「……ぬえ」
「?」
私がふんふーんと鼻唄を歌いながら廊下を歩いていると、背後からナズーリンに呼び止められた。
くるりと振り返りつつ、返事をする。
「何? ナズ」
「……ちょっと、いいかい?」
「?」
「……ここじゃ話し辛い。私の部屋まで来てくれないか?」
「いいけど」
ナズが私に用があるなんて珍しい。
特に断る理由もないので、そのままついていくことにした。
部屋に着くなり、ナズは前を向いたまま呟いた。
「……単刀直入に聞くが」
「? 何?」
なんだろう。
また星が失くし物をしたからどこにあるか知らないかとか、そんな話だろうか。
私がそんなことをぼんやりと考えていると、ナズはくるりと私の方を振り返った。
彼女はいつになく、真剣な表情を浮かべていた。
「ど、どうしたのよ。そんなに畏まっちゃって」
「…………」
暫しの沈黙の後、やがて、ナズは私をまっすぐに見据えながら、口を開いた。
「……ぬえ。君は、船長のことをどう思っている?」
「!?」
思わず、びくんと反応してしまった。
みるみるうちに、顔全体が熱くなっていくのを感じる。
「……な、ななな何を言うのよいきなりっ……!」
「答えてくれ。どう思っている?」
「ど、どどどどうって……」
どうも、何も。
私とムラサは、地底のときからの付き合いで、今では同じ命蓮寺に住む仲間で。
ただそれだけの間柄で、別に、それ以上でもなければそれ以下でもないっていうか。
うん、だから、つまり。
「ど、どどっどどどうとも思ってないわよ!?」
……うわ。
なんか、思いっきり声上ずった。
ていうか、なんでこんなにテンパッってんだ? 私。
するとナズは、やけに険しい顔つきになって、
「……どう、とも?」
と、訝しがるような声で言った。
「そ、そうよ。それが、何か?」
一方私は、内心の動揺を悟られぬよう、極力平静を装った声で応対する。
……ちゃんとできているかどうかは、あまり自信がないけど。
「本当に、そうなのかい?」
するとナズは、ぎょろりと、眼光を一層鋭くして問うてきた。
なんなのこのネズミ……。
その妙な迫力に気圧されそうになりながらも、私はなんとか言葉を返す。
「だ、だから、そうだっていってるでしょ。くどいわよ」
「……そうか。……分かった。それならいいんだ」
「…………?」
何がいいんだ。
訳が分からない私は、とりあえず当然の疑問を目の前のネズミにぶつけることにした。
「……大体、なんでそんなこと、あんたに聞かれなきゃいけないのよ。関係ないじゃない」
「……関係? ……あるね。大いにある」
「はあ? どういうこと?」
私が問うと、ナズは一分の迷いもない表情で言った。
「―――なぜなら私は、船長のことが好きだからさ」
……何?
今、何つった? このネズミ。
「……ごめん、ナズ。今、なんて……?」
「私は船長のことが―――村紗水蜜のことが好きだと、そう言ったんだ」
ナズは真剣な表情で、私をまっすぐに見据えながら言った。
「……ほ、本当に?」
「ああ」
「……友達として、とかじゃなくて?」
「ああ」
ナズは一切の躊躇もみせず、大きく頷いた。
……本気だ。
本気なんだ。
本気でナズは、ムラサのことが―――。
ずきり、と。
そのとき、胸に何かが刺さる心地がした。
なんだろう?
……いや、それよりも、今は。
もっとナズに、聞くべきことがある。
「……な、ナズ」
「なんだい?」
「ど、どうして、私に、こんなこと……」
「……決まっているじゃないか」
ナズは軽く溜め息をつき、何を分かりきったことを、と言わんばかりの表情で肩をすくめた。
「船長が好きなのは―――ぬえ。君だからだよ」
「!」
な、なに、を……。
私は懸命に口を動かしたが、うまく声が出せなかった。
ムラサが?
私を?
……す、き?
「分かるかい? 自分の想い人が、自分以外の誰かに想いを寄せているということが、どれほど辛いか」
「え、あ……」
必死に絞り出した声も、やはり言葉にはならず。
もはや私は、正常な思考が出来なくなっていた。
ナズがムラサを好きで、ムラサが私を好き?
