 鴻
コメント



1.じょにーず削除
ふたりいっしょが いいよね