『──ハイッ、というわけで私のデビューシングル「フランドールスカーレットと魔法の杖~破壊と運命の交わる先に少女はなにを見るのか~─束縛編─」を聴いてもらったんだけど……ねぇパチュリー? やっぱりお姉さまのネーミングセンスっておかしいよね? 長すぎて誰も覚えてくれないよこれ。いっぺん脳みそドカーンってしたほうがいいんじゃない? ……え、駄目? あ、そっかー、元から私達脳みそ無いや~……テヘッ、ドンマイッ☆』
(観客の笑い声SE)
『じゃあ、気を取り直して、私がみんなのお悩みをドカンと解決しちゃう、お便りコーナ~! さぁさぁ用意されたお便りボックス、壊されずに残ってるお便りはどこかなー……っと、コレだ! えーっとなになに、私の破壊から逃れれたラッキーさんの名前は……はい、ラジオネーム「SAY LOVE」さんっ! ねぇパチュリー、セイラブってどういう意味? ……へぇ、くっさい名前だね。あ、と、ごめんなさい。どれどれ……「フランちゃん、私は今監獄のような場所にいます。いつまでもこんな所に居るわけにはいきません、どうすれば出られるのでしょうか?」へ~監獄かぁ、私も少し前まで似たような状況だったけど、こんなに悪くは無かったけどな……って、質問が暗いっくらぁーい!悩みが暗すぎないこの人!? なんなのさ監獄って、そもそもこれどうやって送ってきてるのさ!?こっそり抜け出して送ってきたの? 出られてるじゃん! もういっそ監獄壊しちゃえばいいじゃん! え?…………あ、ここカット? でもパチュリーこれ生放送でしょ? そんなことできるの? ありゃぁ…………パチュリーが急に喘息で苦しそうにし始めたので次のお便り~、えっとラジオネーム「ブリッジプリン……』
──フランドール・スカーレット。
彼女が始め、こいしがこの地底に持ち込んだラジオ番組『フランドールのナイトメアプリンセス』は瞬く間に旧都中を震撼させた。
その幼さの中に無垢な悪意を潜ませる声は今や旧都のあちこちから聞くことができる。
……そしてその声は、この私、水橋パルスィの哀愁漂わせるダンディーな部屋にも轟いてしまった。
まったく、萃も辛いも噛み締めた橋姫には、こんなチャイルドな空気は似合わないってに。
「……ほんと不思議ですねぇ、彼女の声はどうしてこうまで私を惹きつけるんでしょう?」
「…………」
私のベットを、子供が占領していた。
子供は思い出したように飛び起きると、こちらを向いた。
「あまり失礼なことを考えないでくださいよパルスィ。私はフランちゃんのラジオを集中して聴きたいんです」
ラジオのボリュームが上がる。近所迷惑(近所に家は無い)な声を撒き散らすラジオを、うっとりと眺めていた。
そうしてまた寝転がると、花を愛でるような表情でスリッパ履きっぱなしの足をバタつかせる。
私は隣でその様子を見ていたこいしの肩を叩いた。
「ちょっとこいし……あんた、あれ持って帰りなさいよ」
「む、無理だって……ああなっちゃったお姉ちゃんは誰も止められないよ……」
「あんたが持ち込んだのが原因でしょ。自分でなんとかしなさいって。ほら」
「むー」
仕方が無いなぁ、とこいしはそろりそろりとさとりに近寄り、注意深くその足を観察した。
バタバタと落ち着き無く動く細い足を、目で追いかけた。
しばらく動かずにただじっと、目線は白い足を追いかける。
そして、
「──ほちゃ」
両足の間に、腕をくぐらせた。
一瞬の隙を縫っていった手のひらは接触することなく、ミシンのような速さで動くギロチンをクリアする。
「あちゃ」
往復。皮膚が擦れる音がした。
「ほわちゃ」
二週目。
「にゃ」
みっつ。
「──ちょいや!……いったぁい」
記録、四週。
叩き落された手を庇いながら、こいしはこっちへ戻ってきた。
