「文。私、空が飛びたいわ。」
博麗神社の縁側。楽園の巫女である博麗霊夢はいきなり突飛な事を言い出した。
巫女は人間、私は妖怪。ただし私の隣で脚をぶらぶらさせている巫女はただの人間とは違い空を飛べる。
「何を言ってるんです?あなたは元々飛べるでしょうに。」
巫女は呆れたように溜め息をついた。
「…はぁ。分かってないわねぇ、あんた。鈍い鈍い。」
「私、そんなにひどいですか?椛にもよく言われるのですが…。」
「あんたの部下に同情する。とだけ言っておくわ。」
「うへぇ…。」
本当にこの巫女は人間だろうが妖怪だろうが神だろうが見境なく毒舌だ。とてもふてぶてしいと思っているのは私だけではないはずである。
現に私だってこれほど言われたら少々むっとする。というか普通の人間にここまでされたら、多分殺してると思う。天狗はプライド高いですから。
私の隣で茶をすすっている人間はさっきも言ったようにそこらに転がっている人間とは違う。そもそも、空を飛べるという点でもそうだが妖怪とこうして仲良くしている時点で人間のくくりの中では十分異端である。
それほど『博麗』という名は重いのだろうか。だが、しかしそんな私の過去は忘却の彼方である。
「時にはさ、あんたみたいに何事にもとらわれずに自由に飛びまわりたいときもあるのよ。」
はて。と私は巫女の発言に疑問を感じずにはいられなかった。
「…あなたはそのままでも自由奔放だと思いますが。ぶしつけなところとか。」
「何か言った?」
おっと、失敬失敬。少し口が滑ったのはご愛嬌という事で。あ、すいません。もう言いませんから。笑顔のまま針と札を持ってこちらを楽しそうに見つめないでくださいごめんなさい。
「…ったく。なんにしても私だって人間なんだから時には開放的になりたいのよ。」
「山の神社の巫女のようにですか?」
「私は別にさでずむなんぞには興味ないわよ。それともあんたが早苗の唐傘おばけのようになってくれるの?」
「いえ、謹んで丁重にお断りします。私はさでずむですので。」
ちっと舌打ちが聞こえた気がしたけれど気にしない。そういう関係。私と霊夢はその程度の関係なのだ。
「…そんなもんですかねぇ。私だってそんなに自由なわけではないですよ。」
「そうかしら。人のプライベートを覗き込むくらい暇で自由にしてるじゃない。」
「最低限のマナーは守っているつもりです。何故なら私は…。」
「清く正しい射命丸…でしょ?」
「そのとおりです。」
巫女は茶をすする。私は手土産の菓子を口に含んだ。
数秒の静寂と共に風がぴゅうと吹いた。それは強くなく髪をなでる程度のやわらかく、心地のいい風だった。
「…霊夢さん。」
「…何?」
私は少し、間を開けた。もったいぶりたい気持ちでもあったのだろうか。
「今度一緒にどこかへ出かけませんか。」
目の前の少女は私が何を言ったのか分からないという表情である。
カシャッ。
「…何撮ってるのよ。」
「…できれば針を投げる前に言って欲しかったです。強いて理由を挙げるならば霊夢さんにしては珍しい表情でしたので1枚撮らせて頂きました。」
…正直に話したのに針を追加された私は理不尽さを若干感じながら額に刺さった針を抜いた。
「で、どうなんです?行くんですか、行かないんですか?」
「…。」
再び沈黙が場を支配する。
ちりんと風鈴が風の報せを音に変換する。じりじりと暑い日が続くなぁという他愛もない事と平行になんだか気まずい空気だなぁと思いつつも良い返答に期待している自分がいることもなんとなく理解できた。
「……たまには。」
「はい?」
「たまには、いいかもしれないわね。」
この巫女は本当に素直じゃないと思う。
意地を張っているという表現にはいささか違和感を覚えるけれど。長年生きている私にもいまだに掴みきれないところはあるが霊夢は猫みたいなものだと思っている。
さばさばしているように見えるが本当は自分の気持ちを表現することが苦手みたいなのだ。
「たまにはっていつです?」
「…それは具体的に言わなきゃいけないわけ?」
「質問に質問で返さないでくださいよ。具体的に言ってもらわないといつ訪ねれば良いのか分からないじゃないですか。」
「……じゃあ明日。」
「…また急な話ですねぇ。まぁいいですけど。」
私は文花帖を開いて明日の予定の欄を埋める。メモをしながら何処に行ったら楽しめるだろうかと頭に思い巡らせる。
