私が目を覚ますと、目の前には青空がどこまでも広がっていた。
まわりには十、いや、それ以上の萃香たちがわさわさと動いている。
哀れなり博麗神社。今年に入ってから二度目の倒壊である。
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「というわけで」
「なんでしょう」
「おなかすいた」
「知りませんよ」
妖怪の山にたどり着けば、すでに日は暮れはじめ、私のお腹は悲鳴を上げていた。
神社と一緒に吹っ飛んだ食材の代わりに、私のおなかを満たしてくれるものを探して、はるばるとここまでやってきてあげた。
「せっかく来たんだから、ほら、少しくらいもてなしてよ」
「客ならもてなしますけど、急に押しかけられてもてなすほど暇じゃないんですよ私」
「暇そうだけど」
「ネタに詰まってるんです」
どうやら文は新聞を書いていたようだ。
まだ白いそれを見る限り、とてもそうには見えないのだけど。
「……もう執筆に戻ってもいいですか?」
そういうと私の答えをまたずに、文は私に背を向けてしまった。
文はペンを持ったままの右手で頭を押さえ、左手人差し指で等間隔に机を打つ。
文の羽もその音に釣られたように動き出す。
その動きが私を誘っているようで。
たぶん鴉天狗だって鴉なわけで。
食べられない事はないわけで。
「ひゃうっ!」
気づいたらかじっていた。
何を考えていたのか自分でもわからない。
可愛らしい声を上げた文は、持っていたペンを落としてしまいう。
それを拾わずに、私の方へ勢い良く顔を向けてきて、こう言った。
「やめてくださいよ! いきなり……」
「おなかすいたの」
「んん……むぅ……」
顔がいつもより赤らんで見えた文は黙り込む。
文はしばらくしてからこう言った。
「じゃあ、お腹いっぱいになったら邪魔しないでくれますか?」
「そりゃもちろん」
「じゃあおごりますよ、いい屋台を知ってるんです」
儲け物だ。何か食べられる。
仕方無いなぁ……と観念したように吐き出す文を横目に私は小さくガッツポーズを決めた。
**
「暗いわね……」
「暗いですねぇ……」
あれからしばらくして私たちは山を出た。もちろん、何か食べられる所に連れていってもらうために。
私たちを照らす光は、月の微弱な光だけで、文の横顔もはっきりは見えない。
その光に照らされた顔がまた私を誘うようで。
文のどことなく自信あり気な顔がいつもどおりで。
つい、いじめたくなってしまう。
「文ってさ」
「なんですか?」
「髪、綺麗よね。いつも、いつもさ」
「ふぇっ? いや、そ、そんなことは……」
「無い訳ないわ、今もこんなに良い香り……」
私は自分より少し――本当に少しだけ背の高い文の髪に手ぐしを通す。
やはり私の手をするすると抜けていく髪が甘い匂いを放って。
本当にきれいよね、と呟く。
「や、やめてくださいよ」
「あぁ、気持ちよかった」
「悪い気はしませんけど……」
文が少し顔を下に向けた。しかし歩くペースは落ちない。
もうだいぶ歩いた。山からここまで、少しだけ飛んだけど殆ど歩いた。空腹の私には辛い。
足がうごく、というよりもうすでに、道がうごく、というような錯覚に陥りかねない、ことも無いかもしれない。
「見えてきましたね、あそこです」
「あそこは……えっとなんだっけ」
「美味しいうなぎが食べられる――ちょっとだけうるさいお店です」
少しだけ甘辛い匂いがこちらまで漂ってきた。それが焼ける香ばしい匂いも。
そしてすぐに焼ける匂いが聞こえてきた。おそらくは、うなぎが焼ける音。
次に私にみえてきたのはこぢんまりとした汚い屋台。夜雀の屋台だった。
その屋台に掲げられたメニュー。それは、たった一品でうなぎだった。
たまらない。耐えられない。速く食べたい。
そんな気持ちが先走って小走りになりかける私を、隣にいる文は笑っていたような気がした。
**
「いらっしゃいませー」
のれんをくぐるといつもとは違う衣装、いつもの服は知らないが、和服のミスティアがそこにいた。
「射命丸さん、いつもお世話になってますー、霊夢さんは……お久し振りですか?」
「……っと、あの夜以来かしら?」
「あの時はどうもです」
そういうとミスティアは微笑んだ。
どうもと言われるようなことをした覚えがない。社交辞令だろう。
すでに文は座っている。
私はそのすぐ隣――から少しだけ離れて席に腰をおろす。
「じゃあ、うなぎとお酒は適当に」
「はい、わかりました」
私の分も文が注文してくれた。まぁ私がここに来るのは初めてだし、しかたないか。
目の前でうなぎが焼ける。焼ける魚の匂いと、タレの匂いとが私の鼻をくすぐって。
「ところで射命丸さん、今日は彼女でも連れてきたんですか?」
「ななっ!」
ミスティアの言葉で文が赤面した。
だからすかさず言ってやる。
「そうよ」
肯定した。
「わっ、霊夢さんまで何いってるんですか!」
耳まで赤く染め、手を私へと突き出しぶんぶん振って否定してくる。
「ち、違いますからね!? ただお腹がすいているっていうから……」
