皆さん、こんにちは。紅魔館の門番、紅美鈴です。
『ほんめいりん』ですよ、『ほん めい りん』。はい、お腹に力を入れて復唱。
『くれないみすず』じゃありません。ましてや『中国』って言った奴、前に出てこい。必殺美鈴ブリーカーしてやります。
……まぁ、それはさておいて。
私がここでお仕事始めるようになってから、どれくらいになるでしょうか。今日も空は青くて平和です。そんな、日々、変わらない毎日を送っていたのですが、近頃はちょっとそんなところの事情も変わってきてまして。
端的に言いますと、私も変革の時期を迎えているのです。そして、必要性に迫られているのです。
だから、私も、ちょっと辛いけど自己改革をしてみようと思います。美鈴、ふぁいとー、おー。
初日
「おはよう、美鈴」
後ろからかかる声に振り返れば、銀髪のメイド長がいます。ここ、紅魔館で、人間の身でありながら要職を任されている凄い人、十六夜咲夜さんです。
ですが、今の私は自己改革の真っ最中。
「おはようございます、メイド長」
「………え?」
一瞬、咲夜さんの肩がびくって震えて、目が大きく見開かれました。何か、すごく狼狽している感じがします。ですが、ここで折れてはいけません。心を鬼に……。
「何かご用でしょうか?」
「あ、い、いいえ……べ、別に。こ、これ、今日の門番のシフトよ。目を通していてちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
「……ね、ねぇ?」
受け取ったシフト表には、びっしりと、今日一日の私たちの日程が組まれていました。こういうのを毎日毎晩、一生懸命やっている咲夜さんには、本当に頭が下がります。私たちのこともきちんと思ってくれている優しさが伝わってきます。
でも、私は自己改革中なんです。
「了解しました」
「……そ、その、美鈴。
あなたの仕事は、今日は朝から夕方までだけど……疲れるでしょ? だから、お昼に、少し休憩を取って、私の部屋でお茶会でも……」
「私の役目は、ここを守ることであり、あなたとお茶を飲むことではありません」
「そ……っ! ……そう」
うぅ……胸が痛みます……。咲夜さん、ごめんなさい……だから、そんな顔しないでください……。
この世の終わりみたいな顔して……うぅ~……。
もう……自己改革やめちゃおうかな……。で、でも、ダメよ、美鈴。一度やるって決めたことはやり通すのが、私の師匠の教えじゃないの。命をかけてやるべきことをやれって、初代正義のヒーローも言っていました、頑張るのよ!
「それでは」
「……うん。変なことを言ってごめんなさいね。頑張ってね……」
はぅ~……! ごめんなさい~……。
何よ……何よ、何よ、何よ! 私が何したって言うのよ! 何だってあんな事言われないといけないの!? ただ、お茶に誘っただけじゃない! それなのに、『咲夜さん』じゃなくて『メイド長』ですって!?
他人行儀なのはいいけれど、度が過ぎるわよ! 何の冗談よ、あれは!
「……あの、メイド長?」
「何!?」
「ひっ……! あ、荒れてますから……な、何があったのかなぁ……と」
……ふと、気がついてみれば、いつものようにお掃除中の自分の姿が目に入って。そして、私の目の前には、恐怖で顔を引きつらせたメイドが一人。
……ああ、いけないいけない。仕事に私情は持ち込まないのが私の信条よ。
「……ごめんなさい、少し気になって。何でもないことなのだけどね」
「そ、そうですか……。し、失礼かもしれませんけれど、私でお力になれるなら……」
「いいわ。別に」
「……はい」
……ちょっと冷たかったかしら。これが、あの子なら『お手数かけられません』とか何とか言うのかしら。
はぁ……。
何で……美鈴……あの子、私のこと、『メイド長』って……。いっつも、笑顔で『咲夜さん、おはようございます』なのに。
べっ、別に、あの子のあの顔が見たくて、毎朝、欠かさず声をかけてるとか、そんなわけじゃないんだからね! た、ただ……そ、そう。あの子だって、この紅魔館の一員じゃない。それに対して礼儀を尽くすのが私の仕事だからよ!
「……あの~、メイド長。モップで窓ふきはやめた方が……」
「……はっ!」
うぐ……何でこんな訳のわからない失態を……。
「メイド長、ドジっ娘属性増加中、と……」
……あんた、何、人のこと観察してるの。
けど……誰にでも人当たりのいいあの子があんな風に、私に接してくるってことは……。
「愛想、尽かされたのかな……」
……結局、その日は仕事が手につきませんでした。
二日目
「めーりーん!」
「めーりんねーちゃーん!」
「あ、フランドール様にチルノちゃん」
「こんにちは、美鈴さん」
「大妖精さんも、こんにちは」
今日は、私のシフトは夜からです。なので、部屋でのんびりくつろいでいたら、我が紅魔館が誇る元気っ娘のフランドール様と、最近、そのフランドール様と親しくなったチルノちゃんが。後ろでは、大妖精さんが何とも言えない顔してるし。
「ねーねー、めーりん。あそぼー」
「あそぼあそぼー」
「いいですよ。何して遊びましょうか」
何だか、私、フランドール様のみならず、子供達に愛される傾向にあるようです。曰く、子供は優しい人を敏感に感じ取って懐く、とか。慧音さんが言ってました。
まあ、私も、小さい子の面倒を見るのは嫌いじゃありませんし。
「だんまくごっこー」
「……あの、それは勘弁願えませんか? この後、お仕事ありますし……」
笑顔のフランドール様に断りを入れるのは勇気がいりますが、実際、それに付き合わされたら明後日の晩くらいまではベッドから身動き出来ないような気がします。
「えー?」
「だから言ったじゃん。フランドールは、ちゃんとねーちゃんの都合も考えないと」
「ぶー」
「ダメだなぁ、フランドールは」
「あら、チルノちゃんだって、以前は美鈴さんの都合なんてお構いなしだったじゃない」
「わー、言うなー!」
別に、私の都合をお構いなしに遊びに来てくれてもいいんですけどね。ただ、フランドール様の場合は、度が過ぎていると言うだけで……。
……レミリア様は妹様を甘やかすから、いつか、誰かが自分の力の使い方、教えてあげなくちゃとは思うんですけど。
「それじゃ、これ、やろうか」
「あ、何それ何それ!」
「この前、パチュリー様からもらったの。『ぼぉどげぇむ』って言うらしいですよ」
「うわぁ、楽しそう楽しそう! めーりん、やりたいやりたい!」
「あたいもー!」
「……それ、確か、人生ゲームって言うゲームでしたよね……」
……?
