漆黒の空を飛ぶ黒い影、もちろん烏天狗などではない
「…位置、人里北方十キロ…高度一万千二百三十メートル、妖怪の山を遥か下に望んでいる。」
河童達が試作したロケットエンジンを積んだ試験機だ
「ロケットエンジンは凍り付いてない、良好だ、与圧はやや低い、酸素マスクを使う」
操縦席に乗り込んでいる男が無線の向こう側の相手に語りかける
「電熱服は役に立たない、誰だ!こんな粗悪品を作ったバカは!!」
男はそう言ってメインエンジンのスイッチを「切」にした。
「これよりロケットエンジンの試験を開始する!降下開始!!」
メインエンジンから火が消え、機体の下部に付けられていたロケットが点火された
「降下角四十五度、速度六百五十」
機体は漆黒の闇を切り裂くように進む
「降下角六十度、速度七百」
機体はさらに速度を増し、ついに九十度にさしかかった
「降下角九十度、速度八百、ロケットエンジン出力全開!!」
地表に対し直角で飛び込んでゆく機体
「速度九百…九百十!」
男は目を外に向けた
「補助翼、作動不能!翼端フラッター、次第に強くなる」
無線機にそう伝えると前に向き直った
「操縦桿が重い!振動激し!」
そう伝えた瞬間、機体に異常が出る
「速度1千!潤滑油噴出!」
もはやその機体はボロボロであった
「高度六千、操縦不能!脱出する」
無線にそう伝えた後、脱出用のレバーに手を掛け、キャノピーを吹き飛ばし、機外へ飛び出した
しかしその瞬間、機体の一部が剥離、パイロットの右足を直撃した
第百十九季に引き起こされた『永夜異変』が終結した数年後、紅魔館の主、レミリア・スカーレットは月へ行く計画を立て、館内の大図書館の主であるパチュリー・ノーレッジが住吉三神を燃料としたロケットの製作を開始するが、当時の幻想郷内で出回っていたロケットの資料が極端に少なく、またロケットに使うための材質が驚くほど劣悪だったため、急遽、レミリアは河童に協力を要請、こうして紅魔館と河童との間で協力体制が敷かれた。
「よかった気が付いたか、私だ、にとりだよ、人間」
「ここは…」
「ここは医務室だ、あんたは落下傘降下したんだ」
「すると…」
「あぁ、機体は空中分解した」
「しまった!!」
「あんたのせいじゃないよ人間、機体に欠陥があったんだ」
「しかし…」
男はそう言ってベッドから立ち上がろうとした
「俺の足は!右足は?」
膝から下が無くなっていたのである
「降下中、四散した機体の破片に当たったらしい」
にとりが男をベッドへ助け起こした
「ごめんよ、私の設計ミスだ」
「空中じゃ俺に責任だ、にとり……」
男が俯いてにとりを慰めた
「右足の奴、その責任を取って死んでしまいやがったか………」
「ゆっくり休んでくれ、二号機の実験は凍結する、紅魔館にもなんとか話はつける」
「心配するな、必ず音速を超えてみせる。だから試験を凍結するなんて言わず、俺にやらせろ」
「でもその足じゃぁ…」
「竹でもくくりつければいいさ。片足無くなったぐらいでなんだ!」
男は包帯を巻かれた足をさすりながら静かに言った
「傷口さえふさがれば、俺はやる!」
翌日、男はまた空へと上がっていた、そしてまた降下試験を開始した
「降下角九十度、速度九百二十!振動激し、翼端が捻れる、フラッターだ…操縦桿が動かない!脱出する」
こうして二回目の試験飛行も音速を超えられず、失敗した
「今度は左手と右目か…」
またも医務室のベッドで覚醒した男は淡々とした口調で言い放った
「なぁに、首さえちぎれなきゃまだ飛べるさ」
「人間、もうよそう…この実験は無理だ音速は超えられない」
