≪笑顔で≫
「だぁから、なんであんたは私の後をついてくるのよ!」
「ふっふっふ、逃がさないわよ!絶対あんたの取材テクニックをうばって盗んであげるわ!」
前を飛んでいた燕に一瞬で並び、次の瞬間には置き去りにする。
眼下には人間たちが畑仕事をしていて、気づいた者がこちらを指さす前にその視界から消え失せる。
結構なスピードで飛んでいるのに、一向に距離が開かない。
仮にも幻想郷最速を自称しているこの私についてくるとは、烏天狗の面目躍如と言ったところか。
はたては必至な様子で、だけどその顔には不敵な笑顔を浮かべて後ろからついてくる。
引きこもりがちで、新聞印刷所と配達している時ぐらいにしか姿を見なかった彼女が、積極的に外に出るようになったのは、素直に良い事だと思う。
いくら念写出来るとはいえ、所詮他人の二番煎じでしかなかった彼女の新聞も、新鮮なネタを手に入れることでより良いものに昇華するだろう。
そこは良い。彼女が私を追い越そうとするならば、私はさらに先へ行くだけだ。以前彼女が宣言した通りになるのは癪だが、競争相手が明確になることで、私自身のモチベーションが上がったことは感謝している。
問題は
「四六時中ひっついてないで、あんただけで取材に行きなさい!」
「私は良いものは良いと認めるのよ!相手のイキイキとした姿を写し取った、あんたの記事が好き!私だってそんな写真が撮れるようになりたいの!だから絶対に逃がさないんだから!」
ふははははー!
と笑い声を上げながらながら、はたては相変わらず私を追いかけてくる。
全力を出せば撒けるだろうが、それも一時の間だけですぐに見つけられるのでは、という凄味を感じさせる。
全く、彼女は天狗にしては擦れてなさすぎる。駆け引きをする気が一切なく、ストレートに彼女自身をぶつけてくる。
自分の手の内を全て晒してしまっては、物事を有利に進めるのも難しいのに。
本当に、おバカな子だ。
「!? なに笑ってるのよ」
「いいえ、おバカだなーって思っただけよ」
「何ですってー!?」
キー!と喚きながら彼女はスピードを上げる。
私は「おバカさん」と挑発しながら彼女と付かず離れずの位置を保つ。
このままへこたれずについて来れたら、私の取材を見せてあげようか。
そこから彼女が何を学ぶのかは分からないけれど、きっと面白い事になる。
そう思いながら、浮かんでくる笑顔を抑える事が出来ずに大空を飛び続ける。
≪呆れながら≫
「何をやってるのよ……」
壊れた機械の山から生えている2本の足に向かって、そう呼びかけた。
山の中からは「ムガー!」と声が聞こえ、じたばたと足が動いているが一向に出てくる気配がない。
はぁ、とため息をついて瓦礫を掘り起こすと、河城にとりが「ぷはぁ!」と息を言いながら顔を出した。
「いや~助かったよ!文が来てくれなかったら機械の中で窒息してたかもしれない!」
中でぶつけたのだろうか、頭をさすりながらも笑顔でお礼を言ってくる。
「河童の川流れじゃ在り来り過ぎるけれど、機械に溺れた河童なら記事として十分ね。もったいない事をしたわ。」
「それはそれで本望だけどね。まだまだ作りたい発明がたくさんあるのに死ねないよ!」
「技術者の鑑ね。一体、どうしてあんなことになったのよ」
「いやぁ、今作っている機械のパーツが足りなくなってね。以前壊れちゃった子の部品が使えるんじゃないかと思って掘り起こしてたら、上から崩れてきたみたいで」
憎まれ口に対しても気にせず返してくるのは、長い付き合いのおかげか、彼女のキャラクター故か。
「山積みにするだけじゃなくて、ちゃんと整理しなさいよ。っていうか壊れたなら処分すればいいじゃない」