…あぁ、そうか。私は楽しみだったんだ。ずっと神社にいる彼女を私は連れ出したかったのかもしれない。
同じ楽しい時間を共にしたい。彼女は人間、私は妖怪。種族が違えば多種多様の違いがあるのは自明の理である。
たとえば、寿命。だとか。時間は止まってくれやしない。彼女が必死に生きる時間など私達妖怪にとってはあっという間のものだ。そして時間は記憶を風化させていく。
私は彼女の事を気に入っている。このまま漫然と生きていって彼女と死に別れ、そしていつの間にか忘れてしまうという結果にしたくなかったからなのだろう。
取材対象という名目で接するのにしては私と霊夢の互いの間隔は近くなりすぎていた。
私と霊夢はその程度の関係。であったはずなのに。新聞記者にあるまじきミスだ。いつの間にか私から近づき、距離を縮めすぎていたのだ。
そうと分かればあの時の妙な沈黙の理由も納得できる答えにたどり着くことが出来る。
もったいぶりたかったのではなく、もしこの誘いが断られたら…という迷いが作ったのだと。
まるで恋をしている人間の娘のようではないかと半ば自嘲的に私は笑った。
「…どうしたの?真剣な顔したり笑ったり忙しいやつね。」
「いえ、何でもありませんよ。前に椛をからかった時のことを思い出しただけです。」
「あの子も苦労しているのね。」
くすくすと声を漏らして笑う巫女の顔はとても幸せに満ち溢れているように見えた。
カシャッ。
「…あなたは何故…。」
「…? 文、どうかした?」
「……いえ、何でもありません。忘れてください。」
「…そう。あと、その写真機を貸しなさい。」
「嫌です。あなたに渡したら何が起きるか分かったものではないので。」
「ちょっと捻って潰すだけじゃない。勝手に写真撮って…。」
これ以上この場にいると写真機を力づくで取られそうだったのでそろそろお暇させてもらうことにした。
「それじゃあ霊夢さん。明日を楽しみにしていますよ。」
「…ん。また明日ね。」
ざぁっと起こした風に乗るように飛び立つ。幻想郷最速の名を欲しいままにした鴉天狗自慢の漆黒の翼を広げ風を感じる。
今日は明日に備えて早く帰るようにしないと、などと考えながらネタ探しに人里へ向かった。
~~~~~~~
今まであんなことを言ったことはない。陽気な白黒にも、プライバシーもへったくれもない大賢者にも、高慢な紅い吸血鬼にも。
私だって年頃の女性の生活に羨望したこともある。ただ私は1人の女性である前に博麗霊夢であり、博麗の巫女なんだと。
それに気が付いた頃には異変解決に積極的に取り組んでいた。個人を亡くした私は何なのだろうと。考えることがいつしか鬱陶しくなって弾幕ごっこに身を投じた。
私はただの記号にすぎない。『博麗の巫女』という意味を持ち合わせただけの記号。生まれた時からずっとそれを背負って生きてきた。
私のアイデンティティがそこにしか見出すことが出来なかったから、そしてその自分がいても良い理由を失くしたくなかったから私は今も異変解決に出かけているのかもしれない。
友人の魔女にはそんなこと言えなかった。世話焼きの彼女にそんなことを言ったらどうなるかは容易に見当がつく。友人だからこそ、迷惑はかけたくない。
それでは幻想郷の大賢者であったならどうだろう。彼女であればいとも簡単に私の抱えている『人間らしい』問題を解決してしまうだろう。
だが、今までの経験上他人を頼ったことが無い私は他人に相談すること自体に抵抗があった。それなのにあの新聞記者といるとぽろっと本音をこぼしてしまうことがよくある。
私と文の関係はなんとも形容しがたいものだ。歪とまでは言わないがとても奇妙な関係だと思う。私は文のことをどのように思っているのだろうかと考えてしまう。彼女は私にとって特別な存在であるのだろうかと。
「…最近の私の悪い癖よね。何事も難しく考えすぎちゃうのは…。」
いくら考えてもなるようなるし、ならないようにはならない。そう割り切って明日、文との外出を楽しみにしていた方が良いのではないだろうか。
ふと見ると地面に黒い羽が落ちていた。私はそれを拾い上げ、自由な彼女が飛び立って行った空を見やる。
私の心中とは対照的にとても清涼な空が目一杯に映り、夏の到来を感じさせた。
博麗神社の縁側。楽園の巫女である博麗霊夢はいきなり突飛な事を言い出した。
巫女は人間、私は妖怪。ただし私の隣で脚をぶらぶらさせている巫女はただの人間とは違い空を飛べる。