何か、大妖精さんが顔を引きつらせてますけど……何ででしょう。
「あの、大妖精さんも……」
と、言ったところで、ドアがとんとんと。
「はーい」
ちょっと待っててね、とお二人に言って、ドアの前に。それを開ければ――、
「あ、さ……メイド長」
「……これ、その……お茶」
一瞬、ぱっと顔を輝かせて……それで、しゅんとなって……。うぅ……見てられないですよぅ……。
それでも頑張らないといけないんですよね……私……。
……うん。やらないとダメ。やらないと、絶対に、私、後悔する。
「ありがとうございます」
「その……あなたの分も……あるから。美味しく淹れたと思えるから……飲んでね」
「はい」
「……じゃあ」
肩を落とした咲夜さんが、音も立てずにドアの向こうに歩いていきました。それを見送って……胸に宿る、この切なさをどうしたらいいんでしょう……私……。
「フランドール様、チルノちゃん。お茶ですよ」
「わーい。クッキーだー」
「いただきまーす」
お二人にとっては、お茶よりも付け合わせのクッキーの方が目を引いたみたい。子供ですから、当然ですよね。
「あの……美鈴さん?」
「はい」
「……その……咲夜さんと、何かあったんですか?」
「いいえ、何も」
「でも……」
う~ん……やっぱり、わかっちゃいますよね……。普通、勘ぐっちゃいますよね。
でも、いいんです。これでいいんです。
「気にしないでください。大丈夫ですから」
「……そうですか? じゃあ、何も言いませんね」
……うん、そう。これでいい。
だって、今、何かを言われたら決意が萎えちゃいそうだから。頑張るのよ、美鈴。
ちなみに、ゲームは私の惨敗でした。しくしく……。
「あっ!」
――と思った時には、もう遅く、がしゃん、というけたたましい音を立てて花瓶が床に。
「何やっているの、咲夜」
「あ、お、お嬢様。申し訳ございません、今すぐ片づけます……」
掃除をしていても、何をしていても、とにかく全てが上の空。だから、こんな失敗をして、あまつさえ、無様にそれをお嬢様に見られてしまうなんて。
十六夜咲夜、一生の不覚……。
「全く。気が抜けているのでない? 昨日からひどいじゃないの」
「す、すいません……」
花瓶……。そう言えば、この花はあの子が育てていた花だっけ……。
……はぁ。
「いたっ……!」
ちょっと気が抜けてしまえば、この通り。
花瓶の破片で指を切ってしまった。
「メイド長、後は私たちがやりますから」
「い、いいわ。私が……」
「いいですから! ほら!」
……何で、こんなに気を遣われないといけないのよ。理不尽だってわかっていても、頭に来る……。何でかしら。
「全く……。ほら、指を貸しなさい」
「……はい」
言われるままに、手を。
お嬢様は、そっと私の手を取って、自分の口の中へ。小さな舌先が、ぺろぺろと、私の傷痕をなめるその感触が、こそばゆいのと同時に、すごく嬉しかった。
「……ちゅっ、ん。
よし、これでいいわね。血ももらえたし」
「……ありがとうございます」
「覇気が足りないわよ。このレミリア・スカーレットの従者たるもの、常に胸を張って歩きなさい」
「いたっ! は、はい!」
お尻を思いっきり叩かれて、飛び上がって。
それで必然的に胸を張る形になった私に満足したのか、お嬢様がとてとてと歩いていきます。何だか、頭と体のバランスがちぐはぐだから、見ていてとっても愛らしい。それを言ったらスカーレットシュートが降ってきそうな感じもするけれど。
どこへ行くのかな、と思ってその後を追いかけてみれば、行き先はヴワルの図書館。
「パチェ、いるかしら」
「あら、レミィ。……それに咲夜。どうしたの、変な顔をして」
「ああ、いえ……何でも」
「パチェ、例の新しい衣装と振り付けは出来たかしら」
「……愚問ね、レミィ。このパチュリー・ノーレッジ、魔法少女推進委員会委員長として、常に名に恥じぬ仕事を心がけているわ」
「さすがよ」
取り出されたのは、白と黒がメインのゴスロリ衣装。だけど、その衣装のあちこちに施された装飾が、これまた手が込んでいて……ああ、羨ましい。私もあんな衣装を着て、魔法少女ショーに出てみたい……。
「小悪魔はどうしたのかしら」
「彼女なら、今、販促用の魔法少女コミックス第三巻を執筆中よ。限定三百部の販売だから、当日は争奪戦が起きるでしょうね」
「そう。ちゃんと、客の整理とかはやらないといけないわね」
「その辺りは……そこのふぬけのメイドに頼みましょうか」
「あ……すいません」
思わず謝ってしまう。
さすがパチュリー様、歯に衣を着せない毒舌を言わせたら幻想郷でもトップクラス。そこにしびれも憧れもしませんけどね……。
「じゃあ、早速練習を始めましょうか」
「そうね。咲夜、あなたは屋敷の仕事に戻りなさい」
「……はい」
……体よく追い出されてしまった。
……はぁ。
参ったなぁ、こんなでは、今後の業務にも支障が出てくるだろうし。一度、部屋に戻って休んだ方がいいかしら……。でも……。
「ああ、メイド長。こんな所に」
「あら、何?」
「レストランサービスの注文のメニューなのですが……」
また何かあったのかしら。
私の問いかけに、メイドの彼女は、『実は――』と口を開く。
「……というわけでして。そのメニュー……多分、美鈴さまのオリジナルだと思われるんです。私たちじゃ、とても手が出せなくて……」
「いいわ、私が作りましょう」
「本当ですか?」
「ええ。それに……」
……それに……そう。それ……私と美鈴が……。
「……っ……!」
「め、メイド長!?」
そう……それは、私と美鈴が、次の新メニューは何にしようか、って一晩中、話し合って……レシピとか考えて……レストランの目玉にしよう、って……。
「あ、あぅあぅあぅ……ご、ごめんなさい、メイド長! わ、私が悪うございました!」
「何で……何で謝るのよ……! 別に……私は……」
「は、ハンカチ! ハンカチどうぞ!」
ダメだ、涙が止まらない。何で悲しいのかわからないけど、涙が全然止まってくれない。
私が……私が、何したっていうのよ。
何で、あんな他人行儀にされないといけないの? 何で、私が泣かないといけないの? 悪いのは美鈴じゃない。だって、私、何にもしてない……何にもしてないもの……!