「皆大事な子たちばかりだから、捨てるなんてとてもとても。でも整理整頓はちゃんとやるよ! さっき崩れてきたのも、この子たちを怒らしちゃったのかもしれないし。」
にとりはそう言う、と機械の山に向かってああでもないこうでもないと呟きだした。
どうやら、何をどこに置こうか考えているらしい。
それにしても、機械が怒ったとはおかしな事を言う。確かに長い年月使われていた道具が意思を持ったり、何かが依り代として取り憑いたりする事はあるだろう。
しかし目の前の山からは妖気は全く感じられず、当然生命の波長もない。にとりだってそんなことはわかっているだろう。
「機械馬鹿、ね……」
ぽつりとそう呟く。呆れ半分、羨望半分。
私は新聞に対して同じように思えるだろうか。
まぁ、その辺りは人(?)それぞれだろう。機械と新聞では用途も役割も違う。
私なりに新聞と付き合っているし、記者として誇りも持っている。
だから問題ない。
「それじゃぁ、私は行くわね」
にとりに声をかけたが返事は返ってこない。もう私は意識の外にいるらしい。
ふぅ、とため息を付きながら彼女の家を後にする。手には最近調子がおかしくなってきたカメラを握っている。
折角だし、たまには自分でカメラの手入れをしよう。丁寧にメンテナンスすれば、また息を吹き返すかもしれない。
専門家であるにとりほど上手くは出来ないかもしれないが、日ごろの感謝を示すのも悪くはないだろう。
≪本気で怒りながら≫
「馬鹿者」
平坦で、無感情な声でそう吐き捨てる。
目の前には魔理沙が不貞腐れて座っている。
彼女が妖怪の山に入ってくる事は珍しい事ではない。
珍しいキノコが生えているからとか、見た事もない動物がいたとか。
理由はその時々で違うが、縄張り意識の強い妖怪が社会を築いている土地として、麓の人間から恐れられている山にも堂々と入り込んでくる。
彼女の目的はもちろん、彼女が引き起こすあれやこれやが面白く、新聞の記事にした事も何度もあった。
だから彼女が山に来たら、大騒ぎにならないうちに私の家に匿ったりもしていた。
その事はもはや公然の秘密となっているが、天狗だって、ただ入り込んできた人間をどうしようなどと本気で思ってはいない。
警備は単なる面子の問題と言うのが大きいし、「侵入者を放っておく」というのは治安上良くない。そんなものが存在するのかどうかは別として。
そんなものだから、私の家に彼女がいると知っていても、私が「いない」と言えばそれで済んだのだ。それで何か問題が起こるわけでもないし。と言うか私が起こさせない。
約1名、きゃんきゃんしつこい白狼天狗 ― 確か椛と言ったか ― もいるが。あいつは真面目過ぎる。職務に誇りを持つ事は結構だが、多少の融通を利かせるようにならないと、組織も彼女も息苦しくなるだけだ。
まぁそんなわけで、いつもは大事にならい内にに全てが有耶無耶になって終わるのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。
私がたまたま外に出ていて、たまたま彼女が私よりも早く哨戒に見つけられて、たまたま見つけたのがあの椛だった。
言ってしまえばそれまでだが、それらが重なったことで危ないことになった。
融通の利かない哨戒天狗は臨戦態勢を取りながらも、即刻立ち退くよう警告した。
当然魔理沙はそんな警告に従うはずもなく、今にも弾幕勝負が始まる、と言うところに何とか私が到着し、椛が何か言う前に魔理沙を家にかっさらってきた、と言うわけだ。
「馬鹿者」
