昨夜の雨が嘘のように思える程晴れた夏の朝、僕は先日無縁塚で拾ったとある本を読んでいた。
この本、表紙が同じ物が多数幻想郷に流れ着くのだが、面白い事に内容が一冊ごとに違うのだ。全体的に緑色を基調とし、表紙の七割を占める形で一枚の花の絵が貼り付けられている。この場合の貼り付けられているとは文字通りに糊で貼り付けている訳ではなく、天狗の新聞に写真が載るような……そう、印刷技術で貼り付けられているのだ。中を見てもたいした事は書かれていない。が、幻想郷で紙とは中々に貴重な物なのだ。中を見ると最後の数枚が白紙のままの時があり、それを見つけて以来この手の本は出来るだけ拾うようにしている。というより、何故かこの時期は大量に流れ着くのだ。幻想郷の紙と外の世界の紙は、素材からして違うのだ。使いやすさで言えば十人中九人は外の物が使いやすいと答えるだろう。後の一人は昔の物には昔の物なりの良さがあると考える老人か、一部の鴉天狗ぐらいだろう。そもそも『紙』とは転じて『神』となり、天狗は妖怪と言われる反面、山の神と言い伝えられる所もある。この事からも言える様に、鴉天狗は紙に深いこだわりを持つ種族と言えるだろう。年に一度の新聞大会がそれを物語っている。
あれだけの新聞を毎日の様に号外と言ってばら撒いているあたり、天狗の印刷技術の高さが見て取れる。将来歴史書の出版を考える僕としては、その印刷の技術は非常に魅力的だ。
印刷技術だけで言うなら、此処香霖堂にもそれは存在する。が、動力と使用法が分からないのだ。
やはり今のところは手書きで歴史書を書き続けるしかないのだろう。それは印刷技術を持たぬ者としては仕方のない事だ。
……いや、他にも手書きを強いられる場合がある。印刷技術を知らぬ者だ。今僕の手の中にあるこの本の筆者がいい例だろう。
恐らくこの筆者は子供で、印刷という高度な技術は知らないのだろう。知っていたとしても使えるものではない。以前山の風祝に聞いた話だと、外の世界には至る所に印刷機が存在し、一回十円で使用できるらしい。聞いた時は驚いた。十円とは千銭に相当し、倹約すれば約九十日は食べるのに困らないだろう。それだけ高額な代金を払う程価値がある物なのだ、印刷技術と言うものは。
この本の筆者である子供にそれ程の貯えがあるとは思えない。この『じゆうけんきゅう』と題する本が手書きになったのも無理は無い。しかし……
「……今年も随分と多く流れ着いたな」
言って、隣りを見る。
そこには今手の中にあるような本が山積みになっている。中には全て白紙という物も存在した。
先程から一つ一つ見ていると、表紙は大体が同じだが中の紙に書かれている模様が違うのだ。全てが均等に升目で区切られている物もあれば、一面白紙という物もある。
その中で僕が一番興味を引かれたのは、『えにっき』と書かれた本の類だった。中身は上部六割が白紙、下部四割に縦の線が入っているという物だ。他の本にも同じような物が数冊あり、上部に何かしらの絵が描かれており、下部にはそれに対する説明文の様な物が書かれていた。そして何より面白いのが、この本の類は必ず最後が八月の末で終わっているのだ。挿絵付きで夏限定の歴史書と見て取れる。稗田の幻想郷縁起の様な物だろう。
「……僕も何か書いてみようか」
僕も歴史書を作る身、新しい形の歴史書に触れておいて損は無い。幸いにも同じ型の本が白紙で見つかった。
さて、書くと決まれば先ずは観察対象を決めなければならない。別に日常を書いても良いのだが、それでは今僕が作っている歴史書と大差無く面白みに欠ける。それならば、外の世界と同じ様に何かを観察した方が面白みがあると言うものだ。
だが、問題はその対象だ。
人を対象にしようものなら、その人に一日中付き纏わなくてはならない。……却下。
