Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ハッピー☆タイガー

2010/06/24 00:27:46
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「なぁご主人。私の前では笑わないでくれないか」



 

 


 ご主人と一緒に居るとイライラする。というよりも、聖尼公が封印されてからというほうが正しいか。
 笑うなと吐き捨てたとき、ご主人は笑顔と泣き顔が混ざったような顔をしていた。 
 居た堪れなくなって、夜に飛び出した

「私だって馬鹿じゃーないんだ。それがどれぐらい辛いことか慮ることができないほど、無神経ではないのだよ」

 仕方がない、と切り捨ててしまうことができたならばどんなに楽だったろうか。
 封印から数年が経っていたが、尼公と別れた晩――そして封印されたという報せが来たとき、ご主人が唇を噛んで耐えていたことは知っている。
 断腸の思いで、毘沙門天の遣いとしての務めを果たすために、見捨てざるをえなかったことを知っている。


 
 だって、私はずっとご主人の隣に居たのだからね。



「全く、馬鹿虎は馬鹿真面目に務めを果たしているよ。いちいち報告しなくたっていいぐらいだ」
 
 ぼやきつつ山中をぶらぶらしていると、遣いのネズミが肩でチュウチュウと報告をしてくれた。
 白蓮一派と見られていた妖怪の残党狩りは、今もなお続いている。
 船長も、一輪もとっくに封印されたと聞く。
 
 妖怪の駆け込み寺となっていた白蓮が封印されたことによって、その威光に授かろうとしていた頭の悪い妖怪が暴れだした。
 村紗船長や、入道遣いの雲居一輪とは違って、権威を傘にした連中も少なからず居たのだった。
 
「理想を持つのは、良いことなのだがね」

 月を仰いだ。
 人間と妖怪が共存することができたならば、手を取り合って生きていく日がきっと来ると吹聴していたが。
 その言葉を信じていた妖怪が、あの中にどれぐらい居たのだろう。
 理想は確かに素晴らしいことではあるが、現実的に無理があるから理想として語られるのだろう。
 あれだけ信仰を捧げていた人間たちは掌を返して白蓮を追い込んでいき、あれだけ居た妖怪たちも蜘蛛の子を散らすように消えていった。
 
 本当に馬鹿げた光景だった。
 理想に燃えていたのはほんの一握りの数しかいなくって、大多数はなんとなく楽そうだからと幸せを享受しているだけだったなんて。



『ナズー、ご飯食べましょうご飯。ほら、お野菜を里の人から分けてもらったのですよ』

 

 ねぇご主人、貴方はどうして今、笑っているのですか。
 本当は、一番泣きたいのは貴方なんじゃないですか。
 







「この、裏切り者が!」
「村紗! 今は口論している場合じゃないでしょう!」
「だって、白蓮が、白蓮が……」

 船長は今にもご主人に飛び掛らんとばかりの勢いで憤慨していて、それを一輪が必死で抑え込んでいた。
 荒れ果てたお堂の中には――白蓮がかつて説法していたその場所には、私を含めてたったの五名しか居なかった。

「もう一度言います。私は貴方たちとは一緒に行けません。私には、毘沙門天の遣いとしての義務がありますから」
「言い残すのはそれだけか?! この、恩知らずが!」

 搾り出すような声で罵倒する船長。
 怨嗟が脳の奥までガンガン響いてきた。

「白蓮には感謝しています、けれども、行けません。恩知らずと、裏切り者と言われようとも……。
 これからあなたたちは、人間たちに復讐をするのですか? 本当にそんなことを、白蓮は望んでいたのですか?」

 諭すようなご主人の声。けれども、意見の言えぬ人間の名前を出しても、済むわけがないのだ。
 言葉や態度の解釈で揉めるのは古今東西、どこでだってある。
 今日、この場にもだ。
 