もう一度、同じ声で告げる。
魔理沙が不満げな顔を上げて文句を言ってくる。
「……そんなに怒らなくてもいいじゃないか。弾幕勝負で私が負けるわけがないだろう」
「その天狗を甘く見た発言もどうかと思うけど、問題はそこじゃないの。むしろ負けるのならその方が良いのよ」
「……何だよそれ。どういう意味だ?」
「あなたが勝った場合、そうでなくても相手を傷つけた場合、天狗は間違いなく報復に出るわ。正々堂々弾幕勝負で、何日もかけて何人も動員して。あなたに長期間、大勢の天狗の相手が出来る?」
彼女はまた顔をそらして黙りこむ。理解できる部分と、それでも納得できない部分があるのだろう。
「あなたの行動に異変解決という正当性や、天狗にとっての利益があった異変の時とは違うのよ。あなたは侵入者で、相手は撃退しようとする者と仇を討とうとする者。義がどちらにあるかは明白よね」
言い返したい、でも言い返せない。魔理沙のそんな思いが伝わってくるようだった。
今までは大丈夫だったのだ。特に危険な事もなく、それ故に学ぶ機会もなかった。
それは他の誰でもなく、私自身の責任だ。
彼女に協力し、匿っていた私が今更こんな「正論」をぶつけても、とても納得できるものではないだろう。
それでも私は言わなければいけない。
言わなければ、いつかまた同じ事が起こってしまうかもしれない。
また私が守れないかもしれない。
彼女のためではない。面白い彼女を失うかもしれない自分のためだ。
彼女のような面白い人間が、私のせいで私の目の前からいなくならないように。
何かにいらつきながら、「正しいだけの論理」を述べる。
少し前ならば気付かなかった、気付いても無視できたであろう違和感が引っかかった。
≪泣きながら
気が付いたら、私の足は博麗神社に向かっていた。なんだか無性に霊夢に会いたかった。
何だかんだ言って彼女との付き合いは長い。新聞の取材や勧誘、異変解決を通して親しく付き合っていた。
人間とは思えないバイタリティを持ち、活力に満ちている一方で、不思議と側にいると落ち着く事が出来た。
なんとなく暇があれば神社に来るようになり、霊夢の方も嫌がるそぶりを見せずに歓迎してくれていたように思う。
霊夢に会って、安心したかった。
魔理沙から何か聞いているのではないか、という打算と不安もあった。
霊夢は神社の縁側に座り、お茶を飲んでいた。
そばには霊夢の湯呑みとは別に、もう一つ。
霊夢はこちらに気がつくと「いらっしゃい」、と一言だけ言った。
私は彼女の背後に座り、抱きしめるようにお腹に腕をまわし、顔を肩に置く。
とてもではないが顔を合わせて話せそうになかった。
霊夢は鬱陶しがる事も何か言う事もなく、ただそのままでいてくれた。
太陽は山の谷間に沈みかけており、夕方特有の光が庭を紅く染めていた
「魔理沙が『馬鹿者はないだろう』って怒ってたわよ」
霊夢が何でもない事のように言った。
私は何も言う事が出来ない。
「あいつだって何も分からない子供じゃないし、自分の非についてはしっかりと理解してるわよ」
― 今度は素直に逃げ出すから、また山に用事がある時はよろしくな。あと、自分で自分を傷つけるなよ ― って、伝えてくれって。
そう付け足した霊夢は、お腹に回していた私の手を握り、背後の私に体重を預けてこちらを振り返る。
私は思わず顔を伏せた。とても霊夢の顔を見る事が出来なさそうだし、自分の顔も見られたくなかった。
代わりにギュッと霊夢を抱きしめる。
「馬鹿ですねぇ、私は」
ぽつりとそれだけ呟くと、喉の奥からこみ上げてくる熱に何も言えなくなった。
