ふわり、風に青い葉の香りが乗る。
白玉楼の庭先で刀をかちんと鞘に収めた妖夢は、のんきに雲の泳ぐ薄い青空を見上げてふぅ、と一際大きく息をついた。
手入れの後の切りくずを片付け、手を洗って茶を沸かした彼女は縁側に腰掛けてもう一度空を見上げる。
やっぱりのんきな雲が光って、隣をのんきに半身が泳いで、柔らかな暖かい風が彼女の頬を撫でた。
――春も終わりかなぁ。
湯飲みに口を付けて少し啜った彼女は、切りたての植木の青臭い匂いに目を細めてそんな事を思う。
次いで、そういえば幽々子様はどうしたんだろう、と不意に主の事を思い出した彼女は湯飲みを置いて立ち上がる。
ゆるゆる半霊が後を追い、妖夢は廊下を歩いて行った。
「幽々子様ー?」
半開きになっていた障子をがらりと開ければ、そこには襦袢を僅かに乱して横たわる幽々子。
何のことはない、暖かい空気に誘われた彼女は布団の上に横たわり、ただすやすやと桜の花弁のような唇から寝息を立てていた。
もう大分暖かくなってきたので上掛けも無しに眠ってしまったのだろう、薄布団の一枚でもかけるべきかと思った彼女は足跡を立てないように畳の上を行く。
奥の押入に確か布団があったはず、と進んでいた彼女の足下で、ごろりと幽々子が寝返りを打った。
「幽々子様?」
答えはなく、それは本当にただの寝返り。
仰向けに少しねじれた姿勢へと身を返した彼女の襦袢は、元の状態もあって今は豊かな白い胸元を覗かせている。
その様子に恥ずかしさを覚えた妖夢は、跪いて胸元を正そうと手を伸ばした。
襦袢の襟を掴んで正せば、さらさらとしてどこかひんやりとした幽々子の肌は心地よく妖夢の手の甲に触れる。
柔らかく艶めいた身体に妖夢は小さな嫉妬、即ちうらやましさを覚えて僅かに眉をしかめて指先で押した。
するとふに、と柔らかい感触に彼女は嫉妬よりも心地よさを覚え、手を伸ばして頬を撫でれば緩く波打った赤みの髪がするりと抜けて透ける肌に妖夢の指は溶けてしまうように思えた。
「幽々子様……」
ふと、主の名を呟いてみる。
声に反応したのか、幽々子は小さく呻くように声を漏らしてもう一度寝返りを打つように動き、その腕は偶然妖夢の身体に触れた。
「幽々子様?」
妖夢はその腕を掴むと主の名をまた呟き、そして掴んだ腕に意識を持って行かれる。
なんともすべすべと柔らかく、指先は触れているだけで心地良い。
――まるで、あの光る雲でできてるみたいだ。
彼女がそんなことを思いながら幽々子の手に指を絡ませれば、その手はきゅ、と妖夢の手を握り返した。
唐突に、優しく握られた妖夢が小さく驚くと、不意にその身体が幽々子の胸元に引き込まれる。
ふにふにぐりぐり、寝ぼけているのだろうか、よーむぅ、と小さく漏らす幽々子は困惑する妖夢をその胸に押しつけて抱え込んでしまう。
妖夢は逃げようと多少藻掻きはするが、しかしその身体は穏やかに幽々子と絡み合い、彼女の鼻腔を優しい花びらのような甘い幽々子の匂いが撫でた。
なんだか、とても懐かしくて、心地よかった。
――幽々子様、あったかい。
そして妖夢はその腕を幽々子の腰周りに滑り込ませ、静かに頬を寄せてゆっくりと擦り付けてみる。
部屋の中はほの明るく、太陽の光は幾度か畳や天井や漂う半霊を踏んでからゆるりと二人を暖める。
柔らかな幽々子の優しい腕の中、妖夢はいつしかとろとろと、彼女の夢へと溶けていった。
「ゆゆこさまぁ……」
とろけた、まどろむ声が、小さく名を呼ぶ。
掻き抱く彼女はその暖かな、小さく愛しいものを少し強く抱きしめて言葉を返した。
「……ようむ、あったかぁい」
太陽が柔らかく降り注いで、白い雲はのんきにぼやけた青空を泳いでいく。
庭の青い風がふわりと二人の髪を揺らした。
了
幸せそうですなぁ~