注意・ホラーです。
夏の暑い幻想郷。
紅色の湖が、気化してしまうほどに暑い夏。
気温計の水銀が砕けてしまうほどに暑い夏だ。
数少ないコンクリートからは陽炎が立ち昇っている。
打ち水をかければ、その水が蒸発してしまいそうなほどに暑い。
暑さに負けないくらいの声で、セミが合唱を始めた。
ひと夏の命を燃やすべく、セミたちは大声で鳴き続ける。
夏の幻想郷は、セミだらけだ。
ひょっとすると、外の世界からは、セミがいなくなってしまうのかもしれない。
そのうちに、何もかもが外にはなくなるのかもしれない。
そのうちに、何もかもが幻想郷に来るかもしれない。
そして、外と内の区別はなくなり、全てが幻想郷になるのだ。
チルノはそう思った。
賢くはないけれど、なんとなく、そんなことを思ったのだ。
きっと暑いせいだろう。
暑くて、チルノの空っぽの頭に、たっぷりと熱が詰まったから、そんなことを考えたのだ。
振ればカランと鳴りそうな頭には、夏の熱気が詰まっている。
それ以外に詰まっているとしたら、氷くらいなものだった。
チルノは氷精であり、冷気を操る能力を持つのだから。
「暑い――っ! もっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっのすごい暑いー!」
チルノはそう言って、次から次へと氷を生み出す。
生み出した氷は、すぐに夏の熱に溶けてしまう。
湖の上ではない。
湖のほとりに、チルノはいる。
湖の上にいると、暑さで気化した水で、火傷をしそうになるからだ。
また、ほとりの草の上の方がマシだった。
「あ――つ――い――っ!」
チルノはそれだけをぼやきながら、ひたすらに氷を作り続ける。
能力を全開にして。
そして、賢くないチルノは知らなかったのだ。
全開にして使えば、いずれ操作を間違えるという、そんな単純な事実を。
飼い犬に手をかまれる、ではない。
自分で自分の手をかむような、愚かな行為だ。
そして、チルノは愚かあり、その愚かな行為をしてしまった。
空間中に作り出す氷。
その出現位置を、間違えたのだ。
そう。
氷は出来た。
氷は生まれた。
チルノのすぐ傍に。
チルノの内に。
氷は生み出された――チルノの右腕を巻き込んで。
「うわあっ!?」
急に冷たくなった腕を見て、チルノは悲鳴をあげる。
見れば、右腕が凍り付いていた。
肘の十センチほど上から、爪先までが、氷の中に閉じこめられていたのだった。
チルノは慌てた。
今まで、カエルを氷付けにしたことはあった。
けれどまさか、自分自身を氷付けにしてしまうとは思わなかったからだ。
「う、腕、腕っ! あたいの腕がっ!?」
混乱したチルノは、氷を溶かすかのように、無我夢中で腕を振った。
それがいけなかった。
湖のほとりにある、チルノのそばにある、少しだけ大きな石。
少し大きいだけの、ごく普通の石だ。
その石に、チルノの凍った右腕が、ぶつかった。
――ぱりん、と。
音を立てて、チルノの右腕が、砕け散った。
「――え?」
わけもわからず、呆然と呟くチルノ。
血は吹き出ない。割れたところも氷付けされているからだ。
けれど、右腕は、氷とともに、砕け散っていた。
砕け散った氷が、草の上でゆっくりと溶ける。
溶けたところから、千切れた肉と、ぬるりと零れる血が出てきた。
紅色が、草と、氷の溶けた水を染めていく。
チルノは、それを見て。
「――ひ、」
砕け散った自分の右腕と、その肉片を見て。
無くなってしまった右腕を見て。
「――ひやあああああああああ、いや、いやああああああああああああああああああああ、いや、いや、いやだ、いやだよぉっ!!!」
大声で、叫んだ。
幻想郷中に響き渡るような大声で叫び、無くなった右腕をかき集める。
かき集めても、腕は元通りになどならないというのに。
まるで集めれば再び腕がつくかのように、チルノは一生懸命に肉片を集める。
その間にも、右腕の残った部分を凍らせていた氷が、ゆっくりと溶ける。
傷口を押さえていた氷が、溶ける。
心臓の鼓動にあわせて、傷口から、ぴゅ、ぴゅ、と血が吹き出ていった。
「いや、いやぁ! 痛い、痛いよぉ、痛いよぉおお! 腕が、あたいの腕が!」
チルノは、もう、まともに考える心など残っていなかった。
とにかく血を止めなければいけない。そう思って氷を作り出す。
混乱した心で、能力の制御などできるわけないのに。
完全にパニックに陥ったチルノは、身体の穴という穴から、細胞という細胞で冷気を操り。
結果――
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あれ?」
その言葉を、最後に。
右腕のない、氷付けの少女が出来上がった。
氷精が消え。
そこには、氷像があった。
苦悶の表情ではなく、疑問の表情のまま、チルノは、完全に凍りついた。
もはや、何も喋ることも、考えることもできない。
紅色の館の傍。湖の傍に、氷像がぽつんと佇んでいる。
そして、風が吹いた。
夏の熱気を孕んだ、暑い風だった。
暑く溜まった風をかき混ぜる、暑い暑い風だった。
けれどその風は、大きな氷を溶かすほどの熱を持ってはいなかった。
大きな氷の塊に、無情にも風が吹き付ける。
突風に吹かれて、氷の塊が、ぐらりと揺れた。
支えるものは、誰もいない。
氷はそのまま、風に吹かれて倒れる。
倒れる先には、石と、地面。
――ぱりん。
あとには何も残らなかった。
夏の暑い幻想郷。
