今日は朝から少し雲が少なく、夏の日差しが少しだけ弱くて森の中は涼しく快適にすごせた。
この分なら今夜も涼しいままだろう。そう思ったところで、一つ思い出した事があった。
「確か今夜は満月だな。」
中秋の名月にはまだ早いが、気候も涼しいし、キンキンに冷えた冷たい酒で月見酒というのも乙な物だろう。
そうと決まったら行動は速いほうが良い。そう思って、僕は里に酒を買いに行った。
***
「さて、月もこの雲なら綺麗に出てくれるだろう。いい景色を肴にして酒が楽しめそうだ。」
里の酒屋を出て、誰に言う訳でもなく一人呟いた。
この天気に今日は満月。恐らく博麗神社では月見という名の馬鹿騒ぎ―――――もとい、何時もの宴会が始まるのだろう。あれは月見とは言わない。
そもそも月見とは観月とも言われ、その名前からも分かる通り月を見てその風情を楽しむ物であり決して月が綺麗だから集まって酒でも飲もう―――等という事ではないのだ。元はと言えば観月は舟遊びで月の歌を詠み、宴を催したという。また古来の日本でも月は愛でられており、貴族達は杯(さかづき)や池に映る月を見てその風情を楽しんだという。彼女達の中にはかなりの年月を生きる大妖怪も少なくは無いだろう、だというのに彼女達はただ酒を飲めれば良いのだろうか?
そんな事を考えながら道を歩いていると、見知った顔が近づいてきた。
「やぁ、慧音か。」
「珍しいな、お前が里に下りて来るのは。」
「あぁ、ちょっと酒を買いにね。これを冷やさなきゃならないから失礼するよ。」
適当に挨拶を済ませて店へと向かう。外の世界の酒はいつも冷えているらしいが、幻想郷では冷えた酒は長時間冷水に瓶ごと浸けないと酒は冷えない。今夜は美しい月になるだろう、ならばこちらも相応に趣向を凝らさなければ月に失礼というものだ。
「(久しぶりに、風情を楽しめそうだ。)」
そう思うと、自然と顔が綻んだ。
***
日も傾き始めた頃、店の扉が凄い勢いで開かれ、魔理沙がやって来た。
「おい香霖!神社に行くぞ!!!」
「……いきなりだね。宴会かい?」
「おう、この魔理沙様が直々に誘いに来てやったんだ、香霖に拒否権は無いぜ。さぁ宴会にごーだぜ。」
「お断りだよ。どうせ月見と称したどんちゃん騒ぎだろう。月見はそんな楽しみ方をするものじゃないんだよ。そもそも月見とは観月とm「そんな事はどうでもいいぜ。」
「……人の話は最後まで聞けって親父さんに教わらなかったのかい?」
「あんな奴の言う事なんて聞く気は無いぜ……ってそうじゃない!宴会に行くぞ、香霖!」
「さっきも言ったが遠慮させてもらうよ。僕は個人で月を肴に酒を楽しむ事に決めているんだ。」
それに、ここで宴会に行けば折角冷やした酒も宴会で呷るように飲まれ、霊夢なら「あら、このお酒冷えてるわね」、紫なら「外の世界のほうが質が良いわ」、萃香なら「にゃははははは!!」等と言うに決まっている。
「む~、なら宴会でも一人で飲めば良いだろ!?だから行こうぜ!」
「レミリアじゃないが、僕が宴会に行けば『珍しい奴がいる』と言って飲み比べをしようと妖怪達が集まって来る運命が見えるよ。それに僕は飲めない訳じゃないけど、飲み比べは全然でね、博麗神主にも勝てない。」
「博麗神主!?霊夢の神社に神主なんて居たのか!!?」
「……神社なんだから居るに決まってるだろう?気になるなら霊夢に聞いてみるといい。」
「そうだな!じゃあ早速行ってくるぜ!」
「あぁ、気をつけなよ。」
「大丈夫だぜ。さーて、飛ばすぜ!」
そう言って魔理沙は凄まじい速さで店を飛び出していった。僕を宴会に誘う事は忘れたらしい。
「……やっと、静かになったな。」
店に静寂が訪れた。外から聞こえる虫の声が何とも心地良い。これなら今夜の月見酒はゆっくりと楽しめるだろう。
「……さて、今日はもう店じまいをするか。」
呟き、冷やした酒を取りに店の裏へ回った。
***
「うん、やはり僕の読みは間違ってはいなかった。」
その夜、月は見事な姿で夜空に輝いていた。あまりの美しさに暫し酒を飲む事も忘れて、ただただ見入っていた。
今頃神社では皆が思い思いにはしゃいでいるのだろう。この月の美しさに気付いていないのだとしたら、何とも悲しい事だ。いや、ひょっとすれば一部の大妖怪―――――幽香辺りならこの月を肴に酒を楽しんでいるのではないだろうか?彼女は一人で飲む方が好きだと何時だったか言っていた記憶がある。なら誘ってみても良かったかも知れない。……尤も、彼女が誘いに乗るとは到底思えないが。
そんな事を考えながら、この天候を与えてくれた龍神様に感謝し、僕は縁側で酒を楽しんだ。