瞼から溢れる水で彼女の肩を濡らしてしまっているけれど、霊夢は何も言わなかった。
いつから自分はこんなに弱くなったのだろう。
自分の弱みを見せず、内面を見せず、強みだけを押し出して。
誰に何を言われても、「それが私だ」と悪びれもせず立ち回るのが私ではなかったのか。
面白いもの以外には興味がなく、それがなくなってもすぐに別のものに関心を移す。何かにこだわる事も縋る事もなく、大切にする事もされる事もない。
そんな生き方を選んだのではなかったか。
自分の中の矛盾さえ、自分自身で解決できない。
これではまるで、人間のようだ。
「みんな馬鹿なんじゃないの」
霊夢が独り言のように言葉をこぼす。
「だから皆あれこれ悩んで迷って苦しんで、それでも行動して何かを成し遂げようとするんでしょう。異変なんてものを起こしてでも望みを叶えようとするんでしょう。物わかりが良い奴ばかりだったら何も起きないわよ。そんな世界は平和だろうけど、きっとつまらないわ。 まぁ、片っぱしから潰してる私が言う事じゃないけれど」
あんたもそう思うでしょう、と。
そう締めくくって霊夢は私の頭を撫でてくる。
髪を梳かすようなその手つきはとても優しく、心地よくて。
先ほどまでの不安や混乱が、氷が解けるように無くなって。
「しかし、幻想郷の住人を指してバカ呼ばわりとは、器が違いますね。そんな霊夢さんも、やっぱり叶えたい望みとか、欲しいものとかあるんですか?」
余裕が戻ってきたのと照れ隠しとで、ふと湧いてきた疑問を尋ねてみた。
彼女が求めても手に入らないものなんて、お賽銭くらいしか思い浮かばない。
そのお賽銭にしても少し事情が複雑だからな、なんせ妖怪が入り浸っているし。
と、
気が付いたら霊夢に押し倒されていた。
抱きしめていたと思ったら、抱きしめられていた。
「……は? へ? うぇぇ!?」
「欲しいものはあったけど、もう手に入った、かな?」
霊夢は顔を上げて、こちらを真っ直ぐに見つめる。
「それって、つまり……」
「……言わせるんじゃないわよ、ばか」
その顔は、夕日に照らされて真っ赤に染まっていた。
& 赤面しながら≫
.
「だぁから、なんであんたは私の後をついてくるのよ!」
「ふっふっふ、逃がさないわよ!絶対あんたの取材テクニックをうばって盗んであげるわ!」
前を飛んでいた燕に一瞬で並び、次の瞬間には置き去りにする。
眼下には人間たちが畑仕事をしていて、気づいた者がこちらを指さす前にその視界から消え失せる。
結構なスピードで飛んでいるのに、一向に距離が開かない。
仮にも幻想郷最速を自称しているこの私についてくるとは、烏天狗の面目躍如と言ったところか。
はたては必至な様子で、だけどその顔には不敵な笑顔を浮かべて後ろからついてくる。
引きこもりがちで、新聞印刷所と配達している時ぐらいにしか姿を見なかった彼女が、積極的に外に出るようになったのは、素直に良い事だと思う。
いくら念写出来るとはいえ、所詮他人の二番煎じでしかなかった彼女の新聞も、新鮮なネタを手に入れることでより良いものに昇華するだろう。
そこは良い。彼女が私を追い越そうとするならば、私はさらに先へ行くだけだ。以前彼女が宣言した通りになるのは癪だが、競争相手が明確になることで、私自身のモチベーションが上がったことは感謝している。
問題は
「四六時中ひっついてないで、あんただけで取材に行きなさい!」
「私は良いものは良いと認めるのよ!相手のイキイキとした姿を写し取った、あんたの記事が好き!私だってそんな写真が撮れるようになりたいの!だから絶対に逃がさないんだから!」
ふははははー!
