◇ ◇ ◇
「お姉様ー」
可愛い声を上げながら私の背中に抱きついてきたのは、愛すべき私の妹・フランドール。
私は振り返り、その小さな頭を優しく撫でてやる。
「どうしたのフラン。そんなに慌てて」
「えへへ。お姉様が見えたから飛びついちゃった」
にっこりと、満面の笑顔で言うフラン。
「そうかそうか。こいつめ」
「きゃあ」
私はその柔い頬に自分の頬をくっつけると、すりすりと上下に動かした。
フランは少しくすぐったそうにしているものの、嫌がる素振りは微塵も見せない。
「……ねぇ、お姉様」
「ん?」
「……お姉様はフランのこと、好き?」
ふいに訊ねる、その瞳は少し寂しげで。
私は優しく微笑んだまま、その頬に軽く手を添えた。
「当たり前でしょう」
「本当?」
「神に誓って」
悪魔だけどね。
そう言って笑うと、フランも笑った。
「ねぇ、フラン」
「ん?」
「そういうフランは、お姉ちゃんのこと好き?」
「ふぇっ!?」
「ね、好き?」
「そ、そそっそ、それはぁ……」
「んー?」
「うぅ~……」
フランは、みるみるうちに顔を真っ赤にして俯いてしまった。
意地悪な私は、その顔をぐぃっと覗き込むようにして、さらに訊ねる。
「ねえ、どうなのフラン?」
「う、うぅ……」
「お姉ちゃんのこと、好き? それとも……嫌い?」
「嫌いなわけない!」
その瞬間、フランが大きな声で叫んだ。
思わず、絶句する私。
「あ……」
するとすぐに、また顔が赤くなっていくフラン。
私はくすくすと笑いながら、その頭を再び撫でる。
「ありがとう、フラン」
「うー……」
「でもまだ、お姉ちゃんの質問には、答えきってないわよね」
「うぇ!?」
「だって、フランがお姉ちゃんのこと、『嫌いじゃない』っていうのは分かったけど……『好きかどうか』はまだ分からないもの」
「う、うーっ……お姉様の、イジワル……」
「ごめんね、フラン。意地悪なお姉ちゃんを許して頂戴」
ぐすっ、と鼻をすするフランの頬にまた手を添える。
フランは少し潤んだ大きな瞳を、ぱちくりと瞬かせた。
「……さあ、聞かせて頂戴」
「う、うん……」
フランは小さく頷くと、私の目をまっすぐに見据えて言った。
「お、お姉様のこと……すき、です……」
言い終えるや、フランはまたすぐに俯いてしまった。
微かな引力を感じて下を見ると、その小さな手が、私のスカートをぎゅっとつまんでいた。
「……ありがとう、フラン」
私はフランを優しく抱き寄せる。
そして、その耳元で囁いた。
「愛してるわ」
「うん……私も」
そう呟いて、私の胸に顔を埋めるフラン。
私はその細い腰に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
◇ ◇ ◇
「うえへへ……」
「何笑ってんのお姉様。キモイんだけど」
「あ、ごめんなさい」
読書中の妹から侮蔑に満ちた視線で睨まれ、私は脊髄反射的に謝罪をした。
「何? また妄想してたの?」
「う、うん。お姉ちゃん、ちょっと妄想癖あるから」
「あっそ。しねばいいのに」
「…………」
吐き捨てるようなその台詞に、私はふっと自嘲する。
涙なんざとうに枯れたわ。
「あーあ。それにしてもこの椅子硬いわね。お尻が疲れちゃうじゃないの」
「じゃ、じゃあフラン、自分の部屋に戻ったら……」
「はあ? なんでお姉様にそんな指図されなきゃいけないのよ」
「あ、うん。ごめんね、フラン」
「ふんっ」
妹は私から目を背けると、再び手元の本に視線を落とした。
私は読書に勤しむ妹を見つめながら、そういえばこの子は昔から本が大好きだったわね、と思い出す。
そう、昔から―――……。
◇ ◇ ◇
遡ること数十年前。
お盆に載せたケーキセットを片手に、私はフランの部屋を訪れた。
ベッドの上で読書をしていたフランは、私の姿に気付くと、すぐに読んでいた本を閉じて脇に置いた。
そして、とびっきりの笑顔で言う。
「いらっしゃい! お姉様!」
「こんにちは、フラン。今日は何の本を読んでいたの?」
「えっとね。空の写真がたくさん載った本だよ。お姉様」
「空の写真?」
「うん」
覗き込む私に向けて、いそいそと本を開いて見せるフラン。
「ほら、これとか!」
「あら、綺麗ね」
開かれたページに載っていたのは、透き通るような青空の写真だった。
フランは、それを見ながらにこにこと満面の笑みを浮かべている。
「……フランは、空が好き?」
「うん! ……本物の空は、見たことないけど」
「…………」
胸が、ちくりと痛む。
するとすぐに、フランはぶんぶんと首を振った。
「……ううん。違うや」
「えっ」
「見たことないから、好きなんだ」
「……見たこと、ないから?」
「うん。本物の空を見たことがないからこそ、頭の中で色々想像できて……だから、好き」
