うらうらと春の日が落ちる午後三時。紅魔館の門に寄りかかって、門番妖怪
『紅 美鈴』お昼寝なう。さてこういった場合、お約束な展開といえばもちろん。
「寝てまs!」
「……。寝てたわよね、美鈴」
殺気を撒き散らしつつ、いつの間にか現れ出でたメイド長。『十六夜 咲夜』は
必中必倒のナイフ投擲の構え。その気を察知し目を開けてしゃっきり立つ美鈴
ではあるが今更遅い。サボタージュにはかかるお仕置きが必然と、咲夜の狙いは
美鈴の額をしっかと捉えていた。妖怪の頑丈さと、人間の腕力、その二つを鑑みて
致命傷になりえるかどうかは疑問符がつくが、しかし刺されば死ぬほど痛いのは
明らか。さて、この場を美鈴はどう切り抜けるつもりか。
「はい、寝てました」
「そう、そういう言い訳を今回は……。……は?」
いつもなら寝てません寝てませんあれは目を閉じて気を練りつつ侵入者に対応
しようとですね、などと弁明が始まるのが常だが今回に限り一切の釈明なし。想定
外の事態に咲夜は驚きにぽかんと口を開けてしまう。
「あの、咲夜さん?」
「え、あ。……め、美鈴。申し開きをしないとはいい度胸ね。けど、だからといって
許すわけには……」
美鈴の呼びかけで何とか気を取り戻した咲夜は、思い出したようにナイフを
構えようとする。が、のほほんとした顔のまま、美鈴は言葉を続けた。
「まぁ寝ていたというか、新しいスペルカードの効果を試していたんですよ」
「へ?」
誅殺しようとした氷の表情が一瞬で剥げ落ちる。寝ながらそんなことが出来る
のか。理解不能な言葉に咲夜の動きが止まった。その目の前で、懐から一枚の
カードを取り出す美鈴。
「じゃーん! これ、これです。名付けて『春眠”エニィタイム快眠できます”!!』
にっこり笑って掲げるそれをいぶかしげに見る咲夜。そのジト目具合は、今も
黙々と図書室で本を読んでいるだろう食客魔女娘(ごくつぶし)もかくやあろうか。
流石にその雰囲気に気付いて、笑顔のまま美鈴の眉がへにょりと下がった。
なんとも情けない表情である。
「あ、あのー。咲夜さん?」
「……あのねぇ美鈴。まぁ、そういうお茶目は私も嫌いじゃないけど、いくらなんでも
それは、ねぇ」
主のお茶を青に染めたり福寿草つっこんだりするのはお茶目というべきなのか。
ともあれ美鈴の言動をジョークと定義して、しかし及第点はあげられない、とそんな
雰囲気である。そこに抗議をするのはもちろん美鈴。
「いやあの、お茶目とかそういう問題じゃなく、ホントにそうなんですが……。咲夜
さん、ひょっとして私の言葉を信じてませんね?」
「そりゃぁ信じろというほうが無理よ」
「酷いなぁ。一応これでも、ちゃんと他のひとのを参考にして作り上げたスペルカード
なんですけど」
前代未聞のスペルカードよ、と断じようとして気付く咲夜。言われてみれば山の
神様の片割れ、お持ち帰りしたくなりそうなちっこい方がそんなスペルカードを
使っていた。地中に潜り込んでぐうぐう寝れば、体力回復するという奇妙奇天烈
な技。それを目にして、
「そんなのアリなんですか?!」
とツッコミを入れざるを得なかった咲夜ではあるが、
「あんたの時を止めるヤツだってどうかと思うよ私は」
とツッコミ返され、まぁ、お互い、それはそれでよし、みたいな空気に落ち着いた
ものだ。それですぐに美鈴のスペルカードが有り得ないものでないと、いう思考
に至ったわけであった。……もっとも、ここまでのやり取り全てが美鈴の冗談で
あるという思いが脳内の8割強を占めてはいるが。
「はぁ、まぁ、あなたもあの神様を知ってるものね。じゃあ参考にしたというけど、
そのスペルカードの効果は何なのよ?」
半ば呆れながらの咲夜に、待ってましたとばかりの笑顔を向ける美鈴。光を
操る能力でもあれば背景にフラッシュくらい焚いてるだろう。
「よくぞ聞いてくれました咲夜さん愛してますちゅっちゅ! そう、この私紅美鈴が
情熱を傾けて作り出した傑作スペカ、それこそがこの『春眠”エニィタイム快眠
できます”』なんですよさすがお目が高いっ!」
「な、何言ってるのよ!?」
