私はじっと、地上を見下ろしていた。
私が住む世界とは違うところを、飽きもせずに眺めていた。
そんなことをしていても何の意味もないのに。
それなのに、私はそれをやめなかった。
意味はないと分かっているはずなのに。
「…また来たの」
背後に気配を感じ振り向く。
「御機嫌よう」
予想通り、そこにはニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる紫の姿があった。
それに苛立を覚えつつも声をかける。
「何の用かしら?ここは下賎な地上の妖怪が来るような場所じゃないわ」
「そうね。俗物の私にはこんな退屈なところは耐えられないわ」
「…喧嘩売ってるの?」
「いえいえ。下等な妖怪が天人様に敵うはずがありません」
わざとらしく怯えたような動作を取る紫。
その馬鹿にした態度から視線を外し、再び地上を見る。
「用が無いなら消えなさい。目障りよ」
紫の視線を背中にうけながら、冷たく言い放つ。
二言三言言葉を交わし、ふざけた態度のまま、
『また明日』
そう言って立ち去るのがいつものことだ。
しかし、今日は違った。
「あなたは寂しいのかしら?」
突然、真面目声でそんなことを言った。
「はあ?何を言って」
「私にはそう見えるわ」
「…だから何。あなたには関係ないでしょう」
何故。私はこんなにもイラついているのか。
嫉妬でもしているのか。この私が。
「かもしれない。けれど、放っておけないわ」
「また異変を起こすとでも?」
そんなことはもうしない。
そんなことをしても、何も得るものはなかった。
居場所も繋がりも手に入ることはなかった。
何も意味はなかった。
「そうじゃない。私は」
「…いいから消えて。鬱陶しいわ」
「天子」
「触らないで!」
肩に置かれた手を強引に振り払う。
そのとき一瞬だけ見えた紫の表情に驚く。
少女のように弱々しく、悲しげに歪んだ表情は振りほどかれた手を寂しげに見つめていた。
胸が、痛んだ。
なんとも思ってないはずなのに。
紫なんてただの下賎な妖怪だとおもっていたはずなのに。
取り返しの付かないことをしてしまったのではないか。
そんな感情が流れる。
「…余計なお世話だったわね。招かざる客は消えることに致しましょう」
「…あ」
何か言おうとして。
「さようなら」
私は何も言うことが出来なかった。
「…ふん。また明日にでも来るでしょう」
だから。
この胸の痛みは明日には消える。
そう強く思って、忘れようとした。
けれども、紫の悲しげな表情と、
『さようなら』
最後の言葉は棘のまま心に突き刺さった。
次の日、紫は来なかった。
その次の日も、次の日も。
おそらく明日も。
もう二度と来ることはないかもしれない。
そう考えると、胸が苦しくなって叫びだしたくなった。
何故、私はこんなに苦しいのだろう。
不意に目頭が熱くなって押さえが効かなくなりそうになる。
「よ、元気…じゃなそうだね」
ポンと、急に肩に手を置かれ飛び上がるように驚く。
「ゆか…」
振り向いた先にいたのは紫ではなかった。
困ったようにこちらをみる萃香だった。
「紫じゃなくてがっかりした?」
「…そんなこと」
そんなことはない。
私がそんなことを期待しているはずがない。
だけど、否定することは出来なかった。
「どうでもいいでしょう、そんなこと。一体なんの用?」
「ん~。ただ飲みに来ただけ」
萃香は白々しくそう言った。
「酔ってるから独り言言うかもしれないけど、気にしないで」
そう言うと、私の隣に腰掛ける。
しばらくちびちびと瓢箪を煽っていたが、ふうっと、ひと息つくと『独り言』を始めた。
「紫、泣いてた」
「え?」
ぽつりと呟いた言葉に悲しげだった紫を思い出し、胸が痛んだ
あの紫が泣くはずがないと思っても、それが鮮明にイメージされ棘は深く突き刺さる。
「自分のしていたことはただの自己満足だったって。ただ、あの子の隣に誰かいてあげないと。繋がりも居場所もあるって教えてあげたかった」
瓢箪を一気に煽る萃香。
「だけど、出来なかった。ただ、繋がりを壊してしまっただけだった。そう言って、泣いてた」
私はそれを黙って聞くしか出来なかった。
萃香はこちらに視線を向け、すぐに戻す。
そして『独り言』を続ける
「紫はあんな性格だからさ、ひねくれた形でしか好意を示せない。だけど、天子のことはいつも気にかけていた」