なのに……なのに……なのに、なのに、なのにっ……!
「うぁぁぁぁ……わ、私、クビだぁぁぁ……」
美鈴の……バカ……!
三日目
「ねぇねぇ、聞いた? 咲夜さまと美鈴さま」
「ああ。あの破局寸前の話でしょ?」
「と言うより、あれは破局してしまったのじゃない?」
「まっさかぁ」
「でも、かなり見た目には深刻よね」
「うーん……どっちが悪いのかしら。美鈴さまが咲夜さまにケンカ別れ、とか?」
「ありうるわねぇ……」
「第一、メイド長が根性なしなのが悪いのよ。私、美鈴さまに同情しちゃう」
「でも、美鈴さまは、それがわかっていて、なんでしょ? だったら、咲夜さまのがかわいそうよ」
「今なら、傷心のお二人を狙えるかしら」
「可能性としてはありうるわね」
「個人的に、咲夜さま、傷心旅行とか出ちゃわないか心配なんだけど」
「どうかなぁ……」
なんか、館の中では、そんな、根も葉もない話が出ているそうです。メイドさん達だって女の子。こと、色恋沙汰には興味があるでしょう。
でも……私には関係ないんです。そう……関係ない……。
「さて……お仕事終わり、っと」
徹夜の見張りも終わって、今日は、私のシフトはなし。じっくりとお料理作りに取りかかれそう。
ああ……疲れた~。
とりあえず、帰って休まないと。
「あの……」
「隊長」
「どうしたの? みんな」
ふと気がつけば、私の周りには門番隊のみんな。何か、誰も彼もが深刻そうな顔をしている。
「その……差し出がましいことだとは思うんですけど、聞いてください」
「これは、門番隊みんなからのお願いなんです」
「いいけど……どうしたの?」
「……お願いです。咲夜さまと仲直りしてください!」
……へ?
「見てられません! 何があったのかとか、そういうことは聞きません! だけど、美鈴さま、もう許してあげてください!」
「きっと、咲夜さまだって悪気があったわけじゃないんです!」
「そうですよ! ツンデレなんですから!」
「それくらいは許容してあげてください。お願いします。もう、今のお二人を見ているのが辛くて辛くて……」
「あ、ち、ちょっと……な、泣かないでよ……」
何、これ。私、完璧に悪者?
そんな……別に、何があったとか、そういうわけじゃないのに。ただ……私は……。
「ま、待って、みんな。何なの? 私が……」
「だって、誰がどう見ても、お二人は破局寸前ですよ」
「だから……」
……はぁ。
結局……私の自己改革は失敗なのかな。こんな風にみんなに心配されてしまうなんて。
別段、そう言うつもりなど全くないのに。でも……。
「……気にしないでいいよ」
「だけど!」
「大丈夫だから。ね?」
「……でも……」
食い下がるなぁ……。まぁ、それも当然かもしれないけど……。
とにかく、今はこの子達を安心させないと。
「大丈夫、大丈夫だから。そんなことないから。私は大丈夫。ね?」
「……信じますよ?」
「いいよ。ありがとう」
「じゃあ、約束してください。咲夜さまと仲直りしたら、紅魔館のみんなに、美味しい料理を合作で振る舞ってくれる、って」
「うん、わかったよ。
ありがとう、みんな」
足早に退散してみれば、みんなの視線は私の背中に釘付け。注目されているというか、警戒されているというか。
そして、扉をくぐれば、メイドさん達が一斉に私を見て、そのままそそくさと視線を逸らしたりして。私は珍獣扱いですか。
そう言う視線に気がつかない振りをして、自分の部屋へ。とにかく、一度休もう。今後のことは、それから考えればいい。第一、私だって軽率な行動を取ったわけじゃないんだから。
だから……。
「……あれ?」
鍵が開いていた。
……泥棒? 私の部屋に? そもそも紅魔館に? あり得ない。
じゃあ、誰が?
