霧雨魔理沙は十六夜咲夜が苦手である。
二人は同じ人間である。そして同じ少女であり、歳も大して変わらない。
しかし魔理沙には、咲夜との間には何か深々とした溝が横たわっているような気がしてならない。
それは咲夜の歳の割に大人びた言動のせいでもあったろうし、すらりと伸びた上背のせいでもあったろう。
咲夜は匂い立たんばかりに女である。しゃらんと振り返るその姿でさえ色っぽいとなれば、魔理沙のささやかなコンプレックスがちくちくと刺激されるのも仕方がないことである。彼女には彼女なりの輝くような魅力があるのだが、このくらいの年齢の少女は大人の女性に憧れるものだ。
しかし、溝というのはそれのことではない。もっと根本的な……。
自身でも持て余していたその感情に、魔理沙はある時はたと気がついた。咲夜と話をしているときのことであった。
「……目だ」
「目?ゴミでも入ったの?」
「お前のその目が、私は苦手なんだ」
咲夜の瞳は美しい翡翠の色である。たまに光の加減なのか、赤みがかって見えることもある。魔理沙の唐突な呟きに、柔らかな銀の縁取りがゆっくりと瞬いた。
「ふうん、そうなの」
傷ついてはいないようだった。いつものように凪ぎきった静かな声だった。
魔理沙は何も言わない。咲夜の瞳を見つめ続けていた。
――――私はこの瞳を知っている。
「嫌いかしら?」
「嫌い、じゃないんだが……何だろうな」
「なあに、変な魔理沙」
咲夜の瞳。澄み切った蒼い色。
そこには、何の感情も込められていなかった。全ての感情を置き去りにしてきた瞳だった。
魔理沙に対する無関心の瞳であった。
きっと魔理沙に対してだけではない。皆に対して平等に、咲夜は何とも思わないのだろう。
昔ぽつりと聞いた彼女の過去をうっすらと思い出す。
咲夜は彼女の主に、人間としての生以外の全てを捧げたのに違いなかった。
魔理沙はこう見えて、人の感情に対しては人一倍敏感である。そこで物怖じせずに全ての物事をひっくり返せるのが彼女の良いところで、だから何だかんだで慕われていたりする。しかし感情が『無い』相手に対する術などまだ年若い彼女は持ち合わせていないのだった。
「なあ、咲夜、悪いが訂正するぜ」
私は、お前のその目が嫌いだよ。
このとき魔理沙自身は気がついていなかったが、彼女の顔はまるで泣いているかのように歪んでいた。
咲夜は怒らない。戸惑いもしない。
ただ少し微笑んで、まるで何もかもわかっているとでも言うかのように、うんと一つ頷いたのであった。
咲夜の指が魔理沙の癖のある金髪にゆっくりと触れる。頭を撫でるその手は暖かい。
「何とも思ってないくせに、何で優しくなんかするんだよ。クッキーを焼いて、持ってきたりなんかするんだよ。それって凄く、残酷なことだと思わないか?」
魔理沙はやはり顔を歪ませて、それでも真っ直ぐに咲夜の目を見つめた。それは純粋な彼女らしい仕草で、咲夜は少し羨ましいと思う。魔理沙は強い。強くて、優しい、眩しい少女だ。
「そうね、残酷かもしれないわ」
咲夜はひっそりと言う。
「でもね魔理沙。私、あなたのことを好きになりたいと思っているのよ」
霧雨魔理沙は十六夜咲夜が苦手である。
二人は同じ人間である。そして同じ少女であり、歳も大して変わらない。
しかし魔理沙には、咲夜との間には何か深々とした溝が横たわっているような気がしてならない。
それは咲夜の歳の割に大人びた言動のせいでもあったろうし、すらりと伸びた上背のせいでもあったろう。
咲夜は匂い立たんばかりに女である。しゃらんと振り返るその姿でさえ色っぽいとなれば、魔理沙のささやかなコンプレックスがちくちくと刺激されるのも仕方がないことである。彼女には彼女なりの輝くような魅力があるのだが、このくらいの年齢の少女は大人の女性に憧れるものだ。
しかし、溝というのはそれのことではない。もっと根本的な……。
自身でも持て余していたその感情に、魔理沙はある時はたと気がついた。咲夜と話をしているときのことであった。
「……目だ」
「目?ゴミでも入ったの?」
「お前のその目が、私は苦手なんだ」
咲夜の瞳は美しい翡翠の色である。たまに光の加減なのか、赤みがかって見えることもある。魔理沙の唐突な呟きに、柔らかな銀の縁取りがゆっくりと瞬いた。
「ふうん、そうなの」
傷ついてはいないようだった。いつものように凪ぎきった静かな声だった。
魔理沙は何も言わない。咲夜の瞳を見つめ続けていた。
――――私はこの瞳を知っている。
「嫌いかしら?」
「嫌い、じゃないんだが……何だろうな」
「なあに、変な魔理沙」
咲夜の瞳。澄み切った蒼い色。
そこには、何の感情も込められていなかった。全ての感情を置き去りにしてきた瞳だった。
魔理沙に対する無関心の瞳であった。
きっと魔理沙に対してだけではない。皆に対して平等に、咲夜は何とも思わないのだろう。
昔ぽつりと聞いた彼女の過去をうっすらと思い出す。
咲夜は彼女の主に、人間としての生以外の全てを捧げたのに違いなかった。
魔理沙はこう見えて、人の感情に対しては人一倍敏感である。そこで物怖じせずに全ての物事をひっくり返せるのが彼女の良いところで、だから何だかんだで慕われていたりする。しかし感情が『無い』相手に対する術などまだ年若い彼女は持ち合わせていないのだった。
「なあ、咲夜、悪いが訂正するぜ」
私は、お前のその目が嫌いだよ。
このとき魔理沙自身は気がついていなかったが、彼女の顔はまるで泣いているかのように歪んでいた。
咲夜は怒らない。戸惑いもしない。
ただ少し微笑んで、まるで何もかもわかっているとでも言うかのように、うんと一つ頷いたのであった。
咲夜の指が魔理沙の癖のある金髪にゆっくりと触れる。頭を撫でるその手は暖かい。
「何とも思ってないくせに、何で優しくなんかするんだよ。クッキーを焼いて、持ってきたりなんかするんだよ。それって凄く、残酷なことだと思わないか?」
魔理沙はやはり顔を歪ませて、それでも真っ直ぐに咲夜の目を見つめた。それは純粋な彼女らしい仕草で、咲夜は少し羨ましいと思う。魔理沙は強い。強くて、優しい、眩しい少女だ。
「そうね、残酷かもしれないわ」
咲夜はひっそりと言う。
「でもね魔理沙。私、あなたのことを好きになりたいと思っているのよ」
霧雨魔理沙は十六夜咲夜が苦手である。
この波は終わらない!