「あんた、疲れてるんじゃない?」
新聞のネタを探しに来たという文に対して、挨拶もそこそこに、気が付いたらそんなことを言っていた。
神社の縁側に並んで座っている彼女の顔は、ぱっと見いつも通りで。
それなのにそう思った理由は、飛んでくるスピードがいつもより遅かったな、とか、よく見ると営業スマイルが堅いな、とか。
気のせいだと言われればそれまでだけど、それでも気になったのだから仕方がない。
ただ勘が働いただけ、とも言う。
「……いえいえ、そんなことありませんよ、霊夢さん。この明るく元気でかわいい射命丸、疲れるわけがないじゃないですか」
だからこそ、文の反応は予想外だった。
一瞬呆けた後の、わかるようで全くわからないごまかし。
いつものこいつなら、もっと上手くはぐらかすだろうに。あとどさくさに紛れて何言ってんの。
図星だな、と思うと同時に、隠そうとする文に腹が立った。
「少し休んでいけば?あんたがそんな様子見せるのは珍しいし、布団ぐらい貸すわよ?」
「霊夢さんがこんなに優しいなんて、これは大スクープ!?あぁ、でも相手が私では新聞に書くわけにもいかないし……」
いい加減ムカついてきた。
「あぁもう!休んでけって言ってるでしょう!」
首根っこをつかんで、文の頭を自分の太ももに押し付ける。
最初は「あやや!?」とか言ってジタバタ抵抗していた彼女も、顔に爪を立てると大人しくなった。
そんなつもりはなかったけど、やっぱり顔に傷をつけられるのは抵抗があるらしい。
「優しいんだかそうじゃないんだか分りませんね……」
「あんたが素直に言う事を聞かないからよ」
なんだか脅迫めいてますね、と返した文は、横になったからか先ほどのやり取りで疲れたからか、うとうととしていた。
「……じゃあ、折角ですし、お言葉に甘えて少し眠らせていただきます……」
文はそう言うと、膝の上でくぅくぅと寝息を立て始めた。
最後に「ふとももやわらかくてきもちいい…」と聞こえてきたのは、まぁこの場に免じて流してやることにした。
「本当に、大人しくしていれば、ただの可愛い女の子なのにね。」
膝の上で眠っている文の、しっとりとした髪に指を通しながらそう呟く。
ゆうに1000歳を越えていると言うが、普段の彼女からはそんな様子は全く感じられない。以前守矢神社に行く途中、妖怪の山で出会った時に、その片鱗を見た気はする。
だけどあの時にしたって、知り合いだった事もあって、結局全てを見せられてはいないだろう。
文は、相手の事は知りたがる癖に、自分の事は隠したがる節がある。
他の誰よりも人の懐にずかずか入り込んでくる癖に、自分の領域には一線を引いて、それ以上踏み込ませない。
相手を好き勝手賑やかにかき回してくれる癖に、自分に干渉される事を避けている。
そんな奴のことなんて、気にならないわけがないじゃない。
「あんただけが私を知ってて、私があんたを知らないなんてずるいわよ」
柔らかな頬を軽くつねりながらそう呟く。文は少し身をよじったが、変わらず静かな寝息を立てている。
日差しは決して強くはないが、彼女の顔も自分の掌もしっとりと汗をかいていた。
文の頬に手を当てると、吸いつくような感触が返ってくる。
自分の膝の上で無防備に寝ている彼女を見ていると、むらむらと悪戯したくなる衝動が顔を出してきた。
「こんな寝顔を見せてくれてるってことは、少しは気を許してくれてると思ってもいいのかしら……?」
文の顔を覗き込むように顔を近づけ、唇のすぐ近くでそう呟く。
瑞々しく潤った半開きのその唇は、とても魅力的で、自分の心臓が早鐘を打っているのがわかる。
そんな自分にクスッと笑って、そのまま目を閉じた。
文の寝顔をじっくり見るなんて初めてで、もったいなくもあったけれど。
また見たくなったら、無理やりにでも膝枕してやればいいと思う。
目を覚ますのはどちらの方が早いかしら。
失敗したな、と、目を覚まして真っ先に思った。