「へぇ、そうなんですか」
ぶつぶつと否定を続ける文と、すべてをお見通し、というような顔で文を見るミスティア。
上下関係は火を見るより明らかだった。同じ鳥同士仲良くすればいいのにね。
「まぁまぁ、そんなことは置いといて。できましたよ、うなぎ」
重そうな食器に乗って出てきたのは、串に刺さったままのうなぎ。
少しだけ見える黒い焦げ目が食欲をそそって。
屋台の灯を反射するタレが食欲をそそって。
立ちのぼる湯気と香りが食欲をそそって。
もうたまらん。
私はうなぎへかぶりついた。
私の口の中へと入ったうなぎは私の舌を撫で、歯に触れ、喉を通る。
――すごく、美味しい……
つい漏らしてしまった。
「美味しそうで何よりです」
こちらへ微笑む文。私はそれに頷いて肯定の意思を見せる。
文はお酒を飲んでいる。私はうなぎを食べている。
それだけでよかった。
目の前のうなぎを箸でほぐしにかかる。
まず、半分に切り分ける。
その歪な切り口からはふわっと湯気が立ち上り、私の食欲を刺激する。
さらにもう一度、四等分になるように箸をいれる。
身が少し崩れたうなぎは屋台の明かりを照り返し、私は最後の一尾に手を付ける。
あっという間に無くなった。
隣のさらにはまだ手付かずのままのうなぎが残っている。
「文、食べないなら私が食べるわよ」
「つまみですから」
もらえなかった。
私はぷくぅと頬を膨らまし、なんとか交渉を続ける。
「空腹の人を気遣う心はないのかしら」
「もう食べさせてあげたじゃないですか」
駄目だった。私は諦めて箸をおく。
「でも」
文は杯を置き、顔をこちらに向けずに続けた。
「あんまり美味しそうに食べるから。あげないってわけじゃないです」
そして顔をこちらへ近づけて、こう言われた。
「今夜、新聞製作、手伝ってください」
やってくれるならあげます、と文は言い、少しだけ上目遣いに私へ決断を迫られる。
顔を近づけられて、上目遣いで見つめられて。私の心臓は激しく鼓動を打っていた。
「どうです?」
「――ッ! 手伝う、手伝うからまず離れて!」
「やった!」
目の前で猫のように笑う彼女から私は目をそらしてしまう。文とは正反対の方向を向き、深呼吸。
「文……あなた酔ってるでしょ?」
「酔っていれば許されるなら酔っています」
「……むぅ」
絶対に酔っていない、確信犯だ。
私は腹いせに乱暴に文の前の皿を奪う。
「私のー、うなぎがー」
「もう私のよ」
文の顔は赤い。本当に酔っているのだろうか。
両腕を机の上に置き、だらしなく笑いながら寝つつ、こちらへ顔を向けている姿を見ていると、どうにも酔っていないようには見えない。
私がうなぎを食べ終えた後も文は笑っていた。
そしてうなぎの歌を歌っていた。聞いたことの無い歌詞と曲だった。
文は……ご機嫌だ……。
私は箸を置く。
その瞬間に私は腕を捕まれた。
「今捕まえておかないと逃げられてしまうような気がして」
「逃げたらどうする?」
条件反射でつい返してしまった。しかし逃げられるなら逃げてしまおうか。酔ってるし。
「何のための幻想郷最速だと思っているんですか?」
そういえばそうだった。腐っても鯛。酔っても天狗。逃げられないか。
「でもなんか頭がふらふらして飛べそうもないですけど」
にへらっとこちらへ笑顔を投げてきた。
私はその笑顔にどう返すか悩む。
「酔い、覚めるまで待とうか?」
「駄目そうです、たぶん寝ます」
「うーん……」
本格的に酔っているようだ。さっきより冷めてはいるけれども。
「じゃあいいわよ」
「逃げないでくださいよ?」
私は言葉を選ぶ。どう返すべきか。
少しだけ考えてから、私はこう言った。
「寝ていいわよ、私は文が起きるまで待ってる、約束があるから」
「……ふふっ、ありがとうございます」
今の私に出来る最善の答えじゃないかしら。
そしてさっきまでとは少し違う、口元も笑っている笑いが返ってきた。
そして文は何かを探すようにあたりを見回す。そしてすぐに見つけたような顔をした。
「灯台下暗しですね」
そういうと文は私の太ももに飛び込んできた。
「柔らかいです」
「……」
恥ずかしいって! ヤバいって!
顔が熱いってレベルじゃないってば、あああぁぁぁ……
「……すぅ……すぅ……」
少し落ち着かなきゃ、まずは文にどいてもらおう。
「ねぇ文、どいてよ」
「……」
返事がない。帰ってきたのは規則的な吐息だけだ。
「おーい」
「……」
本格的に寝に入ってしまったようだ。
「寝てるの?」
「……」
……仕方ないわね。文が起きるまで待ってよう。
気持ちよさそうに眠る文の顔を見ているとそれでもいいような気がしてきた。
「今晩は店を閉められそうに無いですね」
そして今までずっと、ミスティアは、微笑んでいた。
…よし、俺も屋台を開こう!!
…私も屋台を開こうかな!
ミスティアもいい味だしていらっしゃる。
きっと保護者のような目で二人を見てるに違いない
じゃあ僕は霊夢と変わ(ムソーフイーン
そしてミスティアさんに少し惚れた。
いいあやれいむごちそうさまです。感謝。