……や、そりゃまあ確かに、ムラサはしょっちゅう、私に向かって「好きだよ」とか「可愛いね」とか言ってくるけどっ……!
「う、うぐぅ……」
ああ、もう。
頭がこんらんして正体不明だ。ぬえェ……。
そんな、混乱の極みにある私とは対照的に、ナズは至極落ち着いた口調で言う。
「船長の好意は、明らかに君に対して向けられている。それはもう、疑いようのない事実だ」
「…………」
確かに、ムラサが私以外の誰かに対して、上のような台詞を吐いているのを、少なくとも私は見たことがない。
いや、でもだからって……うがあぁ。
頭を掻きむしれども、答えは出ない。
ナズが続けて言う。
「だから私は、ずっと考えていた。悩んでいた。どうすれば、君に向けられている船長の好意を、自分に向けさせることができるのか」
「…………」
「船長の君への想いは相当なものだ。なんせ、地底時代のときからだからね」
「…………」
黙ったままの私をよそに、ナズは淡々と語り続ける。
何処か他人事のようにみえるのは、いつも冷静で、物事を客観的に見ることのできる彼女ゆえだろうか。
「……だが」
「?」
そこで、ナズが少しだけ表情を崩した。
そのまま柔らかく微笑んで、言う。
「同時に私は、君のことも―――仲間として、大切に思っている」
「…………」
「だから、だからもし……君が私と同じように、船長のことが好きなのなら―――私は潔く、諦めようと思っていた」
「!」
その瞬間、心臓がひときわ大きく跳ねたように感じた。
ナズは微笑を浮かべたまま、続ける。
「両想いの二人の仲を引き裂いてまで……私は自分が幸せになりたいとは思わない」
「…………」
「もっとも、それ以前に、私にそんな真似ができるとも思えないが」
「…………」
くっくっと、自嘲するようにナズは笑う。
なんだか、本当におかしそうに笑っているようにみえるのは、気のせいだろうか。
「だから、安心したよ。君が船長のことをなんとも思っていないってことが分かって」
「あ……」
そういや、そうだった。
胸の中が、急速にモヤモヤとし始める。
「船長がどんなに君のことが好きでも、君にその気がない以上、いつかは諦めざるをえないはず」
「…………」
「それなら私にも、十二分にチャンスはある」
うんうんと頷きながら、ナズは嬉しそうに言う。
「…………」
ふと私は、想像する。
ムラサがナズに「好きだよ」と言い、「可愛いね」と頭を撫でる、そんな情景を。
「……っ」
するとまた、ずきり、と胸が痛んだ。
しかも、今度はさっきよりも、より鋭い感じの痛み。
その痛みにあえぐように、私は懸命に声を出した。
「…………ゃ、だ」
「……え?」
そしてそれは、私の意思を表す言葉となった。
ナズが不思議そうな表情を浮かべる。
「……ぬえ。今、なんて?」
「…………や、だ」
今度はもう少しだけ、はっきりと。
滲む視界の中、私は必死にナズの顔に焦点を合わせる。
……って、あれ?
私、いつのまに泣いてたんだろう?
