百合ん百合んです。苦手な方はここでUターンお願いします。
ああ、今日も空が青い。
風も程好くて気持ち良い。
地上を照らす太陽は少し暑すぎるけど、ちょっと汗をかくくらいが好きだ。
やっぱり海だと日の光を遮るものとか無いしね。
聖輦船の船長こと村紗水蜜は、縁側で太陽の光を浴びていた。
所謂日光浴。そのまま言えば日向ぼっこである。
水蜜は一度手を翳して空を眺め、次に開きっぱなしの襖の奥を見た。
太陽の光に慣れた目には、部屋の中がとても暗く見える。
それでも、中にいる人物は良く見えるような気がした。
何を思ったか、水蜜はゴロゴロと転がりながら縁側と部屋の境界を跨ぎ、畳に海に飛び込んだ。
そのまま匍匐前進と赤ん坊のするハイハイの中間のような動きで緩慢にその人に近づく。
二人の距離は触れられるくらいに迫っているが、動く気配はない。
痺れを切らして、水蜜はうつ伏せのまま顔を上げた。
「いちり~ん」
「……」
「……返事が無い、ただの瞑想のようだ」
「……」
「そーらーはひろいーなーおおきーいなー」
「……あのね」
「おお、返事がもらえたわ」
部屋の真ん中で座禅をしていた一輪が、厄介な子供を見るような目を向けた。
「邪魔しないで」
「暇なんです」
一輪はスッと伸ばしていた背筋を軽く緩め、ため息を吐いた。
「暇なら暇を潰しなさい。一緒にする?」
「嫌でございます」
水蜜はすぐさま拒否の言葉を返す。
今の時間、聖は同じように本殿で瞑想しているだろうし、星も左に同じ。
ナズーリンもその星の監視とかで結局同じことをやっているだろうし、ぬえも何故か一緒だ。
多分、ぬえはからかい半分で聖の真似をしているだけだろう。
ここまで皆揃ってやっている訳だから私もやって然るべきなのだろうが、聖が無理してやるものではないと言ってくれているので、その言葉に甘えている。
いや、一度は流石にやった。でも終わった時には、警策で叩かれた背中が真っ赤になっていた。吸血鬼も真っ青なくらい。
だって元々幽霊だもの。無心になることなんてできたらとっくに成仏してます。
「それじゃあ、散歩にでも行ってくれば?」
皆同じことをしている、の前に疑問があるのだ。
それは、何故一輪だけここで修業をしているか。
理由は簡単、私を一人にしないためだ。
私にも分別はある。まさか皆が座禅を組んでいる横でこんなゴロゴロと罰当たりなことは出来ない。
こんな自然体でいられるのは一輪がいるから。
一輪だけがここいるから。
「優しいのに優しくないなぁ」
にやにやと肘を付いて見上げると、手のひらで額を軽く叩かれた。
照れ隠しなのがみえみえである。
「今度から私も本堂行くわよ」
「え~」
ぼやいて、そのままお腹に手を回した。
駄々っ子のポーズ。なんてね。
「じゃあ少しちょっかい出すのやめて」
「これも試練だと思って」
「離せ」
「そう口では言いながらも、一輪は身体で拒むことはせ「おい」」
ボコン
「いっつ~」
今度は鉄拳が飛んでくる。
雲山使わなくても高威力じゃないですか。
水蜜は回している腕を解くと、怒りを避けるようにすっと立って距離をとった。
「分かりました。間をとって一緒に散歩ってことで」
「どこをどうしたらそうなったの」
「うおう、凄い。全部代名詞」
飄々と言葉を返してくる水蜜に、一輪は大げさにため息をつく。
「今度暇ができたら一緒に行くから。今日は一人で行って」
毎回誘うたびに『今度』と『今日は』が入るんですけどね。
水蜜は心の内で拗ねた。
一輪が真面目なのは知っている。
