あら、これはなにかしら?
▼
わたしはごろりとベッドに倒れて、枕に顔を埋める。
誰かの気配。
▼
わたしには知り合いなんていやしない。
ときどき見かける妖精のメイド。
いっぱいいすぎて、見分けなんかつきゃしない。
メイド長は知ってる。
たった一人の人間だ。
それでもあんまり会うことはない。
ご飯とか運んできたり、そのぐらい。
咲夜はあいつのメイドだからだ。
それにあいつの友人の紫の魔女。
あいつがよく話してくれるけど、わたしたまに見かけるくらいしか見ることがない。
門番にも会ったことはない。
いつだってわたしはこの部屋の中。
出られなくって。
それでも構わなくって。
「それなら、あなたはどうして生きているの?」
呟く声。
小さくか細く。
細く細く。
蚊の鳴くような。
わたしは枕に顔を埋めたまま。
全部無視。
わたしの世界はこの小さなお部屋だけ。
薄暗いお部屋。
窓もない。
光もない。
とんとんとん、と歩けばもう壁だ。
とは言ったものの、わたしはこれを享受している。
つまり意外と受け入れているし、中々楽しいのだ。
ごろりとベッドに寝そべり、本棚からお気に入りの一冊を取り出すのが好き。
そのまま紅茶を飲んで読書するのが好き。
じーっと天井を眺めるのが好き。
そのままお昼寝するのなんて最高。
お気に入りの服を着て、鏡を覗き込んで誰も映らないのを笑うなんてざらだ。
わたしはどこにいるんだろう。
そんな疑問を鏡にぶつけて、叩き割った。
「ならばあなたはどうして生きていられるの?」
呟く声。
少し大きく。
けれどか細く。
少し震えて。
泣きそうな声。
だけれども無視。
枕から顔もあげないで。
窓のないこのお部屋で好きなだけ寝るのが好き。
適当な時間に起きて、用意されていたご飯を食べて、適当に寝るのが好き。
ときには四人に分身して、一人芝居。
自分と話して時間つぶし。
自分と遊んで自分を壊す。
あー、毎日が暇だ。
わたしはぼりぼり頭をかいて。
小さくあくび。
ふわぁ、と一つ。
ああ暇。
誰か助けてー、と物語のお姫様気分。
だぁれも助けに来ないけど。
そうしてわたしは今日も眠るのよ。
牢獄みたいな、煌びやかな部屋で。
「だったらどうしてあなたは生きていけるの?」
呟く声。
悲痛な叫び。
耳を打つ。
涙声。
ばぁか、お前のせいじゃんか。
でもこの部屋はきらい。
いってきます、て部屋を出て、
物語の中の青空が見てみてかった。
焼かれてもいいから見たいと思った。
暗がりの中で蛍が見たいと思った。
月明かりの下で、優雅にダンスをしたかった。
満点の星空の海を泳ぎたかった。
草原でごろりと横になって、草木の匂いを肺がいっぱいになるまで吸いたかった。
そうして家に帰って、ただいま、って言いたかった。
「だったらさ」
呟く声。
すん、と鼻をすする音。
もういいじゃんか。
全部無視。
するつもりだった。
だと言うのに。
知らず、わたしは枕から顔をあげて、そいつを見た。
今にも泣きそうな、わたしの大切なお姉さま。
スカートをぎゅっと握って、今にも泣き出しそうに顔を俯かせて。
ふるふると震えるお姉さま。
今さら後悔?
