その式神は、いたって普通の式神だった。
給料は並、家族は紫と橙の三人暮らし、趣味は弾幕ごっこと酒。
そんな平凡な毎日の生活が、彼女の全てだった。
こんな彼女の未来に、あのような出来事が待ちかまえていようとは、誰が想像しただろう。
ああ、これ以上はもう言えない。
この物語は、ふとしたはずみで、非日常的な世界に引き込まれてしまった女の喜劇である。
ここはマヨイガ、ちゃぶ台の前に座っているのはここの主、八雲紫。
その向こう側に神妙な面持ちで座っているのはその式神である藍。
「最近のご飯の量はとても少ないわ、あなたへのボーナスが少ないのもその所為よ、今後はもっと頑張って頂戴」
藍は立ち上がり、あくびをする紫を見つめた。最近マヨイガの食糧事情は急速に悪化している。
橙が育ち盛りだからか。もちろんそれもある、だが真の元凶は・・・。
壁のほうに目をやると、『マヨイガの貯蓄』と題した、折れ線グラフの図表が貼られているが、今年に入って下降線をたどる一方だ。今月は最底辺の貯蓄ゼロを記録し、それでは飽き足らず、貯蓄がマイナスになり続け、右肩下がりの下降線が図表を突き破っていた。
藍は能天気に言う主に怒りを感じ、拳を握り締めて。
「・・・・・・まえが・・・」
「何、いやなら辞表だす?」
「おめーが!」 ドゲッ
「たくさん」 バキッ
「食いまくる」 グシャ
「からだろーがっ」 ドスッ
溜めに溜めた怒りや不満が、とうとう炸裂する。
後ろに回りこみ、主に渾身のパンチを喰らわす。紫はちゃぶ台に顔をめり込ませて気絶した。
「いけない、私とした事が、とうとうやってしまった」
死体(?)とちゃぶ台の残がいを押入れに投げ込むと、藍はその場を後にした。
玄関の靴箱の前でしゃがむ。
「あっ、へそくりだ」 とりあえず懐にしまう。逃走資金も必要だろう。
かくして八雲藍の運命の歯車は廻りはじめたのだった?
ゆかりの挑戦状
「と、飛び出してしまったのは良かったものの、これからどうしよう」
あてどもなく歩く、遭遇する妖怪たちを素手で殴りながら進んでいると、竹林の中にいた。
これも何かの縁、永遠亭の面々に今後のことを相談しよう。そう藍は考えた。
うさぎ達に用事を告げると、この間の永夜異変での態度とはうって変わって、快く客間に通してくれた。
もう隠れる必要がなくなった上に、もともとここのうさぎ達もさびしがり屋なのだ。
「藍さんですね、師匠と姫様は外出中です、そこのパソコンでもつついて待っていてください」
鈴仙と名乗るうさぎは、お茶を出すついでにそう言った。
お言葉に甘え、外界の式神であるというパソコンなるものを弄ってみることにする。
『東方シリーズ二次創作 かぐや対もこう 作 蓬莱山輝夜』
画面にはこの文章が表示されていた。ここの主の作った小説らしい。 しかし、
「つまんねえ えすえすだな」 藍のお気には召さなかったようだ。
それでも読み進めているうちに、
「あっ、お金をおとしちゃった」 財布から小銭がこぼれて、机の下へ転がっていった。
机の下を覗いてみるが、見つからない。
これを読み続けていると、際限なくお金を無くす様な気がする。パソコンの電源を切り、終了させる。
まだ輝夜たちはこない、鈴仙から一緒に飲みに行かないかと誘われる。
ゆかりの挑戦状
夜雀の赤提灯にて。
「まったく、紫様が働きもしないくせに食料を食いまくるから、うちの家計が苦しくなるんだ。もっと主としての自覚を持って欲しいもんだ」
酒を飲みながら愚痴を言う藍、鈴仙が紫を弁護する。
「でも、あの人は幻想郷の結界を維持しているんでしょう。相当のエネルギーを消耗するからなのかも」
「にしたって、あんなに食料を消耗するわけないよ、以前はそれほどでもなかったし。食糧不足の責任を私に押し付けられてもなあ」
「まあ、私も無理な命令をいきなり出されて途方に暮れることがありますよ。それで、準備する暇がなくって。そんな大事ならもっと前に言っとけっての」
「あるある」 鈴仙とは結構気が合うようだ。