「…………」
「もし本物の空を見ちゃったら、そういうのもできなくなっちゃうから……だから、うん。本物の空は、別に見なくてもいいかな」
「…………フラン」
思わず、抱きしめた。
「……お、お姉様?」
その健気な表情を、それ以上見ていられなくて。
「…………」
「お、お姉様……」
本当は、本物の空が見たいだろうに。
本当は、透き通るような青空の下で、心ゆくまで過ごしたいだろうに。
なのに、この子は。
「……ごめん」
「えっ」
「ごめんね。フラン……」
私の言葉に、フランは優しく首を振る。
「お姉様のせいじゃないよ」
フランはそう言って、私の背中に両手を回した。
私も一層強く、彼女の体を抱きしめる。
「ありがとう。フラン……」
時間も忘れて、ただただ、私達は、互いに互いを抱きしめあった。
◇ ◇ ◇
「うえへへ……」
「何笑ってんのお姉様。キモイんだけど」
「あひ、ご、ごへんなひゃい」
妹にぎりぎりと頬をつねられ、またも私は謝罪を余儀なくされた。
妹はびっと手を放すと、侮蔑に満ちた視線で言う。
「何? また脳内で過去捏造してたの?」
「う、うん。お姉ちゃん、ちょっと思い出を美化する傾向にあるから」
「…………キモチワルイ」
まごころを、君に。
うん、いいのよ別に。
いつものことだから。
―――つまり、どういうことなのかというと。
結局のところ、純情で純粋で素直で素朴な妹は、私の妄想の中にしかいないのだ。
そして、怖くて荒んでて暴力的で嗜虐的な妹こそが、現実に存在する、私の妹なのだ。
だから私は、妄想に逃げ込む。
怖くて荒んでて暴力的で嗜虐的な現実の妹から逃れるために、純情で純粋で素直で素朴な妄想の中の妹に会いに行くのだ。
私が再び、妄想の中の妹に会いに行こうと目を閉じると、現実の妹が声を発した。
「あーあ。それにしても、ホンットこの椅子硬いわね。お尻が痛くて仕方がないわ」
「……じゃ、じゃあ、フラン」
「なによ」
「……お、降りたらどうかしら。そ、その……」
「…………」
無言で此方を睨み続ける妹に脅えながら、私は震える声で言った。
「…………私の、膝から」
了
「お姉様ー」
可愛い声を上げながら私の背中に抱きついてきたのは、愛すべき私の妹・フランドール。
私は振り返り、その小さな頭を優しく撫でてやる。
「どうしたのフラン。そんなに慌てて」
「えへへ。お姉様が見えたから飛びついちゃった」
にっこりと、満面の笑顔で言うフラン。
「そうかそうか。こいつめ」
「きゃあ」
私はその柔い頬に自分の頬をくっつけると、すりすりと上下に動かした。
フランは少しくすぐったそうにしているものの、嫌がる素振りは微塵も見せない。
「……ねぇ、お姉様」
「ん?」
「……お姉様はフランのこと、好き?」
ふいに訊ねる、その瞳は少し寂しげで。
私は優しく微笑んだまま、その頬に軽く手を添えた。
「当たり前でしょう」
「本当?」
「神に誓って」
悪魔だけどね。
そう言って笑うと、フランも笑った。
「ねぇ、フラン」
「ん?」
「そういうフランは、お姉ちゃんのこと好き?」
「ふぇっ!?」
「ね、好き?」
「そ、そそっそ、それはぁ……」
「んー?」
「うぅ~……」
フランは、みるみるうちに顔を真っ赤にして俯いてしまった。
意地悪な私は、その顔をぐぃっと覗き込むようにして、さらに訊ねる。
「ねえ、どうなのフラン?」
「う、うぅ……」
「お姉ちゃんのこと、好き? それとも……嫌い?」
「嫌いなわけない!」
その瞬間、フランが大きな声で叫んだ。
思わず、絶句する私。
「あ……」
するとすぐに、また顔が赤くなっていくフラン。
私はくすくすと笑いながら、その頭を再び撫でる。
「ありがとう、フラン」
「うー……」
「でもまだ、お姉ちゃんの質問には、答えきってないわよね」
「うぇ!?」
「だって、フランがお姉ちゃんのこと、『嫌いじゃない』っていうのは分かったけど……『好きかどうか』はまだ分からないもの」
「う、うーっ……お姉様の、イジワル……」
「ごめんね、フラン。意地悪なお姉ちゃんを許して頂戴」
ぐすっ、と鼻をすするフランの頬にまた手を添える。
フランは少し潤んだ大きな瞳を、ぱちくりと瞬かせた。
「……さあ、聞かせて頂戴」
「う、うん……」
フランは小さく頷くと、私の目をまっすぐに見据えて言った。
「お、お姉様のこと……すき、です……」
言い終えるや、フランはまたすぐに俯いてしまった。
微かな引力を感じて下を見ると、その小さな手が、私のスカートをぎゅっとつまんでいた。
「……ありがとう、フラン」
私はフランを優しく抱き寄せる。
そして、その耳元で囁いた。
「愛してるわ」
「うん……私も」
そう呟いて、私の胸に顔を埋めるフラン。
