Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

闇夜、美しき黒髪に魅せられて

2006/06/08 18:56:55
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 若い男が、深い森の中で迷っていた。

 里から離れた森の中。日はとっくに落ちて、燦々輝く月光だけが、前へ進む唯一の
頼りとなっている。しかしその光とて、自分の目の前を辛うじて照らすのみ。右手を
翳せば、その先端はもう見えなくなってしまう。闇が濃過ぎる。
 一寸先のその中に、どんな化物が居ても解りはしない。そう考えたが最後、疑心暗鬼が
脳を支配する。見えなかった木に気が付いただけでも、小さな悲鳴が口から漏れる。

 元々こんなに遅くなるとは思っていなかったので、光源も食料も……そして、
妖怪に対する準備も、何も持ってはいなかった。

 言い換えれば、男はいつ死んでもおかしくないのである。
 そして、それは当人も重々解っていた。

 だから何とか生きて帰ろうと、必死に草木を掻き分けて、前へ前へと進んでいる。
 しかし、どうしても森を抜けられない。同じ所を何度も何度も回っている様な気がする。

 気ではなく、もしかしたらそうなのかもしれない。
 妖怪に騙されている可能性だって多分にあった。
 そうであったら、自分はもう助からない……考えたら背筋が凍った。


 嫌だ死にたくない。

 男の足が速まる。木を避けて雑草を掻き分けて、額の汗を袖で拭い、また木を避けて……



 森は抜けられない。



 不気味な鳴き声が森に響く。
 何の声だろうか。
 フクロウだろうか。
 狼だろうか。
 聞き間違えそうにない声だが、今の男にはもう冷静な判断など出来ない。
 どんな音も恐怖の対称だった。

 辺りを見回す。
 どれも同じような木々、草……
 ―――闇。

 道も無い。
 目印も無い。

 男の神経は張り詰めた緊張で、ガラス細工の如く脆弱で。
 もう一押しで、ガラスは落下して割れる。そんな―――


 そんな時。




 ―――ぴちゃり。



 水の音が聞こえた。








 びくりとすくむ男。
 耳を澄まし目を凝らし、肌に触れる空気の僅かな差異をも感じ取ろうとする。

 ……何かがやってくる気配は、とりあえずは、感じられなかった。

 耳を澄ましてみると、水音は確かに聞こえている。幻聴じゃない。
 さらさらと、無音に近く流れる水。そこに何かが入った音……

 男はふらりと、音のする方へ足を向けた。
 緊張は解けていない。足音を殺し、息を殺し、背を屈めて、ゆっくりと前へ進んでいった。





 視界を遮る鬱陶しい木々が消えた。広場に出たのだ。
 そこは川。
 大きな川で底は深そうだ。
 水はゆっくりさらさらと流れている。

 丸く蒼い満月が水面に映る。
 波がきらきら輝いて、先程まで死に怯えていた男は、自分の状況も忘れて見惚れていた。


 さらさら。
 さらさら。

 水面で輝く波を目で追っていく。

 さらさら。
 さらさら。

 波の生まれる其処に、波を生むそれが居た。


 その……幻想郷でなを幻想的な光景に、男は思わず息をのむ。





 長い黒髪を垂らし、白く美しい素肌を晒す少女。
 真冬の冷たい水の中に裸体を浸し、水面に浮かぶ月を見つめていた。





 波は少女から生まれた波紋。無表情で動かない少女が生きていると解る証。
 それは、男の足元までゆっくりとやって来て、そして消滅していく。

 男は少女から目が離せなかった。
 その絹のような、白く繊細な肌に。
 晒されても気高く、己が持つ美しさと母性を誇示する乳房に。
 触れれば壊れてしまいそうな―――儚さを併せ持つ神秘性に。

 男は一瞬で魅了されてしまった。

 それは、決して長いとは言えない男の人生ではあるが、今まで見たことが無い程美しく、
尚これからも決して見る事は無いだろうと、確信させるほどの光景だったのである。


 ……あれは人じゃない。
 男の、虚ろな意識の底が、ぼんやりと考える。


 あれが人である訳が無い。
 この寒空の下、冷え切った水に体を浸す少女なぞ、人の訳がないではないか。
 ここは人里も遠い森の……妖怪が跳梁跋扈する只中。きっとあれも妖怪に違いない。
 ああやって人を誘い、心を奪い、そして喰らうのだろう。
 その罠に、俺はもう完全にかかってしまった。

 だが、それでも……と、男は思う。





 ―――それでもいい、と。






 今、この光景は、きっと人が見るには不相応なのだ。少なくとも凡人の自分には。
 だからそれを見てしまった今、代価に命を奪われる事は、仕方無いのだろう。

 この光景は、命を差し上げるに相応しいものなのだから。


 男はゆっくりと。
 誘われるように。
 夢遊病の如く。
 ―――少女に近付いていく。

 少女が男に気が付く。
 その顔は変わらず無表情。裸体を隠そうともせず、近付く男をただ見つめていた。
 瞳は全てを吸い込む様な深い黒色。見つめられて、男の意識に残るかすかな我も
消えようとしていた―――





