Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

すももももももももももも

2010/07/09 23:36:36
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「……言えてないじゃない」
「あら……ではもう一回」
「やんなくていいわよ」

 何がいけなかったんだろう――そんな感じで首を捻る衣玖。
 何もかも宜しくないと、私は視線を逸らした。
 例え上手に言えていたとしても、別にどうとも思わない。

「すももももももももももも」

 だから、やんなくていいってば。

「すもももももも」
「いや、間違えたんだから止まりなさいよ」
「……間違えていましたか? 気づきませんでしたわ」

 真顔で言ってくる。

「可笑しいですわね。仲間内からは『早口言葉の衣玖ちゃん』と呼ばれるこの私が」

 顎に手を当てぶつぶつ言う衣玖は、割と真剣に悩んでいるように見えた。
 だけど、私にとってはどうでもいい。
 つまらない。

 眉間に皺を寄せ、氷を入れたざるに積んだ桃の一つを手で掴み、がぶりと噛みつく。
 味が口に広がると、私の表情は更に険しくなった。
 この桃は、殊更不味い。



「すももももももももももも」



 私の表情は、更に更に、険しくなった。





 私――比那名居天子は、今日も今日とて暇を持て余していた。

 与えられた勉強道具一式は既に読み込んでいる。
 家の手伝いをしてみたが、どうと言うこともなく片付いた。
 ならばお父様の仕事も……と申し出たが、そちらは断られてしまった。

 私の親は、過保護気味なんだと思う。

 家事手伝いの報酬にと釣り合わない大量の桃を貰った私は、何時もの場所へとやってきた。

 其処は、天界の端。
 下を眺めれば、雲間から地上が垣間見える。
 時折爆ぜる花火のようなものは、きっと誰かの弾幕なのだろう。

 ただただ時間だけが流れていく此処で、私を楽しませてくれる数少ない光景だ。

 心が疼いた。
 腰に携えた緋想の剣を、左手で握る。
 ゆらりとあげた右手に集めるのは、‘大地を操る力‘。

 あの時のように、この手を振りおろせば――。



「御機嫌よう、総領娘様。お久しぶりですわね」
「……空気読みなさいよ、永江の衣玖」
「読んだから来たんですわ」



 ――或いはそうなのかもしれない。

 あの件の後、衣玖はよく顔を見せるようになった。
 曰く、お父様から頼まれた、とのこと。
 迷惑な話だ。

 私にとっても、彼女にとっても。

「私が力を貯めるたびに、ご苦労なことね」
「いえ、そんな。ですが、そう思われるのならお控えくださいな」
「やぁよ。大体、今のはフリだけ。本当にするつもりなんてなかったわ」