と笑い声を上げながらながら、はたては相変わらず私を追いかけてくる。
全力を出せば撒けるだろうが、それも一時の間だけですぐに見つけられるのでは、という凄味を感じさせる。
全く、彼女は天狗にしては擦れてなさすぎる。駆け引きをする気が一切なく、ストレートに彼女自身をぶつけてくる。
自分の手の内を全て晒してしまっては、物事を有利に進めるのも難しいのに。
本当に、おバカな子だ。
「!? なに笑ってるのよ」
「いいえ、おバカだなーって思っただけよ」
「何ですってー!?」
キー!と喚きながら彼女はスピードを上げる。
私は「おバカさん」と挑発しながら彼女と付かず離れずの位置を保つ。
このままへこたれずについて来れたら、私の取材を見せてあげようか。
そこから彼女が何を学ぶのかは分からないけれど、きっと面白い事になる。
そう思いながら、浮かんでくる笑顔を抑える事が出来ずに大空を飛び続ける。
≪呆れながら≫
「何をやってるのよ……」
壊れた機械の山から生えている2本の足に向かって、そう呼びかけた。
山の中からは「ムガー!」と声が聞こえ、じたばたと足が動いているが一向に出てくる気配がない。
はぁ、とため息をついて瓦礫を掘り起こすと、河城にとりが「ぷはぁ!」と息を言いながら顔を出した。
「いや~助かったよ!文が来てくれなかったら機械の中で窒息してたかもしれない!」
中でぶつけたのだろうか、頭をさすりながらも笑顔でお礼を言ってくる。
「河童の川流れじゃ在り来り過ぎるけれど、機械に溺れた河童なら記事として十分ね。もったいない事をしたわ。」
「それはそれで本望だけどね。まだまだ作りたい発明がたくさんあるのに死ねないよ!」
「技術者の鑑ね。一体、どうしてあんなことになったのよ」
「いやぁ、今作っている機械のパーツが足りなくなってね。以前壊れちゃった子の部品が使えるんじゃないかと思って掘り起こしてたら、上から崩れてきたみたいで」
憎まれ口に対しても気にせず返してくるのは、長い付き合いのおかげか、彼女のキャラクター故か。
「山積みにするだけじゃなくて、ちゃんと整理しなさいよ。っていうか壊れたなら処分すればいいじゃない」
「皆大事な子たちばかりだから、捨てるなんてとてもとても。でも整理整頓はちゃんとやるよ! さっき崩れてきたのも、この子たちを怒らしちゃったのかもしれないし。」
にとりはそう言う、と機械の山に向かってああでもないこうでもないと呟きだした。
どうやら、何をどこに置こうか考えているらしい。
それにしても、機械が怒ったとはおかしな事を言う。確かに長い年月使われていた道具が意思を持ったり、何かが依り代として取り憑いたりする事はあるだろう。
しかし目の前の山からは妖気は全く感じられず、当然生命の波長もない。にとりだってそんなことはわかっているだろう。
「機械馬鹿、ね……」
ぽつりとそう呟く。呆れ半分、羨望半分。
私は新聞に対して同じように思えるだろうか。
まぁ、その辺りは人(?)それぞれだろう。機械と新聞では用途も役割も違う。
私なりに新聞と付き合っているし、記者として誇りも持っている。
だから問題ない。
「それじゃぁ、私は行くわね」
にとりに声をかけたが返事は返ってこない。もう私は意識の外にいるらしい。
ふぅ、とため息を付きながら彼女の家を後にする。手には最近調子がおかしくなってきたカメラを握っている。
折角だし、たまには自分でカメラの手入れをしよう。丁寧にメンテナンスすれば、また息を吹き返すかもしれない。
専門家であるにとりほど上手くは出来ないかもしれないが、日ごろの感謝を示すのも悪くはないだろう。
≪本気で怒りながら≫
「馬鹿者」
平坦で、無感情な声でそう吐き捨てる。
目の前には魔理沙が不貞腐れて座っている。
彼女が妖怪の山に入ってくる事は珍しい事ではない。
珍しいキノコが生えているからとか、見た事もない動物がいたとか。