でも、折角地上に出られて平和に過ごせるようになったのだから、もう少し羽を伸ばしても罰は当たらないと思う。
「分かりました。じゃあ今日は、一人で行く」
ワザと『今日』のところを強調する。
これでも紳士な船長を目指しているのだ。意見の無理強いはしないが、このくらいは譲歩して欲しい。
しかし、その甲斐も空しく一輪は特に反応を示す気配もなかった。
効果は無し、か。
水蜜は少し寂しく思いながらも、そのうち一緒に来てくれるだろうと楽観して部屋を後にした。
*****
「おや、船長は一緒じゃないのかい?」
「あらナズーリン。用でもあったの?」
水蜜と入れ替わるようにして部屋に入ってきたのは、小さな賢将ナズーリンだった。
「用は無いが、彼女が君と一緒にいないのが珍しくてね」
「……嫌味?」
「そう思えるのは、君に心当たりがあるからじゃないのかい?」
小馬鹿にするように笑った。
水蜜とは豪い違いだ。
「落ち着いてきたとはいえ、まだまだこの地に慣れたわけじゃないわ」
「慣れてないなら、慣れに行けばいいじゃないか」
「まずは日常生活でしょう」
これは言い訳で、逃げているのは分かっている。
でも、と数か月前までの自分を思い返した。
千年間。
私と水蜜は同じ場所に封印されていた。
封印と言ってもただ地下に封じられただけなので、意識はあるしある程度の行動もできた。
だが、水蜜は別だった。
船幽霊である彼女は、船と一心同体に近い関係にある。
その為、聖輦船が封印されると、彼女自身も眠ってしまったのだ。
宝船と呼ばれた聖輦船。
狙う妖怪はやはり多かった。
雲山と二人では守りきれない時もあった。
このままこの船が朽ちていくのではないかと怖くて泣いた時もあった。
そして、
傍にいるのに目覚めない彼女が、このまま永遠に目覚めないのではないかと――
そんな心配も消え、地上に舞い戻り。
水蜜の笑顔を見たとき、ふと分からなくなった。
千年は、一人で過ごすには途方もなく永かった。
でも、眠っていた彼女には、ほんの数日前のこととして認識されているのかもしれない。
長い時間を一人で過ごしてきた私は、どの程度変わってしまったのどうか。
そう思うと、どうやって接すればいいのか分からない。
どうやったら昔みたいに話せるのだろう。一緒にいられるのだろう。
その昔さえ遠く霞んでいて、手本にさえならなった。
呆れた表情でナズーリンが口を開く。
「どうしたのですか?」
その口が言葉を発することは無かった。
「姐さん?」
障子の向こうからこちらを覗いて来たのは、聖白蓮。
私の憧れであり、この命蓮寺の住持職であるお方。
「何やら険悪なものを感じたのですが……」
聖は私とナズーリンの間で、交互に視線を動かした。
「いつまでも見ていられないんですよ」
先程開いた口は、別の言葉を紡ぐ。
「あなたがこの命蓮寺に帰ってきてもう二月も経つのに、彼女たちときたら……」
小言の垂れるナズーリンに、白蓮は眉尻を下げて笑った。
「二人のペースというものがあるのですよ」
そう言いながら、白蓮は一輪にも笑いかけた。
「姐さん……その……」
今、正に教えを乞いたい。
でもこれは、自分で考え自分で解決しなければいけない問題なのだ。
一輪は俯いて、気まずそうに目を逸らした。
「一輪」
名前を呼ばれ、躊躇いながら視線を戻す。
思った通り、姐さんは慈母を呼んで良いような笑顔をこちらに向けていた。
「彼女が……村紗が、あなたを受け入れないと思いますか?」
どうだろう?
私がどんな態度を取っても、彼女は笑って許してくれていた。
それは、受け入れてくれていることなんだろうか?