「奇麗事を、じゃあ泣き寝入りをしていろと!? 騙し討ちのような真似をされて、私たちを追い回してくる連中を許せと!?
 もう既に、何匹もの妖怪が封印の憂き目にあっているのよ?! 大人しく、退治されていろとでもいいたいの?!
 星、貴方と問答していてももはや無駄ね。貴方のことを親友だと思っていた自分を、今は殺したくなるわ」

 私はてっきり、ご主人は毘沙門天の遣いを放り出して着いて行くものだと思っていた。
 村紗船長や一輪に勝る劣らず、ご主人も尼公のことを慕っていたのだから。

 船長は涙を流して、一輪も俯いて黙っていた。雲山はさっきから姿を見せようとしないし。
 この場で顔を上げていたのは、ご主人一人だけだった。

「もう、会うことはないかもしれませんね」
「清々するわよ。一輪、行こう。こんなところに居ても無駄だわ」

 それから船長は一度もこちらを振り向かず、一輪は一度だけ頭を下げて、出て行った。
 お堂には、静寂だけが残った。

「ナズーリン」
「なんだい」
「私は、間違っていたのでしょうか」
「さぁね」

 ご主人が必死で涙と嗚咽を堪えているのが辛くて、私はそっぽを向いた。
 
 それからのことだ。ご主人が作り笑いを絶やさなくなったのは。





 初めは単に、里の人間の不信感を拭うためだと思っていたけれど、そうではないことには気づいた。
 私と二人っきりで居るときも、ご主人は笑いを絶やさない。
 それは外で付ける仮面ではなくて、ご主人自身がそうしようと強い決意で笑っているのだった。
 
 悲壮な決意がどれだけ、私の心を抉ったか。

『ナズー? ブスーっとした顔をしていたら、心までブサイクになってしまいますよ? せっかく可愛い顔をしているんですから、笑いましょう?』

 なぁご主人、私はその言葉に、どう返事をすれば良かったんだい。

 

 気づけば私は、里が一望できる場所まで来ていた。
 かつては私の隣にはご主人が居て、船長が居て、一輪が居て、そして聖が居た。
 いつか人と妖怪が憎しみ合うこともなくなり、笑って過ごすことができればいいですね。私たちのように。

 その言葉に心から頷く皆の中で、私だけは頷けなかったっけか。
 私が毘沙門天様から言い付かった役目は、聖とご主人を監視して定期的に報告することだったから。
 そのことには船長も一輪も気づいていたろう。ご主人をなじっていた村紗も、私のことを裏切り者とは一度も言わなかった。
 鼠はきっとそうするのだろう、そう思っていたに違いないね。
 
 どうだっていいけどね。

「あーあー」

 これから先、どうやってご主人と付き合っていけばいいんだろうか。
 監視の任を解いてもらって、このまま自由になりたいぐらいだった。
 一緒に居ると、笑顔が痛々しすぎて気がヘンになりそうだ。

 夜露で濡れた地面に寝転がって、もう一度月を仰いだ。
 欠けている三日月は、騒がしい面子が全て去っていってしまった、命蓮寺のようだ。

「楽しかったなぁ」

 素直な感想だ。
 有象無象の連中はともかく、皆で理想を語り合っているときや、教えを説いているときは心の底から楽しかった。
 それが実現できるかは全く別の話だ。牛歩であっても、着実に前に進めていると感じられるのが、楽しかった。
 一体それがどうして、こんなことになってしまったんだろう。
 ささやかな幸せを求めて努力をしていたはずなのに、私たちが、一体何をしたっていうんだ。
 人間の言い分は理解できるし、あちらの立場からすれば当然の行動なのだろうとも思う。
 けれどもそれは人間の論理だ。妖怪にだって、幸せを模索する権利があるんじゃないのか。
 
 それがどうして、大事な人が親友に裏切り者だと罵倒されて袂を別つようなことが起きてしまうんだ。

「畜生、畜生が」

 どうして私には、ごしゅじんさまが寂しそうに笑っていることを受け入れるだけのどりょうがなかったんだろうね。
 どうして私は、こんなところで、ひとり自己嫌悪で泣いているような、だめなやつでしかないんだろうね。