***
月が雲に隠れ、少し虫の鳴き声を楽しんでいた時だった。虫の声に混じって、ふと、聞き慣れた音が聞こえた。
僕はその音の聞こえた方にゆっくりと歩を進めた。
「……霖之助。」
「やぁ、君か……慧音。」
そこにいたのは、扉に取り付けた来客を知らせる鈴を鳴らした慧音だった。
但し、そこに居るのは慧音であって慧音ではない。
「……今日会うのは二度目だね。何か「何も。」……ん?」
あったのかい、と続ける筈の言葉を、慧音は遮ってこう続けた。
「何も聞かないで、答えてくれ、霖之助。」
「……あぁ。」
慧音の真剣な表情に、こっちも真剣になる。
少しの間無言の時間が訪れ、慧音は口を開いた。
「今、お前の目に――――――――――――――私は、どう映っている?」
そう言われ、もう一度慧音の全身をよく見る。
髪は何時もの薄い青が混ざった銀髪ではなく、青かった毛の部分は鮮やかな緑色に染まっており、服装は何時もの青い服と違い、青い部分がそのまま緑に染まったような服を着ている。一番特徴的なのは頭部で、何時も頭に乗せている四角形の帽子を被っておらず、代わりに頭には大きな二本の角が生えている。
慧音のもう一つの姿、慧音が半人半獣たる証―――――――――――
満月の夜にのみ姿を代える、ワーハクタクの姿だ。
***
「……それで、どうしてあんな事を?」
そう言って慧音に茶を出す。慧音は済まないと一言だけ言って茶を啜った後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……さっき、里の外を見回っていたんだ。」
「……あぁ。」
里は普段慧音が守っている。だが完全に安全とは言い切れない。知能の低い妖怪が里に入り込んで人間を襲う事も少なくは無いのだ。
それを事前に出来るだけ防ぐ為に慧音が里の外を見回る事がある。今日がそうだったのだろう。
「その途中、外来人が妖怪に襲われていたんだ。だから助けようとしてその妖怪を追い払った。」
「うん……。」
「その後、私はその外来人の無事を確認するために近づいたんだ。」
「あぁ。」
慧音が何故あんな事を聞いてきたのか。もうなんとなくだが分かってしまった。
だが一応は最後まで聞いておくべきだろう。
「そうしたら、その外来人は叫んで逃げていった……。」
「………………」
「『化け物』って…………」
「………………」
「だからお前に聞きたい、霖之助……」
「満月の夜の私は……、ただの醜い化け物なのか?」
「違うよ。君は化け物なんかじゃない。」
これは胸を張って言える。彼女――――――慧音は化け物なんかではない。
「だが……!」
「君は『美女と野獣』って知ってるかい?」
「え……?」
「知らないなら教えてあげよう。
魔女の魔法で野獣に変えられた王子は一輪の薔薇の花が散るまでに『真実の愛』を見つけなければ死んでしまうという呪いをかけられてしまう。真実の愛とは何か悩む野獣の元に、ある日一人の娘がやって来る。野獣とその娘は恋に落ち、やがて野獣は『真実の愛』を見つけて元の姿に戻る……というお話さ。」
「……何が言いたいんだ?」
「……娘は野獣が人の言葉を話せず、野獣の招待が王子だと分からなかったら、果たして娘は野獣を愛しただろうか?愛さなかっただろうね。その前に彼女に無理矢理求婚していた村一番の狩人にでも討伐を依頼して、最悪共倒れを狙ったかも知れない。」
「……よく分からないんだが?」
「……つまり、何も見た目が全てじゃない。本質が変わらなければ、見た目なんて気にしなくていいんだ。」
「しかし……!」
「ハァ……これだけ言ってもまだ分からないかい?」
なら、もっと分かりやすい例えを出してあげよう。そう言って僕は眼鏡を取った。
「眼鏡を取った僕は、『森近霖之助』以外の何かじゃあないだろう?」
「それとこれとは……」
「同じだよ。違いが大きいか、小さいかだ。違うか?」
「う……」
少し考えれば分かる事だというのに……慧音は小さい事を気にしすぎだ。
「それに、化け物だなんて言うのは事情を知らない奴だけだ。里の皆も同じ事を言うかい?」
「里の皆は……言わない。」
「なら問題無い。今回の事はその外来人が何も知らなかっただけだよ。」
「……うん。」
「それに……満月の時の慧音も、僕は嫌いじゃないよ。」
「えっ……?」
「……ん、どうしたんだい?」
見ると、さっきまで落ち込んでいた慧音の顔が、うって変わって真っ赤になっている。
「そ、それは……、どういう意味だ?」
どういう意味?あぁ、嫌いじゃないという所か。
「どうって……、言葉通りの意味だが?」