彼女に疲れを見抜かれてしまった事も、今のこの状況も。
目を開けると、焦点が合うギリギリ、霊夢の微かな寝息が顔にかかるような距離に彼女の顔があった。びっくりして顔を上げなかった自分を褒めてやりたい。
ほんの少し動けばどこかが触れてしまいそうな距離だが、頬に手を当てられていて、顔をずらす事も出来ない。
霊夢を起こせばいい話ではあるが、目の前の貴重な寝顔を手放すのも惜しい気がした。
眠るには苦しいのではないか、という姿勢をしているが、本人はすぅすぅ寝息を立てているのだから、まあいいだろう。
「寝顔だけ見れば、ただの可愛い女の子なのよね」
普段の彼女は愛想がなく、「本当に人間か?」と疑いたくなるほど程容赦がない。こちらが少しちょっかいを出せば強烈な反撃が返ってくる。
天狗である自分を恐れる事もなく、それは他の人間や妖怪に対しても同じで、誰に対しても平等に真っ直ぐに接する。
そんな彼女だからこそ、多くの人妖が惹かれるのだろう。彼女の周りには色々な連中が集まり、愉快な出来事がしょっちゅう起こる。もちろん、彼女自身も非常に面白い。
取材相手にはうってつけで、自然と彼女に会いに来る機会が増えていった。
公平な彼女は、特別な相手にはどんな態度を取るのか、興味が無くはない。
自分がその特別になりたいと、思わなくもない。
だけど自分は記者として、取材対象とは最低限の距離を取るべきだと考えている。他の誰よりも興味深い彼女だからこそ、その辺りには特に気を使ってきたつもりだった。
いつも素直に接してくれる彼女に罪悪感がなくもなかったけど、私がこうすると決めた事だから、と記者としての仮面をかぶり続けた。
だから、彼女に「疲れてるんじゃない?」と聞かれた時はギクっとした。
確かに最近は、好き勝手やっているツケとして、妖怪の山の一員としての仕事に駆り出される事が多く、新聞執筆のための時間を確保するために無理をしていた。
しかしそれを誰かに見せるのは、自分の立場的にもプライド的にも出来なかった。霊夢に対しては、特に気を使ったつもりだ。
それを見抜かれたのは、私の未熟さゆえか、それとも彼女を侮ったのか。
正直油断していた。その後の対応も決して良くはなかった。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったけど。
折角だから写真の1枚でも撮ろうと思ったけど、近すぎてカメラを構えるスペースもない。
出来ることと言えば、彼女の寝顔を観察することだけだ。
形の良い額に長いまつ毛、すっと通った鼻筋。
整った顔をしていると、改めて思う。こんな距離で彼女の顔を見るのは初めてだ。
小ぶりな唇がおいしそう……。
そう思ったところで、はっと我に返る。
普段の凛とした、不遜な態度からは想像する事も難しい、愛らしい少女の寝顔に見惚れていた。
距離を保とうとする自分と、素直になろうとする自分との間で葛藤する。
「こんな寝顔を私に見せるなんて、不用心ね。襲われても仕方がないわよ……?」
動揺を隠すように、相手に届かない悪態をつく。顔に息がかかったのか、霊夢がくすぐったそうにするが、すぐにまた元通り寝息を立て始める。
目の前の天狗がこんな事を考えているとは夢にも思っていないだろう、幸せそうな寝顔だ。
なんだか悶々としている自分が馬鹿らしく思え、素直に霊夢の寝顔を愛でることにした。
近すぎて悪戯も出来ないのが少し残念だけど、彼女といて、こんなに静かな時間を過ごすのは初めてだ。
霊夢が起きたら何と言ってからかおうか。いや、お礼を言うのが先ね。
そして、またいつか膝枕してくれるようねだってみよう。
「甘えんじゃないわよ」って言われるかしら。今までの私と違いすぎて疑われるかも。
どうなっても、霊夢が相手ならきっと楽しいに違いない。
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新聞のネタを探しに来たという文に対して、挨拶もそこそこに、気が付いたらそんなことを言っていた。