すでに諦められているのかもしれないじゃないか。
「村紗の優しさは、気持ちは、あなたが一番分かっているはずですよ」
ずっと一緒にいた。
一緒に封印されて、話すこともできなくなって。
それでもずっと守り続けてきた。
「昔と同じようにではなく、今まで通り、いつも通りでいいのですよ」
大事なのは、今なのですから。
私は立ち上がった。
私は何に囚われていたのだろう。船幽霊の彼女ですら、もっと昔に重い錨を上げたというのに。
「……ありがとうございます、姐さん。それとナズーリン」
そうだ。
それで良かったんだ。
千年の空白があるからと言って、私達の何が変わるというのだろう。
心が軽くなる。
たった一言で私の心を動かしてしまう姐さんは、やはり凄いと思った。
「私、行ってきます」
こんなことなら、何処へ行くか聞いておけばよかった。
でもまだ水蜜がここを空けてから、そんなに経っていない。
追いつけるはず。
「その必要はないみたいですよ」
一輪が敷居を跨いで一歩踏み出したとき、白蓮はそう言った。
意図が分からずに足を止めると、玄関特有の開く音がしてそのままこちらに足音が向かってきた。
「いっちり~ん!!」
そう叫びながら角を曲がった来てのは、やはり話の幹である彼女だった。
「どうしたの?遊びに行ったんじゃ……」
「行こうと思ったんだけどね、すぐそこで綺麗な花見つけたから」
はい、と手渡してくるのは小さな花の苗だった。
見つけた花と言っているが、盆養に入っている。
「どうしたんですか?聖、ナズ」
水蜜が問うと、名前を呼ばれた二人は一度顔を見合わせて笑った。
「なんでもないんですよ」
状況が飲み込めず、水蜜は首を傾げた。
「そこで見つけて来たって言ってたけど、なんでこの状態なの?」
このまま行くとさっきの恥ずかしい話を暴露されそうなので、一輪は慌てて話を変えた。
「見つけたは見つけたんだけどね。
流石に一つだけ採ってくのも悪いし、どうしようか悩んでたら幽香っていう花の妖怪さんに植木鉢ごと貰ったんだよ」
朗らかに説明する様は、まるで子供のように屈託がなかった。
そんな表情を見ていると、恋と言うより母性を感じてしまう。
「村紗」
水蜜の顔が再び白蓮の方を向いた。
「その花について、何か聞かれませんでしたか?」
「ええ、聞かれましたけれど……」
何で分かったのか分からないというのが、完全に顔に出ている。
船長らしい紳士さを目指しているというが、こうも分かりやすいと、目指すものは当分先なんじゃないかと思えてきた。
「旧友にでも会ったの?と聞かれました」
「そう……」
言葉を吟味するように目を閉じると、白蓮はすぐに身を翻した。
「ナズーリン、星が呼んでいたのを思い出したわ。行きましょう」
今来た水蜜はなんの疑問も思っていないようだが、あからさまな嘘だ。
「そうですね。雑食のネズミですら食べませんから」
おちょくりに反抗出来ないのが悔しい。
そのまま無言で二人の背を見送るしかなかった。
「ねぇ、一輪。その花どう?」
もう向こうに行ってしまった二人に興味は無いらしく、間髪入れずに質問された。
一輪はもう一度まじまじとその小さな盆養を見た。
二つの青い花弁と一つの小さい白い花弁で形成されたその花は、確か月草と言ったか。
「綺麗と言うか可愛いけど、これが気に入ったの?」
「なんとなく、一輪っぽくて可愛いなぁって」
唐突に心を掴まれた気がして、一輪は一瞬息を止めた。
それは私が可愛いと思われていると解釈していいのだろうか。
「でも何で一本なの?たくさん生えていたでしょうに」
花は群生する。だのにこれ一本しか持ち帰ってこなかったのだ。
でも、本当はそんなことはどうでも良かった。
これは胸の鼓動をはぐらかす為の言い訳。
逃げないと今決めたはずなのに、既に及び腰になっていた。
これではいけない。そう思って一輪は水蜜に顔を向けた。
「一輪みたいって思ったんだから、一輪持って帰るのは当たり前でしょ?」
しまった。
そう思った時はもう遅かった。
「まあ一輪は、大空に咲く大輪の花だけどね」
逸らした筈の軌道は、真っ直ぐこちらに飛んで来ていた。
もう何も言い返せない。
「……ありが、とう」
俯いたまま、お礼を言う。
声がひっくり返りそうだった。
「ど、どうしたの?一輪」
泣いていると思っているのか、慌てだす水蜜。
そうではないのだけれども、顔は熱くなっていた。
普段なら隠せる心も、二人に壁を剥がされた後ではどうしようもない。