 突如の轟音。
 巻き上がる水柱。

 川の底から出でたものに男は喰い付かれ、木々より高く持ち上げられた。
 あまり突然の事で悲鳴も出ない。

 蛇。大蛇が鎌首をもたげる。川底より這い上がった体だけでも、森の大木より太く高い。
 その頂上で男は喰い付かれていた。蛇は獲物を丸呑みする。今まさにそうしようとしている。



「『霊符』」
 少女の凛とした声が響いた。
 男が少女を見る。少女は一枚の札を構えていた。
 周囲から光が生まれ、足元から出でる波紋は激しさを増す。

「夢想封印―――集」
 周囲の光から色鮮やかな光玉が幾つも出現。水面を割りながら蛇に向かい飛んだ。

 光玉はまるで意思が有るかの如く蛇を目指し全て命中、爆発。圧倒的な衝撃と熱を発し
蛇の体をずたずたに砕く。
 口が開き男が落ちた。悲鳴も出せぬまま川の中に沈んだ。


 底が深いのが幸いして、男に、特に大きな怪我は無かった。
 やっとの思いで水面に顔を出すと、大蛇はバラバラになって、あちこちから煙をあげて
ゆっくり倒れた。また高い水柱が立ち、激しい波が起こる。男はそれにのまれて沈んだり
浮いたりを繰り返し、気が付けば川岸まで流されていた。そこまでくれば底に足が付いて、
何とか陸地に戻る事に成功する。

 男は振り返った。

 川の中心。裸身の少女が水面に足を付けて浮いていた。
 御幣を手に、祝詞を唱え舞っている。黒髪が優雅に流れる。白い肌が月光を吸い込んで
美しく輝いた。

 やがて、川底がぼぅっと一瞬光り、消えた。

 それを見て、少女も動きを止める。




 全てを見ていた男に、今度は少女が近付いてきた。
 水面の上を飛びながらゆっくりと。男は前にも後ろにも動けず、ただ少女の黒い瞳を見つめる。

「……助かったわ」
 少女が言った。

「私はあれを退治しに来たんだけど、蛇妖って用心深くて賢いのよ。私がおとりになっても
喰い付いてくれなかった」
 にっこりと笑う。

 男は何も言えない。少女が何を言っているのか、意味は解るが理解は出来なかった。

「あなた、あの蛇に惑わされて迷ってたのね。もう大丈夫だから、この川沿いに下りて
行きなさいな。里の近くへ出られるはずよ……あっと」
 少女は垂らした黒髪を一本抜く。それは青い炎をあげて、一枚のお札に変化した。
「これ持って。今夜限りは、これを持っていれば妖怪に襲われないから」
 半ば押し付ける形で、少女は男にお札を渡す。思考が止まっている男はされるがままに受け取った。

「じゃあね。もうこんな時間に外へ出たら駄目よ? 次は助からないでしょうから」
 そう言って、少女は再び宙に浮き、月の光届かぬ木々の向こうへ消えていった。


 それをただ見ていた男。しばらくは、ぼぅっと少女の消えた闇を見つめ続けていた。
 その内ふと、手元に残ったお札に視線を移す。

 『博麗』という文字だけ読み取れた。

 ……その名前は聞いた事がある。
 それは噂のようなものだったけれど、確かに存在はすると……幻想郷の人間は
誰もが知っている。

 この世界の秩序を正す、
 何者にも属さぬ、
 人でありながら全てを超越した、博麗という巫女が居る―――と。





 その神々しさを目の当たりにした男には、

 彼女がそうである事―――疑う余地など無かった。













 それから何十年か後。

 里のとある家の中。
 日が暮れた頃。
 すっかり中年になった男が、同じ年頃の男と酒を飲んでいた。

 ほろ酔いの男が尋ねる。
 何故、お前は嫁を貰わぬ? お前は顔も性格も悪くない、言い寄ってきた女子も
いただろう、と。

 訊ねられた男は、一口酒を飲んで、神棚を見上げた。
 そこには古ぼけたお札が祀られている。擦れた『博麗』の文字が見えた。


 男が答える。

 いつかに、俺は、絶対手の届かぬ女性に惚れてしまった。
 恋しさはあれから会えなくても消えず、むしろ日を追う事に増していく。
 彼女が俺の中に居る限り……俺は誰かを好きになれる事はないだろう。

 そう答えて、男は酒を飲み干した。






 彼が老いて眠りにつくまで、博麗の噂は常に絶えず。
 しかし再び会える事はついに無かった―――と、云う。




 ~終~


霊夢が好きです。
愛しています。
来月あたり、給料4ヶ月分の指輪とか買って
アタックしてみようと思います。
豆蔵
[email protected]
http://www.geocities.jp/oityang/
コメント



1.名無し妖怪削除
きっと賽銭上げたほうが喜ぶと思うよ。
あとお茶。