――おかしな夢を見た。
目の前で骸骨が笑っていた。肉がまったくついていない、完全に骨だけで出来た骸骨。下半身が樹の根元に埋まっていて、上半身だけが外に出ていた。
その骸骨が、なぜだか、楽しそうに笑っている。
なぜそんなに楽しそうなのか、まったく解らなかった。
なぜ笑うのだろう、そう訊ねた。
ええじゃないかええじゃないか、と骸骨が笑って答えた。
笑うたびにむき出しの歯がぶつかり合って、かたかたと音を立てた。
ええじゃないか、楽しいンだからさ。そう言って笑う骸骨は、たしかに楽しそうだった。
笑いすぎて顎がはずれ、自分で顎を填めなおした。神経がないというのは便利なものだな、と感心してしまう。
骸骨は腰から下が土へと埋まっていた。そのせいで話すことと笑うことしか出来ないらしい。一つ話すたびに九つ笑うから、笑うために生きているようなものだ。
否、生きてはいないのか。骸骨なのだから。
しかし人間も、つきつめて考えれば骸骨である。骸骨に肉と血と皮がついただけだ。
骸骨が生きているのならば、無機物も生きているのか? それとも肉と血と皮に命は宿るのか? ならば太った者に命が多いことになる。
解らなくなったので、私は骸骨に「おい、お前は生きているのか」と訊ねた。
骸骨はけたけたと笑う。
「じゃああンたは生きてんのかえ?」
私は正直に解らない、と答えた。
「じゃああンたは死んでんのかえ?」
私は正直に解らない、と答えた。
けたけた笑いが強くなる。骸骨は大笑いして、骨だらけの指で樹の根元を叩いた。骨は細く、肉がついていたときも細かったのだろうと思えた。
けたけたと笑いながら、
「じゃあさ、あンた、其処にいるのかえ?」
ここにいなければどこにいるのだ。
私がそう云うと、骸骨は笑いを止め、人差し指で私を指した。
「それが全てさ。あンたはそこにいる。あたしは此処にいる。それが全てさね」
今度こそ、骸骨は笑った。
おかしそうな、可笑しそうな、おかしくなったかのような、犯してしまいそうな、侵されそうな笑いだった。
なぜ笑うのか、私はそう訊ねる。
「楽しいからに決まってンだろう。おかしいからに決まってンだろう」
なぜ楽しいのかが解らない。
そう言うと、骸骨はますます笑った。何を言っても笑う。おかしくてたまらないのだろう。
骸骨は、かつては皮と乳房があったであろう肋骨をこん、と小突いて、
「こンな立派な身体を貰ったのさ、愉快この上ないね」
立派な体。
そういわれて、私はしげしげと骸骨を見た。
成る程、確かに立派ではあった。老衰ではなく、若いうちに事故か何かで死んだのだろう。骨に歪みはなく、欠けもなかった。
素直に「いい体だ」と褒めると、骸骨は嬉しそうに笑って言った。
「掘出物さ」
つまらない駄洒落ですまないねぇ。そう言葉を結んで、骸骨は漫才師のように額を叩いた。骨と骨がぶつかる、硬い音がした。
つまらない駄洒落の意味を考えてみる。
埋まっていた骸骨を掘り出した、という意味か。貴重な、という意味とかぶさっている。
成る程、つまらない駄洒落だった。
つまらなかったが、少しだけ笑ってしまった。
すると、鬼の首でも取ったかのように骸骨は騒いだ。
「おやおや! あンた、今笑ったさね?」
笑っていない。私がそう言うと、骸骨は「またまた」と手を振った。
「いいのさいいのさ、笑いたいときには笑って、泣きたいときにも笑って、死ぬときにも笑って死ぬのさね」
それを聞いて、私は。
私は。
私は――
――私は、死ぬときに笑えなかった。
気づけば、そう口にしていた。なぜそんなことを言ったのか、自分でも解らなかった。
骸骨は驚いたように私を見ていたが、私もまた驚いていた。
心境とは関係なく、言葉はすべりでた。
――畜生、畜生。死にたくねぇ。そう呪いを吐きながら死んだのだ。死にたくなどなかったのだ。未練だらけだったのだ。
喋りながら、私はその情景を思い出す。思い出した情景を、すべて言葉にして骸骨へとぶつけた。
情景の中、私は死につつあった。何が原因だったのかはわからない。ただ、生きる存在から死ぬ存在へと変わっていった。
それは銃であるかもしれないし、剣であるかもしれないし、拳であったかもしれない。
悪意があったのかもしれないし、殺意があったのかもしれない。
あるいは何もなく、天災のようなものだったのかもしれない。
それ以外のあらゆる理由で死んだのかもしれないし、理由などなく死んだのかもしれない。
とにかく――私は、不当な死を迎えたのだ。
死にたくなどなかったのに。
全てを話し終えたとき――骸骨は笑っていた。
なにがおかしいのか、と聞いても、骸骨は笑っていた。
ひとしきり笑ってから、骸骨は土の上で頬杖をつき、私を見下ろして言った。
「それ、何時の話さね?」
いつ、と言われても困る。
これは何時の話でもない。
――ただの夢の話なのだから。
私がそう言うと、骸骨はからからと笑って、「それじゃあ胡蝶の夢さね」と言った。
失礼な、と思った。
私は蝶などという不安定なものではない。しっかりと根を張った花なのだから。
紫色の彼岸花。
私は花であり、花以外の何者でもなかった。
成る程、良い夢を見たものだ。死ぬ夢など、そうそう見れるものではない。ましてや、花ならざる生き物として死ぬ夢など。
風で私の身体が揺れた。茎が折れてしまいそうなほどに強い風。
――私の中ならば揺れずに済んだのに。
意味のない考えだ。私は花なのだから。夢の中がどうだろうと。
私は花か?、と訊ねた。無意味な質問だとはわかっていた。
骸骨は「花以外の何者なのさぁ!」と言って大笑いをした。私もおかしくて、つられて笑ってしまう。
ただ、骸骨の笑いを聞きながら、私はふと思うのだ。
私は――いつから花だったのだろう?
しかし入れかけていたコメントは、すでに因果地平の彼方に飛び去ってしまった罠。
とりあえず生と死について考えさせられる氏の続編を、わくてかしながらお待ちしておりますw
舌噛みそうな声が脳内再生されてました(笑)