「……あ」
そっと、警戒しながら部屋に足を踏み入れれば、ベッドの上に見慣れた人の姿。
「咲夜さん……」
……いつからここにいたんだろう。すっかり寝入ってしまっている。
それに……抱いた枕に、涙の跡。……泣かせちゃったのかな、私。
自分のやったことが悪いことだとは思わないけど、さすがに、これは胸に痛い……。
……とにかく、一度起こさないと。
「……ん……」
そっと、肩を掴んで揺さぶってみれば、目を開けた咲夜さんが私の方をじっと見つめてきた。思わず、「どうしてこんな所に?」って聞きそうになったけれど、今はかける言葉が違う。
「あの……」
「……ごめん……なさい……」
「……え?」
「ごめんなさい……ごめんなさい、美鈴……」
え? え? え!?
ち、ちょっと、この展開は想像してませんでしたよ!? いきなり泣きながら謝ってくるなんて……!
「私が……私が悪いの……それはわかってるわ。だって、私、いつもあなたのこと怒鳴ったり、ひどいことしたりして……。それで、愛想を尽かしたってこと……わかってるから……」
「そ、そんなこと……!」
「でも……でも……お願い、嫌いにならないで……」
……嫌いになるわけないのに。
私が咲夜さんを嫌いになる? そんなの、太陽が西から昇って東に沈むくらいあり得ない。私は……私は……。
「私、美鈴のこと、好きだから……。大好きだから……!
お願い……いつもみたいに、『咲夜さん』って言って……笑ってよ……」
「……心外です」
思わず、本音が出た。
「私が……私が、咲夜さんのこと、嫌いになるはずないじゃないですか。私、咲夜さんのこと、好きです。どうして、それを信じてくれないんですか」
「……」
「……いつだってそうです。咲夜さん……」
もう、この際だ。
全部言ってしまおう。
「私……はっきり言うなら、咲夜さんの極度の恥ずかしがりには辟易してました。度を過ぎたら無粋だって、誰もが言ってるじゃないですか。それなのに、全然改めようとしないんだから。
だから、押してダメなら引いてみろ、って」
そっと、咲夜さんの隣に腰を下ろして。
「そしたら、咲夜さんの方から、何か言ってきてくれるかな、って思ってたけど……こんな風に謝られるなんて……」
「……だって……」
「……ごめんなさい。咲夜さん、恋愛のイロハを全然知らないんですものね。その辺り、私も理解が及ばなくて……悲しい思いをさせて、ごめんなさい」
自己改革、失敗。
でも、いいや。
「わかりました。私がしっかり、咲夜さんをリードしますから。
だから……せめて、私が誘った時くらい、何か反応してくださいね」
「……うん」
「泣かないでください」
「……うん……! ごめんなさい……それから……ありがとう」
「私の方こそ」
結局、最後までこういう流れなのかな、って。
この後も、きっと、私の言ったことを実行してくれることなんてないだろう。咲夜さんは極度の恥ずかしがりでツンデレさん。もういいや、それで。それなら、私の方から積極的に、逃げ場がなくなるくらい、『恋の迷路』で追いつめていくだけだから。
「ほら」
「あ……」
そっと、ベッドの上に。
「私のベッドで何してたんですか?」
「だって……寂しくて……それで……」
かわいい。すっごくかわいい。
普段の強気なメイド長の姿がどこにもなくて、かわいいかわいい女の子。
考えてみれば、私は彼女より年上だ。ここは年上の実力を発揮させてもらわないと。
「咲夜さん……」
「美鈴……」
桜色の唇。赤く染まった頬。閉じた瞳。こわばった体。
……それじゃ、早速。
――しかし、世の中、そううまくいかないもので。
「めーりーん!」
……結局、こういうオチなのね。
どばたん、と開けられたドアの向こうには、紅魔館の元気っ娘が一人。
「なっ、ななななな何でしょうか、フランドール様!」
「ど、どうかなさいましたか!?」
慌てて、ばばっ、と離れて笑顔でにっこり。
うん、今の私たちの笑顔はとことん引きつっているだろう。
「……あれ~?」
何か嫌な汗がだらだら流れてくる。フランドール様は、かわいく小首をかしげながら、一体何を考えていらっしゃるのか。
でも、その考えが及ばなくなったのか、にぱっと笑うと、私に抱きついてきた。
「お腹空いたー。何か食べたいー」
「はい、かしこまりました」
だそうですよ、という視線を咲夜さんへ。咲夜さんは、にこっと笑うと、
「では、お茶にしましょう。よろしいですか?」
「うん! お茶、お茶!」
フランドール様にとっては、『お茶=おやつの時間』なんだけどね。
早速、私たちの先に立って歩いていくフランドール様を咲夜さんが追いかけていく。その後ろ姿を見送って……そうそう、と思い出す。部屋の中にとって返して、戸棚の中から取りだしたものが一つ。
「咲夜さん」
その背中に、そっと。
「……何?」
「これ」
彼女の手に渡すのは、小さな小さなお守り。ローズクォーツの石が埋め込まれたもの。
「……何かしら」
「お守りです。私の力をたっぷり込めた」
「へぇ……。
……ありがとう、美鈴。これは何のお守りなの?」
問いかけてくる咲夜さんに、私はそっと答える。
「安産祈願ですよ」
「…………えっ?」
真っ赤に染まった咲夜さんの顔。それは、これからも、ずっと、忘れられない、私だけの宝物になりそうだった。
『ほんめいりん』ですよ、『ほん めい りん』。はい、お腹に力を入れて復唱。
『くれないみすず』じゃありません。ましてや『中国』って言った奴、前に出てこい。必殺美鈴ブリーカーしてやります。
……まぁ、それはさておいて。
私がここでお仕事始めるようになってから、どれくらいになるでしょうか。今日も空は青くて平和です。そんな、日々、変わらない毎日を送っていたのですが、近頃はちょっとそんなところの事情も変わってきてまして。
端的に言いますと、私も変革の時期を迎えているのです。そして、必要性に迫られているのです。