神社の縁側に並んで座っている彼女の顔は、ぱっと見いつも通りで。
それなのにそう思った理由は、飛んでくるスピードがいつもより遅かったな、とか、よく見ると営業スマイルが堅いな、とか。
気のせいだと言われればそれまでだけど、それでも気になったのだから仕方がない。
ただ勘が働いただけ、とも言う。
「……いえいえ、そんなことありませんよ、霊夢さん。この明るく元気でかわいい射命丸、疲れるわけがないじゃないですか」
だからこそ、文の反応は予想外だった。
一瞬呆けた後の、わかるようで全くわからないごまかし。
いつものこいつなら、もっと上手くはぐらかすだろうに。あとどさくさに紛れて何言ってんの。
図星だな、と思うと同時に、隠そうとする文に腹が立った。
「少し休んでいけば?あんたがそんな様子見せるのは珍しいし、布団ぐらい貸すわよ?」
「霊夢さんがこんなに優しいなんて、これは大スクープ!?あぁ、でも相手が私では新聞に書くわけにもいかないし……」
いい加減ムカついてきた。
「あぁもう!休んでけって言ってるでしょう!」
首根っこをつかんで、文の頭を自分の太ももに押し付ける。
最初は「あやや!?」とか言ってジタバタ抵抗していた彼女も、顔に爪を立てると大人しくなった。
そんなつもりはなかったけど、やっぱり顔に傷をつけられるのは抵抗があるらしい。
「優しいんだかそうじゃないんだか分りませんね……」
「あんたが素直に言う事を聞かないからよ」
なんだか脅迫めいてますね、と返した文は、横になったからか先ほどのやり取りで疲れたからか、うとうととしていた。
「……じゃあ、折角ですし、お言葉に甘えて少し眠らせていただきます……」
文はそう言うと、膝の上でくぅくぅと寝息を立て始めた。
最後に「ふとももやわらかくてきもちいい…」と聞こえてきたのは、まぁこの場に免じて流してやることにした。
「本当に、大人しくしていれば、ただの可愛い女の子なのにね。」
膝の上で眠っている文の、しっとりとした髪に指を通しながらそう呟く。
ゆうに1000歳を越えていると言うが、普段の彼女からはそんな様子は全く感じられない。以前守矢神社に行く途中、妖怪の山で出会った時に、その片鱗を見た気はする。
だけどあの時にしたって、知り合いだった事もあって、結局全てを見せられてはいないだろう。
文は、相手の事は知りたがる癖に、自分の事は隠したがる節がある。
他の誰よりも人の懐にずかずか入り込んでくる癖に、自分の領域には一線を引いて、それ以上踏み込ませない。
相手を好き勝手賑やかにかき回してくれる癖に、自分に干渉される事を避けている。
そんな奴のことなんて、気にならないわけがないじゃない。
「あんただけが私を知ってて、私があんたを知らないなんてずるいわよ」
柔らかな頬を軽くつねりながらそう呟く。文は少し身をよじったが、変わらず静かな寝息を立てている。
日差しは決して強くはないが、彼女の顔も自分の掌もしっとりと汗をかいていた。
文の頬に手を当てると、吸いつくような感触が返ってくる。
自分の膝の上で無防備に寝ている彼女を見ていると、むらむらと悪戯したくなる衝動が顔を出してきた。
「こんな寝顔を見せてくれてるってことは、少しは気を許してくれてると思ってもいいのかしら……?」
文の顔を覗き込むように顔を近づけ、唇のすぐ近くでそう呟く。
瑞々しく潤った半開きのその唇は、とても魅力的で、自分の心臓が早鐘を打っているのがわかる。
そんな自分にクスッと笑って、そのまま目を閉じた。
文の寝顔をじっくり見るなんて初めてで、もったいなくもあったけれど。
また見たくなったら、無理やりにでも膝枕してやればいいと思う。
目を覚ますのはどちらの方が早いかしら。
失敗したな、と、目を覚まして真っ先に思った。
彼女に疲れを見抜かれてしまった事も、今のこの状況も。