「……やだ?」
ナズが、私の言葉を反駁する。
「…………」
無言で、こくりと頷く私。
「……でも君は、船長のことをどうとも思っていないんだろう?」
「…………!」
ナズの言葉に、私は大きく首を横に振った。
違うよ、違う。
そんなはず、ない。
「……じゃあ……」
確かめるようなナズの声に続けて、私は震える声で言った。
「…………す、き……」
その瞬間、身体が一気に熱を持った。
頭が沸騰しそうで、視界はもうぐにゃぐにゃで。
なにがなんだか、まったく分からないような状態だけど。
でもひとつだけ、確かなことがあった。
私は、ずっと、ムラサのことが―――。
「……そうか」
ふと顔を上げると、ナズが、今まで見たこともないような穏やかな笑みを浮かべていた。
「……ありがとう、ぬえ。……正直に、告白してくれて」
「う、うぅ……」
なんだろう。
ムラサ本人に告白したわけでもないのに、どうしようもないくらいに恥ずかしい。
すると、ナズが私をそっと抱き寄せてくれた。
「……君の気持ちが聞けて、よかった」
「…………」
「……これで私も、心おきなく船長のことを諦められる。……君たち二人の仲を、祝福できる」
「……ナ、ナズ……」
私はシャツの肩口でぐしぐしと涙を拭い、ナズの顔を見た。
その表情はとても穏やかで、優しくて……まるで、ムラサみたいだった。
私は鼻をすすりながら、ナズに言った。
「……ねえ、ナズ」
「ん?」
「……その、このこと、まだ、ムラサには……」
「ああ、大丈夫。言わないさ」
「……ありがとう」
私がそう言うと、ナズは何故だか、少しばつが悪そうな顔になった。
「あ、いや、というか……」
「?」
「……なんというか、その、言う必要がない、というか……」
「え?」
どういうことだろう。
私が首を傾げていると、やがてナズがにへら、と笑って言った。
「―――だって私、村紗だし」
その瞬間、ナズがムラサになった。
……。
…………。
「…………」
とりあえず、自分の右頬を全力でつねってみた。
痛い。
ちょう痛い。
さっきとは違う涙が私の瞳に滲む。
すると、私の前に立つ、さっきまでナズーリンの姿をしていたはずの人物が、申し訳なさそうに言った。
「いやー……ぬえ自身にも効くんだね、これ」
そう言ってその人物―――村紗水蜜が差し出した掌には、私愛用の“アレ”が。
「……な、なんで、ムラサが、これ、を……?」
私はそれ―――“正体不明の種”―――を震える指先で摘みながら、必死に声を絞り出した。
ムラサはぽりぽりと頬をかきながら、続ける。
「や、ほら、さっき、ぬえの部屋に遊びに行ったんだけど、ぬえいなくてさ」
「…………」
「そんで引き返そうかと思ったんだけど、床にこれが落ちてるの見つけちゃって」
「…………」
無言でムラサを睨む私。
ムラサの頬を一筋の汗が伝った。
「い、いや、まさかね? まさか、ぬえにも効くとは思わなくて、だからその、ちょっとしたジョークのつもりで……」
「…………」
じり、とムラサに詰め寄る私。
ムラサはたはは、と笑いながら後ずさる。
「そしたらほら、なんか普通に効くみたいで、面白くなっちゃって、つい……」
「…………」
「も、もちろん、最後はちゃんと自分からネタばらしするつもりだったのよ? 実際ちゃんと言ったでしょ? 私の方から」
「…………」
じりり、とさらにムラサに詰め寄る私。
ムラサは両の掌を私に向けたまま、さらに後退する。
私は、極力怒気を抑えた声で問う。
「……なんでまた、ナズに……?」
「ああ、いや、別に誰でもよかったんだけど……さっき、ちょうどナズが買い物に出て行ったばかりだったから、じゃあナズでいいかなって……はは」
「へー……」
乾いた笑いを浮かべながら、私はさらにムラサににじり寄る。
そこで、ムラサの背中が部屋の壁に当たった。
うげ、と小さく声を漏らすムラサ。
「あ、あのね、ぬえ?」
「…………」
「いや、確かに今回は全面的に私が悪かったけど、でも、でもね?」
「…………」
「なんていうか、その、一応ちゃんとした理由はあるのよ? そりゃ、最初はただの悪戯だけのつもりだったんだけど」
「…………」
「ほら、ぬえって普段、ちっとも私に『好き』って言ってくれないじゃない? 私からは、あんなに言っているというのに」
