冬が終わり春がやってくる。季節の節目には二つの季節が少しだけ共存できる。
この世界は小さいけど。季節ごとの風景は素晴らしい。
春には満開の桜、夏にはギラギラと照りつける日光と青々とした木々、秋には過ごしやすい風が吹き、山たちは赤や黄、橙色に染まるのだった。冬には木々は枯れるがそのかわりに白くふわふわとした葉を枝に纏う。
今は冬の終わりであり、もうしばらくすれば春になる。
冬の妖怪レティ・ホワイトロックは春眠の前に世界中の冬を楽しむのであった。
雪だるまを作ったり
雪うさぎを民家の玄関に何匹も作ったり
大きなかまくらを拵えたり
今年最後の冬を満喫しているレティの真上をふよふよと通りかかった人影があった。
「冬の妖怪さんですか?初めましてー!!私はリリーホワイト。春を告げる妖精です。今年はいつもより早く冬が終わりかけているので外に出てきたらあなたに会いました。」
「……そう、私はレティ・ホワイトロック。冬でしか活動する気のない妖怪よ。」
素っ気ない態度を取るレティは少々疲れているように見えた。
心配したリリーはレティの肩に手を置く。
「やめてっ。触らないで……眠たくなっちゃうから。」
「ご、ごめんなさい。」
リリー自信の持つ春の気はレティには強すぎた。
レティは蹌踉めき。息を荒くしている。
「……綺麗。」
「何よ、春妖精。」
不覚だった。
一目見た時から何か感じていたが。たった今決定的に世界が変わった。
好き。
この人が好きになったかもしれない。
ううん。かもしれないじゃない。
好きになれた。
もっと一緒に居たい。そう思うと体の奥底から何か暖かく、むず痒い何かが全身を駆け巡った。
あぁ、私が春の妖精ではなく、冬の具現だったらこの人と毎年同じ冬を過ごし。そしてこの体の奥底から思う恋慕の情を伝えられるのだろう。
あぁ、この人が春の妖怪だったら私と同じ春を過ごし二人で世界に咲き誇る桜の花を見、二人で杯を交わせるのだろう。
私とこの人は決定的に違っていた。私が姿を表したときにはもう春はすぐそこ。
「うぅ、暖かくなってきたわね、雪も溶けてきたわ……春妖精、バトンタッチよ、もう、私は寝るわ。」
「そう……また、来年も会えるよね?」
「何言ってるの貴方。私は冬意外は眠たいの……多分今年ぐらいでしょうね。会えるのは。」
そう最後に言い残しレティは山に向かって飛んだ、
リリー自信はもう、追いかけることすら出来なかった、追いかけてしまうともっと一緒に過ごしたくなってしまう気がした。
そうしてしまうとレティに迷惑がかかってしまう。
どんどん小さくなっていくレティを認識できなくなったとき、足元の雪が溶けていった。
雪うさぎはその赤い目と緑色の耳を落とし。
雪だるまはその枝の手を大地に着かせ。
かまくらは音もなく溶け落ちる。
そして雪は全て溶け、冬は完全に終わってしまった、
「春、ですよ。」
もう少し、もう少しあの後ろ姿が美しい、スカーフ姿の彼女と過ごしたかった思いを奥底に秘め。
春妖精は世界中に春を告げに行った。
「春ですよー。春が来ましたよー。楽しかった冬も終わって春が来ましたよー。」
彼女が通った所はたちまち緑色の双葉が生え、雪は少しずつ溶けていく、それを見る度に心の奥がどこかズキズキする。
「冬の景色なんて今までそんなに意識したこと無かったけど。綺麗だなぁ。太陽の光でキラキラと輝く雪も綺麗……」
世界中から冬が無くなり。春がくる。
あぁ今年の冬は顔を出してみようかな彼女に会いたい会いたい。
この思いはどこまでも広がっていくのだろうか。どこまでも広がってしまう。あぁ、冬が待ち遠しい。冬になったら彼女と話ができる。
私のこの膨らんで行く思いはどこまでも広がっていく。
千里なんて目じゃない。もっともっと遠くまで広がってしまう。
「春ですよ!!」
やがて世界は春になり。冬の匂いなどもう感じられないほどの陽気に包まれた。
「あ、これって。」
冬の匂いなどすべて消えてしまったと思っていたが小さな雪人形が残っていた。
雪人形を優しく手のひらに載せるとじわぁと溶け出して行く。その雪人形に口付けた。
冷たくって、気持ちいい。初めての口付けは冬そのものだった。冬が彼女のおかげで大好きになった。
「覚えておきなさい冬妖怪、私の始めてをあげたんだから今年は絶対会うからね。この思いは千里なんてものじゃない。もっともっと広がっていく。だから、早くおいで。冬……」
少しだけ冷たい風がリリーの頬を優しく撫でた。
でも、きっとまだ希望は残っているってぼくは信じます