「なに?越せないとは何だ?それじゃお前は俺に嘘をついていたのか?」
男はにとりに掴みかかった
「お前の嘘で俺は右足と左手と右目を失ったのか?今更そんな弱音を吐くな!俺はな、空を飛べる限り必ず音速を超えてみせるぞ。生きてる限り必ず…」
男はにとりから手を離し、さらに続けた
「なぁにとり、三号機があるんだろ、それなら二号機の欠点を直せ」
男はにとりにつめより、思いつく限りの修正案を投げかけた
「補助翼とロケットエンジン取り付け部の補強だ。翼端の形を変えてみろ。い、いや尾翼の面積かもしれん。もしか…もしかしたら冷却器の位置が悪いのでは?あ、そうだメイド長のバストサイズを変えてみろ」
「紅魔館も、もう高オクタンの燃料を回せないと言っている…」
「…にとり、もし止めるというなら俺を殺せ、そして三号機を燃やして泣け!」
俯くにとりの背中に男はさらに語りかける
「不可能と分かっていてもやらなければならないと語っていたのはお前だろう、今がその時ではないのか?えぇっ?にとり!始めた以上途中で逃げるな、弱音を吐くな。もう手遅れだ、もし逃げるならば…俺とお前は、いや人間と河童はもはや盟友じゃねぇ」
そう言って男はベッドに潜り込んだ。
翌日、男は機内にいた
「今日は必ず音速を超えてみせる、理屈も糞もあるか、紅魔館が月に行けようがもう俺には関係ねぇ、知ったこっちゃねぇ。俺の手足と目を奪った音の壁を打ち破ってやる」
男はにとりにそう言って飛び上がった
「メインエンジン停止、ロケットエンジン点火!降下に移る!」
こうして最後の試験が開始された
「降下角四十五度…速度七百」
機体は次第に垂直になっていく
「降下角八十度…速度八百五十」
そしてついに機体は垂直になった
「降下角九十度…速度九百五十、振動が激しい」
男は無線機に向かって半ば叫んでいた。
その時、地上の観測所に一人の人間が来ていた
「…そうすると、実験は中止に?」
「えぇ、パチュリー様が材質の強化魔法に成功したので、その、せっかく協力して頂いたのにこんな形で終わらせてしまって申し訳ありません」
「謝らなくて良いよ、逆に感謝したいんだ、ちょっと失礼」
そう言ってにとりは仮組の応接室から退室し、無線室へと急いだ
「空に上がった人間と連絡を取ってくれ、実験は中止だと、早く帰ってこいと」
「そいつは無理な相談だ、にとり」
「どうしてだい」
「三分前から人間と連絡が取れていない、途絶状態だ」
仲間の河童からの言葉を聞いてにとりは半ば放心状態になりつつ外に出て、空を見上げた
「…どうしたんです?」
後ろから声を掛けられて振り向くと咲夜がいた
「空に上がったテストパイロットと連絡が付かないんだ」
にとりが咲夜に説明した瞬間、轟音が空に轟いた
「なんです?この音は?」
咲夜が半ば狼狽えながらにとりに聞いた
「…衝撃波だ」
「衝撃波?」
「そうだ、物体が音速を超えた時だけに起こる、衝撃波ですよ」
「すると…あなた方のロケットは音速を超えたんですね。」
「そうだよ、音速を超えて、あの人間は死んだんだ」
にとりはいつの間にか涙を流していた
「聞いたよ…人間、あんたの衝撃波を私は、確かに聞いた。」
この日、幻想郷上空で初めて音速を超えた男が居たのを歴史は記録していない
この数ヶ月後、紅魔館のロケット完成の知らせが幻想郷中を駆けめぐり、音速を超えた一人の人間がいたことを知るものは誰一人いない。
その時、大空と大地を揺るがして轟いた衝撃波を記憶しているものはもうどこにもいない。
初期の戦闘機などでも、こういう犠牲者をだしながら、音速突破を果たしていたんですかね。