「ははは、まぁ効果を聞いたら今すぐにでも使いたくなりますから! ではその気に
なる効果なんですけれども、ハイ! ここに取り出したフリップにご注目! ごく
普通の睡眠における疲労回復効果はこんなゆったりとした曲線なんですけれども、
はいこのこれ! このスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』を使用しましたら
……ハイこのように素晴らしい疲労回復効果が表れますすごいでしょーう」
「なんでそんなフリップとか用意してるの?」
「で、それだけではございませんっ! 疲労回復だけでなく治癒能力の強化、お体
の不調を回復させる能力、精神安定、学業向上、その他様々な能力を秘めており
ますっ」
「何を根拠に……」
「その秘密はコレ! 気を使う程度の能力を持つ気功の達人紅美鈴師が直々に
その癒しのパワーを気に込めてこのスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』
に使用しているから! これは凄い!」
「確かに凄い自画自賛っぷりだわ」
「ちなみに効果については個人差がありますことをご了承ください」
「逃げ口上きたこれ」
「さてこの神秘溢れるスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』。こんなに凄い
スペカなら使用するコストも高いと思われる咲夜さんもいらっしゃると思います。
ではここで肝心のコストですが……これがなんとお値打ち、コスト3、コスト3と
いう破格の安さで提供させていただきますっ!! しかも、天候が曇天の場合
はなんとコスト2、これはお安いッ!!」
「……っく、一瞬ホントにお値打ちと思った自分の主婦感覚が憎いわ」
「このスペカがお一人様、申し訳ありませんデッキに組める枚数4枚限り、4枚
限りとさせて下さい! 限定99枚、限定99枚のご奉仕とさせていただきます」
「あざといわねぇ」
「連絡先、フリールナダイヤル、0120-28216M0NB8NKAWA114、0120-にわに
いるもんばんかわいいよ、におかけ間違いないよう!」
「そもそもかけることができないって語呂にもなってないし!」
「さぁ! 咲夜さん、このスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』、『春眠”
エニィタイム快眠できます”』、いかがですか!?」
「……。うん、すっごくうさんくさい」
「なんでですかぁーっ!!」
一撃で叩き伏せられ失意体前屈の美鈴。達人の名もぽっきり折れたようだ。
「えっと、とにかくうさんくさい」
「なんで二回言うんですかーっ!!」
「大事なことだからね……それはともかく、立ちなさい美鈴」
美鈴、えっぐえっぐと泣きじゃくりながら立ち上がる。……まぁ、それが泣き
真似だと知りつつ、痛む頭をなるべく気にしない方向で、ともかく腕組みして
問いかける咲夜。作成したスペルカードの効果がそういうものだとして、業務
時間中にそんな方向で研鑽してほしくはない。ちゃんと門番として、通すべきを
通し通さざるべきをブチのめす、そうしてもらわねば困るのだ。
「そんな効果があったとして、ぐうぐう寝てたのを見過ごす訳には……」
「あ、ちょっと待ってください咲夜さん。本当に大事なことを一つ言い忘れて
ました」
咎める言葉を途中で遮られる。本当に大事ならさっきのコマーシャル中に
きちんと述べておくべきでしょう、と咲夜の頭痛がちょっと強まる。いったいなんだ
というのか。これでクーリングオフできないスペルカードだとか言われたのならば
幻想郷商法取引委員会こと八雲紫に告発できるレベルである。ともあれ美鈴の
言葉を待つ咲夜。
「このスペルカード、別に私専用に作ったわけじゃないんですよ? 使いたい人が
いれば誰にでも使ってもらう。そういう公共の福祉を考えて作ったんです」
「はぁ……? じゃあ、私でも使えるとかいうつもり?」
思いっきり胡散臭そうに眉をひそめる咲夜。個々の利益を何よりも優先する
妖怪にあって、目の前の美鈴はそれほど利己的なほうではない。それは知って
