Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

素兎の道標

2010/07/02 01:09:56
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「やあ、待ってたわよ」

 満月の夜の下、藤原妹紅が迷いの竹林を歩いていると、突如、後ろから声がかけられた。
 振り向いて見れば、それは妖怪兎であった。縮れた黒髪に、垂れた真っ白い耳。小さな身体に幼げな顔の造り。くりくりと愛くるしさを感じさせる大きな瞳は、きっとこの狡猾な老兎の大きな武器となっているのだろう。
 妹紅は因幡てゐに、気怠げながらも問うた。

「待ってたって、なによ? 私はあんたに用なんてないわよ」
「何言ってんのよ。貴女は姫様を殺しに来たんじゃないの?」

 平気な顔をして、てゐは妹紅に問い返した。
 大きな瞳をきらきらと輝かせたまま、妹紅を見つめている。
 妹紅は目を瞬かせて、てゐの言葉に少し驚きつつも、応えた。

「そりゃま、そうだけど。それとあんたが関係あるの?」
「ええもちろん。大あり、大ありよ」
「……まさか、あんたも共謀してクソ輝夜を殺りたいとか?」
「そんなわけはない。まあ、あのヒトたちともそれなりの付き合いだからね。お仲間みたいなもんで、親愛を抱きこそすれ、恨みなんてのはまるでないわね」
「あ、そ。じゃ、その反対だったりするのかしら」
「というと?」
「あのボケ輝夜を護るために、私を殺したいんじゃないかしらってことよ」

妹紅は小首を傾げると、嘲るような笑みを作って、拳を突きだした。
それをゆっくりと開くと、ぱちん、と手の中で火花が一度、はじけて散った。
てゐはその様子を眺めて、やがてくすくすと笑いだした。

「それもないわね。だって、姫様も貴女も不死身でしょ。私がわざわざ命を張る意味がわからない」
「だったら何なのよ。いい加減、用件言わないと、ほんとに丸焦げにするわよ」
「怖いこと言って。つくづく、せっかちだね貴女も。そんなんだからいつも姫様に良い様に遊ばれるんだよ」
「そう、燃やされたいのね」
「はい、はい、わかったわかった。言うわよ、言うから」

 手をぱたぱたと振って、わざとらしく慌てて見せるてゐに、妹紅は苛立つ。
 こいつも輝夜の差し金だろうか。妹紅は思った。最近、彼女は自分で妹紅と闘おうとしない。毎夜のように出向く妹紅の相手をするのは、このところでは、いつも頭の弱そうな妖怪だとか、金に釣られた人間だとか。……巫女が襲ってきた時もあった。
 まともに相手をしていたのは何時の頃やら。
 根性悪のお姫様様は、今やただ引きこもって、妹紅と面を合わせもしない。
 つまらない奴らをふっかけて、きっと自分自身は、いつもどこかで高見の見物でもしているのだろう。
 ああ、腹が立つ。腸が煮えくりかえる。妹紅は思う。
 これほど憎んでいるのに。これほど恨んでいるのに。
 あの女はその妹紅の気持ちさえ踏みにじり、酒の肴にでもしているのだ。
 殺してやりたい、と妹紅は改めて思う。
 殺してやりたい。
 殺してやりたい。
 殺してやりたい。………。
 
どうして?
 
妹紅は、ちょっと可笑しくなってしまった。
 だって、不思議だ。
 これほど憎くて、確かに殺したくて。
 でもその理由となると、意識していないと頭の隅に追いやられてしまうようなものだ。
 いけない、いけない。妹紅は苦笑した。
 これは暇つぶしではないのだ。
 
 

「実は私、姫様にあるお願いをされててね。それで貴女を捜してたんだ」
「アホ輝夜の願い? やっぱ、何か企んでるわねあんた」
「わわ、危ない危ない! 手下ろして、下ろしてってば! そう急かないでよ。あのね、姫様は貴女との決闘を御所望なのよ」
「決闘? あのへそ曲がりの根性悪が?」
「そう、そう。だもんだから、その決闘場所への案内を、私が頼まれたってこと」
「永遠亭への行き道ぐらい、私わかるわよ」
「やや、あそこじゃないって。迷いの竹林の中に、そういう場が設けてあるのよ」
「……ふん。なによそれ。わざわざ特別な場所なんてなくても、永遠亭ごと消し炭にしてやるのに」
「それが困るから、場所を移したんでしょ」
「うるさいわね。そういう細々とした下準備みたいなのが、みみっちくてイラつくって私は言ってんのよ」
「そんな話だったっけ? ……ていうかね。貴女、イラつくって言ってる割には嬉しそうだよ」