 目を瞬かせる衣玖。
 一瞬後、微笑が浮かべられた。
 場を和ませる――そんな、曖昧な笑い方。

「お呼びいただいた、と解釈できますが」
「暇なの。遊びましょう」
「では――」

 遊びとはつまり、弾幕ごっこ。
 かがげていた腕を衣玖へと向ける。
 視線の先の彼女は、相変わらず微笑んでいた。





「――すももももももももももも」



 で、今に至る。

「なんで早口言葉なのよ」
「ももももももももももももも」
「続けるな。あと、一文字多い」

 剣を腰に戻しつつ指摘すると、衣玖の目がこれでもかと見開いた。

 種族柄か能力の故かわからないが、衣玖の感情は読みとりづらい。
 そもそも、表情にして少ないように思う。
 そんな彼女が実に解りやすい顔をしている。

 私にとってはどうでもいいが、どうやら本気で連続のミスを驚いているようだ。

「こほん。竜宮の使いの間で流行っているんですよ」
「そう言えば、仲間内とか言っていたわね」
「現在、二冠です」

 控えめじゃない胸を控えめに張る衣玖。

「速さと正確さは群を抜く私ですが、表現力で」
「聞いてない。仲間がいるなら……」
「……なんでしょう?」

 未だ語り足りないと言った風情の衣玖だったが、流石の能力と言うべきか、続きを促してきた。

 私と衣玖は、あの件以前からの知人だ。
 深い付き合いはない、文字通り、知っているだけの間柄。
 こちらはそう思っていたし、あちらとて同じような認識だっただろう。

 だけれど、少なくとも、知ってはいた。
 だから、彼女が忠告しにやってきたのは納得できる。
 結果として意味のないものだったが、それはまた別の話だ。

 ――納得できないのは、その上で、衣玖が私のお目付け役を受けていること。

「お守りをさ、押しつければよかったんじゃないの?」
「……そんな話ですか。既に過去のことですわ」
「お父様は強引に話をつける人じゃない」

 目が泳いだのを、私は見逃さなかった。

「超のつく親馬鹿な方ですが」
「話を逸らすな」
「ふむ……」

 同意はするけど。

 衣玖が、息を吸い、吐く。
 普段となんら変わらなく見えるが、動揺でもしているのだろうか。
 閉ざしていた瞳を薄らと開き、両手をこちらに向け、彼女は口を開いた。

「確かに、比那名居様は個人を指定致しませんでしたわ。
 故に、お役目は譲り合いとなりました。
 私たちは空気を重んじますから」

 その手は、現場を再現しているんだと思えた。あー……。

「どうぞどうぞ、と」

 伝統と信頼の古典芸能。
 何故だかそんな言葉がパッと浮かんだ。
 要するに、押し付け合いになったのだろう。

 そして、仲間内でも特に‘空気を読む‘衣玖が就任する羽目になった――なるほど、納得できる。

「損な性分ね」

 ぽつりと呟いた言葉は、本心だった。
 届いたのかどうかはわからない。
 衣玖はただ、微笑んでいる。



「すももももももももももも」



 それはもういい。

 言いかけた私だったが、ふと妙案を思い付き、にやりと笑った。

 悪だくみと言い換えてもいい。

「ねぇ、衣玖。賭けをしましょう」
「もももももももももももも?」
「おいこら」

 私が読み取れていないだけで、実はかなり意固地になっているんだろうか。

「酷いですわ、総領娘様。いい感じで続けられていましたのに」

 やかましい。

 出かけた言葉を押し殺し、ざるに手を伸ばす。
 掴んだのは、水分を含みすぎて不味い桃。
 そう、先ほど齧ったヤツだ。

 衣玖へと向けて、そのままの表情で続ける。

「ちゃんと言いきれたら、好きな桃をあげる。
 だけど、失敗した時はこの不味い桃を食べること。
 貴女が得意な早口言葉、その本領を、私に見せて頂戴」

 唐突な申し出。
 衣玖は乗るだろうか。
 乗らないはずがない、と私は踏んでいた。

「お受けしますわ」

 彼女は‘空気を読む‘存在――今がその時だ。

「ただ、その、一つ確認をば」
「なによ? あぁ、桃は全部持っていっても構わないわよ」
「でしたら、総領娘様がお持ちになっている物も」
「いいけど、物好きね。言っとくけど不味いわよ、これ?」
「はい。それと、全部と言うのは」

 くどい。
 二言はないと、首を横に振った。
 意思は伝わったようで、衣玖は目を閉じ、深呼吸をし始める。



 存外にこだわるな――思った矢先に、大きな息が吐かれた。

「では」
「本気を見せてよ」
「何時だって、真剣ですわ」

 開かれた瞳が余りにも真っ直ぐで、ほんの少し、私は気圧された。

「参ります」

 形のいい唇が、スローモーションで窄められる――。



「すももももももももももも!
 ももももももももおもももっ!
 もおおももももぉももももっ!!」

 やる気あんのかこら。



 もしかするとやる気はあったのかもしれない。
 推測は、握り拳が裏打ちしていた。
 完全に空回りだが。

 半眼を向けていると、肩で息をしながら衣玖が聞いてきた。

「如何に!?」

 途中から牛さんになったかと思いました。

「駄目よ」
「やはり表現力が……っ」
「いや、そもそも言えてないし」

 あと、さっきは聞き流したけど表現力ってなんだ。

 普段なら、衣玖は応えを返しただろう。
 思考レベルのものでさえ、彼女は読んでくる。
 だけれど、今はそうじゃなかった。此方を見てすらいない。

 だから、地に膝をつき頭を抱え、声にならない声をあげているのも、演技ではないのだろう。





 それから、数分後。

「はしたない所を見せてしまいましたわ」
「うんまぁ、面白かったからいいけど」
「楽しんでいただけたのなら幸いです」

 若干引いてたのは内緒。

 土のついた膝をはたく衣玖に、私は笑いかける。
 面白く感じたのは本心だが、ともかく、彼女は勝負に敗れたのだ。
 健闘を称えはすれど、敗者の責を取ってもらわなくてはいけない。

 笑む私の手には、件の桃が握られている。不味いの。

「さぁ、衣玖。食べなさい」
「……宜しいのですか?」
「なんで聞くのよ」

 首を傾げていると、衣玖がおずおずと手を伸ばしてきた。

 白い指が桃に絡みつく。
 そのまま、口元へと運ばれた。
 小さく開かれた顎門が、ゆっくりと閉じる。

 しゃく、
 しゃく、
 しゃく。

 さも、極上の美味を惜しみ、かつ楽しむような食べ方をする。
 その様は、ただ食べているだけだと言うのに、優雅とさえ思えた。
 歌詠みであれば言葉を尽くし、画家であれば筆を振う、そんな光景。