愚痴だけでなく、さまざまな噂話も聞かせてもらった。
いわく
湖の向こうには赤い館がある。
森の奥に旧東方兵がかくれているらしい。
テンコーは未知の世界への導きだ。などなど。
「お客さーん、グラスが空ですよ」
店主のミスティアが飲みすぎの藍をたしなめるが、藍はかまわず注げと言う。
しばらくたって、メイドと中華風の服装をした二人の女性がやってきた。席がいくらか狭くなる。二人とも一日の仕事を終え、ほっとした表情で酒とつまみを注文した。
わいわい談笑している。こっちはもっと静かに飲みながら語り合いたいのに。
「ねえミスティア、今日私が歌いたいんだけど、どうかしら?」
「えっ、歌うのは私のサービスなんだけど。でもまあいいわ」
「わたしも咲夜さんの歌、聞いてみたいです」
もしかして歌うのか、いい加減にしてくれよ。しかし咲夜はそんな藍の気持ちなどお構い無しに歌い始めた。
「れ~みりゃ~のた~めな~らど~こま~でも~
つ~いて~いけ~る~わーたーしー
せ~つな~いお~もい~をう~たにし~て~
あ~め~ふ~る~こうまか~ん~」
「へたくそ、やめてかえれ」
紫の下から離れた不安と、酒が入っていた事が相まって、平気で藍は暴言を吐いた。
「なんですって?」 一瞬で空気が凍りつく。
「言ったとおりの意味だ」
「このっ」
二人の美しい女性が殴りあう、これじゃちっとも美しくないと鈴仙は思ったが、口には出せなかった。
「ちょっと二人とも、やめて下さいよ」
「邪魔よ(だ)!!」
門番が止めに入るが、巻き添えを食って跳ね飛ばされ、屋台に頭から突っ込み、動かなくなる。
弾幕も戦術も関係なく、ひたすら正面を向き合い、防御すら考えず殴りあう二人。
死闘のすえ、ついに藍が勝利を収める。
「や、やるじゃない」
そういってメイド長は倒れた。なにか友情が芽生えたかも、と藍は思う。
「ちょっとー、私の店どうしてくれるのよ~」
「そうだった、じゃこれで」
藍はメイド長と門番の財布から金を抜き取る。いいのかそれで?
「というわけで、これで屋台を直してくれ」 ミスティアにお金を渡す。
「これでもまだ足りないわよ」
「へえ、近頃の妖怪にしてはなかなか骨のある奴ね、あなたなら、この地図の謎を解くかもしれない」
何者かが後ろから藍に声をかけた。ミスティアは完全に無視されている。
「あっ、師匠、姫様」 ふり返ると、声の主は鈴仙の師匠、八意永琳。輝夜も一緒だった。
藍は何だかよくわからない紙切れをいきなり手渡される。
「幻想郷の何処かに隠された、宝のありかを示している地図よ」
永琳は投げやりそうに言う。
「暇つぶしに姫に付き合って探したんだけど、結局見つからなくて、面倒だからあんたに託す」
「これまたいきなりだな、それが本物だと言う根拠はあるのか?」
「あるわよ、だって、私と永琳が数年前に自分で埋めて地図も書いたんだもの」
「それで、自分でも埋めた場所や、地図の解読法を忘れてしまったと言うわけか。」
「そのとおり、宝には別に未練はないんだけど、実在するものを埋もれさせておくのも何だから、だれか根性のありそうな人にあげちゃおうと思って」
「じゃあありがたく頂くとするよ、でも、その前に・・・。」 藍は拳に息をかけた。
「死ぬがよい」
藍の高速のパンチが、瞬く間に二人を天空へと吹き飛ばした。
「ぎゃーひとごろしー」
「不死だからいいだろう、それにここでお前らを始末しなければならないと天啓があった」
橙の世話はともかく、紫にこき使われていた生活から開放され、溜まりに溜まったストレスが暴発したのだろうか、今宵の藍はどこか狂気じみていた。
弾幕も使わず、4ステージ分のボスキャラを瞬殺した藍。鈴仙とミスティアが抱き合って震えている。
「き、今日は私どうしちゃんたんだろう?」
「藍さん、それじゃ今日はこの辺で」 鈴仙が足早に去っていく。
「もうイヤ。店をたたませてもらいます」 みすちーも荷物をまとめて逃げ出そうとする。
「まってくれ、話を聞いてくれないか」