「あうぅ……ちくしょう」

 ほんとうは私が、ごしゅじんさまの傍で、辛さをすこしでも肩代わりしてあげたいと願っているのに。
 
 気づいているんだ。
 ご主人がいま、無理して笑っている理由は、本当は私のためなんだっていうことを。
 わたしがこんなにダメなやつだから、少しでも和ませようと必死なんだってことも。
 なのに、なのに私はそれなのに、そこからも逃げ出すような奴なんだ。

「ごめんなさい、ごめん、ごしゅじんさま」
「何を謝っているのですか」

 ビクっとして起き上がると、声を出す前に抱きしめられていた。

「ナズ。笑顔で居ましょう。空元気でしかなくっても、きっと笑顔で居るものに福は訪れるのですよ。
 だってそうでしょう? あんなに荒んでいた私にも、宝物みたいな仲間が居たんです。
 だから、笑顔で居ればきっと取り戻せますし、もっともっと幸せになれるはずなんです」
「あぅ……」
「泣かないでナズ。ナズが泣いていたら、私は一体、どうしていたらいいんですか?
 今だって、がんばって笑顔で居るのに。ね?」

 ごしゅじんの顔を見るのが怖くって、私は胸元に顔を押し付けた。
 ごしゅじんがわらえているわけがないじゃないか。
 笑っている顔をしているくせに、心ではずっとナミダを流しているんじゃないか。
 
 もう一度空に、欠けてしまった月をまんまるに浮かべるために、一人でがんばっているんじゃないか。
 ううん、一人じゃない。一人なんかじゃない。
 私が居る。
 今度こそ、私はみんなの仲間として認められる。認められたい。

「ナズ。今日はいっぱいご飯を作ったんですよ。帰って食べましょう」
「……フン、ご主人ばっかりが食べるじゃないか。太るよ」
「ふ、太りませんよ! ちゃんと体型の維持には気を遣って、ます、もんっ」
「ほほう」
「う……。丼三杯までなら、いいですか?」
「ちょっとそれは多いなぁ」
「ですかねー……ううん。努力します……」
「食い扶持が増えたら、皆の分が足らなくなるからね」
「そーですね。うん、がんばりますよ」

 ワガママを言って、帰り道はご主人におぶって貰った。
 月はだんだんと傾いていって、また昇ったときにはさらに欠けているのだろう。
 これから先、長い暗闇の道を行くことになるかもしれない。
 
 けれども、何年かかろうとも、何百年かかろうとも、もう一度皆を迎え入れるために、そのときまでずっと笑っていようと思うのだ。
 
 
 
 だってこういうだろう。



 笑う門には福来るってね。
谷屋さん解釈自由でやらせてくれてありがとうございます。
「そうなのよねー あれ相当無理してる人の曲なのよね」
ということで、千年越しに財宝を取り戻すまでの星ちゃんを。

ハッピータイガー☆
電気羊
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
とっても素晴らしかったです!
最後で鳥肌立った…(もちろん良い意味で
2.名前が無い程度の能力削除
面白かったです
3.名前が無い程度の能力削除
そして「財宝」は戻ってきた
4.喇叭吹きは休日削除
どこかで聞いたタイトルと思ったらやっぱり谷屋さんだったのですね。

谷屋さんのあの世界観とかなり違ってるのもまたいいですね。
5.名前が無い程度の能力削除
泣ける
命蓮寺組の歩みを想像すると報われて本当に良かったと思う
6.ハッピータイガーと聞いて削除
俺イワンじゃないバートル
7.タカハウス削除
おお、タイトルでビビっときてみてしまいました。
なんという作品だ・・・面白いです!
8.名前が無い程度の能力削除
もう一度、ハッピー☆タイガーを聴いてきます。