 だけど、私は歌詠みでもなければ画家でもない。‘不良天人‘だ。

 意地の悪い笑みを浮かべ、問う。



「どう、美味しくないでしょう?」
「総領娘様、嘘はいけませんわ」
「……へ?」



 暫く、返答の意味が呑み込めなかった。

 口から桃を離し、咎めるように言った衣玖。
 眦も、少しばかり吊り上がっている。
 本当にそう思っているのだろう。

 つまり、衣玖は桃を『美味しい』と感じたと言うことか。

 どういうことだろう。
 私が齧ったそれは、間違いなく不味かった。
 或いは、真ん中に近くなるほど味が締まって美味しくなるのか。

「ちょっと、も一回齧らせて」

 言うと同時、私は衣玖から桃を奪い取る。
 ほんの少しの抵抗が感じられた。
 珍しく我を出している。

 そんな様子が嬉しくて、私はまた、がぶりと桃を口にした――。

 まず、潤いが広がった。
 続けて、喉を降りていく。
 そして、胃へと流れ落ちる。

 あ、やっぱ水っぽ過ぎるわ、コレ。

「不味いじゃないの!」
「まさか総領娘様、お風邪を……?」
「引いてたら家から出してくんないわよ!」

 お父様だけでなく、お母様にも‘超‘がつく。

 なるほどと頷く衣玖だったが、心配げな眼差しは変わらなかった。
 あての外れている推測に、負けじと私も見つめ返す。
 ――矢先に、視線が逸らされた。

 ん……?

「と言うか、貴女が風邪を引いているんじゃないの?」
「だとすれば、そも私は此処に来ていません」
「じゃあ来てから引いたのよ」

 腕を伸ばす。
 手を広げる。
 額に、触れる。

 やはり、熱かった。

「うん、間違いないわ。
 今日はもう帰りなさい。
 貴女、顔に出さないから解りにくいのよ」

 指摘され、意識し始めたのだろう――額の熱が増していく。
 
 どんどん、どんどん。

「そうだ、ついでと言ってはなんだけど、ざるの桃をあげるわ。
 風邪の時は甘いもの、食べたくなるでしょう?
 多分、不味いのは是だけだろうし」

 水分は必要だろうが、病人に不味いとわかっている物を食べさせるほど、私は鬼じゃない。

 だと言うのに――

「って、衣玖、聞いてる?」
「……其方の桃も、頂けますか」
「変なところで律儀ね。いいけど」

 ――衣玖は、みずから腕を伸ばしてきた。

 おずおずと広げられる手。
 その甲を、右手で支える。
 とん、と私は桃を置く。

 額だけでなく、末端まで、熱は広がっていた。

「してやられたのは悔しいけど、まぁ意外性が合って面白かったからね。
 桃は、退屈しのぎの報酬だとでも思って頂戴な。
 あ、それと……」

 そりゃあこんな状態じゃ、口を上手く回すなんてできないか。



「この桃、貴女にはどんな味がしたの?」
「甘く、とても甘く、感じました」
「早く帰って寝てなさい」



 頭を下げ、衣玖がふわりと飛び上がる。
 あっちにふらふら、こっちにふらふら。
 うわ、危なっかしい。

「あー……途中まで、送りましょうか?」
「空気の流れを読んでいるんですわ」
「やかましい」

 半眼を向ける私に、衣玖はにこりと微笑んだ。
 ‘心配なさらずとも、大丈夫です‘。
 表情がそう語る。

 口は、違う言葉を紡いでいた。

 例の早口言葉だ。
 だけど、わざとゆっくり言っている。
 私に手をかけさないためだろう。





「すももも、ももも、ももももも。
 もももも、ももも、もおももも。
 もおおも、ももも、ももももも」

 うん、送ろう。





                      <幕>
・天子視点なので「ほのぼの」タグです。お読み頂きありがとうございます。

・天子に色恋沙汰はまだ早いと思うの。
・なので、ややこしいペアが増えました。
・ややこしくなっているのは衣玖さんだけですが。その辺もまた書きたいな。

いじょ
道標
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
ももも、ももももももももも。
ももももも、ももももももももも。
2.奇声を発する程度の能力削除
もだけかと思ったらおもあった
3.名前が無い程度の能力削除
衣玖さんかわいい
ところどころニヤニヤしました。
ゆったりとして良い雰囲気だなぁ。続きも楽しみです。
4.名前が無い程度の能力削除
これが桃より甘いってやつか…!
5.名前が無い程度の能力削除
衣玖さんが平静さを保ちながら暴走してるのが面白かったです。
こんなにも鈍感な人と一緒にいたら大変そうですね。
6.名前が無い程度の能力削除
なるほど甘いです、いくてんひゃっほう!

どうでもいいですが総領は跡取りって意味です
7.名前が無い程度の能力削除
衣玖さん…あんたって人は…w