ナズーリンの帰宅を待つ星が、夕食の準備に腰を上げたのは日が落ちてから。いつもであれば、とうに食事を終え、寝支度に入っている頃。いつも通りの時間に食べていないためか、お腹が減っているような、食欲が湧かないような、二つの感覚が同時に襲ってくる変な感じに気が滅入る。
前回の仕事はすごく早く帰ってきてくれたから、今日はその反動で遅くなってしまっているんだろうなと、星は大きく息を吐いた。予想はしていた。しかし、その予想以上の遅さ。夕食から立ち昇る湯気が消えてしまっても、一向に帰ってくる気配は無い。
――なるべく早く帰ってくるよ、って言ってたのに。
待つ方は辛いよと思いかけるも、今もまだ仕事に追われているであろうナズーリンの方がもっとつらいのだからと、自分に言い聞かせる。
――もう少しで帰ってくる、そうに違いありません。
蠅帳をかぶせて、書に向かうことにする。もっとも、暗い部屋で、目の前に食事を預けられたままの空腹な状態で、いつも日の下でしか見ていなかった書の内容がすんなりと頭に入ってくるわけがなかった。
――まだまだ私は修行不足ですね……
――……
いつの間にか寝てしまっていた星を起こしたのは、自分の腹の虫と、だらしなく眠りこけていた星の姿に笑いをこらえきれずに噴き出していたナズーリンの笑い声だった。
「あはは、なんだご主人、そのだらしない顔は」
「あ、ナズーリン!? お、おかえりなさい……っ!」
「あの、よだれ」
「え?」
「ついてますけど、その本に。いいんですか?」
「え、ああぁぁ! これは大変です!」
拭き物はどこかと、ぱたぱた動き回っている星に一息。大事なはずの書の拭き取りを終わらせて、恥ずかしそうにナズーリンの前でうなだれる星に、もう一息。
「ただいま戻りました、食いしん坊さん」
「あなたを待っていたからです!」
「おおこわいこわい」
楽しそうにからかってくるナズーリンに食ってかかろうとした星の足をとめたのは、情けなくもう一度響いた星の腹の虫。
それはご主人の鳴き声かい、と虎の潜む藪を更につついてみたかったものの、時間のなさに名残惜しそうに一言。
「いただきましょうか、ご主人」
すっかり冷えて固くなったご飯を目の前に、二人向かい合って箸が進む。
「食べていればよかったのに」
「外で済ませてくればよかったのに」
「次からそうしますよ」
「私もです」
そんな一時の感情は、案外すぐに変わってしまうもので。
「ナズーリン、やっぱり」
「ご主人、さっきの」
「帰ってきてくれたら」
「待っててくれたら」
「嬉しいです」
二人とも、残っていた冷たい緑茶を一気に飲み干した。
「明日からは、帰ってくる前、それから遅くなる時には、子ネズミの報告を事前にお願いしますね」
「え、それはちょっとはz」
「ナズーリンから連絡があれば、とりあえず安心ですから」
「……善処はします」
そう言いながら箸を置いた星に、ナズーリンから無言でおはぎが差し出された。
そんな気分じゃないとは言えず、そろそろと口にする。
「……ご主人」
「はい」
「別に無理して今食べなくても、明日でよかったじゃないか」
「――っ! このタイミングでそんなもの出されたら誰だって、今食べるものだと思いますよね!?」
「はいはい、そういうことにしておきますよ」
恥ずかしいやら情けないやらでふさぎこんでしまう星と、先程のおかえしと言わんばかりに笑みを浮かべるナズーリン。いつも通りの二人のやりとり。
「ところでナズーリン、明日の朝も早いんですか?」
「さて、ご主人次第だけれど?」
つ[スモークチーズ]
一晩か。残念だがちょっと無理だな。最低三日三晩はないと。
ナズ星愛好家はどこにでもいるぞ。