「ひにゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
「うにゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
小傘が橙を驚かした時、むしろ橙の悲鳴で小傘が驚いた。
道の端に生える高い草は小傘くらいの人影なら簡単隠せる程だ。だから小傘はいつもここの道で人を待ち伏せにしている。今回も格好の獲物が来たので、草陰から飛び出したのだが、橙が思った以上に大きな声で驚いたので逆に小傘は驚いてしまったのだった。
二妖は道の真ん中で膝をついて荒い呼吸を繰り返している。
「はぁ……はぁ……ビックリしたぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……まさかわっちも驚くとは……」
橙は呼吸するたびに二又の尻尾がぴょこぴょこ揺れて、小傘は小さなお胸が上下する。変な汗がびっしょりと服を濡らして、スケスケになっているのは御愛嬌だ。
息を吸ったり吐いたりしているうちに、橙がバッと体を起こした。
「いけないっ! 行かなくちゃ!」
「え? あ……」
いきなり走り出した橙を小傘が茫然と見送る。小傘は驚かされたのに、自分のことを省みないであっさり無視されて走り出してしまった橙に心残りを覚えた。率直に言えば、小傘は無視されて寂しかった。すると、その気配に気づいたのか否か分からないが、クルリと橙は後ろを振り返った。
「……来る?」
「……うん」
寂しくて涙目になっていた小傘はあっさりと承諾するのだった。
地底の橋の下には橋姫であるパルスィの家がある。木造築数百年のオンボロホームであるが、パルスィ自身は気に入っている。かつて川が流れていたであろう土を踏み、橙と小傘はその家に上がり込んだ。橙はお燐の紹介でパルスィと出会い、以後暇があればしょっちゅうパルスィの家に来ているのだ。
二人を見たパルスィは特に何も言わずに、ちゃぶ台を出し、座布団を二つ出して、急須にお茶っ葉入れる。もちろん自分を含めて三人分だ。迅速に行動して三十秒。パルスィは客を待たせたりはしない。
「ごめんね。パルスィ」
「何で謝んのよ。っていうか、来てくれと頼んだ覚えもないんだけど」
座布団にちょこんに座る橙にパルスィは猫舌でも飲める程度に冷ましたお茶を置き、置き終わったら戸棚からあらかじめ容器に移しておいた茶菓子をちゃぶ台に出す。
「勘違いしないでね。買いすぎたのと、今日中に食べないと腐っちゃうもんばかりだから。食べきってくれると助かるけど」
地底のその日にしか作られない「鬼うめぇ饅頭」が一際目立っていたので、橙はその饅頭から手に取ることにした。一方、小傘には勝手が分からないので、とりあえず普通のお茶を置く。
「すみません……わっちの分も……」
「一人も二人も変わんないわよ。食べて飲んだらさっさと出て行ってね」
パルスィはお湯を満杯に詰めたポッドを置いて、部屋の隅っこへと移動した。
(実は案外楽しみにしてるんじゃないかなぁ……)
と、小傘は思ったのだが、言わないことにした。純粋に面白そうだったからだ。
橙は小傘を交えて、小さな部屋でしゃべりまくった。
主人のこと。驚かせ方。チルノと遊んだこと。驚かした人間の反応。時にはパルスィにも話題をフリ、古くも綺麗にまとめられた部屋には笑い声で埋まった。
そうして楽しい時間は相対性理論によって早く流れてしまうのだった。
「あ、もうこんな時間……」
「何? 帰るの?」
パルスィはやれやれと言った感じですでに何杯も茶葉を変えた急須を仕舞い始める。ちゃぶ台のお菓子はあらかた食べつくされてしまった。でも、夕食も食べれるようにパルスィは量と質を調整してあるので、橙も小傘もちゃんとご飯も食べられる。
しかし、橙も小傘もこの楽しい時間を失くしたくはなかった。パルスィは無愛想で、相槌くらいしかしてくれないが、それでもパルスィと話すのは楽しかったのだ。
どうにかしてこの時間を延ばすことは出来ないか……。パルスィは片づけるのも迅速だ。なぜなら、きちんと保護者のところへと送ってくれるのだから。