はいるが、しかしその口から”こーきょーのふくし”だなどという胡散臭さの極致
……もとい、他人を思いやる人間独自の概念が出るなどと思いもつかなかった
からだ。
「もちろん! 咲夜さんが使うことも出来ますよ。そういう意味ではスキルカード
に近いのかもしれません。いやぁ、苦労したんですよー」
とても苦労したとは思えないへらへらした笑顔でスペルカードをぺらぺらと
弄ぶ美鈴。と、いきなり手にした感触が消えうせた。あれ、と見やる先、その
スペルカードを手にしてじっと睨みつけているのはもちろん咲夜。相変わらず
たいしたことでもないのに時を操る能力を使うものである。しばらくカードを
眺めてから、美鈴に首だけ向き直り顔を見据えた。
「じゃあ……私が今からこれを使って、一切の効果がなければ……その時は、
分ってるわね」
威嚇するように、開いた手にナイフを数本出現させて言い放つ咲夜。視線の
先で、相変わらずの情けない笑みを浮かべて一歩、美鈴が後ずさった。溜息
一つついて、咲夜はスペルカードを軽く掲げる。
「……スペルカード宣言。えーと、『春眠”エニィタイム快眠できます”』……っと」
一瞬、霊力がスペルカードから出て……、しん、と静寂。そよ風が咲夜の銀の
髪と白い頬をひと撫でして、そんな優しい空気と真逆の射殺す瞳で美鈴を見た。
「何もおきな……」
いじゃない、その言葉を紡ぐ前に視界がぐらりと傾ぐ。力を失った手から
カードとナイフが落ちる。もつれる足を整えることも出来ず、よろめき倒れ
そうになる。その身体を優しく支えるのはもちろん美鈴。重く閉じるまぶたと、
どこかへ落ちていきそうな意識に抗いながら、美鈴の腕の中で咲夜はどうにか
言葉を紡ぐ。
「め、めいり……」
「はい、効果あるでしょう? あ、もう一つ大切なことを言い忘れてました」
「あ……、う?」
赤子をあやすような優しい笑顔で、ゆっくりと柔らかい芝生に座り、その
膝に咲夜の頭を乗せ、髪を撫でながら告げる美鈴。
「これ、妖怪なら1時間程度で快眠から復帰できて精神も肉体も万全になる
んですけど、咲夜さんは人間ですからね。6時間はゆっくり寝てもらうこと
となります」
「……ぇ」
「おやすみなさい、咲夜さん」
ほとんど閉じられたまぶたの向こう、赤毛のサボりがちな門番の、燦然と輝く
笑顔に何か呟こうとして、かすかに開いた口から静かな寝息。それを見て美鈴は
満足そうにうなずいた。
「ご苦労」
小さな足音に美鈴が振り返れば、そこには自ら日傘をさした紅魔館の主、
幼い吸血鬼『レミリア・スカーレット』。美鈴は座ったまま会釈を返す。
「最近咲夜さん、張り切りすぎてましたからね」
「まったく。体調など壊されては私が困るわ」
美鈴と、膝枕で眠る咲夜の側に歩み寄るレミリア。しゃがんで寝顔を覗き
込む。
「かわいい寝顔ね」
かわいい相貌をしたあなたが言うか、と美鈴は心中でのみで答え、はい、
と笑んで同意する。
「こんな姿なんて絶対に見せませんからね、咲夜さんは」
「うむー。休めといえば、時を止めてこっそり休んでるらしいけど、こちらにして
みればそうは見えないんだもの。でも、この子の性格からすれば、せいぜい
1、2時間程度しか仮眠してないでしょうね」
「真面目すぎるのも困りますね」
「だからといって不真面目なのが良いとは絶対言わないわよ」
しっかり釘をさすレミリア。目論見外れて視線を逸らし、乾いた笑いをしつつ
美鈴は頭を掻く。ややむすっとしてジト目を投げかけるのは主としては当然
だろう。もちろん本気で怒っているわけではないので、すぐに会話に戻りは
するが。
「しかし」
「?」
「美鈴も素直じゃないねぇ」
なにがどうこう、と口にはしてない。が、そこに含まれたニュアンスをしっかと
感じとれる程度に気が利く美鈴である。にこっと笑って主に言葉を返した。
「こんな策でも使わないと。素直に休めといっても咲夜さんは聞いちゃくれない
でしょうし。ま、私や咲夜さんが素直じゃないのはアレです。ペットが飼い主に
似るとかいうそれみたいなものですよ」
「ほーう。……待て。この場合誰が飼い主だ。私か。私と言いたいのか!
