「すいません、紅魔館の前でこれを拾ったんですが」
訪ねて来たのは、あの吸血鬼が住んでいる館で有名な紅魔館の門番だった。
大陸の方の服らしいが、腰の辺りから足元まで切れ目が入った変わった服と血の色とも違う燃えるような赤色の髪が目立っている。
そして、その門番が手に持っている物は間違いなく、この命蓮寺の仲間の一人、寅丸星の所有物である「宝塔」だった。
「そういえば今日の星の巡回ルートがその辺りだったわね。飛んでいる間に落としたのね、まったく……。
ごめんなさい、それは間違いなくうちの仲間の物だわ」
「やはりそうでしたか。こちらを里の方に見せたら、命蓮寺の毘沙門天様の物に間違いないと皆口を揃えて仰っていまして」
落とす度に、里で聞いて回ってるものね、星……。
「とにかく上がって。お礼をするわ。落とした当の本人にも会わせたいし」
「いえ、そんなつもりじゃありませんでしたから、お気遣いなく。落とした方も気まずいと思いますから」
「いいのよ。あいつも少しはこれに懲りたら、もっと気をつけるようになるでしょう。
えっと、まだ名前を言ってなかったわね。この命蓮寺の……門番みたいなものかしら。雲居一輪よ」
「私のことも少しはご存知のようですね。私は……」
「ありました、私の宝塔!!見つけてくれて、ありがとうございますー!!」
どこで嗅ぎつけたのか、もう星が寺の中から出てきて駆け寄ってきた。
どうせネズミが近くにあることでも教えてあげたのだろう。
「ちゃんとこの方に感謝しなさいよ。この人がここまで届けてくれたんだから」
「そうなんですか。それは誠にありが……」
「どうしたのよ?」
星は拾い主の顔を見た途端、口をあんぐりと広げたまま黙ってしまった。
気付けば、拾い主の方も星の顔をじっと見たまま黙っている。
そういえば私、まだこの拾い主の方の名前を聞いて……。
「メイリン、ですか?」
「やっぱり……ショウ?」
なんで、あんたが私より先にこの人の名前を知ってるのよ。
よくわからないが、とりあえず積もる話もあるようなので、命蓮寺に上がってもらって星の部屋まで案内した。
そして、お茶を出して部屋から出てきたところだが、部屋の前には野次馬気分の水蜜とネズミが立っていた。
「ご主人様の古い知り合いだって?本当にこの幻想郷は狭いね」
「紅、美鈴さんだっけ。大陸の方の名前みたいだけど、そうなると星も大陸の出身なのかしら」
「確かに虎は大陸にしかいないが、私はご主人様は最初からそういう妖怪だと思っていたよ。いや、妖獣だったね……」
二人とも口々に喋っているが、それだけ星の昔のことが気になるのだろう。
私と同じく、星もまた姐さんと会うまでのことは誰も知らなかったのだから。
「まさか、ここでこんな形で美鈴に再会できるとは思いませんでしたよ」
「私もよ。あの時別れたのは1000年以上も前だものね」
障子の向こうから二人の声が聞こえてくる。
盗み聞きしてはいけないと思いつつも、私たち三人は好奇心を抑えられなかった。
「1000年以上も前ということは、やはり毘沙門天様に弟子入りする前か」
「1000年も昔の知り合いの顔を覚えている方が凄いと思いますよ。私なんか、父と母の顔も……」
「ほら、沈まない。忘れられないくらい深い関係だったかもしれないでしょ」
「……別に、私はご主人様の過去など、気にしてはいない」
「あんたも沈まない!」
「貴方、座学の時間によく居眠りをして師匠(せんせい)に怒られていましたが、今も変わらないんですか?」
「む。貴方だってよく忘れ物をして怒られてたじゃない」
「む。……ふふ、そうですね。実はあの頃から何も変わっていないのかもしれませんね、私たち」
「立場は変わってしまったわ。まさか星が神様になっているなんてね」
「代理ですよ。張り子の虎です。私からすれば、美鈴の方が意外ですよ。まさか貴方ぐらいの人が門番に甘んじているなんて」
「守りたいものができたからね」
そこで会話が一旦途切れた。
まるで話の流れで感じた昔と今の誤差を埋める時間を作るかのように。
1000年という時間は、例え妖怪でも変わらずにはいられない時間だということを私は知っていた。
私は足元の水蜜を見る。
「1000年もあれば、こんな一端の不良妖怪も船長になれるもんね」
「1000年経っても、変わらず優しい方もおられるわ」
「変わることも変わらないこともどっちも大事なことだよ。あの二人は多分、1000年でできた溝を二人で埋めている途中なんだ」
ナズーリンもたまにはいいことを言うわね。
でも、そんな私達の心配をよそに二人はすぐにお互いの距離を縮めてしまったようだ。
「それにしても腕の方は相変わらずお変わりがないようで。立ち振る舞いだけで十分にわかりますよ」
「それだけが私の取り柄ですから。星だって、ちゃんと鍛えているように見えるけど?毘沙門天の仕事で忙しいでしょうに」
「毘沙門天といえば武神ですよ。武の神として修行することは何も間違ってはいません」
「それなら拝ませてもらうわね。ご利益があるかも」
「神頼みはいけませんよ」
「どうすればいいのよー」
そのまま二人で笑い合っていた。
この二人はきっと、どちらも器が広くて気が使える妖怪なんだと思う。
だから、二人は一番聞きたかったことをそれぞれに尋ねた。