「えへへ、失敗しちゃった。さぁ、この記録を破れるかな?」
私は腕まくりした。
「よーし負けないわよー」
そろりそろりと、私はさとりの足元に後ろから迫る。
じっと、運動を止めない両足を凝視して、そこにゆっくりと手の平を近づける。意外とタイミングが難しい。私に出来るのだろうか……いや、躊躇しても仕方が無い。
喉が鳴った。そのまま呼吸が詰まった。それを皮切りに、私は鋭くその手を振るう──しかし、
「ぅぐ……ぃ、い、た」
止まる。タイミングが最悪だった。私の腕は肘と手首をさとりの両足に挟み込まれてまった。いまやさとりの両足はラジオを終えるまで動くことを止めない。私の手も腕も抱え込み、その運動を続けようとする。
万力のような力が私の腕の上方と下方からかかる。
──折られる! 本能的にそう悟った。
歯軋りしながら腕に力を込める。そうまでしなければ、さとりの足をこじ開けられない。ゆっくりと腕がさとりの両足を開いていく。もうすこしだ。もう少しで、私の両腕は自由だ。
それが、油断だった。
ゴキン。
「ああぁぁぁ! 腕が、私の腕がぁぁ!」
嫌な音がした。出口を目前にして、私の腕はそのギロチンの餌食になってしまった。
幸い、おかしな方向には曲がっていない。
骨は無事だ。でも、猛烈に痛い。負荷を掛けられ続けていた腕は赤くなっていた。
私は床で悶絶した。
「あぁぁぁぁ……って、何させてんのよ!?」
嘘だ。
痛くなんて無い。私は鬼だ。これしきで喚くような弱さは持ち合わせていない。
絶対に。
「楽しくてつい」こいしは帽子を脱いだ。
「まったくあんたは……だいじなお姉ちゃん、友達に取られてるのよ?
もっとこう、妬ましいとか、そんな気持ちになんないの?」
「おお! そういえばそうだっ! おのれフランめぇ……!」
ギリギリと拳を握るこいし。
その表情は小石のように簡単に転がる。
今度は思考。
「んー……そうだ」
こいしは考えるふりを三秒だけして、顔を上げた。
「ラジオをやろう」
「は?」
「ラジオだよラジオ、それもフランのに負けないくらいのすっごいやつ!
そうすればお姉ちゃんも取り返せてみんなもニコニコ顔でいい事だらけじゃんっ!」
言うなりこいしは私の制止も聞かずに外へ飛び出していった。
どうでもいいが急いでいるときに窓から出入りする癖はさっさと直して欲しいものだ。
私は散らばった窓ガラスを掃き集めながら、これからのことを予想した。
どこかから機械を持ってくるこいし。
そして何故か巻き込まれる私達。
どうであれ、ろくな事にならないのは間違いない──
~~~~~~~~~~~~~~~~
三色の提灯が順に点灯し、カウントダウンの声が木霊する。
黒谷ヤマメの合図と共に、ピアノと尺八と和太鼓とパイプオルガンの織り成す、ポップかつ混沌とした音楽が、小さな箱から聞こえてくる。
偶然にもそれを耳にしてしまった者たちは、言いようの無い高揚感と倦怠感に包まれるのだった。
「──はぁい、朝の六時十四分になりました。私、古明地こいしが気が向いたら放送してる、気が向かなかったらこれで最終回の、『古明地こいしのみんなでイド端会議!』これから私が飽きるまで、たっぷりネットリと付き合ってくれる? くれるよね、答えは聞いてないっ!」
ガラス一枚を挟んだ向こう側。
そこから私達は、こいしを見ている。原理もなにも知らないはずなのに機械なんていうハイカラなものを手足のように操るヤマメ。それを横から手伝うキスメ。機械が動いているだけで知恵熱で倒れて唸ってしまった姐さん。壁に寄りかかりながら、腕を組んでいる私。そして、
「あぁこいしこいし心配だわこいし。……噛まないかしら詰まらないかしら一人で寂しくないかしらねぇ皆さん、ここはひとつ、ゲストということで私が一緒についててあげても──」