紅色の湖が、気化してしまうほどに暑い夏。
気温計の水銀が砕けてしまうほどに暑い夏だ。
数少ないコンクリートからは陽炎が立ち昇っている。
打ち水をかければ、その水が蒸発してしまいそうなほどに暑い。
暑さに負けないくらいの声で、セミが合唱を始めた。
ひと夏の命を燃やすべく、セミたちは大声で鳴き続ける。
夏の幻想郷は、セミだらけだ。
ひょっとすると、外の世界からは、セミがいなくなってしまうのかもしれない。
そのうちに、何もかもが外にはなくなるのかもしれない。
そのうちに、何もかもが幻想郷に来るかもしれない。
そして、外と内の区別はなくなり、全てが幻想郷になるのだ。
チルノはそう思った。
賢くはないけれど、なんとなく、そんなことを思ったのだ。
きっと暑いせいだろう。
暑くて、チルノの空っぽの頭に、たっぷりと熱が詰まったから、そんなことを考えたのだ。
振ればカランと鳴りそうな頭には、夏の熱気が詰まっている。
それ以外に詰まっているとしたら、氷くらいなものだった。
チルノは氷精であり、冷気を操る能力を持つのだから。
「暑い――っ! もっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっのすごい暑いー!」
チルノはそう言って、次から次へと氷を生み出す。
生み出した氷は、すぐに夏の熱に溶けてしまう。
湖の上ではない。
湖のほとりに、チルノはいる。
湖の上にいると、暑さで気化した水で、火傷をしそうになるからだ。
また、ほとりの草の上の方がマシだった。
「あ――つ――い――っ!」
チルノはそれだけをぼやきながら、ひたすらに氷を作り続ける。
能力を全開にして。
そして、賢くないチルノは知らなかったのだ。
全開にして使えば、いずれ操作を間違えるという、そんな単純な事実を。
飼い犬に手をかまれる、ではない。
自分で自分の手をかむような、愚かな行為だ。
そして、チルノは愚かあり、その愚かな行為をしてしまった。
空間中に作り出す氷。
その出現位置を、間違えたのだ。
そう。
氷は出来た。
氷は生まれた。
チルノのすぐ傍に。
チルノの内に。
氷は生み出された――チルノの右腕を巻き込んで。
「うわあっ!?」
急に冷たくなった腕を見て、チルノは悲鳴をあげる。
見れば、右腕が凍り付いていた。
肘の十センチほど上から、爪先までが、氷の中に閉じこめられていたのだった。
チルノは慌てた。
今まで、カエルを氷付けにしたことはあった。
けれどまさか、自分自身を氷付けにしてしまうとは思わなかったからだ。
「う、腕、腕っ! あたいの腕がっ!?」
混乱したチルノは、氷を溶かすかのように、無我夢中で腕を振った。
それがいけなかった。
湖のほとりにある、チルノのそばにある、少しだけ大きな石。
少し大きいだけの、ごく普通の石だ。
その石に、チルノの凍った右腕が、ぶつかった。
――ぱりん、と。
音を立てて、チルノの右腕が、砕け散った。
「――え?」
わけもわからず、呆然と呟くチルノ。
血は吹き出ない。割れたところも氷付けされているからだ。
けれど、右腕は、氷とともに、砕け散っていた。
砕け散った氷が、草の上でゆっくりと溶ける。
溶けたところから、千切れた肉と、ぬるりと零れる血が出てきた。
紅色が、草と、氷の溶けた水を染めていく。
チルノは、それを見て。
「――ひ、」
砕け散った自分の右腕と、その肉片を見て。
無くなってしまった右腕を見て。
「――ひやあああああああああ、いや、いやああああああああああああああああああああ、いや、いや、いやだ、いやだよぉっ!!!」
大声で、叫んだ。
幻想郷中に響き渡るような大声で叫び、無くなった右腕をかき集める。
かき集めても、腕は元通りになどならないというのに。
まるで集めれば再び腕がつくかのように、チルノは一生懸命に肉片を集める。
その間にも、右腕の残った部分を凍らせていた氷が、ゆっくりと溶ける。
傷口を押さえていた氷が、溶ける。
心臓の鼓動にあわせて、傷口から、ぴゅ、ぴゅ、と血が吹き出ていった。
「いや、いやぁ! 痛い、痛いよぉ、痛いよぉおお! 腕が、あたいの腕が!」
チルノは、もう、まともに考える心など残っていなかった。
とにかく血を止めなければいけない。そう思って氷を作り出す。
混乱した心で、能力の制御などできるわけないのに。
完全にパニックに陥ったチルノは、身体の穴という穴から、細胞という細胞で冷気を操り。
結果――
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あれ?」
その言葉を、最後に。
右腕のない、氷付けの少女が出来上がった。
氷精が消え。
そこには、氷像があった。
苦悶の表情ではなく、疑問の表情のまま、チルノは、完全に凍りついた。
もはや、何も喋ることも、考えることもできない。
紅色の館の傍。湖の傍に、氷像がぽつんと佇んでいる。
そして、風が吹いた。
夏の熱気を孕んだ、暑い風だった。
暑く溜まった風をかき混ぜる、暑い暑い風だった。
けれどその風は、大きな氷を溶かすほどの熱を持ってはいなかった。
大きな氷の塊に、無情にも風が吹き付ける。
突風に吹かれて、氷の塊が、ぐらりと揺れた。
支えるものは、誰もいない。
氷はそのまま、風に吹かれて倒れる。
倒れる先には、石と、地面。
――ぱりん。
あとには何も残らなかった。
この場にだれもいなかったことが、唯一の救いなんだろうか。
うわぁーーーー!!!!