「…それを私に聞かせてどうするの?」
「ん?ただの独り言だからね。私はどうもしない。けど」
じっと、楽しそうな笑顔で私を見つめる。
「どうしたいかはわかったでしょう?」
私は一体どうしたいのか。
私が欲しい言葉はなんだったのか。
『さようなら』
そんなものではない。
『また明日』
ただ、そう言ってくれる紫が好きだった。
紫に憧れていたのだ。広い世界を私に教えてくれると思っていた。
けど、そんなことは言えなかった。
今思えばつまらない意地と嫉妬だ。
そんなことで繋がりを壊したくない。
紫には隣にいて欲しい。
それを認めると胸の苦しさは消えていった。
なんだ、私も紫のことは言えない。
私も紫のことが好きだったのに。
ただ、一言『ありがとう』って言うだけでよかった。
「…ありがと」
「紫の前でもそれくらい素直ならいいのに」
楽しそうに言って、
「そう思うでしょ。紫」
虚空に向かってそう投げかけた。
「え?」
呆気に取られていると、空間が裂けばつの悪そうな表情の紫が現れた。
「…どうしてわかったの?」
「勘、かな」
冗談めかすような言葉は私には届かなかった。
ただ、目の前の紫に言わなければならないことがあった。
「紫!」
不安そうに視線を向ける紫は少女のようにか弱く、今にも消えてしまいそうだった。
「あんなことしてごめんなさい!だけど、嫌いになったわけじゃないの!嬉しかった!独りじゃないって教えてくれて!」
だから、
「『さよなら』なんて言わないで!」
自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
感情のままに叫んで、ありのままの気持ちを伝えた。
視界がぼやける。
いつの間にか涙を流していた。
それを拭うこともせず、紫を見つめた。
紫はじっと私を見つめ返す。
そして、柔らかく微笑んだ。
初めて見る心からの笑顔だった。
「…ありがとう」
差し出された手をしっかりと握り返す。
もう二度とこの手を振り払うことはない。
「…ありがとう」
居場所を。繋がりを。暖かさを。
私に教えてくれて。
ありがとう。
私が住む世界とは違うところを、飽きもせずに眺めていた。
そんなことをしていても何の意味もないのに。
それなのに、私はそれをやめなかった。
意味はないと分かっているはずなのに。
「…また来たの」
背後に気配を感じ振り向く。
「御機嫌よう」
予想通り、そこにはニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる紫の姿があった。
それに苛立を覚えつつも声をかける。
「何の用かしら?ここは下賎な地上の妖怪が来るような場所じゃないわ」
「そうね。俗物の私にはこんな退屈なところは耐えられないわ」
「…喧嘩売ってるの?」
「いえいえ。下等な妖怪が天人様に敵うはずがありません」
わざとらしく怯えたような動作を取る紫。
その馬鹿にした態度から視線を外し、再び地上を見る。
「用が無いなら消えなさい。目障りよ」
紫の視線を背中にうけながら、冷たく言い放つ。
二言三言言葉を交わし、ふざけた態度のまま、
『また明日』
そう言って立ち去るのがいつものことだ。
しかし、今日は違った。
「あなたは寂しいのかしら?」
突然、真面目声でそんなことを言った。
「はあ?何を言って」
「私にはそう見えるわ」
「…だから何。あなたには関係ないでしょう」
何故。私はこんなにもイラついているのか。
嫉妬でもしているのか。この私が。
「かもしれない。けれど、放っておけないわ」
「また異変を起こすとでも?」
そんなことはもうしない。
そんなことをしても、何も得るものはなかった。
居場所も繋がりも手に入ることはなかった。
何も意味はなかった。
「そうじゃない。私は」
「…いいから消えて。鬱陶しいわ」
「天子」
「触らないで!」
肩に置かれた手を強引に振り払う。
そのとき一瞬だけ見えた紫の表情に驚く。
少女のように弱々しく、悲しげに歪んだ表情は振りほどかれた手を寂しげに見つめていた。
胸が、痛んだ。
なんとも思ってないはずなのに。
紫なんてただの下賎な妖怪だとおもっていたはずなのに。
取り返しの付かないことをしてしまったのではないか。
そんな感情が流れる。