「さて、行きましょうか」
「ま、待って!」
「何……?」
「え、えっと……そうだ! これからご飯食べに行きませんか!」
「え……」
「みんなで!? 私さんせーっ!」
橙が勢いよく手をあげる。尻尾もフリフリ上機嫌の印だ。
「え、えぇ……」
「ふえ? パルスィはやなの?」
橙がうるうると小首を傾げてパルスィを見る。尻尾もへたんと元気がなさげに垂れている。小傘も不安そうな顔で、パルスィを見ている。ついでに傘もジーと見ている。
「……ちゃんと、許可はとったんだよね?」
許可とはもちろん保護者からのことである。橙と小傘はうく……と言葉に詰まったが、ふるふると顔を振って叫ぶ。
「大丈夫です! 行ったことがあるところだから、きっと分かってくれます!」
「わっちは元から放浪しているので、大丈夫です!」
「……。……まぁ、どうしても、って言うんなら……」
パルスィはため息混じりに呟いて、橙と小傘はハイタッチをした。
暗い森の中に香ばしさが漂っている。ジューと網を通して炭から熱を受け、絶妙のタイミングで絶妙な味付けがされたタレに絡める。そうすると、八つ目鰻はふっくらとした白身に濃厚なタレが沁み込みのだ。
「はいよ~」
「どうも……」
パルスィはそれを受け取りながら、横目で“それ”を見る。
「うにゃ~……」
「あぁ、もう。ちょっと橙ったら! 全く、もぉ~!」
「バカ。無理してお酒なんて飲むから」
ミスティアの屋台に着いたとき、パルスィは日本酒を頼んだのだが、日ごろ大人らしい行動をパルスィが取っているからなのであろう。橙も憧れで日本酒を飲むと言い出したのだ。
パルスィは必死で止めたのだが、この時の橙は一向に聞く耳を持たず、ミスティアがパルスィに出した一杯の日本酒を引っ手繰って、飲んでしまったのだ。
結果、橙は顔を真っ赤にして、酔い潰れたのだった。
「あーあ。どうするもんかなぁ……こっちも」
「ふみゅ~……」
ちなみに、小傘も同じ末路を辿った。
「たく……」
「おや? そう言いながらもお客さん、顔がにやけてますよ?」
「――!!? そ、そんなわけにゃいじゃない! あ……」
「噛みましたねぇーー。あ、いいんですよそんな後悔しなくたって! むしろいいじゃないですか。結構綺麗でしたよ。今の笑顔」
「……お世辞上手ね。あなた」
「いえいえ! お世辞なんかじゃないですよ! 私には分かるんです! 伊達にこの商売やってないんですから。ここにはおバカな氷精からクルクル回る厄神まで様々な人妖が来るんですがね、みーんなただ酒で自分をさらけ出して、バカ騒ぎしたいだけなんですよ」
パルスィは静かに酒を飲む。
「だからね? お客さんも昔のことや嫌なことなんて忘れて、パーーっと素の自分を出して騒ぎましょうよ」
ミスティアが極めつけにニッと笑う。ただ、その顔はあまりミスティアには似合ってなかったようで、プッとパルスィは噴き出してしまった。
「あ! 今笑いましたねーー!」
「いえいえいえ……でも、そうですね。……店主さん、もう一杯」
「はいよ!」
パルスィは久しぶりにゆっくりと時間を忘れて酒を嗜んだ。夜の静けさが心地よく、時折鳴く名も知らない鳥の声に酒とともに酔う。
ただ、その様子に夜雀としてのプライドが疼いたらしく、ミスティアは透き通る歌を披露した。「あんな鳥よりも、私のほうがいいでしょ?」なんて言いたげに、目を配る。
パルスィは「そうね」という返答の意味を兼ねてミスティアにほほ笑みで返した。それでさらに気をよくしたミスティアは歌のバリエーションを変えていく。
ただ、その歌で橙と小傘が起きてしまい、夜雀の歌がなんだか訳のわからないチンドン騒ぎに変わってしまい、ミスティアは不満で頬を膨らませた。
パルスィはその騒ぎに混ざることはなかったが、静かにほほ笑んでその光景を見つめていたのだった。
その夜は、パルスィにとっても楽しい夜であったことは言うまでもない。
帰るの?
やっぱりパルスィは優しいな!
共通点…分からんなぁ。俺がバカなだけでみんなわかってんのかな?
ほだされパルスィ可愛かったです!