そう言いながら、ガラスに顔を押し付けている、一応私達の中で一番の権力者。
「うわ、ガラス越しのお姉ちゃんマジ怖い」
撃沈。
「オタヨリィィ! コォォォゥナァァァァー!……っと、よし、満足! 次のコーナーは、っと……ゲストコーナー! さて今日のゲストは……だーれーにしよーかなーかみさまのいうとーりっ! はぁい、今日のゲストはパルお姉ちゃんに決定~」
「いよいよ私の出番なわけね……ッ、なに、さとり、不満? 妬ましい?」
防音素材の壁から身を離すと、さとりは私のマフラーを掴み、引き寄せ、何かを訴えたそうにしていた。
いろんな感情が混じっていた。
「こいしのこと……頼みます」
そう言い残すと、さとりはフラフラと収録現場から立ち去っていく。私達はそれを黙って見送った。
「ふん……任せておきなさい」
私はこいしの対面に座った。
「さぁ、この橋姫に聞きたいことがあればなんでも聞くといいわ。
存分に妬ませてあげるからね……覚悟してなさい」
「あ、朝ごはんの時間だ」
こいしは現場を後にした。
「…………」
「…………」
『こっちみんな』キスメはフリップを掲げた。
私は一度、咳をした。
「ま、まあこんなことだろうと思ったわよ。いいわ、続けてあげる。でもこのままじゃ駄目ね、全然駄目だわ。ヤマメ、音楽を切り替えなさい。こんなお子様じみたやつじゃなくてもっとアダルティなやつね。……え? よくわかんない? いいのよ、あんたがキスメと二人でいるときに流れてきそうな曲よ、そう、朝からラジオの向こうが大変なことになりそうなやつね。……うん、やれば出来るじゃない才能あるわよあんた、妬ましいわ」
ガラス一枚を隔てて、サムズアップ。
私達の心が始めて通じ合った瞬間だった。
私はもう一度咳をして、声をオクターブ下げる。
「……嫉妬はみなもと、嫉妬は濁流、嫉妬は世界。ごきげんよう、この妬ましい朝に乾杯、ここからは『水橋パルスィのJの迷宮』の時間よ、私の嫉妬心が満足するまで続くから、覚悟して聴きなさい。枕を濡らす準備はいいかしら? 心に炎は燃えているかしら? 隣で一緒に聴いてる奴がいたら離れなさい。私のラジオは──すごいわよ」
曲が入れ替わる。
静かで冷たい、曇天に浮かぶ月のような曲調。
瞳を閉じると思い返す、そんな月を見ていた頃。
息を吐く。
親指と人差し指を合わせて、手を掲げ上げた。
「今宵を、激しい夜にしてあげる」
私の頭上で、音が響いた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
──スパンッ
スリッパだった。
更に言えばスリッパのつま先、一番固い部分だった。
「ただいまっ!」
「人のことひっぱ叩きながら言う台詞がそれ!?」
「盗ん、借りてきた!」
「返してきなさい」
「よーし、録るぞー」
私の家に、不法投棄物が溢れた。
「……しまった!」
「こんどはなに」
「録り方分かんない!」
「ほら見なさい、元々無理なのよ」
「借りてくる!」
再びこいしは窓から出て行った。
「──借りてきた!」
「ほよ? ここはどこかしら?」
「返してきなさい!」
「しまった!」
「こんどはなに!」
「収録に着ていく服が無い!」
「好きにしなさいよ、もう!」
「買ってくる!」
こいしは出て行った。
私の懐は軽くなった。
残されたのはふたり。
さとりは数に含めないでおく。
私達は自然と目が合った。
「……誰よ」
「あんたこそ誰よ」
それが、ファーストコンタクトだった。
ウオオオオォ!! パルちゃあああああああん!!
僕の大好きなこいパルないしさとパルをコンスタントに書いてくれるのは鳥丸さんぐらいなので
いつも狂喜乱舞して読んでます
この終わり方は続きがあるということでしょうか、期待してます!
六時十四分……五時じゃなくて?