「ねぇ、水蜜。……なんて、答えたの?花の妖怪にされた質問」
千年間眠り続けていた彼女と、千年間守り続けていた私。
立場が変わったら、彼女も同じように戸惑うだろうか。
「え……っと」
答えは否。
「一番大切で、一番愛してる人に会えましたって言いました」
照れて頬をかきながら笑む彼女。
「水蜜」
名前を呼んで、顔を近づける。
勿論、することは決まっていた。
「私も愛してるわよ」
軽く唇を合わせる。
千年ぶりのキスも、やはり一瞬で終わってしまった。
あっけないのに、これ以上ないくらい満たされる。
熱い頬を気にしながら彼女の顔を見ると、私よりも真っ赤になった顔がこちらに苦笑いを返していた。
「……き、恐悦至極に存じます」
彼女が紳士な船長になれる日は、私が思っているよりも少しだけ近いかもしれない。
終
ああ、今日も空が青い。
風も程好くて気持ち良い。
地上を照らす太陽は少し暑すぎるけど、ちょっと汗をかくくらいが好きだ。
やっぱり海だと日の光を遮るものとか無いしね。
聖輦船の船長こと村紗水蜜は、縁側で太陽の光を浴びていた。
所謂日光浴。そのまま言えば日向ぼっこである。
水蜜は一度手を翳して空を眺め、次に開きっぱなしの襖の奥を見た。
太陽の光に慣れた目には、部屋の中がとても暗く見える。
それでも、中にいる人物は良く見えるような気がした。
何を思ったか、水蜜はゴロゴロと転がりながら縁側と部屋の境界を跨ぎ、畳に海に飛び込んだ。
そのまま匍匐前進と赤ん坊のするハイハイの中間のような動きで緩慢にその人に近づく。
二人の距離は触れられるくらいに迫っているが、動く気配はない。
痺れを切らして、水蜜はうつ伏せのまま顔を上げた。
「いちり~ん」
「……」
「……返事が無い、ただの瞑想のようだ」
「……」
「そーらーはひろいーなーおおきーいなー」
「……あのね」
「おお、返事がもらえたわ」
部屋の真ん中で座禅をしていた一輪が、厄介な子供を見るような目を向けた。
「邪魔しないで」
「暇なんです」
一輪はスッと伸ばしていた背筋を軽く緩め、ため息を吐いた。
「暇なら暇を潰しなさい。一緒にする?」
「嫌でございます」
水蜜はすぐさま拒否の言葉を返す。
今の時間、聖は同じように本殿で瞑想しているだろうし、星も左に同じ。
ナズーリンもその星の監視とかで結局同じことをやっているだろうし、ぬえも何故か一緒だ。
多分、ぬえはからかい半分で聖の真似をしているだけだろう。
ここまで皆揃ってやっている訳だから私もやって然るべきなのだろうが、聖が無理してやるものではないと言ってくれているので、その言葉に甘えている。
いや、一度は流石にやった。でも終わった時には、警策で叩かれた背中が真っ赤になっていた。吸血鬼も真っ青なくらい。
だって元々幽霊だもの。無心になることなんてできたらとっくに成仏してます。
「それじゃあ、散歩にでも行ってくれば?」
皆同じことをしている、の前に疑問があるのだ。
それは、何故一輪だけここで修業をしているか。
理由は簡単、私を一人にしないためだ。
私にも分別はある。まさか皆が座禅を組んでいる横でこんなゴロゴロと罰当たりなことは出来ない。
こんな自然体でいられるのは一輪がいるから。
一輪だけがここいるから。
「優しいのに優しくないなぁ」
にやにやと肘を付いて見上げると、手のひらで額を軽く叩かれた。
照れ隠しなのがみえみえである。
「今度から私も本堂行くわよ」
「え~」
ぼやいて、そのままお腹に手を回した。
駄々っ子のポーズ。なんてね。
「じゃあ少しちょっかい出すのやめて」
「これも試練だと思って」
「離せ」
「そう口では言いながらも、一輪は身体で拒むことはせ「おい」」
ボコン
「いっつ~」
今度は鉄拳が飛んでくる。
雲山使わなくても高威力じゃないですか。
水蜜は回している腕を解くと、怒りを避けるようにすっと立って距離をとった。
「分かりました。間をとって一緒に散歩ってことで」
「どこをどうしたらそうなったの」
「うおう、凄い。全部代名詞」
飄々と言葉を返してくる水蜜に、一輪は大げさにため息をつく。
「今度暇ができたら一緒に行くから。今日は一人で行って」
毎回誘うたびに『今度』と『今日は』が入るんですけどね。
水蜜は心の内で拗ねた。
一輪が真面目なのは知っている。
でも、折角地上に出られて平和に過ごせるようになったのだから、もう少し羽を伸ばしても罰は当たらないと思う。
「分かりました。じゃあ今日は、一人で行く」