「―――――――――――――ッ!!?」
「……慧音?大丈夫かい?」
「え!?あ、あああああぁ!ぜっ、全然大丈夫だぞ!?」
「落ち着け、言葉が錯乱しているぞ?」
「そ、そんな事はない!」
「そうかい?」
「あ、あぁ!!!」
慧音は胸を張ってそう言った。……未だに顔は真っ赤だが。
「ふむ、それだけ元気なら、もう大丈夫だね?」
「あぁ、霖之助のお蔭だ。気にしなくていいんだな!」
「そうだね。……さて、僕は月見酒に戻るけど、慧音もどうだい?」
言って、杯を傾ける動作をすると、慧音は首を横に振った。
「とても魅力的な話だが……遠慮させてもらうよ。そうだな……今日の礼も兼ねて、明日月見をしようか。」
「ふむ、少し欠けた月……十六夜というのも中々に風情があっていい。」
「じゃあ、明日。」
「あぁ。」
そう言って、慧音は店を出た。扉が閉まる音が鈴を通して伝わり、僕は再び月見に戻った。
***
「ふふふ……」
霖の所からの帰り道、私は里に着くまで終始にやけていた。
―――満月の時の慧音も、僕は嫌いじゃないよ。―――
その言葉がさっきから頭の中で響いている。思い出す度嬉しくなり、ついついにやけてしまう。
「……それにしても……」
それにしても、まさか霖があんな事を言うとは思わなかった。
『美女と野獣』、か……
確かあの物語の最後は、魔女の呪いで授けられた一輪の薔薇が完全に散りかけてる前に、娘は野獣の求婚を受け、野獣は元の姿に戻る……というものだった筈だ。
霖は今の姿を化け物と自虐する私を野獣に置き換えた。さしずめ『美男と白沢』といったところか。
「……本にしてみようかな。」
一瞬そんな考えが頭をよぎったが物語を考えているうちに恥ずかしくなり、今は白沢の姿だが『無かった事』にした。
そして、『無かった事』で思い出した。
……今日みたいな満月の日だったな。
私が半獣になった日は――――――――――――
◆◆◆
昔の私は今と変わらず、困っている人を見ると放っておけなくて誰に対しても世話を焼いていた。
そんな時に、私は家の倉を掃除している時に、ある書物を見つけた。
『半獣の法』と書かれた書物だった。
それが何かは分からなかったが、その時は特に気にしなかった。
そうして暫くして、里に一人の男がやって来た。森近霖之助と名乗る前のアイツだ。
当時、私は十歳だった。様々な道具を持っているアイツに、私はすぐに興味を持った。
その興味は十年の内に友情に変わり、……やがて恋心に変わった。
何時から好きだったかは覚えていない。気がついたら好きだった。
だが、里の大人達はアイツを嫌っていた。アイツが半妖だからだ。
でも里の大人も、皆が皆アイツを嫌った訳じゃない。私もその時は二十歳だったし、霧雨の旦那さんもアイツを弟子にしたりした。
だが、周りにどれだけ人が寄って来ても、アイツは喜ばない。むしろ辛そうだった。
理由はすぐにわかった。アイツが半妖だからだ。
人には先立たれ、妖怪には置いて行かれる。どちらにも属さない、中間の存在―――。
そんなアイツに私は、人生をかけて世話を焼く事にした。
家の倉から『半獣の書』を持ち出し、その魔法を使い、私は半獣になった。
アイツ―――――霖と、同じ時間を歩むために――――――――――――
◆◆◆
「……懐かしいな……。」
今はもう昔の事だが、私はこの事を里の誰にも……親友の妹紅にも言う気はない。何故なら……
……これは私が個人的に隠しいけど隠せない、
恥ずかしすぎる歴史なのだから――――――――――――――――
ああ、ビックリしたww一瞬中学校に読めたwwww
とっても良かったです!あと神主ってwwwww
コメ返しです。
>>奇声を発する程度の能力 様
中学校はとっくに卒業しましたwww
良かったですか、ありがとうございます!
>>華彩神護 様
神主には誰も勝てませんw
>>3 様
神主は人間を超えた酒豪……、
つまり神主は酒呑童子の末裔だったんだよ!
ΩΩΩ<な、なん(ry
読んでくれた全ての方に感謝!
いやあ面白かったです。綺麗なお話でした。慧音はこういうのが良く似合う。
誰にも言えない内緒っていいね。ときめく。
>これからは暴走しないようにしたいです。
気が向いたらも っ と 暴 走 し て も い い の よ
>愛さなかっただろうね。その前に彼女に無理矢理求婚していた村一番の狩人にでも討伐を依頼して、最悪共倒れを狙ったかも知れない。」
>「……よく分からないんだが?」
>「……つまり、何も見た目が全てじゃない。本質が変わらなければ、見た目なんて気にしなくていいんだ。」
これ、なんかおかしくないですか?