だから、私も、ちょっと辛いけど自己改革をしてみようと思います。美鈴、ふぁいとー、おー。
初日
「おはよう、美鈴」
後ろからかかる声に振り返れば、銀髪のメイド長がいます。ここ、紅魔館で、人間の身でありながら要職を任されている凄い人、十六夜咲夜さんです。
ですが、今の私は自己改革の真っ最中。
「おはようございます、メイド長」
「………え?」
一瞬、咲夜さんの肩がびくって震えて、目が大きく見開かれました。何か、すごく狼狽している感じがします。ですが、ここで折れてはいけません。心を鬼に……。
「何かご用でしょうか?」
「あ、い、いいえ……べ、別に。こ、これ、今日の門番のシフトよ。目を通していてちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
「……ね、ねぇ?」
受け取ったシフト表には、びっしりと、今日一日の私たちの日程が組まれていました。こういうのを毎日毎晩、一生懸命やっている咲夜さんには、本当に頭が下がります。私たちのこともきちんと思ってくれている優しさが伝わってきます。
でも、私は自己改革中なんです。
「了解しました」
「……そ、その、美鈴。
あなたの仕事は、今日は朝から夕方までだけど……疲れるでしょ? だから、お昼に、少し休憩を取って、私の部屋でお茶会でも……」
「私の役目は、ここを守ることであり、あなたとお茶を飲むことではありません」
「そ……っ! ……そう」
うぅ……胸が痛みます……。咲夜さん、ごめんなさい……だから、そんな顔しないでください……。
この世の終わりみたいな顔して……うぅ~……。
もう……自己改革やめちゃおうかな……。で、でも、ダメよ、美鈴。一度やるって決めたことはやり通すのが、私の師匠の教えじゃないの。命をかけてやるべきことをやれって、初代正義のヒーローも言っていました、頑張るのよ!
「それでは」
「……うん。変なことを言ってごめんなさいね。頑張ってね……」
はぅ~……! ごめんなさい~……。
何よ……何よ、何よ、何よ! 私が何したって言うのよ! 何だってあんな事言われないといけないの!? ただ、お茶に誘っただけじゃない! それなのに、『咲夜さん』じゃなくて『メイド長』ですって!?
他人行儀なのはいいけれど、度が過ぎるわよ! 何の冗談よ、あれは!
「……あの、メイド長?」
「何!?」
「ひっ……! あ、荒れてますから……な、何があったのかなぁ……と」
……ふと、気がついてみれば、いつものようにお掃除中の自分の姿が目に入って。そして、私の目の前には、恐怖で顔を引きつらせたメイドが一人。
……ああ、いけないいけない。仕事に私情は持ち込まないのが私の信条よ。
「……ごめんなさい、少し気になって。何でもないことなのだけどね」
「そ、そうですか……。し、失礼かもしれませんけれど、私でお力になれるなら……」
「いいわ。別に」
「……はい」
……ちょっと冷たかったかしら。これが、あの子なら『お手数かけられません』とか何とか言うのかしら。
はぁ……。
何で……美鈴……あの子、私のこと、『メイド長』って……。いっつも、笑顔で『咲夜さん、おはようございます』なのに。
べっ、別に、あの子のあの顔が見たくて、毎朝、欠かさず声をかけてるとか、そんなわけじゃないんだからね! た、ただ……そ、そう。あの子だって、この紅魔館の一員じゃない。それに対して礼儀を尽くすのが私の仕事だからよ!
「……あの~、メイド長。モップで窓ふきはやめた方が……」
「……はっ!」
うぐ……何でこんな訳のわからない失態を……。
「メイド長、ドジっ娘属性増加中、と……」
……あんた、何、人のこと観察してるの。
けど……誰にでも人当たりのいいあの子があんな風に、私に接してくるってことは……。
「愛想、尽かされたのかな……」
……結局、その日は仕事が手につきませんでした。
二日目
「めーりーん!」
「めーりんねーちゃーん!」
「あ、フランドール様にチルノちゃん」
「こんにちは、美鈴さん」
「大妖精さんも、こんにちは」
今日は、私のシフトは夜からです。なので、部屋でのんびりくつろいでいたら、我が紅魔館が誇る元気っ娘のフランドール様と、最近、そのフランドール様と親しくなったチルノちゃんが。後ろでは、大妖精さんが何とも言えない顔してるし。
「ねーねー、めーりん。あそぼー」
「あそぼあそぼー」
「いいですよ。何して遊びましょうか」
何だか、私、フランドール様のみならず、子供達に愛される傾向にあるようです。曰く、子供は優しい人を敏感に感じ取って懐く、とか。慧音さんが言ってました。
まあ、私も、小さい子の面倒を見るのは嫌いじゃありませんし。
「だんまくごっこー」
「……あの、それは勘弁願えませんか? この後、お仕事ありますし……」
笑顔のフランドール様に断りを入れるのは勇気がいりますが、実際、それに付き合わされたら明後日の晩くらいまではベッドから身動き出来ないような気がします。
「えー?」
「だから言ったじゃん。フランドールは、ちゃんとねーちゃんの都合も考えないと」
「ぶー」
「ダメだなぁ、フランドールは」
「あら、チルノちゃんだって、以前は美鈴さんの都合なんてお構いなしだったじゃない」
「わー、言うなー!」
別に、私の都合をお構いなしに遊びに来てくれてもいいんですけどね。ただ、フランドール様の場合は、度が過ぎていると言うだけで……。
……レミリア様は妹様を甘やかすから、いつか、誰かが自分の力の使い方、教えてあげなくちゃとは思うんですけど。
「それじゃ、これ、やろうか」
「あ、何それ何それ!」
「この前、パチュリー様からもらったの。『ぼぉどげぇむ』って言うらしいですよ」
「うわぁ、楽しそう楽しそう! めーりん、やりたいやりたい!」
「あたいもー!」
「……それ、確か、人生ゲームって言うゲームでしたよね……」
……?