ワザと『今日』のところを強調する。
これでも紳士な船長を目指しているのだ。意見の無理強いはしないが、このくらいは譲歩して欲しい。
しかし、その甲斐も空しく一輪は特に反応を示す気配もなかった。
効果は無し、か。
水蜜は少し寂しく思いながらも、そのうち一緒に来てくれるだろうと楽観して部屋を後にした。
*****
「おや、船長は一緒じゃないのかい?」
「あらナズーリン。用でもあったの?」
水蜜と入れ替わるようにして部屋に入ってきたのは、小さな賢将ナズーリンだった。
「用は無いが、彼女が君と一緒にいないのが珍しくてね」
「……嫌味?」
「そう思えるのは、君に心当たりがあるからじゃないのかい?」
小馬鹿にするように笑った。
水蜜とは豪い違いだ。
「落ち着いてきたとはいえ、まだまだこの地に慣れたわけじゃないわ」
「慣れてないなら、慣れに行けばいいじゃないか」
「まずは日常生活でしょう」
これは言い訳で、逃げているのは分かっている。
でも、と数か月前までの自分を思い返した。
千年間。
私と水蜜は同じ場所に封印されていた。
封印と言ってもただ地下に封じられただけなので、意識はあるしある程度の行動もできた。
だが、水蜜は別だった。
船幽霊である彼女は、船と一心同体に近い関係にある。
その為、聖輦船が封印されると、彼女自身も眠ってしまったのだ。
宝船と呼ばれた聖輦船。
狙う妖怪はやはり多かった。
雲山と二人では守りきれない時もあった。
このままこの船が朽ちていくのではないかと怖くて泣いた時もあった。
そして、
傍にいるのに目覚めない彼女が、このまま永遠に目覚めないのではないかと――
そんな心配も消え、地上に舞い戻り。
水蜜の笑顔を見たとき、ふと分からなくなった。
千年は、一人で過ごすには途方もなく永かった。
でも、眠っていた彼女には、ほんの数日前のこととして認識されているのかもしれない。
長い時間を一人で過ごしてきた私は、どの程度変わってしまったのどうか。
そう思うと、どうやって接すればいいのか分からない。
どうやったら昔みたいに話せるのだろう。一緒にいられるのだろう。
その昔さえ遠く霞んでいて、手本にさえならなった。
呆れた表情でナズーリンが口を開く。
「どうしたのですか?」
その口が言葉を発することは無かった。
「姐さん?」
障子の向こうからこちらを覗いて来たのは、聖白蓮。
私の憧れであり、この命蓮寺の住持職であるお方。
「何やら険悪なものを感じたのですが……」
聖は私とナズーリンの間で、交互に視線を動かした。
「いつまでも見ていられないんですよ」
先程開いた口は、別の言葉を紡ぐ。
「あなたがこの命蓮寺に帰ってきてもう二月も経つのに、彼女たちときたら……」
小言の垂れるナズーリンに、白蓮は眉尻を下げて笑った。
「二人のペースというものがあるのですよ」
そう言いながら、白蓮は一輪にも笑いかけた。
「姐さん……その……」
今、正に教えを乞いたい。
でもこれは、自分で考え自分で解決しなければいけない問題なのだ。
一輪は俯いて、気まずそうに目を逸らした。
「一輪」
名前を呼ばれ、躊躇いながら視線を戻す。
思った通り、姐さんは慈母を呼んで良いような笑顔をこちらに向けていた。
「彼女が……村紗が、あなたを受け入れないと思いますか?」
どうだろう?
私がどんな態度を取っても、彼女は笑って許してくれていた。
それは、受け入れてくれていることなんだろうか?
すでに諦められているのかもしれないじゃないか。
「村紗の優しさは、気持ちは、あなたが一番分かっているはずですよ」
ずっと一緒にいた。
一緒に封印されて、話すこともできなくなって。
それでもずっと守り続けてきた。
「昔と同じようにではなく、今まで通り、いつも通りでいいのですよ」
大事なのは、今なのですから。
私は立ち上がった。
私は何に囚われていたのだろう。船幽霊の彼女ですら、もっと昔に重い錨を上げたというのに。
「……ありがとうございます、姐さん。それとナズーリン」
そうだ。
それで良かったんだ。
千年の空白があるからと言って、私達の何が変わるというのだろう。
心が軽くなる。
たった一言で私の心を動かしてしまう姐さんは、やはり凄いと思った。
「私、行ってきます」
こんなことなら、何処へ行くか聞いておけばよかった。
でもまだ水蜜がここを空けてから、そんなに経っていない。
追いつけるはず。
「その必要はないみたいですよ」
一輪が敷居を跨いで一歩踏み出したとき、白蓮はそう言った。