目を開けると、焦点が合うギリギリ、霊夢の微かな寝息が顔にかかるような距離に彼女の顔があった。びっくりして顔を上げなかった自分を褒めてやりたい。
ほんの少し動けばどこかが触れてしまいそうな距離だが、頬に手を当てられていて、顔をずらす事も出来ない。
霊夢を起こせばいい話ではあるが、目の前の貴重な寝顔を手放すのも惜しい気がした。
眠るには苦しいのではないか、という姿勢をしているが、本人はすぅすぅ寝息を立てているのだから、まあいいだろう。
「寝顔だけ見れば、ただの可愛い女の子なのよね」
普段の彼女は愛想がなく、「本当に人間か?」と疑いたくなるほど程容赦がない。こちらが少しちょっかいを出せば強烈な反撃が返ってくる。
天狗である自分を恐れる事もなく、それは他の人間や妖怪に対しても同じで、誰に対しても平等に真っ直ぐに接する。
そんな彼女だからこそ、多くの人妖が惹かれるのだろう。彼女の周りには色々な連中が集まり、愉快な出来事がしょっちゅう起こる。もちろん、彼女自身も非常に面白い。
取材相手にはうってつけで、自然と彼女に会いに来る機会が増えていった。
公平な彼女は、特別な相手にはどんな態度を取るのか、興味が無くはない。
自分がその特別になりたいと、思わなくもない。
だけど自分は記者として、取材対象とは最低限の距離を取るべきだと考えている。他の誰よりも興味深い彼女だからこそ、その辺りには特に気を使ってきたつもりだった。
いつも素直に接してくれる彼女に罪悪感がなくもなかったけど、私がこうすると決めた事だから、と記者としての仮面をかぶり続けた。
だから、彼女に「疲れてるんじゃない?」と聞かれた時はギクっとした。
確かに最近は、好き勝手やっているツケとして、妖怪の山の一員としての仕事に駆り出される事が多く、新聞執筆のための時間を確保するために無理をしていた。
しかしそれを誰かに見せるのは、自分の立場的にもプライド的にも出来なかった。霊夢に対しては、特に気を使ったつもりだ。
それを見抜かれたのは、私の未熟さゆえか、それとも彼女を侮ったのか。
正直油断していた。その後の対応も決して良くはなかった。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったけど。
折角だから写真の1枚でも撮ろうと思ったけど、近すぎてカメラを構えるスペースもない。
出来ることと言えば、彼女の寝顔を観察することだけだ。
形の良い額に長いまつ毛、すっと通った鼻筋。
整った顔をしていると、改めて思う。こんな距離で彼女の顔を見るのは初めてだ。
小ぶりな唇がおいしそう……。
そう思ったところで、はっと我に返る。
普段の凛とした、不遜な態度からは想像する事も難しい、愛らしい少女の寝顔に見惚れていた。
距離を保とうとする自分と、素直になろうとする自分との間で葛藤する。
「こんな寝顔を私に見せるなんて、不用心ね。襲われても仕方がないわよ……?」
動揺を隠すように、相手に届かない悪態をつく。顔に息がかかったのか、霊夢がくすぐったそうにするが、すぐにまた元通り寝息を立て始める。
目の前の天狗がこんな事を考えているとは夢にも思っていないだろう、幸せそうな寝顔だ。
なんだか悶々としている自分が馬鹿らしく思え、素直に霊夢の寝顔を愛でることにした。
近すぎて悪戯も出来ないのが少し残念だけど、彼女といて、こんなに静かな時間を過ごすのは初めてだ。
霊夢が起きたら何と言ってからかおうか。いや、お礼を言うのが先ね。
そして、またいつか膝枕してくれるようねだってみよう。
「甘えんじゃないわよ」って言われるかしら。今までの私と違いすぎて疑われるかも。
どうなっても、霊夢が相手ならきっと楽しいに違いない。
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さて、続編はまだかい?
とっても良かったです!
ほのぼのと甘い空気、ご馳走さまです!