「来んな!」 夜雀が叫ぶ。鳥目の能力発動。
「あれ、まっくらだぞ」
ゆかりの挑戦状
藍は気がつくと、どこかの家の布団で眠っていた。見覚えのある雰囲気。すぐにマヨイガであると気づく。
外はまだ夜だった。
(そうか、屋台で飲んで、ひと暴れして、それから・・・。)
「目がさめたかしら」 明かりがともり、紫が正座して藍を見ているのが分かった。
思い出したぞ。昨日自分が紫さまを昏倒させて飛び出し、屋台でも数人を殴り倒し、そのまま酔いつぶれて鈴仙に負ぶってもらって帰ったのだった。
そんな藍を見つめる紫の目は冷静そのものだが、内に秘めた感情を想像すると、怖いなと藍は思った。
ちなみに紫の頭には包帯が巻かれている。
「まあ、私も少々家計のことを考えなさ過ぎだったのは認めるわ。でも、アレはいったいどういう真似かしら、言いたい事があるなら、大妖怪らしく言ってごらんなさい」
「ううむ・・・」 藍はいくつかの選択肢を思い浮かべる。
めし
ふろ
ゆかりん、ねようぜ
たびにでたいんだ
→しきがみけいやくを、はきしてくれ
自分の進むべき道、というより、自分が進みたい道を選ぶべきだろうと思う。決心が固まる。
「紫様、他の道を歩みます、式神契約を破棄してください」
「わかりました、ただし、私があなたに与えていた力の75パーセントを貰います」
紫の反応は冷静だった、拍子抜けするほどに。
「承知しました」
「今夜はとまっていきなさい」
「ありがとうございます」
ところ変わって永遠亭、服がぼろぼろになった永琳が、スキマ空間を通じて紫と話していた。
ちなみに、 輝夜はふて寝している。
「いい暇つぶしにはなったわ、でもこれでよかったのかしら」
「ありがとう、殴られたお返しも含めて、藍にちょっと試練をあたえてみたかったの、外界の、とある伝説のゲームソフトを参考にしたわ」
「お返しそのものじゃなくて?」
「そう、あの子が私の助け無しでも生きていけるかどうか」
永琳は、紫の表情に影がさしたような気がした。
「そういえば、貴女の顔色、ずいぶん・・・、血色良いわね」
「藍に与えていた力をもどしたからですわ」
「強い妖怪を式神にするのは、そうとうな力を消費する、だから睡眠も多く必要になるし、食事の量もものすごくなる。違う?」
「そう、それでもう限界なのよ、でも、あの子とはいっしょに居たい」
「じゃあふつうに式神契約じゃなくて、妖怪どうしとして付き合えば良いのに」
「そうなのよ、だから与えた式の力なしでも、立派にやっていけるかどうかのテストなのよ」
「それなら、普通に言えばいいじゃない」
「だ~か~ら、『お返しも含めて』と言ったでしょ」 とニヤリ。
ゆかりの挑戦状
「橙、すまんな。紫様の真似をするんじゃないぞ」
まだ寝息を立てている橙のおでこに別れのキスをする。その後、元式神はバッグを提げてマヨイガを後にした。あとは紫が伝えてくれるだろう。未練がないわけではなかった。土下座してここに戻ってこようかとも考えたが、ここまで事態が進展したのだ、別の道を歩めと言う天啓かも知れない。
「また外界に戻って、権力者を手玉に取るのもいいかも知れんな。だが もうそんな生き方をするには、私は角が取れすぎている」
(じゃあ昨日の暴力沙汰はなんなの?)
「そうだ、永遠亭の面々が言ってた宝でも探してみようか」
心の中で、もうひとりの自分が根源的なツッコミを入れるが、軽やかにスルーする。
輝夜と永琳からもらった地図を開いてみるが、何も書かれていない薄茶色の紙でしかなかった。
藍はこれが何かの術であると気付き、水筒の水で地図をぬらし、砂時計で時間を測り始めた。
約5分。音を立てずに待つ。日光に当てて1時間、という手もあるがこれが一番早い。
「出ろっ!」
藍がそう叫ぶと、宝を埋めた場所のおおまかな地図と、意味不明の文章が紙に浮かび出た。
ひとつのさくら
ふたつのけん
みっつのおと
よっつのはね
もりにわけいり
みこにめし
まじょにしょもつ
ぱちゅにつぶて
続きます。