さて、そよ風が吹く度に舞い散る桜が、荒んだ目を癒すこの季節、みなさんはどのようにお過ごしでしょうか?
ここ妖怪の山でも、酒が大好きな天狗達によって、毎晩のように宴会が開かれ、大天狗様の裸踊りで盛り上がっています。
え? 私、私はですね。
「なーんと、酔いから目が覚めたら、木に逆さ吊りにされちゃってましたー! なにこれ、どういう状況なの?」
オマケに両手も縛られてる。
体を揺らせば反動で枝が折れるかも、と思ったけど花弁が顔に振って来てウザイだけだ。
ああ、雲一つない青空が恨めしい。
だって日差しが眩しいんだもん。
「やっと起きたのかほたて。もうお昼だぞ」
聞き慣れた声がするかと思えば、そこには見慣れた犬っコロが地べたで正座をしていた。
服が汚れるというのにそんな律儀な事をする奴は、知り合いの中では一匹しかいない。
「あ、もみもみじゃーん。とりあえず次ほたてと言ったらホットドックにするから覚悟しろよ」
「その情けない状況で?」
椛が溜息混じりに私を見上げる。
「助けてもみもみー。このままだと頭に血が上って爆発しちゃうよ」
「無理、だって大天狗様の命令であんたを見張るように言われてるんだもん」
「嘘付けこのワンちゃんめ。私と大天狗様は仲良しなんだからね」
「よく言うよ、昨日の事思い出してみな」
椛に哀れみの目をされた。
はて、昨日はいつも通りの一日だったはずだけど。
朝食にベーコンエッグを食べて、お昼に椛饅頭を丸のみして、夕飯は宴会で大天狗様の可愛いくて小さい頭をバシバシバシバシバシバシ……。
「特に悪いことはしてないんだけどなぁ」
「叩かれ過ぎてハゲちゃうかもって泣いてたぞ大天狗様。女の子なのに」
「マジでー。じゃあ今度はオデコ叩くか」
「一生そこで顔真っ赤にしてろ、アホ天狗」
「もみもみめぇ」
こんな理不尽な事が許されていいのだろうか。
ただ私は天狗様とフレンドリーになりたかっただけなのに。
あー、上から振ってくるピンクの花弁が、顔に当たってうっとおしいー!
「そうか、わかったわ。これが権力と言う名の悪なのね」
「馬鹿?」
「『天狗社会の闇、大天狗の職権乱用』これを花果子念報に乗せればランキングに入ること間違い無しよ!」
「その前に私があんたを闇に葬ってあげるよ。どこから斬られたい? 残念な頭かまな板、それとも煩い口?」
「うそうそ、嘘だってば。刀を構えないでよ、顔も怖いよ? スマイルスマイル」
椛の体が小さい所為で、持っている大刀と盾が余計巨大に見える。
それにしても、大天狗様の事を貶したら怒るのはこいつらしいな。
「私が身内の事を晒すわけないでしょ。文じゃないんだから」
「ふん、あいつの名前を聞いただけでも腹が立つ」
「そういや、もみもみは文と険悪だったねぇ。なんかあったの?」
尋ねると、椛は少しの間、言おうかどうか戸惑うようにしながら、やがて口を開いた。
「あいつ、私の事小さいって……」
「え、何? 声が小さすぎて聞こえないんだけど?」
「黙れほたて! 文の奴、私がチビだって、チワワだって言って来やがったんだよ! 絶対に許さない。いつか噛み殺してやる、ガルルルルルル」
「こえー」
野生の狼を彷彿させる気迫ね。
普段見張ってるときも、これくらいの迫力が出せればいいのに。
しっかし、さっき小さいって口にしないでよかったわ。
危うく文に新しいネタを提供する所だったよ。
「それにしても私は何時まで吊るされなきゃいけないの? 桜の花弁が服にも入り込んで、くすぐったいんだけど」
「夕方にまたここで宴会が始まるらしいから、それまで反省してろってさ」
「夕方!? 軽く見積もっても、あと6時間以上あるじゃないの。頭爆発してグロ描写発生しちゃうよー」
「うーん、そうだなぁ」
私の熱意が伝わったのか、椛は考えるように唸り出し、やがて口を開いた。
「まぁ、助けてやらない事もないけど。その代わり条件がある」
