Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

Sleepwalker

2010/07/05 21:17:52
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『楽しい?』

訊ねると、お姉ちゃんは薄く笑った。
憫笑、苦笑、冷笑、嘲笑。どれでもない、作り物の温度の無い笑顔。
この人はいつだってそうだった。
感情の見えない冥い瞳を虚ろに伏せて、表情を乗せた仮面を被る。

『じゃあ、苦しい?』

お姉ちゃんが私に視線を合わせたのは、ほんの僅かな時間だけだった。
興味が失せたと言わんばかりに私から視線を外し、手元の書類をパラリと捲る。
胸許にある赤い眼も、今はどこか遠くを眺めていた。
この書斎に居るのは私とお姉ちゃんの二人だけだというのに。
まるで私なんか気にも留めていないように。

『楽しくもなくて苦しくもないのなら、お姉ちゃんはどんな気持ちで生きてるの?』

胸許の青い眼を、私はそっと左手で覆った。
隠したところで心が読めなくなる訳じゃない。
それでも、お姉ちゃんを凝視するこの眼を、少しでも隠しておきたかった。
お姉ちゃんは私なんて見てすらいないのに、無駄な事だと知りながら。

『それを知ってどうするのですか?』
『知りたいだけよ』

こんなに苦しいのは私だけなのか。
こんなに悲しいのは私だけなのか。
『覚』同士では心は読み辛いから、心を読むのが怖いから、嘘か本当かも判らないお姉ちゃんの『言葉』が聞きたかった。

『そうですね、一番妥当な表現は”つまらない”でしょうか』

顔を見ればいつでも誰でも同じような言葉を垂れ流す。
嫌う理由も恐れる理由も、慕う理由も同じならば、心を読む事に何の意味があるというのか。
まったく、何とつまらない能力だろう。

淡々と口にするお姉ちゃんのその言葉は、きっと真実なのだろう。
私が聴きたくもない棘の生えた言葉すら、この人は画一的でつまらないと言ってのける。
慕われる事にすら面白さの欠片も無いと。

『知って何か得るモノはありましたか?』

万年筆がガリと小さな音をたて、書類に跡を付けていく。
それを眺めながら、私は『うん』と頷いた。


そうだね。きっとお姉ちゃんにとっては私も”つまらない”んだろう、と。


◆◆◆◆


夢を見る。
知っている町並み、知っている顔ぶれ。
その中を通り抜けて、けれども誰も私を振り返らない。声をかけない。恐れない。
私はどこまでも自由で、どこまでも孤独なのだろう。

何日ぶりかに見る我が家は別段どこも変わりは無く、私はいつものようにお姉ちゃんの書斎に向かう。
ノックもせずにドアを開けて、黒い革張りのソファに飛び乗ると、「行儀が悪いですよ」と叱責の声。

「ただいま、お姉ちゃん」
「……お帰りなさい、こいし」

書斎の大きな机に向かうお姉ちゃんは、僅かに私をその瞳に映し、そっと視線を切った。
書類の上を走る万年筆の音。
お互いに無言で、ただ時間だけが過ぎていく。
私はお姉ちゃんを眺めているだけでも良かった。
いつだって変わらないこの人は、それでも時折ふといつもと違う表情を見せる時がある。
例えば、今のように。

「地上は……楽しかったですか?」
「何で地上に行ってたって知ってるの?」
「……燐から聞きました」

少しばかりばつの悪そうな顔をして、お姉ちゃんは書類からも顔を逸らす。
身体を捻って、背中にある大きな窓から外でも眺めるかのように。

「さあ? 楽しかったかもね」

何日地上を彷徨って、どれだけの人と会話をしただろう。
薄い記憶を辿りながら、片手で足りると結論を出す。
その中にお姉ちゃんのお気に入りも居たけれど、それは言うべきか否か。

……お気に入り?

一体どこまでが夢でどこからが現実なんだろう?
全部が夢なら良いのにね。
現実にそんな”お気に入り”なんて居たりしたら、私は殺してしまいかねない。

「お姉ちゃんは?」
「はい?」
「お姉ちゃんは、楽しかった?」

物騒な思考を追い払うべく、私はお姉ちゃんに声をかける。
これは夢なのだから。
楽しい事だけあれば良い。

「……楽しくはありませんでしたね」

呟いたお姉ちゃんの声は妙に気落ちしていて、だからきっとこれは本当の事なんだろうと思う。

「じゃあ、つまらなかった?」

訊ねると、お姉ちゃんは立ち上がって私に背を向けた。
窓の外を覗くその瞳は、けれど果たして本当に外の景色を見ているのか。
虚ろなままの瞳は、どこを見るでもなく。

「辛かったりする?」

軽く発したその言葉に、お姉ちゃんは一拍遅れて「……ええ」と返した。
今にも泣きそうな顔をして。

「あなたが……帰って来ないから」

眉根を寄せて歪ませた表情に、私は口許を綻ばせた。
相変わらず私を見ないこの人の、仮面の下が見られる事が嬉しくて。

ねえ、私は今でも”つまらない”?


楽しい楽しいこの夢は、一体いつまで続くのだろう?


◆◆◆◆


いつの間にか潜り込んでいた自分のベッドの中、「おやすみなさい」と繰り返す。
おやすみなさい、良い夢を。
こいしちゃん、ムズい。

随分前の話になりますが、前回コメント下さった方、本当にありがとうございました。

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コメントありがとうございます。

これは反応しておかないと『何のこっちゃい?』となりそうですので、お一人だけ。

>実里川果実様
I love Nigh○wish!
というか、よく解りましたねー!凄ぇ!
中本幸
http://zangai.secret.jp/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
なんでこんなに哀しいの…
2.奇声を発する程度の能力削除
うーむ、言葉に出来ない切なさがありました
3.実里川果実削除
もどかしくて、物悲しいですね…。
ターヤ嬢の歌声を聞きながら読ませていただきました。
4.七海削除
読後感の哀しさがくせになりそうです。