意図が分からずに足を止めると、玄関特有の開く音がしてそのままこちらに足音が向かってきた。
「いっちり~ん!!」
そう叫びながら角を曲がった来てのは、やはり話の幹である彼女だった。
「どうしたの?遊びに行ったんじゃ……」
「行こうと思ったんだけどね、すぐそこで綺麗な花見つけたから」
はい、と手渡してくるのは小さな花の苗だった。
見つけた花と言っているが、盆養に入っている。
「どうしたんですか?聖、ナズ」
水蜜が問うと、名前を呼ばれた二人は一度顔を見合わせて笑った。
「なんでもないんですよ」
状況が飲み込めず、水蜜は首を傾げた。
「そこで見つけて来たって言ってたけど、なんでこの状態なの?」
このまま行くとさっきの恥ずかしい話を暴露されそうなので、一輪は慌てて話を変えた。
「見つけたは見つけたんだけどね。
流石に一つだけ採ってくのも悪いし、どうしようか悩んでたら幽香っていう花の妖怪さんに植木鉢ごと貰ったんだよ」
朗らかに説明する様は、まるで子供のように屈託がなかった。
そんな表情を見ていると、恋と言うより母性を感じてしまう。
「村紗」
水蜜の顔が再び白蓮の方を向いた。
「その花について、何か聞かれませんでしたか?」
「ええ、聞かれましたけれど……」
何で分かったのか分からないというのが、完全に顔に出ている。
船長らしい紳士さを目指しているというが、こうも分かりやすいと、目指すものは当分先なんじゃないかと思えてきた。
「旧友にでも会ったの?と聞かれました」
「そう……」
言葉を吟味するように目を閉じると、白蓮はすぐに身を翻した。
「ナズーリン、星が呼んでいたのを思い出したわ。行きましょう」
今来た水蜜はなんの疑問も思っていないようだが、あからさまな嘘だ。
「そうですね。雑食のネズミですら食べませんから」
おちょくりに反抗出来ないのが悔しい。
そのまま無言で二人の背を見送るしかなかった。
「ねぇ、一輪。その花どう?」
もう向こうに行ってしまった二人に興味は無いらしく、間髪入れずに質問された。
一輪はもう一度まじまじとその小さな盆養を見た。
二つの青い花弁と一つの小さい白い花弁で形成されたその花は、確か月草と言ったか。
「綺麗と言うか可愛いけど、これが気に入ったの?」
「なんとなく、一輪っぽくて可愛いなぁって」
唐突に心を掴まれた気がして、一輪は一瞬息を止めた。
それは私が可愛いと思われていると解釈していいのだろうか。
「でも何で一本なの?たくさん生えていたでしょうに」
花は群生する。だのにこれ一本しか持ち帰ってこなかったのだ。
でも、本当はそんなことはどうでも良かった。
これは胸の鼓動をはぐらかす為の言い訳。
逃げないと今決めたはずなのに、既に及び腰になっていた。
これではいけない。そう思って一輪は水蜜に顔を向けた。
「一輪みたいって思ったんだから、一輪持って帰るのは当たり前でしょ?」
しまった。
そう思った時はもう遅かった。
「まあ一輪は、大空に咲く大輪の花だけどね」
逸らした筈の軌道は、真っ直ぐこちらに飛んで来ていた。
もう何も言い返せない。
「……ありが、とう」
俯いたまま、お礼を言う。
声がひっくり返りそうだった。
「ど、どうしたの?一輪」
泣いていると思っているのか、慌てだす水蜜。
そうではないのだけれども、顔は熱くなっていた。
普段なら隠せる心も、二人に壁を剥がされた後ではどうしようもない。
「ねぇ、水蜜。……なんて、答えたの?花の妖怪にされた質問」
千年間眠り続けていた彼女と、千年間守り続けていた私。
立場が変わったら、彼女も同じように戸惑うだろうか。
「え……っと」
答えは否。
「一番大切で、一番愛してる人に会えましたって言いました」
照れて頬をかきながら笑む彼女。
「水蜜」
名前を呼んで、顔を近づける。
勿論、することは決まっていた。
「私も愛してるわよ」
軽く唇を合わせる。
千年ぶりのキスも、やはり一瞬で終わってしまった。
あっけないのに、これ以上ないくらい満たされる。
熱い頬を気にしながら彼女の顔を見ると、私よりも真っ赤になった顔がこちらに苦笑いを返していた。
「……き、恐悦至極に存じます」
彼女が紳士な船長になれる日は、私が思っているよりも少しだけ近いかもしれない。
終
天真爛漫船長かわいい
ご馳走様でした。
ムラいち、もっと流行るといいですねぇ
ムラいちもっと広がれええ。
もっと広がれ!!
姐さんGJです
聖は流石ですわ。素敵