 てゐに指摘されて、妹紅は初めて自分の頬に触れてみた。
 なるほど、確かに自分は笑っているらしい。妹紅は自覚する。
 意図せず、彼女は頬を引きつらせて、不器用に微笑んでいたようだ。
 それもそうだろう、と自分で納得する。なんたって、てゐの言葉を信じれば、今日は輝夜が殺せるのだ。
 しかも、今回はわざわざ決闘のために場所を変えるなどと、向こうの気合もそれなりのようだった。これなら、存分に、思う様に殺し合いが出来るだろう。
 久しぶりだった。本当に久しぶりのことだ。
 あいつを殺りたい。
 腹が減るように、眠たくなるのと同じように、ごく当たり前にこの身を満たす欲望。
 卑怯な輝夜のせいで、ここ最近は解消されず、頭の中を埋め尽くしていたそれを、やっと叩きだせるのだ。
 嬉しくないはずがなかった。

「それは当たり前ね。あのバカ輝夜がようやくぶち殺せると聞いちゃ、笑えもするわよ」
「……へ。相変わらず、暗い願望をお持ちだね。それで人生、楽しめてるの?」
「人の一生はもうとっく過ぎたわよ。……いいから、さっさと道案内しなさい。それが、あんたの仕事なんでしょ」
「だから、そう急かずに……って、わかったよ。丸焦げはごめんだからね」

 















いつまで歩いても変らない竹林。
 時折吹く風は生温く、肌にまとわりついて気持ちが悪いだけだ。
 ざあ、ざあとそれに合わせて揺れる竹まで、今の妹紅はなんだか煩わしい。
 目の前を歩く素兎は、鼻に付くほど軽快な足取りで、まるでペースを落とさず彼女を導いていく。

「……ちょっと。いつ着くのよ」
「まあ、もうすぐじゃないかな」
「なにその曖昧な感じ。はっきりなさいよ」
「焦らない、焦らない。そんなんじゃ、いざ決闘って時に負けちゃうよ。何時だって勝負は、平常心を乱した奴が負けるんだ」
「あんたのその、余裕たっぷりな態度に余計に乱されてるのよ……」

 妹紅がため息を吐くと、てゐがちらとこちらの様子を窺った。

「落ち着かないようなら、このままお話でもしようよ。リラックスするかも」
「嫌よ。なんであんたなんかと。あんたはただ、一刻も早く目的地に着く方法を模索してればいいのよ」
「わ、酷いわね。私は貴女の事を想って言ってるのに」
「だから、そういうのは間に合ってるってば」
「そうじゃなくて。例えば、道案内の兎が、黙々と歩いているばかりで、あんまり退屈なものだから、目的地を忘れてしまうだとか。そういう不測の事態に見舞われないよう、配慮をしてあげようかなーってね」
「あんたね……。いい加減にしないと」
「かくして生意気な素兎はおいしく焼かれ、仇敵への道は閉ざされる、と」
「……。あんたも、後でただじゃ済まないから」
「そりゃ、怖いね。でも、兎は寂しいと死んじゃうんでね。楽しく付き合ってもらうよ」

 







 以前として変わらない竹林。
 風もほとんど吹かず、身動きをするのは妹紅とてゐだけで。
 しゃべっているのはてゐだけであった。

「それで、その阿呆な鮫の奴は……っと、ごめんね。一人で話しちゃってたみたいだ。今度は貴女の話も聞こうかな」
「お気になさらず。好き勝手に話してていいわよ。私は聞いてるだけで疲れたから」
「あはは。ま、遠慮しないで」
「やばいわね。ほんとにあんた燃やしたくなってきた……」
「殺意が湧くぐらいには元気なんじゃない。上等よ」
「そりゃよかったわよ、ちくしょう……」

 てゐが、すす、と後ろに下がって、傍らでにこりと笑いかけてきた。
 妹紅が、そのてゐの笑顔に、すっと目を細めて、じっくりと睨んでやると、しかしそれでもてゐは笑ったまま話しかけてくる。

「貴女は今みたいな時間を、無駄だと思ってんだろうね」
「無駄じゃなきゃ、なんだってのよ」
「いや、それで正しい。今、私たちは無駄な時間を過ごしてるよ」
「そうでしょうね」
「でも、貴女たちがする殺し合いも、無駄じゃないとは言えないよねえ」

 頭が急に冴えた。いつまでも似たような景色の中を歩き続けてきたせいで、心身ともに疲れ果て、鈍っていたのが嘘のようだ。心中に、まさしく、烈火のごとき怒りが迸るのを、妹紅は感じる。
 知らずに語気を強めて、彼女は言う。