「本当に? さっすがもみもみは話がわかるぅー。じゃあ早くこの足に付いてるロープ斬ってよ」
「だーかーら、話聞いてよ。条件があるんだって」
「なに、私の持ってる椛饅頭が欲しいの。まったくもみもみは食いしん坊なんだからぁ」
「ガルルルルルル」
「あー、ごめんごめん嘘だって。真面目に聞くから噛まないで」
椛の小さな白い牙が太陽で輝いて、いっそう迫力を増している。
あれに噛まれたら血が吹き出るだろうなぁ、怖いよ。
ああ、いつから彼女こんな狂犬になってしまったのだろうか。
「まぁ条件ってなんなの? こっちもさっさと降ろして貰わないと、そろそろ辛いわ」
私が聞くと、椛は周りに誰も居ないというのに耳打ちをしてきた。
ふさふさした犬耳が私の顔に当たってこそばゆい。
「はぁ~、もふもふ気持ちぃ。じゃなくって、条件って『文の恥ずかしい写真の検索』なの?」
「うん、はたての能力なら簡単でしょ」
「んー、簡単だけどー。もみもみ本当は文が好きだったり?」
「ないない、考えただけでゾットするよ。ただ、チビって言ってくれたお礼をしたくなっただけ」
「同じ天狗なんだから喧嘩する事ないのになー」
私が二人の未来を心配すると、椛が少し話すのを躊躇うような仕草を見せる。
「ん、まぁ、別に嫌いってわけじゃないよ。なんか喧嘩しやすいだけ」
「一緒じゃんー」
「はたてだって、大天狗様の事嫌いだから叩いてるわけじゃないでしょ。」
「地味に涙堪える所とか可愛くてね」
「それと一緒。あいつもイジ張ってるのが分かりやすくて、からかうと面白い。それだけ」
椛の顔は、わりとあっさりしていた。
文って新聞もそうだけど、どこか周りと変わってるから、一緒に居ても飽きないんだろうな。
問題は性格が捻じ曲がってる所だけどね。
「それじゃあ、今から助けてあげるよ」
「んー、やっぱいいや。夕方まで桜の雨を浴びることにするよ」
「なに、逆さ吊りに目覚めちゃったの?」
「んなわけないでしょー。いやね、このまま素直に反省してほうが、また宴会で大天狗様の頭を叩きやすいなって想ってね」
「反省してないじゃん。これだから鴉天狗は鳥頭だって言われるんだよ」
「白狼天狗が忠犬すぎるんだよー。まぁいいよ、文の恥ずかしい写真だっけ? 後で検索してあげるよ」
「んー、やっぱいいや。無礼講って事で、あいつのアホ面を殴り飛ばすよ」
椛の拳を振りぬく仕草がなんだか面白くて、私は笑った。
椛もそれに釣られて笑う。
あと数時間もすれば、私みたいに顔染めた天狗達で溢れかえる。
目の前でクソ真面目に正座している白狼天狗も、あの文の頭をバシバシするという。
百聞は一見にしかず、って桜の木に吊られながら、一人感慨に更けてみる。なんてね。
―――
お日様が地平線へと消えてゆく夕方時。辺りはまだほのかに明るいけれど、宴会好きの天狗達には待ちきれないらしい。ガヤガヤと心地よい騒音が場を暖める。
ずっと、吊るされていた所為で頭がクラクラするよ。けれど、倒れる前にやっておかなきゃいけない事がある。
えーと、どこだろ。
あ、いた。小さいから見つけにくかったよ。
「大天狗様―、私は試練を乗り越え帰って来ましたよー」
「イタイイタイ、だから頭叩くのやめろよぉ。お前私の事全然尊敬してないだろ」
「そんな事無いですって、焼き芋の次くらいには尊敬してますよ」
「ちくしょー!」
やっぱり大天狗様は和む。
そういえば、椛はどこいったんだろ。
文を殴るって言ってたけど。
「おーい、無礼講って事で一発文の事をぶん殴りに来たぞー」
「いきなりなんですか椛さん。もう酔っ払ったんですか? 小さい体の癖に無茶するから」
「やっぱ、噛ませろ。狂犬病にしてやる」
「へー、驚きました」
「何が?」
「いえ、ペット犬は予防注射でもしてあるのかと思って」
「ガルルルルルル」
仲いいなあいつら。