「…余計なお世話だったわね。招かざる客は消えることに致しましょう」
「…あ」
何か言おうとして。
「さようなら」
私は何も言うことが出来なかった。
「…ふん。また明日にでも来るでしょう」
だから。
この胸の痛みは明日には消える。
そう強く思って、忘れようとした。
けれども、紫の悲しげな表情と、
『さようなら』
最後の言葉は棘のまま心に突き刺さった。
次の日、紫は来なかった。
その次の日も、次の日も。
おそらく明日も。
もう二度と来ることはないかもしれない。
そう考えると、胸が苦しくなって叫びだしたくなった。
何故、私はこんなに苦しいのだろう。
不意に目頭が熱くなって押さえが効かなくなりそうになる。
「よ、元気…じゃなそうだね」
ポンと、急に肩に手を置かれ飛び上がるように驚く。
「ゆか…」
振り向いた先にいたのは紫ではなかった。
困ったようにこちらをみる萃香だった。
「紫じゃなくてがっかりした?」
「…そんなこと」
そんなことはない。
私がそんなことを期待しているはずがない。
だけど、否定することは出来なかった。
「どうでもいいでしょう、そんなこと。一体なんの用?」
「ん~。ただ飲みに来ただけ」
萃香は白々しくそう言った。
「酔ってるから独り言言うかもしれないけど、気にしないで」
そう言うと、私の隣に腰掛ける。
しばらくちびちびと瓢箪を煽っていたが、ふうっと、ひと息つくと『独り言』を始めた。
「紫、泣いてた」
「え?」
ぽつりと呟いた言葉に悲しげだった紫を思い出し、胸が痛んだ
あの紫が泣くはずがないと思っても、それが鮮明にイメージされ棘は深く突き刺さる。
「自分のしていたことはただの自己満足だったって。ただ、あの子の隣に誰かいてあげないと。繋がりも居場所もあるって教えてあげたかった」
瓢箪を一気に煽る萃香。
「だけど、出来なかった。ただ、繋がりを壊してしまっただけだった。そう言って、泣いてた」
私はそれを黙って聞くしか出来なかった。
萃香はこちらに視線を向け、すぐに戻す。
そして『独り言』を続ける
「紫はあんな性格だからさ、ひねくれた形でしか好意を示せない。だけど、天子のことはいつも気にかけていた」
「…それを私に聞かせてどうするの?」
「ん?ただの独り言だからね。私はどうもしない。けど」
じっと、楽しそうな笑顔で私を見つめる。
「どうしたいかはわかったでしょう?」
私は一体どうしたいのか。
私が欲しい言葉はなんだったのか。
『さようなら』
そんなものではない。
『また明日』
ただ、そう言ってくれる紫が好きだった。
紫に憧れていたのだ。広い世界を私に教えてくれると思っていた。
けど、そんなことは言えなかった。
今思えばつまらない意地と嫉妬だ。
そんなことで繋がりを壊したくない。
紫には隣にいて欲しい。
それを認めると胸の苦しさは消えていった。
なんだ、私も紫のことは言えない。
私も紫のことが好きだったのに。
ただ、一言『ありがとう』って言うだけでよかった。
「…ありがと」
「紫の前でもそれくらい素直ならいいのに」
楽しそうに言って、
「そう思うでしょ。紫」
虚空に向かってそう投げかけた。
「え?」
呆気に取られていると、空間が裂けばつの悪そうな表情の紫が現れた。
「…どうしてわかったの?」
「勘、かな」
冗談めかすような言葉は私には届かなかった。
ただ、目の前の紫に言わなければならないことがあった。
「紫!」
不安そうに視線を向ける紫は少女のようにか弱く、今にも消えてしまいそうだった。
「あんなことしてごめんなさい!だけど、嫌いになったわけじゃないの!嬉しかった!独りじゃないって教えてくれて!」
だから、
「『さよなら』なんて言わないで!」
自分でも何を言っているのかよくわからなかった。
感情のままに叫んで、ありのままの気持ちを伝えた。
視界がぼやける。
いつの間にか涙を流していた。
それを拭うこともせず、紫を見つめた。
紫はじっと私を見つめ返す。
そして、柔らかく微笑んだ。
初めて見る心からの笑顔だった。
「…ありがとう」
差し出された手をしっかりと握り返す。
もう二度とこの手を振り払うことはない。
「…ありがとう」
居場所を。繋がりを。暖かさを。
私に教えてくれて。
ありがとう。
そして後書きwwwww
ゆかてん素晴らしいヒヒヒ
ゆかてんに幸あれ