「何を言い出すつもりか知らないけど、迂遠な言い方は嫌いよ。言いたいことがあるんなら、はっきり言いなさい」
「別に説教しようってわけじゃないよ。ただ、私には貴女が、行為の無駄か否かをどこで線引きしてるのかわからないな、と思っただけ」
「……あんたがどう言おうと、私は輝夜を殺し続けることを無駄だなんて言わないわよ」
「じゃ、それ以外のことは、どうでもいいって? 確かに、不死身の貴女なら、食べることも寝る場所もいらないものね。うん、無駄だ。無駄だね」
「あいつを殺すことと比べたらね」
「……えらく、貴女は姫様を憎んでいる。その理由、聞かせてほしいわね」

 妹紅は肩をすくめた。
 胸の中でばちばちと散っていた火花が、急に収まるのを妹紅は感じる。
 ばかばかしくなったのだ。
 面白くない問答が始まりそうな予感だった。
 移り行く世を流れに流れ、星の数ほどの出会いを経験し、それと同じ数の別れを経て、その中で、妹紅も、なにも思わずなにも語らず生きてきたわけではない。
 父の、自分の仇を討つ。それはもう、大昔に腐り果て、崩れ去り、とうに意味を失った願望だ。
 そんなことはわかっている。ずっとずっと前にわかっている。
 でも殺す。
 だって、殺してやりたいのだ。
 それだけのために気の遠くなるほどの日々を流浪してきたのだ。
 それだけのために呆れるほどの数の恨み言を心中に吠えてきたのだ。
 それが、無駄だとか。単なる暇つぶしだとか。
 今さら、したり顔で結論付けられて、はいそうですかと認められるものか。

「あんたに語る気はない。私は輝夜を殺す。殺されても殺す。殺してもさらに殺す。殺して殺して、頭ん中が空っぽになるまで、殺し続けんのよ。理由なんて、もう今さら、どうだっていいわ」
「頭の悪そうな考え方だね。……ところで、語る気はない、ではなくて、語ることができない、じゃないの? 貴女の口ぶりだとそんな気がする」
「……そろそろ、あんた、痛い目みといた方がいいわね。正直、調子に乗りすぎよ」

 妹紅が、すでにばちばちと火花を散らしていた手を、思いきり握って拳を作り、また広げると、瞬く間にそれは勇ましく猛々しく燃え上がる火に包まれた。
 妹紅の明々とした火玉に、辺り一面が照らされる。彼女の姿を捜せば、暗闇に潜んで、いつの間にか妹紅と距離を取っていたてゐがいた。
 とはいえ、大した距離ではない。一歩二歩踏み込めば、それで詰められる距離だ。
 あんな妖怪兎、火だるまにするのは容易い。

「ねえ貴女、今、楽しい?」
「もちろんよ。クソ忌々しい妖怪兎をお仕置きしてやるんだからね」
「へええ。そんなしかめっ面して、それでも楽しい気持ちなの? 貴女、変わってるわね」

 ぐ、と妹紅は唸った。
 てゐはまるで焦りを感じない、年相応の貫禄に満ちた態度で、妹紅に対している。
 その口元にはやはり笑み。少女のごとき、悪戯っぽい笑顔だ。

「貴女は不器用な娘だね。同じ永い時を過ごしていても、姫様のほうが万倍、賢い使い方をしている」
「はあ? どういうことよ? あんな奴、永遠亭に引きこもってただけでしょうが」
「そうね。それはもう、無茶苦茶に無為な時間を過ごしてたわ、あのヒト。なんかいつ見てもぼけっとしてるか、でなけりゃ我儘言ってお師匠様に怒られてたもの」
「……私の生きた日々は、それ以下だって言いたいの?」
「うん。残念ながら、ね」

 妹紅は深く重い息を吐いた。
 身体中が一気に熱くなって、こっちが火だるまになりそうな気分だった。
 やがてその感覚は背だけに集まり、何かが裂けるような激痛と共に、妹紅の激情は具現した。気付けば、彼女の背中には紅く美しい、炎の翼が広がっていた。

「藤原妹紅。もう一度訊くよ。貴女は楽しい? 憎しみに駆られて生きた日々が。誰かを殺すことだけを考えて生きた日々が」
「……楽しいわけないでしょ」
「そうだろうね。でも、姫様は違ったよ。くだらないことをして、くだらないことを言って。決して面白くない過去を背負ってるってのに、にこにこ笑って楽しんでたよ」
「……うるさいわね! じゃあ私にどうしろってのよ! アイツにはもう関わるなってこと!? そうすれば。そうすれば、私も、楽しく生きられるってこと!?」
「そうまで言っちゃいない。でも、貴女のやり方じゃ、暇つぶしにすらならないよってことが言いたいだけ」