何か、大妖精さんが顔を引きつらせてますけど……何ででしょう。
「あの、大妖精さんも……」
と、言ったところで、ドアがとんとんと。
「はーい」
ちょっと待っててね、とお二人に言って、ドアの前に。それを開ければ――、
「あ、さ……メイド長」
「……これ、その……お茶」
一瞬、ぱっと顔を輝かせて……それで、しゅんとなって……。うぅ……見てられないですよぅ……。
それでも頑張らないといけないんですよね……私……。
……うん。やらないとダメ。やらないと、絶対に、私、後悔する。
「ありがとうございます」
「その……あなたの分も……あるから。美味しく淹れたと思えるから……飲んでね」
「はい」
「……じゃあ」
肩を落とした咲夜さんが、音も立てずにドアの向こうに歩いていきました。それを見送って……胸に宿る、この切なさをどうしたらいいんでしょう……私……。
「フランドール様、チルノちゃん。お茶ですよ」
「わーい。クッキーだー」
「いただきまーす」
お二人にとっては、お茶よりも付け合わせのクッキーの方が目を引いたみたい。子供ですから、当然ですよね。
「あの……美鈴さん?」
「はい」
「……その……咲夜さんと、何かあったんですか?」
「いいえ、何も」
「でも……」
う~ん……やっぱり、わかっちゃいますよね……。普通、勘ぐっちゃいますよね。
でも、いいんです。これでいいんです。
「気にしないでください。大丈夫ですから」
「……そうですか? じゃあ、何も言いませんね」
……うん、そう。これでいい。
だって、今、何かを言われたら決意が萎えちゃいそうだから。頑張るのよ、美鈴。
ちなみに、ゲームは私の惨敗でした。しくしく……。
「あっ!」
――と思った時には、もう遅く、がしゃん、というけたたましい音を立てて花瓶が床に。
「何やっているの、咲夜」
「あ、お、お嬢様。申し訳ございません、今すぐ片づけます……」
掃除をしていても、何をしていても、とにかく全てが上の空。だから、こんな失敗をして、あまつさえ、無様にそれをお嬢様に見られてしまうなんて。
十六夜咲夜、一生の不覚……。
「全く。気が抜けているのでない? 昨日からひどいじゃないの」
「す、すいません……」
花瓶……。そう言えば、この花はあの子が育てていた花だっけ……。
……はぁ。
「いたっ……!」
ちょっと気が抜けてしまえば、この通り。
花瓶の破片で指を切ってしまった。
「メイド長、後は私たちがやりますから」
「い、いいわ。私が……」
「いいですから! ほら!」
……何で、こんなに気を遣われないといけないのよ。理不尽だってわかっていても、頭に来る……。何でかしら。
「全く……。ほら、指を貸しなさい」
「……はい」
言われるままに、手を。
お嬢様は、そっと私の手を取って、自分の口の中へ。小さな舌先が、ぺろぺろと、私の傷痕をなめるその感触が、こそばゆいのと同時に、すごく嬉しかった。
「……ちゅっ、ん。
よし、これでいいわね。血ももらえたし」
「……ありがとうございます」
「覇気が足りないわよ。このレミリア・スカーレットの従者たるもの、常に胸を張って歩きなさい」
「いたっ! は、はい!」
お尻を思いっきり叩かれて、飛び上がって。
それで必然的に胸を張る形になった私に満足したのか、お嬢様がとてとてと歩いていきます。何だか、頭と体のバランスがちぐはぐだから、見ていてとっても愛らしい。それを言ったらスカーレットシュートが降ってきそうな感じもするけれど。
どこへ行くのかな、と思ってその後を追いかけてみれば、行き先はヴワルの図書館。
「パチェ、いるかしら」
「あら、レミィ。……それに咲夜。どうしたの、変な顔をして」
「ああ、いえ……何でも」
「パチェ、例の新しい衣装と振り付けは出来たかしら」
「……愚問ね、レミィ。このパチュリー・ノーレッジ、魔法少女推進委員会委員長として、常に名に恥じぬ仕事を心がけているわ」
「さすがよ」
取り出されたのは、白と黒がメインのゴスロリ衣装。だけど、その衣装のあちこちに施された装飾が、これまた手が込んでいて……ああ、羨ましい。私もあんな衣装を着て、魔法少女ショーに出てみたい……。
「小悪魔はどうしたのかしら」
「彼女なら、今、販促用の魔法少女コミックス第三巻を執筆中よ。限定三百部の販売だから、当日は争奪戦が起きるでしょうね」
「そう。ちゃんと、客の整理とかはやらないといけないわね」
「その辺りは……そこのふぬけのメイドに頼みましょうか」
「あ……すいません」
思わず謝ってしまう。
さすがパチュリー様、歯に衣を着せない毒舌を言わせたら幻想郷でもトップクラス。そこにしびれも憧れもしませんけどね……。
「じゃあ、早速練習を始めましょうか」
「そうね。咲夜、あなたは屋敷の仕事に戻りなさい」
「……はい」
……体よく追い出されてしまった。
……はぁ。
参ったなぁ、こんなでは、今後の業務にも支障が出てくるだろうし。一度、部屋に戻って休んだ方がいいかしら……。でも……。
「ああ、メイド長。こんな所に」
「あら、何?」
「レストランサービスの注文のメニューなのですが……」
また何かあったのかしら。
私の問いかけに、メイドの彼女は、『実は――』と口を開く。
「……というわけでして。そのメニュー……多分、美鈴さまのオリジナルだと思われるんです。私たちじゃ、とても手が出せなくて……」
「いいわ、私が作りましょう」
「本当ですか?」
「ええ。それに……」
……それに……そう。それ……私と美鈴が……。
「……っ……!」
「め、メイド長!?」
そう……それは、私と美鈴が、次の新メニューは何にしようか、って一晩中、話し合って……レシピとか考えて……レストランの目玉にしよう、って……。
「あ、あぅあぅあぅ……ご、ごめんなさい、メイド長! わ、私が悪うございました!」
「何で……何で謝るのよ……! 別に……私は……」
「は、ハンカチ! ハンカチどうぞ!」
ダメだ、涙が止まらない。何で悲しいのかわからないけど、涙が全然止まってくれない。
私が……私が、何したっていうのよ。
何で、あんな他人行儀にされないといけないの? 何で、私が泣かないといけないの? 悪いのは美鈴じゃない。だって、私、何にもしてない……何にもしてないもの……!