どうでもいいよ。
されたら困るし。
「ばっかじゃないの」
びくんと震える気配。
起き上がって、近寄って。
か細い身体を抱きしめる。
「今さら後悔とか遅いよ」
「でも」
「いいよもう」
「だったら答えてよ」
はぁ。
ため息。やんなるよ、もう。
でもね、
「お姉さまが」
ぷい、と顔を背ける。
顔に熱。
あつい。
恥ずかしい。
すっごい恥ずかしい。
言ってやんないけど。
絶対言ってやんないけど。
「お姉さまが、いたからだよ」
頬が熱かった。
きょとん、とした姉の顔に思わず吹き出した。
姉が頬を赤く染める。
わたしの頬も真っ赤。
姉妹そろって頬を染めて、ああもう恥ずかしいったらありゃしないわ。
そうして――
▼
「おっ姉様ぁああああー!!」
ばーん、と扉をぶち壊すように部屋に飛び込んでくるフランドール。
部屋の中央で紅茶を片手に、膝の上に乗せた本を読んでいるレミリアを見とめ、そこに突進をしかけた。
にやり、と口元に笑みを浮かべ、レミリアは、ひょい、と飛びのいた。
どんがらがっしゃーん、とフランドールが机ごと紅茶をぶちまける。
「あら? どうしたのかしら?」
ゆっくりと着地したレミリアが言う。
涙目のフランドールが引っくり返ったままの状態で指差した。正確には持っていた本を。
「そ、それ!」
「これ?」
本を指差す。
頑丈そうな革表紙のしっかりした本だ。真っ赤な表紙に金色の十字架の飾り。
「これがどうしたの?」
「どうして、それが! ここに!?」
「うん? これがどうしたの?」
「わ、わたしの日記ぃ!」
「うぅん?」
「ど・う・し・て、お姉様が持ってるのかしら?」
「いや、ちょっと、ね?」
にっこり、満面の笑顔。
「かわいかったわよ?」
特に最後のほう、と付け加える。
かぁ、とフランドールの頬が赤く染まった。
ぐぬ、と歯を噛み締めながら言い返す。
「お姉様だってあのときは!」
「私はいいのよ」
「なんでよ!?」
「いや、だって」
「?」
ぽっと蒸気した頬に両手をあてて、レミリアは言った。
「……その涙目とか、すごい良いから」
がーん、と、頭が横殴りにされるようなショックを受けた。
そりゃあそうだった。
実の姉が、そっちの趣味だったのだ。
「えーと、そうして、どうしたんだっけ?」
とか言いながら日記をぱらぱらとめくる。
フランドールが飛び掛る。
ひょい、と身をかわすレミリア。
ずざー、と滑っていくフランドール。
ぐぅう、とうなる声。
半身あげて、レミリアを涙目で睨みながら、ぐずぐずと、
「お姉様のどえす」
「甘いわよ」
ふふん、とレミリアは胸を張った。
「フラン限定でいぢめられるのもおっけぇよ!」
「お姉様のばかぁ!」
うわーん、とがむしゃらに飛び掛かって、日記をぶんどるとフランドールは駆け出した。
ぎゅ、と胸に日記を抱きしめて。
一度振り返って、大声で、
「お姉様のばっかぁああ!」
と叫んで、去っていった。
残されたレミリアは、満足そうに頷いて、
「うんうん、ひらがなっぽい発音ね。やっぱひらがなのばかは良いわー」
と、ひとしきり頷いたあと、さっとポケットから紙束を取り出した。
そこには先ほどの涙目フランが映っていた――
「パチェに感謝しなくちゃねぇ」
それを大事そうにポケットにしまい込んで、レミリアは歩き出した。
よっこいしょ、と吹っ飛んだ机とかを元に戻す。
「咲夜ー! ちょっと来てー!」
と大声で言った。
ベッドの横の写真立てには、丸くなって眠る、姉妹の姿が映っていた。
[了]
▼
わたしはごろりとベッドに倒れて、枕に顔を埋める。
誰かの気配。
▼
わたしには知り合いなんていやしない。
ときどき見かける妖精のメイド。
いっぱいいすぎて、見分けなんかつきゃしない。
メイド長は知ってる。
たった一人の人間だ。
それでもあんまり会うことはない。
ご飯とか運んできたり、そのぐらい。
咲夜はあいつのメイドだからだ。
それにあいつの友人の紫の魔女。
あいつがよく話してくれるけど、わたしたまに見かけるくらいしか見ることがない。
門番にも会ったことはない。
いつだってわたしはこの部屋の中。
出られなくって。
それでも構わなくって。
「それなら、あなたはどうして生きているの?」
呟く声。
小さくか細く。
細く細く。
蚊の鳴くような。
わたしは枕に顔を埋めたまま。
全部無視。
わたしの世界はこの小さなお部屋だけ。
薄暗いお部屋。
窓もない。
光もない。
とんとんとん、と歩けばもう壁だ。
とは言ったものの、わたしはこれを享受している。
つまり意外と受け入れているし、中々楽しいのだ。
ごろりとベッドに寝そべり、本棚からお気に入りの一冊を取り出すのが好き。
そのまま紅茶を飲んで読書するのが好き。
じーっと天井を眺めるのが好き。
そのままお昼寝するのなんて最高。
お気に入りの服を着て、鏡を覗き込んで誰も映らないのを笑うなんてざらだ。
わたしはどこにいるんだろう。
そんな疑問を鏡にぶつけて、叩き割った。
「ならばあなたはどうして生きていられるの?」
呟く声。
少し大きく。
けれどか細く。
少し震えて。
泣きそうな声。
だけれども無視。
枕から顔もあげないで。
窓のないこのお部屋で好きなだけ寝るのが好き。
適当な時間に起きて、用意されていたご飯を食べて、適当に寝るのが好き。
ときには四人に分身して、一人芝居。
自分と話して時間つぶし。
自分と遊んで自分を壊す。
あー、毎日が暇だ。
わたしはぼりぼり頭をかいて。
小さくあくび。
ふわぁ、と一つ。
ああ暇。
誰か助けてー、と物語のお姫様気分。
だぁれも助けに来ないけど。
そうしてわたしは今日も眠るのよ。
牢獄みたいな、煌びやかな部屋で。
「だったらどうしてあなたは生きていけるの?」
呟く声。
悲痛な叫び。
耳を打つ。
涙声。
ばぁか、お前のせいじゃんか。
でもこの部屋はきらい。
いってきます、て部屋を出て、
物語の中の青空が見てみてかった。
焼かれてもいいから見たいと思った。
暗がりの中で蛍が見たいと思った。
月明かりの下で、優雅にダンスをしたかった。
満点の星空の海を泳ぎたかった。
草原でごろりと横になって、草木の匂いを肺がいっぱいになるまで吸いたかった。
そうして家に帰って、ただいま、って言いたかった。
「だったらさ」
呟く声。
すん、と鼻をすする音。
もういいじゃんか。
全部無視。
するつもりだった。
だと言うのに。
知らず、わたしは枕から顔をあげて、そいつを見た。
今にも泣きそうな、わたしの大切なお姉さま。
スカートをぎゅっと握って、今にも泣き出しそうに顔を俯かせて。
ふるふると震えるお姉さま。
今さら後悔?