理由はその時々で違うが、縄張り意識の強い妖怪が社会を築いている土地として、麓の人間から恐れられている山にも堂々と入り込んでくる。
彼女の目的はもちろん、彼女が引き起こすあれやこれやが面白く、新聞の記事にした事も何度もあった。
だから彼女が山に来たら、大騒ぎにならないうちに私の家に匿ったりもしていた。
その事はもはや公然の秘密となっているが、天狗だって、ただ入り込んできた人間をどうしようなどと本気で思ってはいない。
警備は単なる面子の問題と言うのが大きいし、「侵入者を放っておく」というのは治安上良くない。そんなものが存在するのかどうかは別として。
そんなものだから、私の家に彼女がいると知っていても、私が「いない」と言えばそれで済んだのだ。それで何か問題が起こるわけでもないし。と言うか私が起こさせない。
約1名、きゃんきゃんしつこい白狼天狗 ― 確か椛と言ったか ― もいるが。あいつは真面目過ぎる。職務に誇りを持つ事は結構だが、多少の融通を利かせるようにならないと、組織も彼女も息苦しくなるだけだ。
まぁそんなわけで、いつもは大事にならい内にに全てが有耶無耶になって終わるのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。
私がたまたま外に出ていて、たまたま彼女が私よりも早く哨戒に見つけられて、たまたま見つけたのがあの椛だった。
言ってしまえばそれまでだが、それらが重なったことで危ないことになった。
融通の利かない哨戒天狗は臨戦態勢を取りながらも、即刻立ち退くよう警告した。
当然魔理沙はそんな警告に従うはずもなく、今にも弾幕勝負が始まる、と言うところに何とか私が到着し、椛が何か言う前に魔理沙を家にかっさらってきた、と言うわけだ。
「馬鹿者」
もう一度、同じ声で告げる。
魔理沙が不満げな顔を上げて文句を言ってくる。
「……そんなに怒らなくてもいいじゃないか。弾幕勝負で私が負けるわけがないだろう」
「その天狗を甘く見た発言もどうかと思うけど、問題はそこじゃないの。むしろ負けるのならその方が良いのよ」
「……何だよそれ。どういう意味だ?」
「あなたが勝った場合、そうでなくても相手を傷つけた場合、天狗は間違いなく報復に出るわ。正々堂々弾幕勝負で、何日もかけて何人も動員して。あなたに長期間、大勢の天狗の相手が出来る?」
彼女はまた顔をそらして黙りこむ。理解できる部分と、それでも納得できない部分があるのだろう。
「あなたの行動に異変解決という正当性や、天狗にとっての利益があった異変の時とは違うのよ。あなたは侵入者で、相手は撃退しようとする者と仇を討とうとする者。義がどちらにあるかは明白よね」
言い返したい、でも言い返せない。魔理沙のそんな思いが伝わってくるようだった。
今までは大丈夫だったのだ。特に危険な事もなく、それ故に学ぶ機会もなかった。
それは他の誰でもなく、私自身の責任だ。
彼女に協力し、匿っていた私が今更こんな「正論」をぶつけても、とても納得できるものではないだろう。
それでも私は言わなければいけない。
言わなければ、いつかまた同じ事が起こってしまうかもしれない。
また私が守れないかもしれない。
彼女のためではない。面白い彼女を失うかもしれない自分のためだ。
彼女のような面白い人間が、私のせいで私の目の前からいなくならないように。
何かにいらつきながら、「正しいだけの論理」を述べる。
少し前ならば気付かなかった、気付いても無視できたであろう違和感が引っかかった。
≪泣きながら
気が付いたら、私の足は博麗神社に向かっていた。なんだか無性に霊夢に会いたかった。
何だかんだ言って彼女との付き合いは長い。新聞の取材や勧誘、異変解決を通して親しく付き合っていた。
人間とは思えないバイタリティを持ち、活力に満ちている一方で、不思議と側にいると落ち着く事が出来た。
なんとなく暇があれば神社に来るようになり、霊夢の方も嫌がるそぶりを見せずに歓迎してくれていたように思う。