誰が素直じゃないとぅ!?」
大事なところに気がつきぷんすかしながら噛み付く……まぁこの場合比喩
としてではあるが、そんな幼い吸血鬼な主の怒りを鎮めようと、まぁまぁと
なだめる美鈴。もちろんレミリアもこの程度で本気になるわけではない。
ようするに仲のいい主従のお遊びみたいなものである。
少しだけ、格好だけであろうが、不機嫌そうな顔をしていたレミリア。はた、と
何かに気付いた様子。美鈴はそれが往々にしてよろしくない事態のきっかけ
になると知っていたが、対応する間もなくレミリアの口が開いた。
「しかし、咲夜がこうだと館の仕事を仕切るものが居なくなったわねぇ。さて、
誰の責任かしら?」
これでもかとばかりの意地悪そうな声と雰囲気が、情けない笑顔の美鈴に
叩きつけられた。
「え、あー。そのー。それはきっと誰の責任でもなく、大宇宙の神秘と歴史に
隠された秘すべき真実がありえない化学反応を起こした奇跡の発露でないか
と愚考いたす次第にございます」
とぼけた顔で煙に巻こうとする美鈴。サボりを注意する相手は膝の上で安らか
に眠っている。監視の目は免れるというのに、これでは暢気に昼寝する事が
できそうにないと考えたからであろう。それを受けてふむ、と思案顔のレミリア。
「そうか。お前は輝夜と慧音と永琳と早苗のせいにしたいのか。そうかそうか」
「……。これだから幻想郷はァーッ!!」
「ん……すぅ、すぅ」
該当する相手が多すぎた。失意に思わず叫んだ美鈴の膝で、咲夜が少し寝顔
をしかめる。それを見て取ったか、レミリアが美鈴に告げる。
「ま、この際責任はどうでもいいわ。美鈴、久しぶりに紅魔館の雑務を全てこなし
なさい、咲夜が目覚めるまでにね。これは命令よ」
「うへぇ、藪蛇。だ、第一咲夜さんをうまく言いくるめて休ませろっていうのは
お嬢様が……」
「ああン?」
威嚇に間違いなく殺気が篭っていた。カリスマとかの使いどころを間違っている
と美鈴は抗議したいが、口から出たのは。
「ハイナンデモアリマセンアハハハヤダナァオジョウサマソンナコワイカオシナイ
デクダサイヨカワイイオカオガダイナシデスヨヤッターヒサシブリニヒノアタラナイ
バショデシゴトダウレシイナーヤッターヤッター」
「だったらもう少し嬉しそうな顔しなさい……。ま、さしあたっては咲夜を部屋に
運んであげる事ね」
「はぁい」
気の抜けた返事とともに、眠る咲夜をお姫様抱っこする美鈴。もっと敬意を
払えとばかり足にレミリアの軽いローキックが入ったのを合図に館へと歩を
進める。その横を並ぶようにして、小さな主も素直じゃない部下二人と一緒に
館へと戻るのであった。
『紅 美鈴』お昼寝なう。さてこういった場合、お約束な展開といえばもちろん。
「寝てまs!」
「……。寝てたわよね、美鈴」
殺気を撒き散らしつつ、いつの間にか現れ出でたメイド長。『十六夜 咲夜』は
必中必倒のナイフ投擲の構え。その気を察知し目を開けてしゃっきり立つ美鈴
ではあるが今更遅い。サボタージュにはかかるお仕置きが必然と、咲夜の狙いは
美鈴の額をしっかと捉えていた。妖怪の頑丈さと、人間の腕力、その二つを鑑みて
致命傷になりえるかどうかは疑問符がつくが、しかし刺されば死ぬほど痛いのは
明らか。さて、この場を美鈴はどう切り抜けるつもりか。
「はい、寝てました」
「そう、そういう言い訳を今回は……。……は?」
いつもなら寝てません寝てませんあれは目を閉じて気を練りつつ侵入者に対応
しようとですね、などと弁明が始まるのが常だが今回に限り一切の釈明なし。想定
外の事態に咲夜は驚きにぽかんと口を開けてしまう。
「あの、咲夜さん?」
「え、あ。……め、美鈴。申し開きをしないとはいい度胸ね。けど、だからといって