ここ妖怪の山でも、酒が大好きな天狗達によって、毎晩のように宴会が開かれ、大天狗様の裸踊りで盛り上がっています。
え? 私、私はですね。
「なーんと、酔いから目が覚めたら、木に逆さ吊りにされちゃってましたー! なにこれ、どういう状況なの?」
オマケに両手も縛られてる。
体を揺らせば反動で枝が折れるかも、と思ったけど花弁が顔に振って来てウザイだけだ。
ああ、雲一つない青空が恨めしい。
だって日差しが眩しいんだもん。
「やっと起きたのかほたて。もうお昼だぞ」
聞き慣れた声がするかと思えば、そこには見慣れた犬っコロが地べたで正座をしていた。
服が汚れるというのにそんな律儀な事をする奴は、知り合いの中では一匹しかいない。
「あ、もみもみじゃーん。とりあえず次ほたてと言ったらホットドックにするから覚悟しろよ」
「その情けない状況で?」
椛が溜息混じりに私を見上げる。
「助けてもみもみー。このままだと頭に血が上って爆発しちゃうよ」
「無理、だって大天狗様の命令であんたを見張るように言われてるんだもん」
「嘘付けこのワンちゃんめ。私と大天狗様は仲良しなんだからね」
「よく言うよ、昨日の事思い出してみな」
椛に哀れみの目をされた。
はて、昨日はいつも通りの一日だったはずだけど。
朝食にベーコンエッグを食べて、お昼に椛饅頭を丸のみして、夕飯は宴会で大天狗様の可愛いくて小さい頭をバシバシバシバシバシバシ……。
「特に悪いことはしてないんだけどなぁ」
「叩かれ過ぎてハゲちゃうかもって泣いてたぞ大天狗様。女の子なのに」
「マジでー。じゃあ今度はオデコ叩くか」
「一生そこで顔真っ赤にしてろ、アホ天狗」
「もみもみめぇ」
こんな理不尽な事が許されていいのだろうか。
ただ私は天狗様とフレンドリーになりたかっただけなのに。
あー、上から振ってくるピンクの花弁が、顔に当たってうっとおしいー!
「そうか、わかったわ。これが権力と言う名の悪なのね」
「馬鹿?」
「『天狗社会の闇、大天狗の職権乱用』これを花果子念報に乗せればランキングに入ること間違い無しよ!」
「その前に私があんたを闇に葬ってあげるよ。どこから斬られたい? 残念な頭かまな板、それとも煩い口?」
「うそうそ、嘘だってば。刀を構えないでよ、顔も怖いよ? スマイルスマイル」
椛の体が小さい所為で、持っている大刀と盾が余計巨大に見える。
それにしても、大天狗様の事を貶したら怒るのはこいつらしいな。
「私が身内の事を晒すわけないでしょ。文じゃないんだから」
「ふん、あいつの名前を聞いただけでも腹が立つ」
「そういや、もみもみは文と険悪だったねぇ。なんかあったの?」
尋ねると、椛は少しの間、言おうかどうか戸惑うようにしながら、やがて口を開いた。
「あいつ、私の事小さいって……」
「え、何? 声が小さすぎて聞こえないんだけど?」
「黙れほたて! 文の奴、私がチビだって、チワワだって言って来やがったんだよ! 絶対に許さない。いつか噛み殺してやる、ガルルルルルル」
「こえー」
野生の狼を彷彿させる気迫ね。
普段見張ってるときも、これくらいの迫力が出せればいいのに。
しっかし、さっき小さいって口にしないでよかったわ。
危うく文に新しいネタを提供する所だったよ。
「それにしても私は何時まで吊るされなきゃいけないの? 桜の花弁が服にも入り込んで、くすぐったいんだけど」
「夕方にまたここで宴会が始まるらしいから、それまで反省してろってさ」
「夕方!? 軽く見積もっても、あと6時間以上あるじゃないの。頭爆発してグロ描写発生しちゃうよー」
「うーん、そうだなぁ」
私の熱意が伝わったのか、椛は考えるように唸り出し、やがて口を開いた。
「まぁ、助けてやらない事もないけど。その代わり条件がある」
「本当に? さっすがもみもみは話がわかるぅー。じゃあ早くこの足に付いてるロープ斬ってよ」
「だーかーら、話聞いてよ。条件があるんだって」