「…………」
「まあぬえは照れ屋さんだし、ある程度は仕方ないかなーって思って諦めてたんだけど」
「…………」
「さっき、この種を使ってナズのフリをして、ぬえにも効くんだって分かったとき、ぴーんと閃いたのよ」
「…………」
「いくら照れ屋さんのぬえでも、自分の気持ちを正直に言わないといけないような状況を作れば、ちゃんと言ってくれるんじゃないかって」
「…………」
「でまあ、そうした思いつきのままにやってみたら、見事成功しちゃったわけで……計画通り! みたいな。はは……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ムラサ」
「は、はい」
「……しねぇえええええええええええ!!!!!」
「ぎゃああああああああああああ!!!!!」
―――その日の夕刻。
腕組みをしたナズの前で、私とムラサは正座をさせられていた。
口の端をひくつかせながら、ナズが冷え切った声で言う。
「……ぬえ。君は私に、何か恨みでもあるのかい?」
「…………ごめんなさい」
ナズの部屋は一面、竜巻でも巻き起こったかのように荒れ果てていた。
もっとも、私がムラサに向けて弾幕をぶっ放し始めた直後にナズが帰ってきたため、大惨事には至らなかったが。
「ま、まあまあナズ。ぬえも反省していることだし」
「船長は黙っててくれ。事情はよく分からないが、どうせ君も共犯みたいなものなんだろう?」
「うぐっ」
共犯どころか主犯だと思うけど。
私がじとっとした目を向けると、ムラサは目配せをして「ごめん」と謝ってきた。
もっとも私は、当分許す気もないので、ぷいっとそっぽを向いてやることにする。
まあ、ここでナズに全部の事情を洗いざらい話さないだけ、まだマシだけど。
そうこうしているうちに、ナズが、軽く溜め息をつきながら言った。
「……まあいい。幸いにも、壊れたのは床と壁、それと天井の一部くらいだ。ちゃんと修理さえしてくれるのなら、これ以上の追及はしないでおこう」
「……ありがとう、ナズ」
「ふん。礼なんて言ってる暇があったら、さっさと修理を始めてくれ」
ナズはぶっきらぼうにそう言うと、そのまま部屋から出て行った。
その直後、正座を崩したムラサが笑顔で言ってきた。
「ねえ、ぬえ。私も手伝ってあげようか」
「…………」
とりあえず羽根で突付きまわしておいた。
―――そして、修理開始から約二時間後。
「ねー、ぬえ」
「…………」
先ほどから、ムラサが背中越しに幾度となく私に話し掛けてきているが、うっとおしいので全部シカトしている。
さっきも述べたとおり、私はこいつを当分許す気はないのである。
「もうそろそろ、機嫌直してよう。私が悪かったからさあ」
「…………」
何と言われようと、当分許す気はないのである。
絶対許さぬえである。
「…………」
「…………」
いい加減に私のガン無視が堪えたのか、ムラサはようやく黙った。
ふん、ざまを見るがいい。
「……あのさ、ぬえ」
「!…………」
と思ったら、またすぐに話し掛けてきた。
一体なんなんだ? こいつは。
学習という言葉を知らないのか?
……まあ、いい。
さっきまでと同じように、無視しておけばいいだけだ。
そのうち、勝手に諦めるだろう。
「…………」
私は無視を強調するように、破損した壁の補修をより力強く行うことにした。
ぺたぺた、ぺたぺた。
ぺたぺた、ぺたぺた。
しかしムラサは構わず、続けて言った。
「ありがとう」
「…………」
ぴたりと、壁を補修していた私の手が止まった。
「私のこと、『好き』って言ってくれて」
「…………」
「嬉しかったよ」
「…………」
……はて。
こいつはいったい、何の話をしているのやら。
「だから、また今度、改めて聞かせてね」
「…………」
「今度はあんな形じゃなく、ちゃんと、私自身に向けた言葉として、さ」
「…………」
……。
……あー。
…………うん。
やっぱり、こいつが何の話をしているのか、よく分からない。
よく分からないから、やっぱりそのまま、無視することにした。
私はムラサの方に背を向けたまま、壁の補修作業を再開した。
ぺたぺた、ぺたぺた。
…………。
……ぺたぺた、ぺたぺた。