許すわけには……」
美鈴の呼びかけで何とか気を取り戻した咲夜は、思い出したようにナイフを
構えようとする。が、のほほんとした顔のまま、美鈴は言葉を続けた。
「まぁ寝ていたというか、新しいスペルカードの効果を試していたんですよ」
「へ?」
誅殺しようとした氷の表情が一瞬で剥げ落ちる。寝ながらそんなことが出来る
のか。理解不能な言葉に咲夜の動きが止まった。その目の前で、懐から一枚の
カードを取り出す美鈴。
「じゃーん! これ、これです。名付けて『春眠”エニィタイム快眠できます”!!』
にっこり笑って掲げるそれをいぶかしげに見る咲夜。そのジト目具合は、今も
黙々と図書室で本を読んでいるだろう食客魔女娘(ごくつぶし)もかくやあろうか。
流石にその雰囲気に気付いて、笑顔のまま美鈴の眉がへにょりと下がった。
なんとも情けない表情である。
「あ、あのー。咲夜さん?」
「……あのねぇ美鈴。まぁ、そういうお茶目は私も嫌いじゃないけど、いくらなんでも
それは、ねぇ」
主のお茶を青に染めたり福寿草つっこんだりするのはお茶目というべきなのか。
ともあれ美鈴の言動をジョークと定義して、しかし及第点はあげられない、とそんな
雰囲気である。そこに抗議をするのはもちろん美鈴。
「いやあの、お茶目とかそういう問題じゃなく、ホントにそうなんですが……。咲夜
さん、ひょっとして私の言葉を信じてませんね?」
「そりゃぁ信じろというほうが無理よ」
「酷いなぁ。一応これでも、ちゃんと他のひとのを参考にして作り上げたスペルカード
なんですけど」
前代未聞のスペルカードよ、と断じようとして気付く咲夜。言われてみれば山の
神様の片割れ、お持ち帰りしたくなりそうなちっこい方がそんなスペルカードを
使っていた。地中に潜り込んでぐうぐう寝れば、体力回復するという奇妙奇天烈
な技。それを目にして、
「そんなのアリなんですか?!」
とツッコミを入れざるを得なかった咲夜ではあるが、
「あんたの時を止めるヤツだってどうかと思うよ私は」
とツッコミ返され、まぁ、お互い、それはそれでよし、みたいな空気に落ち着いた
ものだ。それですぐに美鈴のスペルカードが有り得ないものでないと、いう思考
に至ったわけであった。……もっとも、ここまでのやり取り全てが美鈴の冗談で
あるという思いが脳内の8割強を占めてはいるが。
「はぁ、まぁ、あなたもあの神様を知ってるものね。じゃあ参考にしたというけど、
そのスペルカードの効果は何なのよ?」
半ば呆れながらの咲夜に、待ってましたとばかりの笑顔を向ける美鈴。光を
操る能力でもあれば背景にフラッシュくらい焚いてるだろう。
「よくぞ聞いてくれました咲夜さん愛してますちゅっちゅ! そう、この私紅美鈴が
情熱を傾けて作り出した傑作スペカ、それこそがこの『春眠”エニィタイム快眠
できます”』なんですよさすがお目が高いっ!」
「な、何言ってるのよ!?」
「ははは、まぁ効果を聞いたら今すぐにでも使いたくなりますから! ではその気に
なる効果なんですけれども、ハイ! ここに取り出したフリップにご注目! ごく
普通の睡眠における疲労回復効果はこんなゆったりとした曲線なんですけれども、
はいこのこれ! このスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』を使用しましたら
……ハイこのように素晴らしい疲労回復効果が表れますすごいでしょーう」
「なんでそんなフリップとか用意してるの?」
「で、それだけではございませんっ! 疲労回復だけでなく治癒能力の強化、お体
の不調を回復させる能力、精神安定、学業向上、その他様々な能力を秘めており
ますっ」
「何を根拠に……」
