花が咲いていた。
咲き誇っていた、といっても良かった。見渡す限りの花畑だった。
花が咲いていない場所など、どこにもなかった。
その妖精は、そのことを喜んでいた。
妖精は花が好きだった。お祭りも、お酒も、イタズラも好きだったけど、それ以上に花が好きだった。
きれいな花。
おおきな花。
あかるい花。
命を感じさせる、どこまでも伸びる、大きな花を咲かせるものが好きだった。
妖精には、名前がなかった。
自然から生まれた妖精には、名前が与えられなかった。
父も母もいなかった。
友達はいたけれど、名前を呼び合うようなことはしなかった。
だから妖精は、妖精でしかなかった。
その妖精は、異変を、異変とは思わなかった。
すばらしい、カミサマからのプレゼントだと信じた。
クリスマスの夜に、枕元にプレゼントボックスが置いてあるのを、異変だと思う子供がいるだろうか?
それと同じだった。
妖精は、その出来事を、素直に受け止めた。
受け止めることに、理由なんていらなかった。
原因を知らなくても、花を美しいと思うことはできる。
それが全てだった。
妖精は、美しい花畑の上を、のんびりと飛んでいた。
手にはひまわり。
花にお願いして、一本だけもらったのだ。
ひまわりは大きい。
日に向かう花と呼ばれるだけあって、ひまわりはすくすく伸びていた。
人よりも背の低い妖精よりも、ひまわりは、ずっとずっと背が高かった。
ひまわりを持っているのか、ひまわりにおんぶされているのか、分からなくなるくらいに。
けど、そのことが、妖精は嬉しかった。
ひまわりの花は大きくて、きれいで、見ているだけで心がぽかぽかしてきたから。
小さな小さなお日さまの花が、そこにあるような気がした。
そして、そのお日さまがそばにいれば、大きくなれるような気がしたのだ。
妖精は小さく、長生きできるものはほとんどいない。力を持つものはさらに少ない。
けれど、今、妖精は――つよく、大きくなれるような気がしたのだ。
ひまわりの花のように。
ひまわりの花のように――大きく、強く、すこやかに成長して、花を咲かせることができる。
そう、信じることができた。
それだけで、何でもできるような気がして、妖精は花畑の上を飛びまわった。
周りには、同じように、花を持って飛んでいる妖精たちがいた。
誰も彼もが浮かれていた。
お花だらけの小さなお祭りに、妖精たちは、浮かれていた。
祭りは続く。楽しい楽しいお祭りは、いつまでも続く。
――誰もが、そう思っていたのに。
始めに死んだのは妖精で、同時に死んだのも妖精で、その数は花畑を飛んでいた半数以上だった。
誰が、何をする時間もなかった。
逃げる間もなかった。気づけば、妖精は、半分以上死んでいた。
仲間たちが死んでからようやく、事態に気づいた。
ひまわりを持った妖精は、玉が跳んできた方を見る。
巫女がいた。
紅と白の巫女が。
巫女は、弾幕を飛ばしながら飛んでいた。妖精たちを見てもいない。
素早く跳びながら、弾幕を放ち続けている。
その流れ弾で死んだのだと、妖精は気づいた。
そして――
気づいた時には、遅かった。
奥にいた巫女の姿が視界から消える。
代わりに、視界いっぱいになるまで迫った、大きな弾幕。
避けることも、防ぐことも、できなかった。
たとえしたとしても無駄だっただろう――避けても避けた場所に弾幕はあり、防げるような代物ではなかった。
結果。
弾幕の流れ弾は、妖精と、妖精が持つひまわりにあたって、はじけた。
浮力を失い、気力を失い、体力を失い、命を失いながら、妖精は見た。
まるで、花びらが散るかのように、自分の手足がばらばらになって落ちていく姿を。
そして――長く大きかったひまわりの無惨な姿を。
ひまわりの花は、もう、日をむいてはいなかった。
花弁は砕け、花びらは舞い散り、茎は粉々に折れ、落ちていく。
地面へと。
花畑の中へと。
妖精と同じように、花畑へと、花の中へと落ちていく。
落ちていく中で、妖精はふと考えた。
どうして、他のみんなみたいに、わたしの頭は消えていないのだろう、と。
答えはすぐに出た。
妖精の前で落ちる、こなごなに散ったひまわり。
『彼』が、その身を使って、ほんの少しだけ守ってくれたのだ。
大きな子供が、小さな子供を庇うかのように。
それが嬉しくて、首だけになった妖精は、最後の力で、小さく笑った。
「――ありがとう」
それだけを言って、妖精は花の中に落ちた。
運悪く砕けなかった妖精たちも地面に落ち、巫女は、空の彼方へと消えていった。
花畑の中。
人の背よりも大きなひまわりが咲き誇っている。
ひまわりたちは地面を見ない。
ひまわりたちは、空の彼方を、お日さまだけを見ている。
根元で死んでいる妖精を、ひまわりたちは、少しも見ようとしなかった。
けれど、妖精の動くことの無い瞳には、しっかりとひまわりがうつっている。
妖精を守って散った、ひまわりの姿が。
動くことのない妖精の首は、笑っているように見えた。
散ってしまったひまわりも、笑っているように見えた。
ひまわりのように大きくなりたいと願った妖精は――
――ひまわりのように、散っていった。