「それで、門番になった貴方はなりたかったものになれたんですか」
「なれたわよ。そういう神様になった貴方はなれたのかしら」
「なれました」
二人の声には、昔の自分への言葉が詰まっているように聞こえた。
「……私は自分の正体もわからないような妖怪よ。貴方はそんな奴を自分の従者にするって言うの」
真紅の眼をした吸血鬼は面白いことでも思いついたのか、にやりと嗤った。
「お前、大陸の生まれで虹の技が使えるらしいな。……なら、お前は龍だな」
「正気?私のような木っ端な妖怪が龍の筈がないでしょ」
「いいじゃないか、私の家来になるなら、それぐらいでなくてはな」
全てが無茶苦茶だった。
私が今まで悩んできた自分の正体をこうもあっさりと決めてしまうなんて。
しかも、ありえない筈の正体。まさにそれぐらいの存在になれと私に言わんばかりに。
「でも、いきなりそんなことを言われても……」
吸血鬼は私の紅い髪を指差して言った。
「だったら、忘れないように頭の上に『龍』とでも書いておけ。私がお前を認めてやる。誰が何と言おうとお前は私の龍だ」
「……ありがとう、ございます」
私の目からは涙が零れていた。
私の存在の証明。
それは私が一番言って欲しかった言葉だからだ。
「そうだな、ついでにもう一つお前の頭の上にやるよ。お前はもう私の物だ。だから私の名前を付けておけ。
メイリン・スカーレット……ふむ。おい、『紅い』をお前の国の言葉で何と言う」
「……紅。私の名前は紅美鈴です、我が主」
「よろしく、我が龍、紅美鈴」
「私を毘沙門天様の弟子にですか」
「そう。私達の中で貴方が一番真面目だと思うから。虎は縁起がいいしね」
傷つき倒れていたところを聖に助けられてから数年。
ずっと聖に恩を返す機会を待っていた。
「ですが、私は本物の虎かどうかわかりませんよ。
私は自分が虎から成った妖獣なのか、虎の姿をした妖怪なのか、それすらもわからないのです」
「でも、貴方は虎で在りたいんでしょ」
「!……はい」
私と同じ姿をした生き物。孤高で、強くて、憧れたが故に私は自分の正体を疑った。
私はただ虎に成りたいだけのそこらの魑魅魍魎ではないかと。
「本当に大切なのは貴方が誰かではなくて、貴方が誰でいたいのかよ。
私は虎という生き物を見たことはないし、貴方が虎かどうかもわからないわ」
聖を私を優しく抱き寄せて、私の目をじっと見る。
「だけど、私の目の前にいる貴方が、私の知っている真面目だけど少しうっかりしたところがある星で、
その貴方が自分を虎でいたいと思うのなら、私は全身全霊で貴方を肯定するわ。貴方は紛れもなく『私の』虎であると」
「……はい。……はいっ」
ただ、ただ嬉しかった。目には涙が溢れて、もう聖の顔もわからなくなっていた。
「そういえば、貴方には名前しかなかったわね。……この国では虎のことを寅とも書くの。
貴方が寅で在りたいと言うなら、寅丸星、と名乗ってみない」
「わかりました。私は貴方の寅、寅丸星です」
数刻話した後、美鈴さんは紅魔館へと帰って行った。
「これ以上、門の前にいないと咲夜さん、うちのメイド長に怒られるので。いや、もう確定ですけど」
二人はまた会う約束をして、固い握手をしていた。
「次は寺のみんなで紅魔館を訪ねさせてもらいます。美鈴も今度は館の方達と一緒に遊びに来てください」
「ええ、久しぶりに星とし合いたいわ。貴方の槍が鈍っていないか確かめてあげる」
「それはこちらもです。宝塔がなくとも私の強さは変わりはしませんよ」
「ご主人様は最初から宝塔を持っていないだろう」
「ナ、ナズーリン……」
星は恥ずかしそうに、美鈴さんは楽しそうに、私達も一緒に笑っていた。
今日の再会はきっと二人にとって良いものになったに違いない。
「珍しいね、ご主人様があんなに楽しそうにしているのを見るのは」
「ナズーリン。全部聞いていたのでしょう?」
「い、いや……すまない」
「いいんですよ。いずれお話するつもりでしたから。今日がたまたま良い機会だったのです」
「ご主人様は、あの女性とこれからも……」
「1000年前は美鈴といて、その後聖と出会い、そして今日までの1000年間はナズーリン、貴方と一緒にやってきました。
本当に大切なのはその時私の隣に誰がいるかではなく、私が誰といたいかですよ、ナズーリン」
「……じゃあ、ご主人様は誰といたいんだよ」
「久しぶりに頭を撫でてもいいですか、ナズーリン」
「ズルいなぁ、ご主人様は。……いいよ、今日は特別に撫でさせてあげるよ」
「ありがとうございます、ナズーリン」
最後に二人が別れる時に私は奇妙な光景を見た。
「そういえば、まだ名乗っていなかったわね。私は、紅、美鈴よ」
「そういえば、そうでしたね。私は、寅丸、星です」
美鈴さんはその答えを聞いて満足そうに頷いた。
「おめでとう、星」
星も美鈴さんの頭の上の帽子を見ると嬉しそうに返事をした。
「おめでとう、美鈴」
二人はもう一度握手をした。
私には何のことだかわからなかったけれど、その握手の意味だけは何となくわかった。
「ありがとう」って。
そしてやきもちナズ可愛い!
純粋にこの後の話も見てみたいと思いました。
あとがきの一輪さんと村紗w
あと後書きは謝らなくて正解です、うん