「その秘密はコレ! 気を使う程度の能力を持つ気功の達人紅美鈴師が直々に
その癒しのパワーを気に込めてこのスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』
に使用しているから! これは凄い!」
「確かに凄い自画自賛っぷりだわ」
「ちなみに効果については個人差がありますことをご了承ください」
「逃げ口上きたこれ」
「さてこの神秘溢れるスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』。こんなに凄い
スペカなら使用するコストも高いと思われる咲夜さんもいらっしゃると思います。
ではここで肝心のコストですが……これがなんとお値打ち、コスト3、コスト3と
いう破格の安さで提供させていただきますっ!! しかも、天候が曇天の場合
はなんとコスト2、これはお安いッ!!」
「……っく、一瞬ホントにお値打ちと思った自分の主婦感覚が憎いわ」
「このスペカがお一人様、申し訳ありませんデッキに組める枚数4枚限り、4枚
限りとさせて下さい! 限定99枚、限定99枚のご奉仕とさせていただきます」
「あざといわねぇ」
「連絡先、フリールナダイヤル、0120-28216M0NB8NKAWA114、0120-にわに
いるもんばんかわいいよ、におかけ間違いないよう!」
「そもそもかけることができないって語呂にもなってないし!」
「さぁ! 咲夜さん、このスペカ『春眠”エニィタイム快眠できます”』、『春眠”
エニィタイム快眠できます”』、いかがですか!?」
「……。うん、すっごくうさんくさい」
「なんでですかぁーっ!!」
一撃で叩き伏せられ失意体前屈の美鈴。達人の名もぽっきり折れたようだ。
「えっと、とにかくうさんくさい」
「なんで二回言うんですかーっ!!」
「大事なことだからね……それはともかく、立ちなさい美鈴」
美鈴、えっぐえっぐと泣きじゃくりながら立ち上がる。……まぁ、それが泣き
真似だと知りつつ、痛む頭をなるべく気にしない方向で、ともかく腕組みして
問いかける咲夜。作成したスペルカードの効果がそういうものだとして、業務
時間中にそんな方向で研鑽してほしくはない。ちゃんと門番として、通すべきを
通し通さざるべきをブチのめす、そうしてもらわねば困るのだ。
「そんな効果があったとして、ぐうぐう寝てたのを見過ごす訳には……」
「あ、ちょっと待ってください咲夜さん。本当に大事なことを一つ言い忘れて
ました」
咎める言葉を途中で遮られる。本当に大事ならさっきのコマーシャル中に
きちんと述べておくべきでしょう、と咲夜の頭痛がちょっと強まる。いったいなんだ
というのか。これでクーリングオフできないスペルカードだとか言われたのならば
幻想郷商法取引委員会こと八雲紫に告発できるレベルである。ともあれ美鈴の
言葉を待つ咲夜。
「このスペルカード、別に私専用に作ったわけじゃないんですよ? 使いたい人が
いれば誰にでも使ってもらう。そういう公共の福祉を考えて作ったんです」
「はぁ……? じゃあ、私でも使えるとかいうつもり?」
思いっきり胡散臭そうに眉をひそめる咲夜。個々の利益を何よりも優先する
妖怪にあって、目の前の美鈴はそれほど利己的なほうではない。それは知って
はいるが、しかしその口から”こーきょーのふくし”だなどという胡散臭さの極致
……もとい、他人を思いやる人間独自の概念が出るなどと思いもつかなかった
からだ。
「もちろん! 咲夜さんが使うことも出来ますよ。そういう意味ではスキルカード
に近いのかもしれません。いやぁ、苦労したんですよー」
とても苦労したとは思えないへらへらした笑顔でスペルカードをぺらぺらと