なのに……なのに……なのに、なのに、なのにっ……!
「うぁぁぁぁ……わ、私、クビだぁぁぁ……」
美鈴の……バカ……!
三日目
「ねぇねぇ、聞いた? 咲夜さまと美鈴さま」
「ああ。あの破局寸前の話でしょ?」
「と言うより、あれは破局してしまったのじゃない?」
「まっさかぁ」
「でも、かなり見た目には深刻よね」
「うーん……どっちが悪いのかしら。美鈴さまが咲夜さまにケンカ別れ、とか?」
「ありうるわねぇ……」
「第一、メイド長が根性なしなのが悪いのよ。私、美鈴さまに同情しちゃう」
「でも、美鈴さまは、それがわかっていて、なんでしょ? だったら、咲夜さまのがかわいそうよ」
「今なら、傷心のお二人を狙えるかしら」
「可能性としてはありうるわね」
「個人的に、咲夜さま、傷心旅行とか出ちゃわないか心配なんだけど」
「どうかなぁ……」
なんか、館の中では、そんな、根も葉もない話が出ているそうです。メイドさん達だって女の子。こと、色恋沙汰には興味があるでしょう。
でも……私には関係ないんです。そう……関係ない……。
「さて……お仕事終わり、っと」
徹夜の見張りも終わって、今日は、私のシフトはなし。じっくりとお料理作りに取りかかれそう。
ああ……疲れた~。
とりあえず、帰って休まないと。
「あの……」
「隊長」
「どうしたの? みんな」
ふと気がつけば、私の周りには門番隊のみんな。何か、誰も彼もが深刻そうな顔をしている。
「その……差し出がましいことだとは思うんですけど、聞いてください」
「これは、門番隊みんなからのお願いなんです」
「いいけど……どうしたの?」
「……お願いです。咲夜さまと仲直りしてください!」
……へ?
「見てられません! 何があったのかとか、そういうことは聞きません! だけど、美鈴さま、もう許してあげてください!」
「きっと、咲夜さまだって悪気があったわけじゃないんです!」
「そうですよ! ツンデレなんですから!」
「それくらいは許容してあげてください。お願いします。もう、今のお二人を見ているのが辛くて辛くて……」
「あ、ち、ちょっと……な、泣かないでよ……」
何、これ。私、完璧に悪者?
そんな……別に、何があったとか、そういうわけじゃないのに。ただ……私は……。
「ま、待って、みんな。何なの? 私が……」
「だって、誰がどう見ても、お二人は破局寸前ですよ」
「だから……」
……はぁ。
結局……私の自己改革は失敗なのかな。こんな風にみんなに心配されてしまうなんて。
別段、そう言うつもりなど全くないのに。でも……。
「……気にしないでいいよ」
「だけど!」
「大丈夫だから。ね?」
「……でも……」
食い下がるなぁ……。まぁ、それも当然かもしれないけど……。
とにかく、今はこの子達を安心させないと。
「大丈夫、大丈夫だから。そんなことないから。私は大丈夫。ね?」
「……信じますよ?」
「いいよ。ありがとう」
「じゃあ、約束してください。咲夜さまと仲直りしたら、紅魔館のみんなに、美味しい料理を合作で振る舞ってくれる、って」
「うん、わかったよ。
ありがとう、みんな」
足早に退散してみれば、みんなの視線は私の背中に釘付け。注目されているというか、警戒されているというか。
そして、扉をくぐれば、メイドさん達が一斉に私を見て、そのままそそくさと視線を逸らしたりして。私は珍獣扱いですか。
そう言う視線に気がつかない振りをして、自分の部屋へ。とにかく、一度休もう。今後のことは、それから考えればいい。第一、私だって軽率な行動を取ったわけじゃないんだから。
だから……。
「……あれ?」
鍵が開いていた。
……泥棒? 私の部屋に? そもそも紅魔館に? あり得ない。
じゃあ、誰が?
「……あ」
そっと、警戒しながら部屋に足を踏み入れれば、ベッドの上に見慣れた人の姿。
「咲夜さん……」
……いつからここにいたんだろう。すっかり寝入ってしまっている。
それに……抱いた枕に、涙の跡。……泣かせちゃったのかな、私。
自分のやったことが悪いことだとは思わないけど、さすがに、これは胸に痛い……。
……とにかく、一度起こさないと。
「……ん……」
そっと、肩を掴んで揺さぶってみれば、目を開けた咲夜さんが私の方をじっと見つめてきた。思わず、「どうしてこんな所に?」って聞きそうになったけれど、今はかける言葉が違う。
「あの……」
「……ごめん……なさい……」
「……え?」
「ごめんなさい……ごめんなさい、美鈴……」
え? え? え!?