「何を言ってるんです?あなたは元々飛べるでしょうに。」
巫女は呆れたように溜め息をついた。
「…はぁ。分かってないわねぇ、あんた。鈍い鈍い。」
「私、そんなにひどいですか?椛にもよく言われるのですが…。」
「あんたの部下に同情する。とだけ言っておくわ。」
「うへぇ…。」
本当にこの巫女は人間だろうが妖怪だろうが神だろうが見境なく毒舌だ。とてもふてぶてしいと思っているのは私だけではないはずである。
現に私だってこれほど言われたら少々むっとする。というか普通の人間にここまでされたら、多分殺してると思う。天狗はプライド高いですから。
私の隣で茶をすすっている人間はさっきも言ったようにそこらに転がっている人間とは違う。そもそも、空を飛べるという点でもそうだが妖怪とこうして仲良くしている時点で人間のくくりの中では十分異端である。
それほど『博麗』という名は重いのだろうか。だが、しかしそんな私の過去は忘却の彼方である。
「時にはさ、あんたみたいに何事にもとらわれずに自由に飛びまわりたいときもあるのよ。」
はて。と私は巫女の発言に疑問を感じずにはいられなかった。
「…あなたはそのままでも自由奔放だと思いますが。ぶしつけなところとか。」
「何か言った?」
おっと、失敬失敬。少し口が滑ったのはご愛嬌という事で。あ、すいません。もう言いませんから。笑顔のまま針と札を持ってこちらを楽しそうに見つめないでくださいごめんなさい。
「…ったく。なんにしても私だって人間なんだから時には開放的になりたいのよ。」
「山の神社の巫女のようにですか?」
「私は別にさでずむなんぞには興味ないわよ。それともあんたが早苗の唐傘おばけのようになってくれるの?」
「いえ、謹んで丁重にお断りします。私はさでずむですので。」
ちっと舌打ちが聞こえた気がしたけれど気にしない。そういう関係。私と霊夢はその程度の関係なのだ。
「…そんなもんですかねぇ。私だってそんなに自由なわけではないですよ。」
「そうかしら。人のプライベートを覗き込むくらい暇で自由にしてるじゃない。」
「最低限のマナーは守っているつもりです。何故なら私は…。」
「清く正しい射命丸…でしょ?」
「そのとおりです。」
巫女は茶をすする。私は手土産の菓子を口に含んだ。
数秒の静寂と共に風がぴゅうと吹いた。それは強くなく髪をなでる程度のやわらかく、心地のいい風だった。
「…霊夢さん。」
「…何?」
私は少し、間を開けた。もったいぶりたい気持ちでもあったのだろうか。
「今度一緒にどこかへ出かけませんか。」
目の前の少女は私が何を言ったのか分からないという表情である。
カシャッ。
「…何撮ってるのよ。」
「…できれば針を投げる前に言って欲しかったです。強いて理由を挙げるならば霊夢さんにしては珍しい表情でしたので1枚撮らせて頂きました。」
…正直に話したのに針を追加された私は理不尽さを若干感じながら額に刺さった針を抜いた。
「で、どうなんです?行くんですか、行かないんですか?」
「…。」
再び沈黙が場を支配する。
ちりんと風鈴が風の報せを音に変換する。じりじりと暑い日が続くなぁという他愛もない事と平行になんだか気まずい空気だなぁと思いつつも良い返答に期待している自分がいることもなんとなく理解できた。
「……たまには。」
「はい?」
「たまには、いいかもしれないわね。」
この巫女は本当に素直じゃないと思う。
意地を張っているという表現にはいささか違和感を覚えるけれど。長年生きている私にもいまだに掴みきれないところはあるが霊夢は猫みたいなものだと思っている。
さばさばしているように見えるが本当は自分の気持ちを表現することが苦手みたいなのだ。
「たまにはっていつです?」
「…それは具体的に言わなきゃいけないわけ?」
「質問に質問で返さないでくださいよ。具体的に言ってもらわないといつ訪ねれば良いのか分からないじゃないですか。」
「……じゃあ明日。」
「…また急な話ですねぇ。まぁいいですけど。」
私は文花帖を開いて明日の予定の欄を埋める。メモをしながら何処に行ったら楽しめるだろうかと頭に思い巡らせる。
…あぁ、そうか。私は楽しみだったんだ。ずっと神社にいる彼女を私は連れ出したかったのかもしれない。
同じ楽しい時間を共にしたい。彼女は人間、私は妖怪。種族が違えば多種多様の違いがあるのは自明の理である。