―――次の日、「なんで壁のこの部分だけ、こんなに不自然に盛り上がってるんだ」ってナズに怒られた。
了
「?」
私がふんふーんと鼻唄を歌いながら廊下を歩いていると、背後からナズーリンに呼び止められた。
くるりと振り返りつつ、返事をする。
「何? ナズ」
「……ちょっと、いいかい?」
「?」
「……ここじゃ話し辛い。私の部屋まで来てくれないか?」
「いいけど」
ナズが私に用があるなんて珍しい。
特に断る理由もないので、そのままついていくことにした。
部屋に着くなり、ナズは前を向いたまま呟いた。
「……単刀直入に聞くが」
「? 何?」
なんだろう。
また星が失くし物をしたからどこにあるか知らないかとか、そんな話だろうか。
私がそんなことをぼんやりと考えていると、ナズはくるりと私の方を振り返った。
彼女はいつになく、真剣な表情を浮かべていた。
「ど、どうしたのよ。そんなに畏まっちゃって」
「…………」
暫しの沈黙の後、やがて、ナズは私をまっすぐに見据えながら、口を開いた。
「……ぬえ。君は、船長のことをどう思っている?」
「!?」
思わず、びくんと反応してしまった。
みるみるうちに、顔全体が熱くなっていくのを感じる。
「……な、ななな何を言うのよいきなりっ……!」
「答えてくれ。どう思っている?」
「ど、どどどどうって……」
どうも、何も。
私とムラサは、地底のときからの付き合いで、今では同じ命蓮寺に住む仲間で。
ただそれだけの間柄で、別に、それ以上でもなければそれ以下でもないっていうか。
うん、だから、つまり。
「ど、どどっどどどうとも思ってないわよ!?」
……うわ。
なんか、思いっきり声上ずった。
ていうか、なんでこんなにテンパッってんだ? 私。
するとナズは、やけに険しい顔つきになって、
「……どう、とも?」
と、訝しがるような声で言った。
「そ、そうよ。それが、何か?」
一方私は、内心の動揺を悟られぬよう、極力平静を装った声で応対する。
……ちゃんとできているかどうかは、あまり自信がないけど。
「本当に、そうなのかい?」
するとナズは、ぎょろりと、眼光を一層鋭くして問うてきた。
なんなのこのネズミ……。
その妙な迫力に気圧されそうになりながらも、私はなんとか言葉を返す。
「だ、だから、そうだっていってるでしょ。くどいわよ」
「……そうか。……分かった。それならいいんだ」
「…………?」
何がいいんだ。
訳が分からない私は、とりあえず当然の疑問を目の前のネズミにぶつけることにした。
「……大体、なんでそんなこと、あんたに聞かれなきゃいけないのよ。関係ないじゃない」
「……関係? ……あるね。大いにある」
「はあ? どういうこと?」
私が問うと、ナズは一分の迷いもない表情で言った。
「―――なぜなら私は、船長のことが好きだからさ」
……何?
今、何つった? このネズミ。
「……ごめん、ナズ。今、なんて……?」
「私は船長のことが―――村紗水蜜のことが好きだと、そう言ったんだ」
ナズは真剣な表情で、私をまっすぐに見据えながら言った。
「……ほ、本当に?」
「ああ」
「……友達として、とかじゃなくて?」
「ああ」
ナズは一切の躊躇もみせず、大きく頷いた。
……本気だ。
本気なんだ。
本気でナズは、ムラサのことが―――。
ずきり、と。
そのとき、胸に何かが刺さる心地がした。
なんだろう?
……いや、それよりも、今は。
もっとナズに、聞くべきことがある。
「……な、ナズ」
「なんだい?」
「ど、どうして、私に、こんなこと……」
「……決まっているじゃないか」
ナズは軽く溜め息をつき、何を分かりきったことを、と言わんばかりの表情で肩をすくめた。
「船長が好きなのは―――ぬえ。君だからだよ」
「!」
な、なに、を……。
私は懸命に口を動かしたが、うまく声が出せなかった。
ムラサが?
私を?
……す、き?
「分かるかい? 自分の想い人が、自分以外の誰かに想いを寄せているということが、どれほど辛いか」
「え、あ……」
必死に絞り出した声も、やはり言葉にはならず。
もはや私は、正常な思考が出来なくなっていた。
ナズがムラサを好きで、ムラサが私を好き?
……や、そりゃまあ確かに、ムラサはしょっちゅう、私に向かって「好きだよ」とか「可愛いね」とか言ってくるけどっ……!