妖怪も同上。……却下。
「むぅ……ん?」
悩みに悩んだが、手に持つ本の表紙が目に入った。
「そうだな、花なんか良いかもしれないな」
表紙には、見事な向日葵が印刷されていた。
***
「……で、私の所に来たって訳?物好きね……」
此処は太陽の畑。辺り一面に向日葵が咲き誇るこの地で、僕は四季のフラワーマスター、風見幽香にある話を持ちかけていた。
「まぁ、思い立ったが吉日とも言うしね。で、どうだい?」
「今から向日葵を一から育てると……無理ね。種はあるけど、今からだと、貴方の言う八月が終わって九月になってしまうわ」
「むぅ……そうか」
そう、僕が持ちかけた話とは、『向日葵の種を分けて欲しい』というものだ。
彼女の力があれば、どんな花でも一瞬で咲かせる事が出来るだろうが、それでは意味が無い。自分で育て、八月の末までという限られた時間の中、毎日の些細な変化と自分の思いを絵と共に十数行の文字にする……。歌詠みにも似た何とも言えぬ風情がある。子供の内からこの様な事を外の人々が自主的に行っている事は、流れ着く本の量を見れば一目瞭然だ。幼き時よりそれだけの風情を理解する外の世界……、やはり行ってみたいものだ。
「今から育てて、八月の末……約五十日。それまでに花を咲かせる花……、
朝顔なんてどうかしら?種もあるわよ」
「ふむ、朝顔か。確か『源氏物語』五十四帖の巻の一つにも名があったな」
それに江戸時代から朝顔は品種改良等で美しい物が多く作られている。奇しくも歴史に関係がある花だ。
「面白そうだね。じゃあ、種を分けてもらえるかい?」
「えぇ、いいわよ。……でも」
「うん?」
見ると、幽香の顔が彼岸花の色に染まっていた。
「あ、貴方みたいないい加減な男に花を任せたら、きっと枯れるに決まっているわ!」
「だから枯れないように観察するんじゃないか」
「で、でもそれでも心配だわ!だから……」
「だから?」
「……と、時々私が様子を見に行ってあげるわ!感謝しなさい!」
「あ、あぁ……?」
こうして、半ば強引に時々幽香が香霖堂にやってくる事になった。
***
「こんにちは、霖之助」
「やぁ、幽香」
朝顔を育て初めてから一週間。
時々と言っていた幽香は、毎日来ていた。
やはり僕に花を任せておくのが心配なのだろう。そこまで無責任では無いつもりだが、花を愛する彼女からしてみれば当然なのかもしれないな。
「朝顔はどう?」
「あぁ、随分と早めに成長しているよ。此処の環境が合っていたのかもしれないね」
「さっき見たわ。もう棒に絡み付いてたし、早ければ十日後ぐらいには蕾が出来るんじゃない?」
「そうか、随分と早いんだな」
「私もビックリしてるわ」
「そうか」
「えぇ。朝顔もそうだけど、貴方にもね」
「うん?」
「貴方が花を育てたいなんて言うとは思わなかったし、それに……わ、私を頼るなんて、思わなかったし」
「……どうしてそう思ったんだい?」
「だ、だって貴方、紅白や白黒と仲良いじゃない。だから……」
「ふむ、じゃあ逆に聞こうか」
「へ?」
「霊夢や魔理沙が花を育てられると思うかい?」
「……思わないわね」
「だろう?だから君を頼る事にしたんだ。花ばかり弄っているしね」
「フフ、褒め言葉と受け取っておくわ」
「実際、褒めているんだがね。それに、君が朝顔を推した時に、君らしいと思ったよ」
「?私らしいなら向日葵を推すわ」
「それもあるが、朝顔にはこんな歌がある。」
「?」
「『朝顔に つるべ取られて もらい水』」
「ッ!?」
「君程の大妖怪なら、意味は分かるだろう……って、どうしたんだい?」
「う、五月蝿い!わ、私は大妖怪なのよ!?皆から恐れられる、最恐の……」
「でも花に対しては違う。そうだろう?」
「う」