たとえば、寿命。だとか。時間は止まってくれやしない。彼女が必死に生きる時間など私達妖怪にとってはあっという間のものだ。そして時間は記憶を風化させていく。
私は彼女の事を気に入っている。このまま漫然と生きていって彼女と死に別れ、そしていつの間にか忘れてしまうという結果にしたくなかったからなのだろう。
取材対象という名目で接するのにしては私と霊夢の互いの間隔は近くなりすぎていた。
私と霊夢はその程度の関係。であったはずなのに。新聞記者にあるまじきミスだ。いつの間にか私から近づき、距離を縮めすぎていたのだ。
そうと分かればあの時の妙な沈黙の理由も納得できる答えにたどり着くことが出来る。
もったいぶりたかったのではなく、もしこの誘いが断られたら…という迷いが作ったのだと。
まるで恋をしている人間の娘のようではないかと半ば自嘲的に私は笑った。
「…どうしたの?真剣な顔したり笑ったり忙しいやつね。」
「いえ、何でもありませんよ。前に椛をからかった時のことを思い出しただけです。」
「あの子も苦労しているのね。」
くすくすと声を漏らして笑う巫女の顔はとても幸せに満ち溢れているように見えた。
カシャッ。
「…あなたは何故…。」
「…? 文、どうかした?」
「……いえ、何でもありません。忘れてください。」
「…そう。あと、その写真機を貸しなさい。」
「嫌です。あなたに渡したら何が起きるか分かったものではないので。」
「ちょっと捻って潰すだけじゃない。勝手に写真撮って…。」
これ以上この場にいると写真機を力づくで取られそうだったのでそろそろお暇させてもらうことにした。
「それじゃあ霊夢さん。明日を楽しみにしていますよ。」
「…ん。また明日ね。」
ざぁっと起こした風に乗るように飛び立つ。幻想郷最速の名を欲しいままにした鴉天狗自慢の漆黒の翼を広げ風を感じる。
今日は明日に備えて早く帰るようにしないと、などと考えながらネタ探しに人里へ向かった。
~~~~~~~
今まであんなことを言ったことはない。陽気な白黒にも、プライバシーもへったくれもない大賢者にも、高慢な紅い吸血鬼にも。
私だって年頃の女性の生活に羨望したこともある。ただ私は1人の女性である前に博麗霊夢であり、博麗の巫女なんだと。
それに気が付いた頃には異変解決に積極的に取り組んでいた。個人を亡くした私は何なのだろうと。考えることがいつしか鬱陶しくなって弾幕ごっこに身を投じた。
私はただの記号にすぎない。『博麗の巫女』という意味を持ち合わせただけの記号。生まれた時からずっとそれを背負って生きてきた。
私のアイデンティティがそこにしか見出すことが出来なかったから、そしてその自分がいても良い理由を失くしたくなかったから私は今も異変解決に出かけているのかもしれない。
友人の魔女にはそんなこと言えなかった。世話焼きの彼女にそんなことを言ったらどうなるかは容易に見当がつく。友人だからこそ、迷惑はかけたくない。
それでは幻想郷の大賢者であったならどうだろう。彼女であればいとも簡単に私の抱えている『人間らしい』問題を解決してしまうだろう。
だが、今までの経験上他人を頼ったことが無い私は他人に相談すること自体に抵抗があった。それなのにあの新聞記者といるとぽろっと本音をこぼしてしまうことがよくある。
私と文の関係はなんとも形容しがたいものだ。歪とまでは言わないがとても奇妙な関係だと思う。私は文のことをどのように思っているのだろうかと考えてしまう。彼女は私にとって特別な存在であるのだろうかと。
「…最近の私の悪い癖よね。何事も難しく考えすぎちゃうのは…。」
いくら考えてもなるようなるし、ならないようにはならない。そう割り切って明日、文との外出を楽しみにしていた方が良いのではないだろうか。
ふと見ると地面に黒い羽が落ちていた。私はそれを拾い上げ、自由な彼女が飛び立って行った空を見やる。
私の心中とは対照的にとても清涼な空が目一杯に映り、夏の到来を感じさせた。
とてもいい感じですね。二人の関係が凄く好みです。
出来るなら、翌日のお話を拝見してみたいです。
次の話を正座で待ってる
後日、二人は仲良く出掛けたのが目に浮かんできそうです(文が霊夢にどつかれて)。
これで初投稿とは信じられない…w ぱるぱるですww
次の作品も期待してます!!
よかったです!
文は恋する乙女だと思います。
ほのぼのとシリアスどちらも良い感じで組み合わさってると思いました。
感謝。