「なに、私の持ってる椛饅頭が欲しいの。まったくもみもみは食いしん坊なんだからぁ」
「ガルルルルルル」
「あー、ごめんごめん嘘だって。真面目に聞くから噛まないで」
椛の小さな白い牙が太陽で輝いて、いっそう迫力を増している。
あれに噛まれたら血が吹き出るだろうなぁ、怖いよ。
ああ、いつから彼女こんな狂犬になってしまったのだろうか。
「まぁ条件ってなんなの? こっちもさっさと降ろして貰わないと、そろそろ辛いわ」
私が聞くと、椛は周りに誰も居ないというのに耳打ちをしてきた。
ふさふさした犬耳が私の顔に当たってこそばゆい。
「はぁ~、もふもふ気持ちぃ。じゃなくって、条件って『文の恥ずかしい写真の検索』なの?」
「うん、はたての能力なら簡単でしょ」
「んー、簡単だけどー。もみもみ本当は文が好きだったり?」
「ないない、考えただけでゾットするよ。ただ、チビって言ってくれたお礼をしたくなっただけ」
「同じ天狗なんだから喧嘩する事ないのになー」
私が二人の未来を心配すると、椛が少し話すのを躊躇うような仕草を見せる。
「ん、まぁ、別に嫌いってわけじゃないよ。なんか喧嘩しやすいだけ」
「一緒じゃんー」
「はたてだって、大天狗様の事嫌いだから叩いてるわけじゃないでしょ。」
「地味に涙堪える所とか可愛くてね」
「それと一緒。あいつもイジ張ってるのが分かりやすくて、からかうと面白い。それだけ」
椛の顔は、わりとあっさりしていた。
文って新聞もそうだけど、どこか周りと変わってるから、一緒に居ても飽きないんだろうな。
問題は性格が捻じ曲がってる所だけどね。
「それじゃあ、今から助けてあげるよ」
「んー、やっぱいいや。夕方まで桜の雨を浴びることにするよ」
「なに、逆さ吊りに目覚めちゃったの?」
「んなわけないでしょー。いやね、このまま素直に反省してほうが、また宴会で大天狗様の頭を叩きやすいなって想ってね」
「反省してないじゃん。これだから鴉天狗は鳥頭だって言われるんだよ」
「白狼天狗が忠犬すぎるんだよー。まぁいいよ、文の恥ずかしい写真だっけ? 後で検索してあげるよ」
「んー、やっぱいいや。無礼講って事で、あいつのアホ面を殴り飛ばすよ」
椛の拳を振りぬく仕草がなんだか面白くて、私は笑った。
椛もそれに釣られて笑う。
あと数時間もすれば、私みたいに顔染めた天狗達で溢れかえる。
目の前でクソ真面目に正座している白狼天狗も、あの文の頭をバシバシするという。
百聞は一見にしかず、って桜の木に吊られながら、一人感慨に更けてみる。なんてね。
―――
お日様が地平線へと消えてゆく夕方時。辺りはまだほのかに明るいけれど、宴会好きの天狗達には待ちきれないらしい。ガヤガヤと心地よい騒音が場を暖める。
ずっと、吊るされていた所為で頭がクラクラするよ。けれど、倒れる前にやっておかなきゃいけない事がある。
えーと、どこだろ。
あ、いた。小さいから見つけにくかったよ。
「大天狗様―、私は試練を乗り越え帰って来ましたよー」
「イタイイタイ、だから頭叩くのやめろよぉ。お前私の事全然尊敬してないだろ」
「そんな事無いですって、焼き芋の次くらいには尊敬してますよ」
「ちくしょー!」
やっぱり大天狗様は和む。
そういえば、椛はどこいったんだろ。
文を殴るって言ってたけど。
「おーい、無礼講って事で一発文の事をぶん殴りに来たぞー」
「いきなりなんですか椛さん。もう酔っ払ったんですか? 小さい体の癖に無茶するから」
「やっぱ、噛ませろ。狂犬病にしてやる」
「へー、驚きました」
「何が?」
「いえ、ペット犬は予防注射でもしてあるのかと思って」
「ガルルルルルル」
仲いいなあいつら。
幼女大天狗様の裸踊りだぞ!! そりゃ盛り上がるしかないだろ! 一部物理的に。
それはともかく、どっかの芸人を彷彿とさせるこのほた…はたては何かいい。
とても楽しめました。