ち、ちょっと、この展開は想像してませんでしたよ!? いきなり泣きながら謝ってくるなんて……!
「私が……私が悪いの……それはわかってるわ。だって、私、いつもあなたのこと怒鳴ったり、ひどいことしたりして……。それで、愛想を尽かしたってこと……わかってるから……」
「そ、そんなこと……!」
「でも……でも……お願い、嫌いにならないで……」
……嫌いになるわけないのに。
私が咲夜さんを嫌いになる? そんなの、太陽が西から昇って東に沈むくらいあり得ない。私は……私は……。
「私、美鈴のこと、好きだから……。大好きだから……!
お願い……いつもみたいに、『咲夜さん』って言って……笑ってよ……」
「……心外です」
思わず、本音が出た。
「私が……私が、咲夜さんのこと、嫌いになるはずないじゃないですか。私、咲夜さんのこと、好きです。どうして、それを信じてくれないんですか」
「……」
「……いつだってそうです。咲夜さん……」
もう、この際だ。
全部言ってしまおう。
「私……はっきり言うなら、咲夜さんの極度の恥ずかしがりには辟易してました。度を過ぎたら無粋だって、誰もが言ってるじゃないですか。それなのに、全然改めようとしないんだから。
だから、押してダメなら引いてみろ、って」
そっと、咲夜さんの隣に腰を下ろして。
「そしたら、咲夜さんの方から、何か言ってきてくれるかな、って思ってたけど……こんな風に謝られるなんて……」
「……だって……」
「……ごめんなさい。咲夜さん、恋愛のイロハを全然知らないんですものね。その辺り、私も理解が及ばなくて……悲しい思いをさせて、ごめんなさい」
自己改革、失敗。
でも、いいや。
「わかりました。私がしっかり、咲夜さんをリードしますから。
だから……せめて、私が誘った時くらい、何か反応してくださいね」
「……うん」
「泣かないでください」
「……うん……! ごめんなさい……それから……ありがとう」
「私の方こそ」
結局、最後までこういう流れなのかな、って。
この後も、きっと、私の言ったことを実行してくれることなんてないだろう。咲夜さんは極度の恥ずかしがりでツンデレさん。もういいや、それで。それなら、私の方から積極的に、逃げ場がなくなるくらい、『恋の迷路』で追いつめていくだけだから。
「ほら」
「あ……」
そっと、ベッドの上に。
「私のベッドで何してたんですか?」
「だって……寂しくて……それで……」
かわいい。すっごくかわいい。
普段の強気なメイド長の姿がどこにもなくて、かわいいかわいい女の子。
考えてみれば、私は彼女より年上だ。ここは年上の実力を発揮させてもらわないと。
「咲夜さん……」
「美鈴……」
桜色の唇。赤く染まった頬。閉じた瞳。こわばった体。
……それじゃ、早速。
――しかし、世の中、そううまくいかないもので。
「めーりーん!」
……結局、こういうオチなのね。
どばたん、と開けられたドアの向こうには、紅魔館の元気っ娘が一人。
「なっ、ななななな何でしょうか、フランドール様!」
「ど、どうかなさいましたか!?」
慌てて、ばばっ、と離れて笑顔でにっこり。
うん、今の私たちの笑顔はとことん引きつっているだろう。
「……あれ~?」
何か嫌な汗がだらだら流れてくる。フランドール様は、かわいく小首をかしげながら、一体何を考えていらっしゃるのか。
でも、その考えが及ばなくなったのか、にぱっと笑うと、私に抱きついてきた。
「お腹空いたー。何か食べたいー」
「はい、かしこまりました」
だそうですよ、という視線を咲夜さんへ。咲夜さんは、にこっと笑うと、
「では、お茶にしましょう。よろしいですか?」
「うん! お茶、お茶!」
フランドール様にとっては、『お茶=おやつの時間』なんだけどね。
早速、私たちの先に立って歩いていくフランドール様を咲夜さんが追いかけていく。その後ろ姿を見送って……そうそう、と思い出す。部屋の中にとって返して、戸棚の中から取りだしたものが一つ。
「咲夜さん」
その背中に、そっと。
「……何?」
「これ」
彼女の手に渡すのは、小さな小さなお守り。ローズクォーツの石が埋め込まれたもの。
「……何かしら」
「お守りです。私の力をたっぷり込めた」
「へぇ……。
……ありがとう、美鈴。これは何のお守りなの?」
問いかけてくる咲夜さんに、私はそっと答える。
「安産祈願ですよ」
「…………えっ?」
真っ赤に染まった咲夜さんの顔。それは、これからも、ずっと、忘れられない、私だけの宝物になりそうだった。
さく×めい!
いいものだッ!!
>ドジっ娘属性
それどこのコロボックル?
…いいものだった!
美鈴にならブリーカーされてもいI(殺人ドール)
うむ、まっことええもん見せてもらいました…
正に名作。
こういう粋なタイトルってのは大好きです!!
>たまに攻守逆転したっていいと思うんだ。そう思わないかい? 皆の衆。
確かにこれは良いものです。しかし一つだけ反論が在るとするならば。
俺の中でめい×さくは……デフォさっ!!
子供はどっちが産むんでしょうね?
攻守逆転?何を言ってますか、私はこれがデフォルトですよ
どうでもいいですが、タイトル読んだ瞬間にその意味が分かりましたw
ちみっこ達に和んだ。メイド隊も門番隊も素敵だ。いいなぁ紅魔館。
まったく同様な僕もharuka大好きです