弄ぶ美鈴。と、いきなり手にした感触が消えうせた。あれ、と見やる先、その
スペルカードを手にしてじっと睨みつけているのはもちろん咲夜。相変わらず
たいしたことでもないのに時を操る能力を使うものである。しばらくカードを
眺めてから、美鈴に首だけ向き直り顔を見据えた。
「じゃあ……私が今からこれを使って、一切の効果がなければ……その時は、
分ってるわね」
威嚇するように、開いた手にナイフを数本出現させて言い放つ咲夜。視線の
先で、相変わらずの情けない笑みを浮かべて一歩、美鈴が後ずさった。溜息
一つついて、咲夜はスペルカードを軽く掲げる。
「……スペルカード宣言。えーと、『春眠”エニィタイム快眠できます”』……っと」
一瞬、霊力がスペルカードから出て……、しん、と静寂。そよ風が咲夜の銀の
髪と白い頬をひと撫でして、そんな優しい空気と真逆の射殺す瞳で美鈴を見た。
「何もおきな……」
いじゃない、その言葉を紡ぐ前に視界がぐらりと傾ぐ。力を失った手から
カードとナイフが落ちる。もつれる足を整えることも出来ず、よろめき倒れ
そうになる。その身体を優しく支えるのはもちろん美鈴。重く閉じるまぶたと、
どこかへ落ちていきそうな意識に抗いながら、美鈴の腕の中で咲夜はどうにか
言葉を紡ぐ。
「め、めいり……」
「はい、効果あるでしょう? あ、もう一つ大切なことを言い忘れてました」
「あ……、う?」
赤子をあやすような優しい笑顔で、ゆっくりと柔らかい芝生に座り、その
膝に咲夜の頭を乗せ、髪を撫でながら告げる美鈴。
「これ、妖怪なら1時間程度で快眠から復帰できて精神も肉体も万全になる
んですけど、咲夜さんは人間ですからね。6時間はゆっくり寝てもらうこと
となります」
「……ぇ」
「おやすみなさい、咲夜さん」
ほとんど閉じられたまぶたの向こう、赤毛のサボりがちな門番の、燦然と輝く
笑顔に何か呟こうとして、かすかに開いた口から静かな寝息。それを見て美鈴は
満足そうにうなずいた。
「ご苦労」
小さな足音に美鈴が振り返れば、そこには自ら日傘をさした紅魔館の主、
幼い吸血鬼『レミリア・スカーレット』。美鈴は座ったまま会釈を返す。
「最近咲夜さん、張り切りすぎてましたからね」
「まったく。体調など壊されては私が困るわ」
美鈴と、膝枕で眠る咲夜の側に歩み寄るレミリア。しゃがんで寝顔を覗き
込む。
「かわいい寝顔ね」
かわいい相貌をしたあなたが言うか、と美鈴は心中でのみで答え、はい、
と笑んで同意する。
「こんな姿なんて絶対に見せませんからね、咲夜さんは」
「うむー。休めといえば、時を止めてこっそり休んでるらしいけど、こちらにして
みればそうは見えないんだもの。でも、この子の性格からすれば、せいぜい
1、2時間程度しか仮眠してないでしょうね」
「真面目すぎるのも困りますね」
「だからといって不真面目なのが良いとは絶対言わないわよ」
しっかり釘をさすレミリア。目論見外れて視線を逸らし、乾いた笑いをしつつ
美鈴は頭を掻く。ややむすっとしてジト目を投げかけるのは主としては当然
だろう。もちろん本気で怒っているわけではないので、すぐに会話に戻りは
するが。
「しかし」
「?」
「美鈴も素直じゃないねぇ」
なにがどうこう、と口にはしてない。が、そこに含まれたニュアンスをしっかと
感じとれる程度に気が利く美鈴である。にこっと笑って主に言葉を返した。
「こんな策でも使わないと。素直に休めといっても咲夜さんは聞いちゃくれない
でしょうし。ま、私や咲夜さんが素直じゃないのはアレです。ペットが飼い主に
似るとかいうそれみたいなものですよ」
「ほーう。……待て。この場合誰が飼い主だ。私か。私と言いたいのか!