どうでもいいよ。
されたら困るし。
「ばっかじゃないの」
びくんと震える気配。
起き上がって、近寄って。
か細い身体を抱きしめる。
「今さら後悔とか遅いよ」
「でも」
「いいよもう」
「だったら答えてよ」
はぁ。
ため息。やんなるよ、もう。
でもね、
「お姉さまが」
ぷい、と顔を背ける。
顔に熱。
あつい。
恥ずかしい。
すっごい恥ずかしい。
言ってやんないけど。
絶対言ってやんないけど。
「お姉さまが、いたからだよ」
頬が熱かった。
きょとん、とした姉の顔に思わず吹き出した。
姉が頬を赤く染める。
わたしの頬も真っ赤。
姉妹そろって頬を染めて、ああもう恥ずかしいったらありゃしないわ。
そうして――
▼
「おっ姉様ぁああああー!!」
ばーん、と扉をぶち壊すように部屋に飛び込んでくるフランドール。
部屋の中央で紅茶を片手に、膝の上に乗せた本を読んでいるレミリアを見とめ、そこに突進をしかけた。
にやり、と口元に笑みを浮かべ、レミリアは、ひょい、と飛びのいた。
どんがらがっしゃーん、とフランドールが机ごと紅茶をぶちまける。
「あら? どうしたのかしら?」
ゆっくりと着地したレミリアが言う。
涙目のフランドールが引っくり返ったままの状態で指差した。正確には持っていた本を。
「そ、それ!」
「これ?」
本を指差す。
頑丈そうな革表紙のしっかりした本だ。真っ赤な表紙に金色の十字架の飾り。
「これがどうしたの?」
「どうして、それが! ここに!?」
「うん? これがどうしたの?」
「わ、わたしの日記ぃ!」
「うぅん?」
「ど・う・し・て、お姉様が持ってるのかしら?」
「いや、ちょっと、ね?」
にっこり、満面の笑顔。
「かわいかったわよ?」
特に最後のほう、と付け加える。
かぁ、とフランドールの頬が赤く染まった。
ぐぬ、と歯を噛み締めながら言い返す。
「お姉様だってあのときは!」
「私はいいのよ」
「なんでよ!?」
「いや、だって」
「?」
ぽっと蒸気した頬に両手をあてて、レミリアは言った。
「……その涙目とか、すごい良いから」
がーん、と、頭が横殴りにされるようなショックを受けた。
そりゃあそうだった。
実の姉が、そっちの趣味だったのだ。
「えーと、そうして、どうしたんだっけ?」
とか言いながら日記をぱらぱらとめくる。
フランドールが飛び掛る。
ひょい、と身をかわすレミリア。
ずざー、と滑っていくフランドール。
ぐぅう、とうなる声。
半身あげて、レミリアを涙目で睨みながら、ぐずぐずと、
「お姉様のどえす」
「甘いわよ」
ふふん、とレミリアは胸を張った。
「フラン限定でいぢめられるのもおっけぇよ!」
「お姉様のばかぁ!」
うわーん、とがむしゃらに飛び掛かって、日記をぶんどるとフランドールは駆け出した。
ぎゅ、と胸に日記を抱きしめて。
一度振り返って、大声で、
「お姉様のばっかぁああ!」
と叫んで、去っていった。
残されたレミリアは、満足そうに頷いて、
「うんうん、ひらがなっぽい発音ね。やっぱひらがなのばかは良いわー」
と、ひとしきり頷いたあと、さっとポケットから紙束を取り出した。
そこには先ほどの涙目フランが映っていた――
「パチェに感謝しなくちゃねぇ」
それを大事そうにポケットにしまい込んで、レミリアは歩き出した。
よっこいしょ、と吹っ飛んだ机とかを元に戻す。
「咲夜ー! ちょっと来てー!」
と大声で言った。
ベッドの横の写真立てには、丸くなって眠る、姉妹の姿が映っていた。
[了]
もちろんレミリアの専売特許だが!