「う、うぐぅ……」
ああ、もう。
頭がこんらんして正体不明だ。ぬえェ……。
そんな、混乱の極みにある私とは対照的に、ナズは至極落ち着いた口調で言う。
「船長の好意は、明らかに君に対して向けられている。それはもう、疑いようのない事実だ」
「…………」
確かに、ムラサが私以外の誰かに対して、上のような台詞を吐いているのを、少なくとも私は見たことがない。
いや、でもだからって……うがあぁ。
頭を掻きむしれども、答えは出ない。
ナズが続けて言う。
「だから私は、ずっと考えていた。悩んでいた。どうすれば、君に向けられている船長の好意を、自分に向けさせることができるのか」
「…………」
「船長の君への想いは相当なものだ。なんせ、地底時代のときからだからね」
「…………」
黙ったままの私をよそに、ナズは淡々と語り続ける。
何処か他人事のようにみえるのは、いつも冷静で、物事を客観的に見ることのできる彼女ゆえだろうか。
「……だが」
「?」
そこで、ナズが少しだけ表情を崩した。
そのまま柔らかく微笑んで、言う。
「同時に私は、君のことも―――仲間として、大切に思っている」
「…………」
「だから、だからもし……君が私と同じように、船長のことが好きなのなら―――私は潔く、諦めようと思っていた」
「!」
その瞬間、心臓がひときわ大きく跳ねたように感じた。
ナズは微笑を浮かべたまま、続ける。
「両想いの二人の仲を引き裂いてまで……私は自分が幸せになりたいとは思わない」
「…………」
「もっとも、それ以前に、私にそんな真似ができるとも思えないが」
「…………」
くっくっと、自嘲するようにナズは笑う。
なんだか、本当におかしそうに笑っているようにみえるのは、気のせいだろうか。
「だから、安心したよ。君が船長のことをなんとも思っていないってことが分かって」
「あ……」
そういや、そうだった。
胸の中が、急速にモヤモヤとし始める。
「船長がどんなに君のことが好きでも、君にその気がない以上、いつかは諦めざるをえないはず」
「…………」
「それなら私にも、十二分にチャンスはある」
うんうんと頷きながら、ナズは嬉しそうに言う。
「…………」
ふと私は、想像する。
ムラサがナズに「好きだよ」と言い、「可愛いね」と頭を撫でる、そんな情景を。
「……っ」
するとまた、ずきり、と胸が痛んだ。
しかも、今度はさっきよりも、より鋭い感じの痛み。
その痛みにあえぐように、私は懸命に声を出した。
「…………ゃ、だ」
「……え?」
そしてそれは、私の意思を表す言葉となった。
ナズが不思議そうな表情を浮かべる。
「……ぬえ。今、なんて?」
「…………や、だ」
今度はもう少しだけ、はっきりと。
滲む視界の中、私は必死にナズの顔に焦点を合わせる。
……って、あれ?
私、いつのまに泣いてたんだろう?
「……やだ?」
ナズが、私の言葉を反駁する。
「…………」
無言で、こくりと頷く私。
「……でも君は、船長のことをどうとも思っていないんだろう?」
「…………!」
ナズの言葉に、私は大きく首を横に振った。
違うよ、違う。
そんなはず、ない。
「……じゃあ……」
確かめるようなナズの声に続けて、私は震える声で言った。
「…………す、き……」
その瞬間、身体が一気に熱を持った。
頭が沸騰しそうで、視界はもうぐにゃぐにゃで。
なにがなんだか、まったく分からないような状態だけど。
でもひとつだけ、確かなことがあった。
私は、ずっと、ムラサのことが―――。
「……そうか」
ふと顔を上げると、ナズが、今まで見たこともないような穏やかな笑みを浮かべていた。
「……ありがとう、ぬえ。……正直に、告白してくれて」
「う、うぅ……」
なんだろう。
ムラサ本人に告白したわけでもないのに、どうしようもないくらいに恥ずかしい。
すると、ナズが私をそっと抱き寄せてくれた。
「……君の気持ちが聞けて、よかった」
「…………」
「……これで私も、心おきなく船長のことを諦められる。……君たち二人の仲を、祝福できる」
「……ナ、ナズ……」
私はシャツの肩口でぐしぐしと涙を拭い、ナズの顔を見た。
その表情はとても穏やかで、優しくて……まるで、ムラサみたいだった。