 暇つぶし。
 この世の全ては、暇つぶし。
 不老不死の自分は、突き詰めてしまえばそれが真理か。
 蓬莱山輝夜を思う。同じく不老不死の仇敵を思う。
 今なら、わかる。
 彼女が妹紅を避けていたのは、つまり、それが暇つぶしにならなかったから。
 殺し合いなんてしても、楽しくないと気付いたから。
 もっと、楽しくて暖かな『暇つぶし』が、彼女にはあるから。
 妹紅は、怒りが湧かなかった。
 ただ、空しくなった。
 彼女の炎が消える。
 ああ。頭の中が、空っぽだ。

「そうがっかりしなくても良いと思うけどね。貴女にだって、あるじゃない。殺し合い以外にも、良い具合に暇を潰せる手段がさ」
「そんなの、ない」
「考えてごらん。落ち着いて、ゆっくりとでもいいからね」

 妹紅が口をへの字に曲げて、眉をひそめて考えていると、てゐが、ふと頬を緩めた。
 今までとは毛色が違う、優しくて穏やかな老兎の笑みだった。

「立ち止っててもしょうがないよ。ほら、歩こう。一緒に歩きながら、考えよう」
 
 てゐが手を差し伸べる。
 妹紅は、その優しげな仕草に、表情に、盲目的に歩を進めた。
 そして。



 抜けた。




地面が、抜けたのだ。
いわゆる、落とし穴というヤツであった。
遅れて、鈍い痛みが全身に響き渡る。ぐわんぐわんと頭が揺れて、視界がわずかに滲んだ。
仰向けのまま、妹紅は丸く切り取られた夜空をぎろりと睨む。
にひひ、と悪ガキ然とした顔で、てゐが見下ろしていた。

「あはは。やあっと引っかかったね! いやいや、苦労したよ。なかなかこのポジションに貴女が来ないもんだからさあ」
「あ、あんた……」
「良い暇つぶしをさせてもらったよ、藤原妹紅。お礼といっちゃなんだけど、ネタばらししといたげる。全部嘘でした。決闘なんて端からナシよ。姫様様なら今日も永遠亭で、元気にぐうたらしてると思うわね」
「殺す!」

 わあ怖い、などと言っててゐは逃げた。
 妹紅は、愕然とする。

 なんて。

なんて無駄な。


飛べばいいじゃない。


こんな仕掛け、妹紅が飛んだらそれで終わりだ。
怪我を負わせられるわけでもなければ、時間が稼げるわけでもない。
そのくせ、結構な深さだ。作る労力だけはやたらにかかる。

無駄。
本当に無駄な仕掛けである。何の意味もない。
ただの悪戯好き兎の、手間をかけた暇つぶし。

妹紅は、笑ってしまった。
口の中が、つい含んでしまった土でじゃりと音をさせる。
なんなの、これ。
可笑しい。馬鹿みたいじゃない。


そして、久しぶりに思い出す。
ふとしたきっかけで知り合った、人里の半獣のこと。
わりかし話が合った、世話好きの彼女。
また会ってみようかな、などとぼんやり想った。
満月の夜は忙しいと言っていたから、明日にでも。
とりあえず今夜は、やっぱり、クソ輝夜をぶちのめすのだ。
今この時は、それでいい。

 





 
  
 
 
 


 
 
最後まで読んでくださった方に、感謝です。
足跡
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
やっぱり最後はてゐらしかったw
面白かったです!
2.名前が無い程度の能力削除
てゐは流石過ぎる

てゐと妹紅は一番好きな組み合わせの一つだ
頭の固いお節介焼きの慧音先生に対して掴み所のないお節介焼きのてゐ先生
共に竹林を縄張りにしてるんだし、もっと増えないかなぁ
3.名前が無い程度の能力削除
何時も通りてゐは凄い奴だな
天が見えないよ
4.名前が無い程度の能力削除
妹紅とてゐ、自分も好きな二人だ
飄々と人をからかいながら人を幸せにしていくてゐはいい奴だな!
5.名前が無い程度の能力削除
てゐの落とし穴に彼女なりの優しさを感じた
6.名前が無い程度の能力削除
いいですね!
てゐの奥深い精神性や妹紅の変わっていく兆しがとても自然に描かれていて、読み応えがあります。
てゐ、妹紅、そして登場こそしませんが輝夜、この3人のキャラクター像が自分のイメージとすごく近くて嬉しくなりました。
7.名前が無い程度の能力削除
このてゐ良いキャラだなあ。イタズラ好きで、年長者らしくて。
妹紅とてゐは凹凸のあった組み合わせだと思うのでもっと増えてほしい。