「それに君は無闇に人を傷つけたりはしない。幻想郷縁起に記されている内容とは随分と違う。」
「あうぅ……」
「だから君が朝顔を推した時、真っ先にこの歌が浮かんだんだ。間違ってはいないだろう?」
「ぅう……」
「……顔が真っ赤だが、大丈夫かい?」
「……誰の所為よ。誰の……」
「……何か言ったかい?」
「な、何でもない!今日は帰るわ!」
言って、幽香は帰ってしまった。
「……何だったんだ?」
どれだけ考えても、理由は分からなかった。
***
「……さて、と」
八月の末、幽香の手伝いもあって、無事朝顔の観察という一つの歴史書の執筆を終えた。
「観察は終わったのよね?」
幽香の視線の先には、鉢に植えられた朝顔。
「あぁ、約五十日……それなりに楽しめたよ」
「……じゃあ、その朝顔、どうするの?」
「ふむ……」
これは考えていなかった。歴史書を作るという事で育て始めたは良いが、その歴史書が完成した今、世話を続ける必要は無い。かといってこのまま放っておけばいずれ枯れてしまうだろう。そんな事幽香が許す筈もない。
「……そうだ」
一つ、妙案が浮かんだ。
「?どうしたの?」
「幽香、この朝顔、貰ってはくれないか?」
「へっ?」
花を愛する彼女なら、きっと大切にしてくれるだろう。五十日もの間欠かさず此処に来ていたのだ、向日葵程ではないが、余程朝顔に思い入れがあると見える。
「……厄介払いをしようというの?怒るわよ?」
「いや、そうじゃない。この五十日君には世話になりっぱなしだったからね。そのお礼として、だよ」
「お礼?」
「あぁ。何なら、僕からのプレゼントという事でもいい」
「ぷ、プレゼント!?」
「あぁ……って、どうした?顔、真っ赤だが?」
「な、何でも無いわ!」
「本当か?首まで染まっているが……」
「何でも無いって……!」
「……まぁそう言うのであれば、深くは追求しないよ。で、どうだい?貰ってくれるかい?」
「そ……そうね。贈り物を断る理由も無いし、貰ってあげるわ」
「そうか、有難う」
「ッ……!そ、それじゃあ、帰るわ」
「あぁ、また来ると良い」
幽香が帰ったのが、鈴を通して伝わった。
「あぁ、確か―――」
確か、朝顔の花言葉は―――
***
「フフフ……」
向日葵に囲まれた中、何度見ても笑みがこぼれる。
視線の先には、向日葵の黄色に囲まれた、藍色の朝顔。
「……ちょっと、寂しいわね」
言って、朝顔の周りに仲間を増やしてあげる。
黄色の中、そこだけ切り取られた様に藍色が咲き誇っている。
「フフフ……」
やっぱり、朝顔を見ると笑みがこぼれる。自分の力で生み出した物なのに、彼の顔が頭に浮かぶ。それは、まるで―――
「花に操られているみたい、ね」
言って、朝顔の花言葉を思い出す。
花言葉は、『愛情』。
「フフフッ……」
博識な彼の事だ。知っているに違いない。
「本当に、花に操られてるみたい」
向日葵の他に特別好きな花が、一つ増えた。
著作権は大丈夫だと思います。
使っていい場合。
1、自分で作った場合
2、学校で使う場合(問題集から抜粋など)
3、著作権を譲ってもらう、または許可をもらう。
4、作成者が死後50~100年経っている場合。(ただし著作権が遺族に渡されていない場合)
というふうになっていますので多分大丈夫です。
というかちゃんとした所で公開や紹介されていれば大体大丈夫だと思います。
昔と今の通貨の価値が変わったことくらい分かるんじゃないの?
>>1 様
ツンデレはいいものです。ええ。
>>華彩神護 様
大丈夫でしたか、良かった……
>>奇声を発する程度の能力 様
万歳!
>>4 様
すっかり忘れてました……
>>5 様
幽香とゆうかりんの違いが分かるだと……?貴様、何者だっ!?
読んでくれた全ての方に感謝!