私は鼻をすすりながら、ナズに言った。
「……ねえ、ナズ」
「ん?」
「……その、このこと、まだ、ムラサには……」
「ああ、大丈夫。言わないさ」
「……ありがとう」
私がそう言うと、ナズは何故だか、少しばつが悪そうな顔になった。
「あ、いや、というか……」
「?」
「……なんというか、その、言う必要がない、というか……」
「え?」
どういうことだろう。
私が首を傾げていると、やがてナズがにへら、と笑って言った。
「―――だって私、村紗だし」
その瞬間、ナズがムラサになった。
……。
…………。
「…………」
とりあえず、自分の右頬を全力でつねってみた。
痛い。
ちょう痛い。
さっきとは違う涙が私の瞳に滲む。
すると、私の前に立つ、さっきまでナズーリンの姿をしていたはずの人物が、申し訳なさそうに言った。
「いやー……ぬえ自身にも効くんだね、これ」
そう言ってその人物―――村紗水蜜が差し出した掌には、私愛用の“アレ”が。
「……な、なんで、ムラサが、これ、を……?」
私はそれ―――“正体不明の種”―――を震える指先で摘みながら、必死に声を絞り出した。
ムラサはぽりぽりと頬をかきながら、続ける。
「や、ほら、さっき、ぬえの部屋に遊びに行ったんだけど、ぬえいなくてさ」
「…………」
「そんで引き返そうかと思ったんだけど、床にこれが落ちてるの見つけちゃって」
「…………」
無言でムラサを睨む私。
ムラサの頬を一筋の汗が伝った。
「い、いや、まさかね? まさか、ぬえにも効くとは思わなくて、だからその、ちょっとしたジョークのつもりで……」
「…………」
じり、とムラサに詰め寄る私。
ムラサはたはは、と笑いながら後ずさる。
「そしたらほら、なんか普通に効くみたいで、面白くなっちゃって、つい……」
「…………」
「も、もちろん、最後はちゃんと自分からネタばらしするつもりだったのよ? 実際ちゃんと言ったでしょ? 私の方から」
「…………」
じりり、とさらにムラサに詰め寄る私。
ムラサは両の掌を私に向けたまま、さらに後退する。
私は、極力怒気を抑えた声で問う。
「……なんでまた、ナズに……?」
「ああ、いや、別に誰でもよかったんだけど……さっき、ちょうどナズが買い物に出て行ったばかりだったから、じゃあナズでいいかなって……はは」
「へー……」
乾いた笑いを浮かべながら、私はさらにムラサににじり寄る。
そこで、ムラサの背中が部屋の壁に当たった。
うげ、と小さく声を漏らすムラサ。
「あ、あのね、ぬえ?」
「…………」
「いや、確かに今回は全面的に私が悪かったけど、でも、でもね?」
「…………」
「なんていうか、その、一応ちゃんとした理由はあるのよ? そりゃ、最初はただの悪戯だけのつもりだったんだけど」
「…………」
「ほら、ぬえって普段、ちっとも私に『好き』って言ってくれないじゃない? 私からは、あんなに言っているというのに」
「…………」
「まあぬえは照れ屋さんだし、ある程度は仕方ないかなーって思って諦めてたんだけど」
「…………」
「さっき、この種を使ってナズのフリをして、ぬえにも効くんだって分かったとき、ぴーんと閃いたのよ」
「…………」
「いくら照れ屋さんのぬえでも、自分の気持ちを正直に言わないといけないような状況を作れば、ちゃんと言ってくれるんじゃないかって」
「…………」
「でまあ、そうした思いつきのままにやってみたら、見事成功しちゃったわけで……計画通り! みたいな。はは……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ムラサ」
「は、はい」
「……しねぇえええええええええええ!!!!!」
「ぎゃああああああああああああ!!!!!」
―――その日の夕刻。
腕組みをしたナズの前で、私とムラサは正座をさせられていた。
口の端をひくつかせながら、ナズが冷え切った声で言う。
「……ぬえ。君は私に、何か恨みでもあるのかい?」
「…………ごめんなさい」
ナズの部屋は一面、竜巻でも巻き起こったかのように荒れ果てていた。
もっとも、私がムラサに向けて弾幕をぶっ放し始めた直後にナズが帰ってきたため、大惨事には至らなかったが。