霊夢に会って、安心したかった。
魔理沙から何か聞いているのではないか、という打算と不安もあった。
霊夢は神社の縁側に座り、お茶を飲んでいた。
そばには霊夢の湯呑みとは別に、もう一つ。
霊夢はこちらに気がつくと「いらっしゃい」、と一言だけ言った。
私は彼女の背後に座り、抱きしめるようにお腹に腕をまわし、顔を肩に置く。
とてもではないが顔を合わせて話せそうになかった。
霊夢は鬱陶しがる事も何か言う事もなく、ただそのままでいてくれた。
太陽は山の谷間に沈みかけており、夕方特有の光が庭を紅く染めていた
「魔理沙が『馬鹿者はないだろう』って怒ってたわよ」
霊夢が何でもない事のように言った。
私は何も言う事が出来ない。
「あいつだって何も分からない子供じゃないし、自分の非についてはしっかりと理解してるわよ」
― 今度は素直に逃げ出すから、また山に用事がある時はよろしくな。あと、自分で自分を傷つけるなよ ― って、伝えてくれって。
そう付け足した霊夢は、お腹に回していた私の手を握り、背後の私に体重を預けてこちらを振り返る。
私は思わず顔を伏せた。とても霊夢の顔を見る事が出来なさそうだし、自分の顔も見られたくなかった。
代わりにギュッと霊夢を抱きしめる。
「馬鹿ですねぇ、私は」
ぽつりとそれだけ呟くと、喉の奥からこみ上げてくる熱に何も言えなくなった。
瞼から溢れる水で彼女の肩を濡らしてしまっているけれど、霊夢は何も言わなかった。
いつから自分はこんなに弱くなったのだろう。
自分の弱みを見せず、内面を見せず、強みだけを押し出して。
誰に何を言われても、「それが私だ」と悪びれもせず立ち回るのが私ではなかったのか。
面白いもの以外には興味がなく、それがなくなってもすぐに別のものに関心を移す。何かにこだわる事も縋る事もなく、大切にする事もされる事もない。
そんな生き方を選んだのではなかったか。
自分の中の矛盾さえ、自分自身で解決できない。
これではまるで、人間のようだ。
「みんな馬鹿なんじゃないの」
霊夢が独り言のように言葉をこぼす。
「だから皆あれこれ悩んで迷って苦しんで、それでも行動して何かを成し遂げようとするんでしょう。異変なんてものを起こしてでも望みを叶えようとするんでしょう。物わかりが良い奴ばかりだったら何も起きないわよ。そんな世界は平和だろうけど、きっとつまらないわ。 まぁ、片っぱしから潰してる私が言う事じゃないけれど」
あんたもそう思うでしょう、と。
そう締めくくって霊夢は私の頭を撫でてくる。
髪を梳かすようなその手つきはとても優しく、心地よくて。
先ほどまでの不安や混乱が、氷が解けるように無くなって。
「しかし、幻想郷の住人を指してバカ呼ばわりとは、器が違いますね。そんな霊夢さんも、やっぱり叶えたい望みとか、欲しいものとかあるんですか?」
余裕が戻ってきたのと照れ隠しとで、ふと湧いてきた疑問を尋ねてみた。
彼女が求めても手に入らないものなんて、お賽銭くらいしか思い浮かばない。
そのお賽銭にしても少し事情が複雑だからな、なんせ妖怪が入り浸っているし。
と、
気が付いたら霊夢に押し倒されていた。
抱きしめていたと思ったら、抱きしめられていた。
「……は? へ? うぇぇ!?」
「欲しいものはあったけど、もう手に入った、かな?」
霊夢は顔を上げて、こちらを真っ直ぐに見つめる。
「それって、つまり……」
「……言わせるんじゃないわよ、ばか」
その顔は、夕日に照らされて真っ赤に染まっていた。
& 赤面しながら≫
.
最後のとこ書きたかっただけじゃなのかwww
最後のあやれいむのおかげで顔面崩壊してしまった
いいよね。あやれいむ
とっても良かったです
何て言うんだろ、こういったジャンルのあやれいむは始めてみた。
自分でもなにいってんのかわかんないけどw
「バカ」という言葉も彼女達にかかればこんなにも素晴らしいものになるのか。
そして最後のあやれいむが素敵すぎて息が苦しい。