私はその細い腰に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
◇ ◇ ◇
「うえへへ……」
「何笑ってんのお姉様。キモイんだけど」
「あ、ごめんなさい」
読書中の妹から侮蔑に満ちた視線で睨まれ、私は脊髄反射的に謝罪をした。
「何? また妄想してたの?」
「う、うん。お姉ちゃん、ちょっと妄想癖あるから」
「あっそ。しねばいいのに」
「…………」
吐き捨てるようなその台詞に、私はふっと自嘲する。
涙なんざとうに枯れたわ。
「あーあ。それにしてもこの椅子硬いわね。お尻が疲れちゃうじゃないの」
「じゃ、じゃあフラン、自分の部屋に戻ったら……」
「はあ? なんでお姉様にそんな指図されなきゃいけないのよ」
「あ、うん。ごめんね、フラン」
「ふんっ」
妹は私から目を背けると、再び手元の本に視線を落とした。
私は読書に勤しむ妹を見つめながら、そういえばこの子は昔から本が大好きだったわね、と思い出す。
そう、昔から―――……。
◇ ◇ ◇
遡ること数十年前。
お盆に載せたケーキセットを片手に、私はフランの部屋を訪れた。
ベッドの上で読書をしていたフランは、私の姿に気付くと、すぐに読んでいた本を閉じて脇に置いた。
そして、とびっきりの笑顔で言う。
「いらっしゃい! お姉様!」
「こんにちは、フラン。今日は何の本を読んでいたの?」
「えっとね。空の写真がたくさん載った本だよ。お姉様」
「空の写真?」
「うん」
覗き込む私に向けて、いそいそと本を開いて見せるフラン。
「ほら、これとか!」
「あら、綺麗ね」
開かれたページに載っていたのは、透き通るような青空の写真だった。
フランは、それを見ながらにこにこと満面の笑みを浮かべている。
「……フランは、空が好き?」
「うん! ……本物の空は、見たことないけど」
「…………」
胸が、ちくりと痛む。
するとすぐに、フランはぶんぶんと首を振った。
「……ううん。違うや」
「えっ」
「見たことないから、好きなんだ」
「……見たこと、ないから?」
「うん。本物の空を見たことがないからこそ、頭の中で色々想像できて……だから、好き」
「…………」
「もし本物の空を見ちゃったら、そういうのもできなくなっちゃうから……だから、うん。本物の空は、別に見なくてもいいかな」
「…………フラン」
思わず、抱きしめた。
「……お、お姉様?」
その健気な表情を、それ以上見ていられなくて。
「…………」
「お、お姉様……」
本当は、本物の空が見たいだろうに。
本当は、透き通るような青空の下で、心ゆくまで過ごしたいだろうに。
なのに、この子は。
「……ごめん」
「えっ」
「ごめんね。フラン……」
私の言葉に、フランは優しく首を振る。
「お姉様のせいじゃないよ」
フランはそう言って、私の背中に両手を回した。
私も一層強く、彼女の体を抱きしめる。
「ありがとう。フラン……」
時間も忘れて、ただただ、私達は、互いに互いを抱きしめあった。
◇ ◇ ◇
「うえへへ……」
「何笑ってんのお姉様。キモイんだけど」
「あひ、ご、ごへんなひゃい」
妹にぎりぎりと頬をつねられ、またも私は謝罪を余儀なくされた。
妹はびっと手を放すと、侮蔑に満ちた視線で言う。
「何? また脳内で過去捏造してたの?」
「う、うん。お姉ちゃん、ちょっと思い出を美化する傾向にあるから」
「…………キモチワルイ」
まごころを、君に。
うん、いいのよ別に。
いつものことだから。
―――つまり、どういうことなのかというと。
結局のところ、純情で純粋で素直で素朴な妹は、私の妄想の中にしかいないのだ。
そして、怖くて荒んでて暴力的で嗜虐的な妹こそが、現実に存在する、私の妹なのだ。
だから私は、妄想に逃げ込む。
怖くて荒んでて暴力的で嗜虐的な現実の妹から逃れるために、純情で純粋で素直で素朴な妄想の中の妹に会いに行くのだ。
私が再び、妄想の中の妹に会いに行こうと目を閉じると、現実の妹が声を発した。
「あーあ。それにしても、ホンットこの椅子硬いわね。お尻が痛くて仕方がないわ」
「……じゃ、じゃあ、フラン」
「なによ」
「……お、降りたらどうかしら。そ、その……」
「…………」
無言で此方を睨み続ける妹に脅えながら、私は震える声で言った。
「…………私の、膝から」
了
なんだかんだフランちゃんも甘えっこですね。
すこぶる可愛かったです。
そりゃ、フランの機嫌も悪くなるというものですね。
眼福です!眼福です!
そして、後書きが上手い!
>「あーあ。それにしてもこの椅子硬いわね。お尻が疲れちゃうじゃないの」
二回言うほどだ。(現実の私にも興味もってよ…!)としか聞こえない。
つーかフランがマジ可愛いすぎて困るんだが
素直に甘えられないフランちゃんかわいいです!