「ま、まあまあナズ。ぬえも反省していることだし」
「船長は黙っててくれ。事情はよく分からないが、どうせ君も共犯みたいなものなんだろう?」
「うぐっ」
共犯どころか主犯だと思うけど。
私がじとっとした目を向けると、ムラサは目配せをして「ごめん」と謝ってきた。
もっとも私は、当分許す気もないので、ぷいっとそっぽを向いてやることにする。
まあ、ここでナズに全部の事情を洗いざらい話さないだけ、まだマシだけど。
そうこうしているうちに、ナズが、軽く溜め息をつきながら言った。
「……まあいい。幸いにも、壊れたのは床と壁、それと天井の一部くらいだ。ちゃんと修理さえしてくれるのなら、これ以上の追及はしないでおこう」
「……ありがとう、ナズ」
「ふん。礼なんて言ってる暇があったら、さっさと修理を始めてくれ」
ナズはぶっきらぼうにそう言うと、そのまま部屋から出て行った。
その直後、正座を崩したムラサが笑顔で言ってきた。
「ねえ、ぬえ。私も手伝ってあげようか」
「…………」
とりあえず羽根で突付きまわしておいた。
―――そして、修理開始から約二時間後。
「ねー、ぬえ」
「…………」
先ほどから、ムラサが背中越しに幾度となく私に話し掛けてきているが、うっとおしいので全部シカトしている。
さっきも述べたとおり、私はこいつを当分許す気はないのである。
「もうそろそろ、機嫌直してよう。私が悪かったからさあ」
「…………」
何と言われようと、当分許す気はないのである。
絶対許さぬえである。
「…………」
「…………」
いい加減に私のガン無視が堪えたのか、ムラサはようやく黙った。
ふん、ざまを見るがいい。
「……あのさ、ぬえ」
「!…………」
と思ったら、またすぐに話し掛けてきた。
一体なんなんだ? こいつは。
学習という言葉を知らないのか?
……まあ、いい。
さっきまでと同じように、無視しておけばいいだけだ。
そのうち、勝手に諦めるだろう。
「…………」
私は無視を強調するように、破損した壁の補修をより力強く行うことにした。
ぺたぺた、ぺたぺた。
ぺたぺた、ぺたぺた。
しかしムラサは構わず、続けて言った。
「ありがとう」
「…………」
ぴたりと、壁を補修していた私の手が止まった。
「私のこと、『好き』って言ってくれて」
「…………」
「嬉しかったよ」
「…………」
……はて。
こいつはいったい、何の話をしているのやら。
「だから、また今度、改めて聞かせてね」
「…………」
「今度はあんな形じゃなく、ちゃんと、私自身に向けた言葉として、さ」
「…………」
……。
……あー。
…………うん。
やっぱり、こいつが何の話をしているのか、よく分からない。
よく分からないから、やっぱりそのまま、無視することにした。
私はムラサの方に背を向けたまま、壁の補修作業を再開した。
ぺたぺた、ぺたぺた。
…………。
……ぺたぺた、ぺたぺた。
―――次の日、「なんで壁のこの部分だけ、こんなに不自然に盛り上がってるんだ」ってナズに怒られた。
了
ネタ晴らしした後のぬえのすねっぷりと、村紗の必死な言い訳が可愛かったです。
そして最後はちゃんとびしっと言ってくれる村紗船長マジかっこいい。
というかナズのマネ上手すぎて驚いたw
当然責任取ってぬえと結婚するんだよな?
最後の一行が一番にやにやしました。
素晴らしかったです。
ぬえにも効くとわかって船長はまだまだいたずらするだろうね。
ほっとする。
プロポーズだよねこれプロポーズなんですよね
わーい
あと勝手な妄想なんですが
なんだかナズのセリフが、実は全部聞いてたのに知らない振りをしているように見えてニヤニヤ
話自体が甘過ぎてイイハナシダナ―だったから余計にきた…くそう
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むらむらしちゃう!
早く結婚すればいいよw
゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。
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さっさと結婚しろよお前らww