誰が素直じゃないとぅ!?」
大事なところに気がつきぷんすかしながら噛み付く……まぁこの場合比喩
としてではあるが、そんな幼い吸血鬼な主の怒りを鎮めようと、まぁまぁと
なだめる美鈴。もちろんレミリアもこの程度で本気になるわけではない。
ようするに仲のいい主従のお遊びみたいなものである。
少しだけ、格好だけであろうが、不機嫌そうな顔をしていたレミリア。はた、と
何かに気付いた様子。美鈴はそれが往々にしてよろしくない事態のきっかけ
になると知っていたが、対応する間もなくレミリアの口が開いた。
「しかし、咲夜がこうだと館の仕事を仕切るものが居なくなったわねぇ。さて、
誰の責任かしら?」
これでもかとばかりの意地悪そうな声と雰囲気が、情けない笑顔の美鈴に
叩きつけられた。
「え、あー。そのー。それはきっと誰の責任でもなく、大宇宙の神秘と歴史に
隠された秘すべき真実がありえない化学反応を起こした奇跡の発露でないか
と愚考いたす次第にございます」
とぼけた顔で煙に巻こうとする美鈴。サボりを注意する相手は膝の上で安らか
に眠っている。監視の目は免れるというのに、これでは暢気に昼寝する事が
できそうにないと考えたからであろう。それを受けてふむ、と思案顔のレミリア。
「そうか。お前は輝夜と慧音と永琳と早苗のせいにしたいのか。そうかそうか」
「……。これだから幻想郷はァーッ!!」
「ん……すぅ、すぅ」
該当する相手が多すぎた。失意に思わず叫んだ美鈴の膝で、咲夜が少し寝顔
をしかめる。それを見て取ったか、レミリアが美鈴に告げる。
「ま、この際責任はどうでもいいわ。美鈴、久しぶりに紅魔館の雑務を全てこなし
なさい、咲夜が目覚めるまでにね。これは命令よ」
「うへぇ、藪蛇。だ、第一咲夜さんをうまく言いくるめて休ませろっていうのは
お嬢様が……」
「ああン?」
威嚇に間違いなく殺気が篭っていた。カリスマとかの使いどころを間違っている
と美鈴は抗議したいが、口から出たのは。
「ハイナンデモアリマセンアハハハヤダナァオジョウサマソンナコワイカオシナイ
デクダサイヨカワイイオカオガダイナシデスヨヤッターヒサシブリニヒノアタラナイ
バショデシゴトダウレシイナーヤッターヤッター」
「だったらもう少し嬉しそうな顔しなさい……。ま、さしあたっては咲夜を部屋に
運んであげる事ね」
「はぁい」
気の抜けた返事とともに、眠る咲夜をお姫様抱っこする美鈴。もっと敬意を
払えとばかり足にレミリアの軽いローキックが入ったのを合図に館へと歩を
進める。その横を並ぶようにして、小さな主も素直じゃない部下二人と一緒に
館へと戻るのであった。
ただタグに「※サクサク病ワクチン接種済み作品」を付けている意図が掴めない。
メイド長ともなると体調管理も仕事ですよ、咲夜さん!